【体育の日について考える】

体育の日が月曜日でもう終わってしまったのだけど、子供の頃、体育の日と言われたら10月10日に決まっていた。
1964(昭和39)4年に開催されたオリンピック東京大会の輝かしい成果と感動を記念して「国民がスポーツに親しみ、健康な心身を培う日」として制定されたという。
そもそも1961年に制定された「スポーツ振興法」では10月の第1土曜日を「スポーツの日」としていたようだが、この日は祝日ではなかった。
気がつけば、いつの頃からか体育の日が10月の第二月曜日になってしまっていた。
あれはいつの事だったのか…と思って調べてみたら、17年前の2000年に導入された「ハッピーマンデー制度」によって変更されたらしい。
運動会シーズン。人々が体を動かして汗を流すのはとてもいいことだと思う。
心身ともに健康であればあるほど人は笑顔になれるはずだから。
2020年の東京五輪まであと2年、いろんな問題もあるのだろうが、スポーツを通じて世界が平和を目指すのであれば大いにやってもらいたい。単にお金が動くだけのイベントならやらなくていい。
今の日本で、純粋にスポーツを楽しんでいる人が一体どれだけいるかわからないけれど、スポーツを楽しむ心の余裕があればこそ、人々の暮らしはハッピーなものになっていくのだろう。
モノやお金があれば幸せ…そんな風に考えている若い世代も増えていると思う。
外で遊ばなく(遊べなく)なった子どもたちの運動能力もじわじわと低下しているという話も聞く。
バブル崩壊以来、この国の人々はいろんな意味で変わってきたのかもしれない。
経済的な豊かさよりは心の豊かさを大切にする、そんな社会であればいいな。
*写真はイメージです。
<運動能力調査>高齢者の体力が向上、働き盛りは低下や停滞
*走ることで被災地復興支援…RUN×10(ランバイテン)運動
ランナーにも走ることでできる被災地への復興支援、それがRUN×10(ランバイテン)運動・RUN×10(ランバイテン)運動 tweetviteページ
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PEACE RUNTシャツで被災地復興支援
朝夕涼しくなりましたが、Tシャツシーズンはまだ続いています。
このシーズンのオススメは3/4スリーヴ(七分袖)PEACE RUNTシャツ。10月分のオンデマンド受付スタートします。他にも人気のドライタイプ、スリムフィット、オーガニックコットン、蛍光ヴァージョン、計5つのタイプがあります。1枚につき500円を今年起きた災害(大阪北部地震・西日本豪雨・台風21号・北海道地震)の被災地復興支援義援金として寄付をします。詳細はこちら
*申し込みは10月15日まで。
9月分の売上は8枚、1枚500円☓8=4000円。現在受付中の10月分の売上と合わせてまた寄付先を検討させていただきます。
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- 2018/10/09(火) 23:27:40|
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【樋田容疑者の逃亡の日々を思う】
8月12日、富田林警察署(写真:
ウィキペディア提供)の留置場から逃げ出し、大阪府羽曳野市から山口県周南市まで盗んだ自転車で約360キロを旅した加重逃走容疑の樋田淳也容疑者が昨日逮捕されたということをニュースで知った。
我が地元富田林、自宅のぴんぽん地球ス(テラス)からわずか徒歩5分程度の場所にある富田林警察署。
2016年12月に大阪市内から引っ越してきていろんなことがあったが、何とも不名誉な事件であった。
逃げ出した翌日から、警察署周辺はメディア関係者の人々の往来も激しく、警察署前は連日大型カメラなどの機材を持ったテレビスタッフが大勢押し寄せ、警察署周辺の二軒のコンビニの駐車場もテレビ関係のクルーがずっと待機していた。
既に事件が風化しようかというこの時期にようやく身柄確保のニュース。しかも本州のはずれ山口県で…。
若い頃に国内外サイクリングをふんだんに楽しんだ僕の所見…
単なるサイクリングならいろんな楽しみ方があったかもしれないが、彼の場合はちょっと違う逃亡の旅。
見つかったら捕まってしまう(=ゲームオーヴァー)というリスクも抱えながらの旅でもあった。
何が何でも逃げ切りたいという思いもありながら、いっそ捕まってしまえばもういろんなストレスから解放されるか…という思いもあったことだろう。
自転車で旅をすることで少しは人の情けにふれるような場面があったのではなかろうか。
持ち金もほとんどなく、ひもじい思いをして飢えや乾きに耐えなければならない場面もあったことだろう。
いざとなれば万引きやひったくりも考えていたから今回万引きで捕まってしまった。
それでも、ちょっとした誰かの親切な言葉や行動に心動かされるような経験はなかったのだろうか。
1982年、大学4回生の夏休みを利用して北海道一周サイクリング人間が獣と違うのは理性が働くというところ。
親に産んでもらって成人になるまで育ててもらって、人並みではなくともごく普通に生活できるということは決して当たり前のことではない。そういったことに感謝感激感動できるならばまっとうな生き方ができる人。
48日間の逃亡生活中に、自分のしていることが正しくないという思いが微塵でも感じられたのであればいい。
今後、生きて生かされている自らの命を少しは世の役立てようという気持ちがにじみ出てくるのであれば、罪を償って社会復帰した暁にはまっとうな人生を送ってくれるだろうと信じている。
幼い頃の愛情不足がひょっとしたらこういった行動を招いた可能性もあるだろうし、自分自身をうまく表現できないもどかしさがこのような反社会的な生き方につながっているのかもしれない。
富田林がにわかに全国で知られるきっかけとなったこの事件もようやく終結する訳だが、まだ若い30歳の前途ある未来を何となく考えてしまう。
教員時代に出会った、いろんな問題を抱えた教え子たちのその後を時折憂う気持ちにも通じるものがある。
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【第1回富田林エコマラソン】
第1回富田林エコマラソンが10月8日に開催されます。
エントリーは締め切りましたがボランティア募集中です。富田林エコマラソンの詳細はこちら
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- 2018/09/30(日) 16:50:24|
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【3.11が残したもの】

2011年のアメリカ横断の翌年に走った
PEACE RUN2012(稚内〜鹿児島)は二度目の日本縦断だった。
それは、アメリカ横断にスタートする前から既に計画されていたプラン。太平洋沿岸を走ることで東日本大震災の津波の爪痕を北から南へたどる巡礼の旅でもあった。
青森県久慈市から走った記録は
こちらから…(DAY28以降をご覧下さい)
陸前高田の海岸線を走りながら目にした風景は、ただ呆然と立ち尽くすしかできないものだった。
家があった場所もビルがあった場所も、まるで空襲で焼き討ちされたあとのように何もなくなっていて、鉄骨のビルの骨組みだけがわずかに残されているだけ。
3.11から1年と4ヶ月ほど経過していたにもかかわらず、辺りは津波の水が引いて直後の風景といってもいいくらい。
国道45号線はまだ工事中の箇所もあるものの、車の往来は何とか可能。
しかし、その国道沿いも仮設のコンビニとガソリンスタンドが営業している程度。
仮設住宅や役場は高台の方にあって海岸近くはひっそりとしたまま…まるで戦場痕のよう。
不思議な空気が辺り一面によどんでいて、僕は遠くの瓦礫(がれき)の山々に目を向け、まったくどうしていいか分からないまま、しばらくその場に立ち尽くすだけ。
3.11に起こった自然の猛威を想像しながら、いざ自分がその時その場面に出くわしていたら果たしてどうしていただろう…僕の頭に浮かんだのはそんなことくらいのもの。
その後も行く先々でいろんな方々と出会いお話を聞かせてもらった。
家は流されたものの幸いにも無事だった方、家族や親戚・友人を失われた方…周辺地域に住まわれていた方々は多かれ少なかれ何らかの形で被災された方々ばかり。
聞いた話をフェイスブックやツイッターに投稿したり、ブログに記載したりして、被災地からの詳しい情報を、被災しなかった方々にできるだけ克明に伝えるように努めた。
意外に知られていないのは、岩手や宮城、福島はもちろん多大なる被害を受けていたが、青森や茨城・千葉もあちこちで被災されていたということ。茨城で出会ったある一人暮らしのおばあさんは「何でうちのところにはボランティアが来ない」と嘆かれていた。
メディアの報道するものは全体で起きていることのあくまでもごく一部でしかない。
そんな風にして、自分の脚で走り、自分の目と耳で見聞きすることが大切だと思った。
百聞は一見に如かず…そのとおりだ。
もちろん、そうすることで得られたものを自分の口で誰かに伝えることも…。
2013年から2015年にかけて走ったオーストラリアとニュージーランドでも、たびたび東日本大震災の話題を現地の方々に伝える機会があった。
特に3.11の少し前に大地震があったニュージーランドのクライストチャーチでは現地在住の日本人の皆さんとの交流もあって、あらためて考えさせられることが多々あった。
震災や津波は、テロや紛争とは違って自然が引き起こすものであるがゆえに避けられない。
いつどこで、どんなタイミングで起きるかもまだ正確には分からない。
自然と共存するということを考えるならば、僕たちは極力自然な生き方を実践していくのがいいのだろうと思っている。
走ることでできることは少なからずある。だからこそ、今後も走り続ける。
走り続けることで、人々の心に少しでも安らぎが訪れるように…。
*想像してみよう…
京都マラソンの参加者約1万5千人…熊本マラソン1万3490人、岡山マラソン約1万4000人…
それとほぼ同じ数の人々が5年前の3月11日、東日本大震災で亡くなられている。
スタートラインにおられたランナーの方々はスタート時の人の群れを思い出してみて欲しい。
その12倍の人々がいまだ避難生活をしており、さらにはその約6分の1の人々が震災後も行方が分かっていない。
数字はあくまで数字だ。
実際にその数が表わすものを目に見れば、あらためてその凄まじさ・恐ろしさを知らされる。
そして、日本の人口1億3千万人。
はたしてどれだけの人々が、あの日を思い出して、今日3月11日を過ごしたのだろうか…?
僕たちは平和な時代・平和な社会にいるから走ることもできるし、旅を楽しむこともできる。
平和であることに感謝しながら、すべての人々が安全で健康な日々を送れるように…。
未来に夢を持って、いろんなことにチャレンジしていけるように…。
あの日の記憶を風化させないのはもちろんだけれど、今一度生きて生かされていることをあたりまえだと思わずに、心から感謝しようと思う。
3.11で亡くなられた方々のご冥福を今一度お祈りするとともに、被災された皆さんの一日も早い復興をお祈り申し上げます。
*東日本大震災メモ
東日本大震災により亡くなられた方 15,894人
行方不明者 2,561人
避難者 約174,000人
*お知らせ

3/13 10AM〜PEACE RUN3.11@大阪城公園
詳細は
こちら*READYFOR〜クラウドファンディングやってます!

「元教師の"走る冒険家"高繁勝彦。世界五大陸4万キロ完走に挑む!」
私アドヴェンチャー・ランナー 高繁勝彦が生涯を賭けたチャレンジ「PEACE RUN世界五大陸4万キロランニングの旅」第三章ユーラシア大陸の第一弾「PEACE RUN2016ヨーロッパ周遊ランニングの旅」に向けて、60日で200万円を集めています。残り50日、現在47万8000円、目標達成まであと152万2000円です。ぜひとも皆さんのご協力が必要です。よろしくお願い致します!詳細はこちら*「PEACE RUN世界五大陸4万キロランニングの旅」公式サイト
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- 2016/03/11(金) 18:28:46|
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【スポーツと社会】
スポーツで成功したとしても、人生で失敗しては元も子もない…そんな話を先日知人としていた。
スポーツを通じて何を学んだのか…ということだ。
人間誰しも弱さはある。肉体的な弱さは鍛えれば何とでもなる。
ただ、精神的な弱さや未熟さは、それぞれがそれぞれのやり方で克服していかなければならないもの。
自分に甘さがあれば人はいくらでも堕落するし、とことん転落していかなければわからないこともある。
スポーツを通じて技術や経験を身につけるのはもちろん大切。でも、もっともっと大切なことが様々なスポーツの現場で学べるはず。
指導者も、ただ「勝てばいい」ということだけを教えるのではなく、勝利に向かうためのプロセスとして、もっとメンタル面での指導に重きを置いてもらいたいもの。それも、封建的な主従関係ではなく、お互いをひとりの人間として尊重しあう関係がベースにあって欲しい。
負けても腐らず、勝っても天狗にならず。いつも謙虚な姿勢であること。
僕自身は、中学時代から20年ばかり剣道をやってきて、学生時代に自転車と出会い、教員になってからランニングやトライアスロンなどひとりでやるスポーツに取り組むようになった。もっと協調性のある人間であったなら何らかのチームスポーツに関わっていたかもしれない。
それでも、もともと体が弱く、いじめられっ子であった自分が、剣道はじめランニングなどの持久系スポーツと出会ったことで、幼い頃とは比べ物にならないくらいメンタルでは鍛えられてきたのだと思う。
根性至上主義という非合理で不条理な世界も学生時代には見てきたし、教員になってから指導者という立場でもスポーツと関わることが多々あった。
スポーツというのは、本来、もっと純粋なものであったはず。
個人的な理想だが、ビジネスやコマーシャリズムに左右されることなく、勝ち負けだけの結果にとらわれることなく、誰もが純粋に楽しめて満足できるものであって欲しい。
東京五輪まであと4年となった。代表選手の選考もこれからあるだろうし、いろんな悲喜こもごものドラマが生まれてくるのだろう。
スポーツが何かのための手段として利用されることもなく、いつもクリーンでフェアな舞台でスポーツが捉えられるように…。
スポーツに少しでも関わっている者ならばきっと皆そんなふうに感じていると思う。
今、現役でさまざまなスポーツで活躍しているアスリートたちには、将来を夢見る子どもたちに、もっともっと夢を与えられるように、クリーンでフェアプレーに徹することでいつもキラキラと輝いていてもらいたいものだ。

*
「PEACE RUN世界五大陸4万キロランニングの旅」公式サイト
テーマ:よく生きる - ジャンル:ライフ
- 2016/02/05(金) 23:59:59|
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【和をもって尊しとなす】

ゴミを捨てる人を責めたくはない。
捨てる人がいるから拾う人もいる…それで世の中はバランスがとれているのかもしれない。
ただ、捨てる人が捨てなくなってくれて、その人がやがて拾う人になってくれれば世の中はもう少し良くなっていくような気がする。
今朝も、カラスがコンビニの袋に入ったゴミを漁っていたが、カラスに罪はない。
コンビニの袋を捨てた人に問題があるといえばそうだし、突き詰めれば、コンビニという文化を生み出した人間にも責任はある。
ファストフードやコンビニは80年代以降この国に自然に浸透していった。
便利さ、効率や合理性を追求した挙句、人々の心のあり方は変わった。
それも時代の流れなのかも知れない。
ただ、そんなことを嘆いていてもどうにもならないから、今一度、僕達が心のあり方・心の持ち方を変えられるようなアクションは必要だと思う。
平和とは、ただやみくもに誰かを責めたり何かに反対したり何かを批判したりすることではなく、今ある状況からプラス思考で、みんながハッピーになれるようにポジティヴな方向を目指すことだと考えたい。
今はただゴミを拾うだけかもしれないけれど、ゴミの元となるものを出さない社会に変えることだってきっとできるはず。
さらには、子どもたちに対しても、次の社会をどんな風にしていくべきなのかをきちんと考えさせられるような家庭でのしつけ・学校での教育もしていけるように…。
最終的には、途切れつつある人と人とのつながりが今一度大きな輪(和)となることなんだろうな…。
テーマ:ひとりごとのようなもの - ジャンル:日記
- 2015/04/26(日) 20:09:57|
- 社会
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