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KAY'S BLOG

独行道~Lonesome Road of Running

母の89歳の誕生日

 【母の89歳の誕生日】

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今年の1月ごろから6月末まで毎日実家に帰り父の介護に関わっていた。

両親ともに昭和6年(1931年)生まれ。

母は足腰ともに元気だが、ややボケが始まっている。

父は過去に肺炎やら鼠蹊ヘルニア等で入院をするたびに足腰の筋肉が落ちて、1月に一時自力で立ち上がれなくなってしまった。

ケアマネージャーと相談して、デイサービスの体験・見学にも行ったけど、ずっと家に篭りっきりで近所付き合いもなく、家を訪ねるのは妹と私くらいのもの。

おまけにコロナ禍で外に出れない状態なので、買い物もずっと私が担当。

富田林のぴんぽん地球(テラ)スから自転車で7キロ離れた羽曳野市白鳥にある実家に通う日々が続いた。


買い物、炊事、洗濯や掃除、ゴミ出しなどに加え、父親のトイレ介護、入浴介護(毎日はムリ)まで…

訪問介護と言っていいのだろう。昨年6月から10月まで大阪狭山市のデイサービスで仕事をしていたことがここで十分活かされることになった。

耳の遠くなった父と、同じことを何度も繰り返す母とのトンチンカンな会話が、最初は笑えたが、だんだん笑ってもいられなくなった。

時々、こちらもイライラして大声で怒鳴ったりすることもあった。

しかし、いずれは自分たちもたどるであろう道、寛容な気持ちで接することが大切。

緊急事態宣言が解除されてからは、妹と交代で2〜3日に一度訪問。

それぞれ訪ねた際に何か気づいたことや変化があればメッセージのやりとりをする中で情報を共有。

デイサービスで父にはリハビリして欲しいと思っていたが、自宅(3階建て)の階段を上り下りするだけでも父にはいいトレーニングになっているのであろう。

杖も使わずに手すりを持って3階の自分の書斎まで、下りは10分近くかけて降りている。

この家は二人が70歳をすぎてから新築したものだが、なんでまた3階建てにしたのかと今更思ってしまったが、これも二人が鍛えられる場となっているに違いない。

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昨日は、妹が母にお花をプレゼントしたらしいが、今日はささやかながらチーズケーキを買ってお祝いをした。

母は恐らくあと10年は頑張るつもりかもしれない。父は「もういつでもあの世に逝けるから」と言っている。

二人からしてみたら「まだ若い」と言われている私も、一ヶ月後にはついに還暦なのだ…(笑)

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テーマ:今日の出来事 - ジャンル:日記

  1. 2020/09/20(日) 20:28:12|
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運命の(オンライン上での)出逢い

【運命の(オンライン上での)出逢い】

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ちょうど9年前、2011年の今日(アメリカ時間7月10日)のことだった。

僕はアメリカ横断ランニングの旅の真っ只中で、コロラド州パゴサスプリングス辺りでバギーを押して走っていた。

その日、ロッキー山脈のウルフピーク(標高3309メートル)を越えるために14キロほどの登りを走ることになっていた。

朝、泊まっていたモーテルのカフェテリアでフェイスブックを開けるとお友達リクエストとメッセージが来ていた。

妙なプロフィール写真(今も変わらない)

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に一瞬引いてしまったが、文面は至ってまともだったのでリクエストを承認。

その時点では、ミュージシャンであるということと音楽事務所をやっているということしかわからなかった。


11月に帰国、翌2012年2月7日にPEACE RUNの仲間と天満満天堂を訪ねて初めてリアルに出会う。

当時の事務所兼ライブスペース天満満天堂で行われるイベントにこまめに出向くようになり、

伊賀市に住んでいた私は大阪難波午後10時の近鉄電車(最終便)に乗らないと家に帰れないので、

時折天満満天堂の奥の部屋にも泊めてもらったこともしばしば。


2013年6月9日(ロックの日)に婚約。入籍したのは2016年11月22日(いい夫婦の日)。

フェイスブックでの出会いがすべての始まりだった。

あのメッセージがなかったら僕の人生は今どうなっていただろう?


あれから9年…いろんなことを教えられ学ばせてもらっている僕のソウルメイト…

それが今のつれあいぴあぴこと高繁 千秋 。

僕を見つけてくれてありがとう。

そして、これからもどうぞよろしく…。


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  1. 2020/07/09(木) 07:26:11|
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娘の24回めの誕生日

【娘の24回めの誕生日】

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いろんなことがあって、娘の24年の人生の内、直接子育てに関われたのは6年半ほどだった。

24年前の今日、この世に生を受けたあの日のことは今もはっきりと覚えてる。

父親になるということの意味がよくわからないまま、ずっと適当でいい加減な父親であったかもしれないけれど、逢えない時間はずっとずっと娘のことばかり考えてた。

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24年間を振り返って、今までどんな素敵なことがあっただろう?

そして、これからももっともっとたくさん素敵な瞬間を経験できるように祈り続けたい。

「お前の父親でよかった」と今あらためて実感しているけれど、

いつもどんな時でも「お父さんの娘でよかった」と思ってもらえるように…。

6歳7ヶ月でいったんさよならして、6年前に再会した時には、既に18歳になっていた…。

タイムマシンで未来からタイムスリップしたかのような感覚だった。


何よりも生まれてきてくれてありがとう。

健やかに育ってくれてありがとう。

そして、24歳のお誕生日おめでとう。

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24歳は私が大阪で高校の教員をし始めて2年めの年、わからないことだらけで右往左往してたけど

今も右往左往しっぱなしの人生(笑)。


娘には、大いに迷ってチャレンジして冒険して、満足と納得のいく人生を送って欲しい。

2年前に大学を出て今は名古屋で裁判事務官として仕事をしている。

年に1〜2度しか逢えないのは寂しいが、いずれ結婚して孫ができたら、また楽しみは増えていくであろう…。



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  1. 2020/06/17(水) 23:10:59|
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父のラブレター

【父のラブレター】

朝、生活時間帯の違うつれあいぴあぴと散歩…

5月の晴れた青空とさわやかな風がありがたかった。

花を見たり、富田林の寺内町を楽しんだり…

彼女とどこかに行くと言ったら、スーパーやショッピングモールでの買い物か、朝の散歩くらい…。

彼女はミュージシャンで、バンド仲間と地方に出向いたりすることはこれまであったが、

僕が彼女と旅行したのは2016年の西ヨーロッパランニングの旅で、ゴールのパリに来てくれた時が最後。


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だから、一緒に歩くだけでも嬉しいし楽しい…


この日、彼女がブログで嬉しいことを書いてくれている。

すれ違いの夫婦(笑)

何か、2012年に出逢った時から、不思議な感覚で、ソウルメイトってこういう関係なのかな…と感じていた。



いつものように、朝から実家へ。

書斎を片付けている父から「面白いものが出てきた」と差し出されたのはこちら…

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今から63年前の昭和32(1957)年の消印が押されている。私が生まれるまだ3年前…

当時26歳の父が、同い年の母あてに書いたラブレター。

当時、父は朝日新聞社勤務で尼崎の園田にある独身寮に入っていた。

母は生まれ育った奈良市柏木町在住。

その後、ここには1970年の数ヶ月だけ私と妹を含む家族で4人移り住むことになるが…。


二人が出会ってまもない頃に、父がいかに母にぞっこんだったが伝わってくる。

このラブレターは便箋2枚に、父が描いたマンガも含まれている。

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何とも微笑ましい…見ていて幸せな気分になれる。

メールではない、完全なアナログの時代…

恋文を書いて、便箋を畳んで、封筒に入れて切手を貼って、ポストに投函…

相手からの返事が来るまでのワクワクドキドキ感は、デジタル時代の今はなかなか得られないもの…。

これを書いている時の父の緊張と期待と不安が入りまじった気持ちが何となく伝わってくるし、

これを受け取った母の嬉しそうな笑顔もまた目に浮かぶ。


その時代の二人の写真も残されている…

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父は写真が好きな人で、この当時の写真もたくさん撮ってアルバムにストックしている。


そこから2年間の交際を経て昭和34年に二人は結婚。翌35年に私が誕生。

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あたり前のことだけれど、二人の出会いがなければ今の私の存在はない…。父と母が出会ってくれてありがとう…なのだ。


母は当時を思い出し、「そういう時もあったね〜」と当時を振り返っていた。

夫婦げんかの絶えない二人ではあるけれど、それも愛情の裏返し…

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何度も夫婦間の危機はあったようだが、61年もの間やってきた二人…



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足腰は衰え、老いを静かに受け入れつつある父


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77年前に表彰された健康優良児を今なお誇りにしている母…



まだ出会って8年目のぴあぴと、この先どれだけ一緒にいられるかわからないけれど、やはり夫婦って大切な存在。

夫婦って一番近い他人…でも、必ず前世でも現世でも来世でも、切っても切れないつながりがあるのだろう。

父のラブレターでそんなことを感じさせられた。

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  1. 2020/05/20(水) 23:31:30|
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アーティスト:父高繁泰治郎

【アーティスト:父高繁泰治郎】

実家に介護に出向く日々…父の書斎からいろんな掘り出し物が出てくる。

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父がデザイナーとして勤めていた朝日新聞社後援の昭和31年(1956年)南極探検関連イベントの絵葉書、

このイラストは父がいろんな資料を元にして半分想像で描いた油絵。

実際のサイズはA2くらいらしい。


父は広島県福山市鞆の浦出身。

16歳で大阪に出てきて、定時制高校に通いながら絵の塾(絵画研究所)に通い、朝日新聞社で広告デザインの仕事をしていた。

そんなさなかに、出会った人物がいる。

日本の昭和期を代表するグラフィックデザイナー田中一光(たなかいっこう)氏である。

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彼は、京都市立美術専門学校(現:京都市立芸術大学)を卒業後、鐘淵紡績(後のカネボウ)入社。

そして、産経新聞社に入社。何かのきっかけで朝日新聞社に見学にやってきた際に父高繁泰治郎と出会う。

彼の2歳年下の父は、田中氏と意気投合。絵やデザインの話題で盛り上がる。

自身の朝日新聞社の独身寮に彼を呼んで泊めてあげたり、一緒に酒を飲んだりしたのだという。

父もまた田中氏の奈良の実家に泊まりに行ったこともあったようだ。

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田中氏は、めきめきと頭角を現し、大阪の吹田の万博では政府館1号館展示設計責任者に任命されたり、

1964年の東京五輪では参加メダルの背面[シンボルデザインをしたり、1970年の札幌冬季五輪では入賞メダルや参加招待状デザインなどもしている。

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30代なかばで独立し田中一光デザイン室を設立、主宰となる。

国際舞台で活躍、国内外での様々な賞を受賞、最終的には紫綬褒章、文化功労賞顕彰。


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生涯独身を貫いたようだが、浮いた話はほとんどなく、デザイン一筋の人生だったと…。

20代後半で田中氏が東京に行ってからは彼も忙しくなり、父が電話したものの再会するチャンスもないまま

71歳で急性心不全で他界されたという。



*上のイラスト数点は田中一光氏の作品…



*以下は父の作品…

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法善寺水掛不動にて、1959年11月26日



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1959年11月15日 奥の建物は難波高島屋らしい



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1959年当時の千日前



「俺の友達はみんな出世して偉くなっていったけど、

 俺はそういうチャンスに恵まれることはなかったなぁ」

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…高繁泰治郎・談





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テーマ:楽しく生きる - ジャンル:ライフ

  1. 2020/05/15(金) 23:20:44|
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プロフィール

KAY(高繁勝彦)

Author:KAY(高繁勝彦)
走る旅人:アドヴェンチャー・ランナー、サイクリスト(JACC=日本アドベンチャーサイクリストクラブ評議員)、ALTRA JAPANアンバサダー、 YAMANOVAコーヒーアンバサダー、ARUCUTO一本歯下駄アンバサダー、旅人、詩人・アーティスト、クリエイター、ナチュラリスト…。元高校教師(英語)。  
大阪府松原市生まれで、現在、大阪府富田林市に在住。妻はミュージシャンでかつてぴよぴよ名義で「らんま1/2」エンディングテーマ「虹と太陽の丘」を歌っていた。

楽天ブログ時代(2006.4.2)からノンストップブログ更新中。公式サイト 「PEACE RUN 世界五大陸4万キロランニングの旅」“KAY’S WORLD”もよろしくお願いします。 プロフィール詳細はこちら。 

二度の日本縦断(「PEACE RUN 2010日本縦断ランニングの旅(3,443km)「PEACE RUN2012 日本縦断ランニングの旅 PART2(3,482.3km)」で実質の日本一周ランニング6,925kmの旅を完結。 

2011年はPEACE RUN 2011アメリカ横断5,285kmランニングの旅を138日で完了。 2013年9月から163日で「PEACE RUN2013オーストラリア横断ランニングの旅」5,205kmを走破。 

2014年11月から2015年2月、83日でPEACE RUN2014ニュージーランド縦断ランニングの旅2,796.6kmを走破。 2016年7月〜11月、110日間で7カ国3,358.8キロ、「PEACE RUN2016ヨーロッパランニングの旅」を走破。 

2017年9月〜10月、「PEACE RUN2017四国一周ランニングの旅」1000キロ走破。2018年5月「九州一周ランニングの旅」で約900キロ走破。 

2011年3月14日、東日本大震災の3日後、「RUN×10(ラン・バイ・テン)運動」を発案・提唱、全国に展開させる。 

2012年末、facebook上の公開グループ、平和的環境美化集団"THE SWEEPERS"を発足、活動を展開中。 

2014年、一本歯下駄で世界平和をめざすfacebook上の公開グループ「一本歯下駄クラブ」を発足、活動を展開中。 講演・セミナー・取材などの問い合わせ・依頼は下のメールフォームでお願いします。

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