KAY'S BLOG

独行道~Lonesome Road of Running

2010年の終わりに

【2010年の終わりに】

*本日のブログは29日に書いて予約投稿でアップしています。筆者は現在潮岬に向かって走行中です。


西暦2000年のスタートからもう10年が過ぎてしまった。

「21世紀が来るぞ!」

と大騒ぎして浮かれていたのももう過去のこと。

平成の時代も22年たって、来年は23年。

恐らく日本の人口の4分の1くらいは平成生まれだろうか?

少子化の時代なのでもっと少ないか?



いずれにせよ、2010年(平成22年)が間もなく終わりを告げる。

その年の反省がなかなか次の年に生かせないことが多い昨今。

来年こそは「断捨離」を敢行しようと考えている。

要らないものはとことん断つ・捨てる・離れる…。



さて、今年捨てた一番大きなものは…?

それは自分にとっては職業=仕事だ。


ずいぶん身軽になったものの、同時に収入まで捨ててしまうことに…(当たり前といえば当たり前)。

大きなものを得るためには、何か代わりになるものを手放さないといけない。いわゆる犠牲となるものが必要なのだ。

2011年、アメリカ横断5000キロランニングの旅へ。

1991年の自転車によるアメリカ大陸横断旅行からちょうど20周年、節目の年。

それだけで終わるのだろうか…?

今はその先のことまで考えつつある。

その後も旅は続くのであろうか…ということ。

今はまだ答えは…師走の風に吹かれるまま…。



dawn_in_the_dunes2

(Illustration "Dawn in the Dunes 2" by kay)



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  1. 2010/12/31(金) 09:00:00|
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PEACE RUN WINTER 2010-2011 スタート!

【PEACE RUN WINTER 2010-2011 スタート!】

今日の午後1時、JR紀三井寺駅前をスタート。国道42号線を南下して、元旦の初日の出の時間午前7時に合わせて本州最南端潮岬を目指す。

総距離160キロ。年越しセンチュリーランということで今年最後、来年初のイベントとしよう。

当日スタート地点に応援に駆けつけてくれたり、最初の20キロを伴走しようと申し出てきてくれている仲間もいる。ありがたい限りである。

休憩や仮眠の時間を含めて40時間あまり見ている。

この3日間の天候はあまり芳しくない…というか大荒れの天気になるような予報だが…。

寒さも気になる。

例年、名古屋の熱田神宮と三重の伊勢神宮の間を走ることが多かった。2004年には伊賀市から伊勢神宮に向かう途中みぞれに降られ、路面がべとべとになり、シューズの中も氷水状態で泣かされた。2006年には四日市で8センチの積雪があったことも…。

トラブルやハプニングはつきものだ。いちいちぶうぶう言ってても仕方ない。

まとまった距離として走った最長距離が、昨年の伊賀市~熱田神宮の130キロ。今年はそれにプラス30キロ。寒さや睡魔といかに仲良くできるかが課題だ。

走りながら眠気でふらふらして田んぼや側溝にはまったりしては情けない。歩道のないところでセンターライン側によろよろして事故に遭うのもいやだ。

安全第一で楽しく走ること。

何より2010年が無事に終わることを感謝するとともに、2011年を気持ちよくスタートできるように…。


peace_run_2010-2011



旅の途中、要所要所でつぶやきながら実況レポートします。

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  1. 2010/12/30(木) 09:00:00|
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冒険を考える

【冒険を考える】

nakanishi_daisuke
(今年の植村直己冒険賞を受賞された世界二周サイクリスト中西大輔さん)


日本では、旅や冒険というのは、学術的な目的で行われる探検と違って、遊びの延長で見られてしまうことが多い。

これまでの歴史で、幾多の危険や障害を乗り越えて偉業を達成してきた冒険家たちも、実際にそう見られてきたのかも知れない。

ただ、世界の歴史の中で、自分を犠牲にして命の危険を冒してきたからこそ、いろんな発見があり、文明が築かれるファーストステップとなっていることだってたくさんある。そういう意味では、冒険も文化の一つであり、成し遂げられた偉業は、その国の財産と考えることもできる。



個人的な構想だが、冒険家や旅人を支援するようなNPOや組織は作れないだろうか。

自分のような旅をするにしても、いったん仕事を辞めて生活の保証もないまま世界に飛び出していく旅人は数知れない。JACC(日本アドベンチャーサイクリストクラブ)に所属しているメンバーの大半も、過去に世界を旅した旅人たちも同じだ。

旅を終えても、本を出版したり講演をしたりして、その収入だけで暮らしていければいいが、そんなのはあくまでも理想だ。

企業や組織のスポンサーをもらえるのは、アースマラソンの間寛平さんのように、それなりに経験とキャリアがある者に限られる。

どんな旅人でも冒険家でも、目的と計画がはっきりしていれば、それを支援することでさらなるチャレンジを続けられるように、サポートする組織が必要であると思っている。こうすることで、植村直己氏の後に続くようなすぐれた冒険家が育成されていく。組織自体が企業からの賛同を得て、日本国内の冒険家に冒険のチャンスを提供するわけだ。物資面でも資金面でもいろんなサポートがしてもらえればチャレンジャーにはかなりのプラスになる。


いろんなプロがあっていいのだ。

さらに、いろんなプロを養成する施設もあっていい。

アメリカではありとあらゆるものが学問となってしまう。日本ではオタク扱いにされるような人間も、アメリカでは大学の教授として研究に没頭している人もいる。

以前は日本になかったような、ゲームソフトを開発するための学科も今は増えてきた。昔は専門学校にしかなかったアニメのスペシャリストを養成するような学科もいくつかあると聞く。

冒険学校の構想は以前にもあったらしいが、なかなか新しいものを普及させるのは簡単なことではなかろう。地域や行政の理解も必要となるからだ。


今の日本は、旅人も少なくなってきているし、あえて辛いことや苦しいことに挑もうとする若者は限られてしまってきている。日本という社会がこの先どんどん閉塞状態になるかも知れないという危惧が、今の若者たちを見ていて感じられる。1980年代から1990年代、ちょうどバブルが崩壊するまでに当たるが、彼ら/彼女達の育ってきた環境がまさにそれを物語っている。

危険なことをさせないように仕向けている親も実際に多いのだろうか。

アウトドアで子供たちと時間を過ごす親も減ってきている。せいぜい河川敷の公園でバーベキューをするくらいのもの。子どもと山に登ったり、釣りをしたり、自然の中で過ごす時間を少しでも持っている親は今どれだけいるのだろう。

旅や冒険をする人間には、幼い頃の生活環境が大いに影響しているはず。

世界二周サイクリストの中西大輔さんも、その著書「世界130カ国自転車旅行」で、小さい頃から父上と虫を捕まえに行ったり自転車で走り回った経験を記されている。

自分自身も、幼い頃、父と過ごしたアウトドア体験は数え切れない。

初日の出を拝みに、大晦日の夜から元旦にかけて、雪が積もった金剛山(大阪府最高峰)に登ったり、夏は父の実家の広島県福山市鞆の浦の海で、一日中海に入って魚を捕まえたり釣りをしたり…。

簡単にあきらめない生き方、とことん一つのことをやり通そうとする姿勢、じっくり時間をかけて最後まで頑張る粘り強さ…。旅や冒険が与えてくれるものは、自分自身の生き方にも必ずプラスになっている。

四半世紀、教育現場にいて分かったこと…今の日本では、残念ながらこれとは逆の生き方が普通になりかけているような気がする。子供たちの体力はひと昔前に比べて衰えているというデータもあったし、根気よく時間をかけて何かをするという機会も、今の学校ではあまりないような気もする。

そもそも「生きる力」とは何なのか?

学校が、親が、社会が、もっと子供たちと向き合って考えるべきテーマであろう。子供たちは身近なところで起こっているものに興味・関心を持ち、そこから何かを学んでいくもの。

「冒険」というテーマで、子供たちにいろんなことを体験させ、考えてもらう場面を作るのもいい。総合学習の一環としてでも十分可能なことだ。植村直己冒険館でもそのようなイベントが行われていたりする。

旅や冒険をするチャンスが増えていくことで、もっと多くの若者たちが世界に飛び出して、その偉業に心動かされた子供たちが、さらにチャレンジしつづけていく…そんな日本が理想だ。

この国の、幕末動乱の時代を生きてきた志士たちは、不可能と思われていたことでも、とことんあきらめず、粘り強く、時間をかけ、命を懸けて取り組んできたことで新しい時代の夜明けを迎えることができた。

志(こころざし)ある若者たちが、夢と希望を持って何かに一生懸命に取り組める我が国ニッポンをつくるためにも、システムとしての冒険家育成のための組織づくりを願って止まない。



*お知らせ:

明日のスポーツニッポン(関西版)「寛平ちゃんのアースマラソン『走りたい~の』」のコーナーに登場予定でしたが、年明けに延期になりました。

ネット版はこちらを…。





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  1. 2010/12/29(水) 16:49:27|
  2. 冒険
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決断~Decision

【決断~Decision】

aurola_and_illusion


一生をかけてでもできないであろうことを

「やろう」と決めるのに

1秒もかからない


人生を変えてしまうような大きなことに

チャレンジしようと決断するのも一瞬のこと


やるかやらないか

人生は選択の連続

決めるのは誰でもない自分自身


自分で決めたことの責任は取らねばならない

そして

その結果も甘んじて受け入れること

たとえそれが

成功であっても失敗であっても



優柔不断は愚か

人生を変えうるものがあるとすれば

それは行動

そして

その行動を引き起こすべく

決断なのだ




(Illustration "Aurola and Illusion" by kay)


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  1. 2010/12/28(火) 17:45:02|
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ランニング道~マラソン講座⑦

【ランニング道~マラソン講座⑦】

PART7:疲労をためない+免疫力をつける

冬らしい寒空が続く。クリスマス寒波で北の方や山間部はまとまった積雪があるようだ。

ランニングシーズン真っ只中だが、この時期、ちょっと油断をしていると風邪を引いたりしてしまう。

二日酔いならすぐ回復できるものの、風邪を引くと長引くケースもあるし、今はインフルエンザの心配もある。

ランナーとして、まずは疲労をためないことが一番。

「運動はある意味で体の細胞を破壊する行為でもある」と生物のとある教師に聞かされた。

破壊された細胞が強くなって復活するから鍛えられるわけなのだ。

ところが、あまりに鍛えすぎれば、細胞は復活できないどころかそのまま滅びてしまうケースもあるのだそうだ。

筋肉を例に挙げるなら…。

筋肉は鍛えれば強くなるし、鍛えなければ弱くなる。また、鍛えすぎれば壊れてしまう。

この原理が体内のあらゆる細胞にも共通している。

細胞が壊れ始めると、免疫力も当然落ちていく。免疫力が落ちるということは、元気な細胞までもがパワーを失っていくということ。

加齢も同じ現象だが、じわじわゆっくりと細胞が滅びていくので急激なダメージはないはず。

体全体がマイナス志向になって、挙句の果て慢性疲労症候群で倒れてしまい、スポーツすることはもちろん日常生活にも支障をきたしてしまう。自分の周りにもそんなアスリートがいたから他人事ではない。


自分自身が守ってきた、冬のランで徹底すべき原則をあげてみたい。



1)追い込まない

いくら練習とはいえギリギリのところまで追い込むのはかえってマイナス。仕事にもマイナスになるようなランでは出世にも響くであろう。「もう少し走りたい」と思えるところで押さえておくのが次の練習にはプラスになるもの。

ランニング中毒症になると、疲れても走り続けるようになる。疲れを消すのは走るのが一番だと思い込んでどんどんハードなトレーニングを自分に課すようになる。

その内、走っても走っても記録が伸びず、疲れだけが残って慢性疲労が続く。

こうなるともう記録は絶対に伸びなくなるどころか健康をも損ねてしまう。

「プロではないのだから…」と自分に言い聞かせられることも必要だろう。



2)疲労をためない

翌朝に疲れが残るのは過労=オーヴァートレーニング。1)にも関連するが、疲労を抜くための努力も…。

温泉・マッサージ・栄養補給・休養…。

この夏、1日40~60キロ走れたのも、とにかく疲労を抜くことに専念していたおかげ。少しでも早く寝て睡眠時間を確保したり、深酒をせずあっさり切り上げたり、ヤマダ電機でマッサージチェアに30分くらい居座り続けたり…。

リラックスして、次に頑張ろうという気持ちになれるよう士気を高めておくに限る。

疲労をためないというのは、実は免疫力を高めるのと同じこと。疲労がたまれば、その疲労がストレスとなり、体中の細胞や神経系を攻撃する。だから免疫力も落ちてしまう。

肉体の免疫力が落ちれば、精神面でもマイナス思考になりかねない。

精神のマイナス思考はさらに肉体にもマイナスに働いてしまう。

「病は気から」まさにその通りなのだ。



3)体を冷やさない

特に中高年のランナーは要注意。内からも外からも体を温める工夫を。

入浴や暖房は外から体を暖めることになるが、体の中からポカポカ温まるように…。

自分もそうだが、暖房を聞かせていても、手足の指先が冷えてかなわない。

血液の循環をよくするように、暇があれば青竹踏みをしたり、手のひらの中でゴルフボールやくるみなどを転がしてみたり…。

寝る前に足湯につかるのも効果的。当然ながら汗をかいたらこまめに着替えを。



4)食生活を見直す

風呂上りには特に美味しいビールだが、体を冷やす一番の要因。焼酎のお湯割とか日本酒を熱燗で飲むとかするのが本当は体にはいい。

鍋を食べるのもいいし、根菜類(にんにく、たまねぎ、らっきょう、ねぎ、かぼちゃ、ごぼう、しょうがなど)は体の中で熱を作り出してくれるので積極的に摂るのが理想。スープなどの温かい飲み物もOK。

ビタミンCは消耗した体力を回復させるだけでなく、風邪のひきはじめに摂取するとウィルス感染を防ぐ働きがあるので非常に有効。細胞の抵抗を高めるビタミンAも必須。



5)生活環境に配慮する

冬場は空気が乾燥する。エアコン等を入れればなおさら乾燥してしまう。

できれば部屋を加湿して60~80%の湿度を保つ。ウィルスは湿度を嫌うのだ。

また、乾燥していると口から喉へとウィルスに感染しやすい環境になるので加湿に加えて、部屋の換気をすることも忘れずに。



6)医者や薬をあてにしない

「病気はしない、したらそれは死ぬ時」と今は割り切っている。

薬はあくまで症状を抑えるだけのものであって病気を治してくれるものではないということ。

医者も同じだ。病気のカウンセリングはしてくれても、最終的には自分の内にある自然治癒力がなければどうにもならないのだから。

自分にとっての薬は適切な食事と運動である。これらにまさるものはない。

働き盛りの中高年世代は、いつ何時どんな症状が現れるか分からない。健康診断を受けるのはもちろんだが、ふだんから健康に関する意識は高めておくに限る。



風邪を引いたら…。

まずは安静。自分の場合はひと晩で治すように努めるが、とにかく上記3)体を冷やさず暖め続けること。

熱い湯にさっとつかって、思い切り着込んで布団に入る。毛布を一枚でも多くかけて寝る。

寝る前に暖めたスポーツドリンクを500ml飲む。夜中のどが渇いた時に備えてスポーツドリンクを多めに作っておく。汗をかいたら着替える。

風邪薬は飲まない。ここ40年くらい風邪薬は飲んでいない。昔から風邪薬を飲むと骨が溶けると父親に教えられた。その代わりに、梅干やはちみつレモンなどでクエン酸をしっかり摂る。生姜湯やかりんのドリンクものどの痛みに効く。

たいてい、この方法で自分は翌朝目覚めたら回復していることが多い。回復しない場合には相当疲れがたまっているということだ。



軽い初期の風邪なら走って治すのが自分流。

以前、といっても20数年も昔のこと。風邪のひき初めで、熱が38度あった。

その日がハーフマラソン。とりあえず、会場に行くだけは行ってみようと思い会場へ。

受付をしてから、とりあえずスタートラインには立つだけ立とうと思ってスタートラインへ。

号砲一発スタート…。走れるところまで走ってみようと思って自嘲気味で前半をセーブしながら走った。

すると、どういうわけか調子が上がってきて、中間地点を41分で通過。後半疲れも出ずさらにペースアップして後半は40分ジャストで走り、自己歴代記録NO.3の1時間21分でゴールできた。

ゴールしてクールダウンしている時に気づいたのだが、「あっ、風邪ひいてたんだっけ…」と思った時にはもうケロッとしていた。

ランで風邪を治した初めての経験だった。メンタル面が肉体面に勝るというケースだ。今は恐ろしくてそんなことはしたくてもできないだろうけど…。



繰り返すが、お金はためても疲労とストレスと借金ははためないこと。ストレスのない生活は実際ありえないのが今の社会。極力ストレスフリーにするためには、自身の積極的なメンタル・マネジメントを心がけるしかない。

生きるとは、ある意味疲労やストレスとの戦いだ。戦いに打ち勝つためには武器となる免疫力をつけること。肉体的にも精神的にも鋼(はがね)のように強靭な自分でありたい…。



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(Illustration "Winter Pass" by kay)

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  1. 2010/12/27(月) 19:11:36|
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自省録 #122610

【自省録 #122610】

ここ数日部屋の片付けに時間をかけている。大掃除とまでは行かない。単なる「片付け」である。

自分の部屋は現在物置状態で、あちこちにがらくたの山ができている。これは3月末まで仕事をしていた職場でもそうだった。

足の踏み場もないくらいで、いつか片付けようと思ってもう何年もそのままになっているものもある。

何年も前に買ったモノがまだ使われないまま(書籍やCDなど)置かれているモノも少なくない。

押入れや収納庫に入れられたモノはかなり昔から放置状態になっていて、そういったスペースに片付けられないがためにテーブルやフロアの上に積まれていくしかないわけだ。


いろんなモノを捨てたりまとめたりしている内に、あることに気がついた。

以前は整理整頓が得意だったはずなのに、離婚を経て独身貴族になって物を増やし始めた結果、片づけが苦手になったのだが、その根本的な原因が何となく分かってきた。


現状を客観的に見ると、今の自分は…

1)モノをためる傾向がある(特に同じような種類のモノをいくつも集めている)

2)収納することが苦手でいろんなモノ(特に書籍やCDなど)を積み上げる傾向がある。

3)必要でないモノまでも捨てずに残している(だからモノをためてしまう)

4)同じ種類のモノがあちこちに散乱している

5)モノを増やしたことが原因で探し物が下手になった

6)探し物を見つけられなくて、新たに買い直した後に探していたモノを見つけている


これらを総合して自己分析すると…

1)ムラッ気が多く、気が散りやすい(浮気性か?)

2)ひとたび夢中になると他が見えない(でも、飽きっぽい)

3)熱しやすくさめやすい


というふうになる。



2011年、もうモノをふやすまいと心に決めようと思うが、悲しいかな、貧乏人の性(さが)はそう簡単には変えられないのだ。

実は、何年も前からこんな風に感じていたが、現状はさほど変わっていない。モノを増やすスピードと増えていくモノの量が少し少なくなったくらいのものだ。

今の内にできるだけ要らないモノを処分して、「捨てる」「整理する」を徹底しておこう。

今、自分がこの世からいなくなったら…誰が後片付けを担当するかは分からないが、相当大変な作業を強いられることになるだろう。



結婚する前に、今はもう別れてしまった元妻に部屋の片付けに来てもらったが、いろんなモノを捨てさせられた。

小学校時代にもらったラブレターとか、自転車旅行で全国で集めてきたキーホルダーとか、アウトドアや自転車の雑誌のバックナンバーだとか…。かなりの量のゴミが出て、それでも引越しは荷物が多くて大変だった。

あれも捨てて、これも捨てて…最後には自分が捨てられて…(自虐ネタです…笑)。


捨てればゴミだが、残せば思い出になる。

この時、男はロマンティストだが、女は現実主義者であることを悟らされた。


どうせあの世には何ひとつ持って行くことはできないのだ…。

モノを増やそうとする心(=物欲)を棄ててしまうことなんだろう。



今年もあと数日…師走の風に吹かれながら考える。

仕事も地位も収入もない今の自分にあるのは、山ほどのガラクタと野心くらいのもの。

この夏の日本縦断の旅を経て、少しはシンプルな生き方を心がけるようになったつもりだが、まだまだ自分は甘い。

生きるのに必要な最小限のもの…命と健康…を大切に携え、2011年は日々感謝の気持ちを持って細々と生きていきたい。



大晦日、どこで除夜の鐘を聞くだろうか。

自分の内にある108つの煩悩をことごとく打ち消して自身を浄化し、穢れなき心のままでいるために、ただ黙々と、延々と走り続けよう。


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*注: ちなみに私が今年一番お金を使ったのは、飲食費と交通費と宿泊費でした。



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  1. 2010/12/26(日) 16:14:28|
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ランニング道~マラソン講座⑥

【ランニング道~マラソン講座⑥】

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*PART6:草食獣と肉食獣、ピッチとストライド

ランニングフォームや筋トレなどにももちろんこだわりを持っていた自分だが、もっといろんな角度から速く走るためにどうしたらいいのかを20数年も前から考えていた。

アフリカの高地、エチオピアなどに暮らしているランナーは元々ランナーに向いた体が生まれた時から備わっている。そんな連中と比べてもどうにもならないわけである。

今ある体を資本に、ランナーとして体をどう改善していくかを考えた時に、草食動物的な人間になろうとある日考えた。

80年代後半は、父親が健康診断でコレステロール値が高く、医者から食事を改善するようにアドバイスを受けた時期。

その頃自分は、実家近くのマンションに一人暮らししていたが、風呂と洗濯と夕食だけは実家に帰っていたのだ。

母親も肉料理は作らなくなり、野菜と魚中心の食事が中心になっていた。時々鶏肉がテーブルに上ることはあったが、豚や牛はほとんど口にしなかった。

野菜も生ではなく加熱したものが多く、煮物や鍋も楽しんだ。わかめや昆布などの海藻も大量に食べた。

自分自身は肉は好きな方ではなかったから、特にそんな食事に不満があったわけでもなかった。

お米はほとんど食べず、豆腐や納豆は毎日食べていたし、動物性のたんぱく質は牛乳やチーズ・ヨーグルトなどの乳製品から摂るようにしていた。

当時の体重は62~3キロ。身長は178センチ。体脂肪率は6~7パーセント。

この体で、10キロとハーフの自己ベストを記録。その年のホノルルマラソンで初めてサブスリーを記録。



同じ4本足の動物でも、ライオンやトラのような肉食獣と、キリンやシマウマなどの草食獣とでは、大いに走り方が違う。

ライオンやトラは短距離をスピードを出してパワー中心で走るのに対して、キリンやシマウマは長距離を長時間スタミナで走ることができる。肉食獣はストライドで、草食獣はピッチで走るわけだ。

もしキリンやシマウマが、ライオンやトラから逃げ切るためには、スピードでは勝てっこないので距離で勝負するしかない。長時間逃げ続けてライオンやトラのスタミナが切れるのを待つのだ。

自転車競技者にもあてはまることだが、ロードバイクに乗る際に、軽いギアを足の回転で走るライダーと、重いギアをパワーとスピードで走るライダーがいる。前者はピッチ走で走るランナー、後者はストライド走で走るランナーと共通するものがある。


日本歴代記録を持つマラソンランナーの大半がやはりピッチ走で走っていることを考えれば、日本人にはストライド走は実際あまり適していないようにも思われる。これは日本人の胴長短足の体形にも影響しているのだろう。

ただ、生活様式や食生活も欧米化してきたことから、日本人の体形もずいぶんと変わってきているのは確かだ。短距離選手の中にも欧米の選手に負けないスピードとパワーを持った選手も現れてきているからだ。実際そういった選手の体形も昔のマラソンランナーとは格段違ってきている。

もしストライド走を極めようと思うのなら、強靭な上半身が必要だ。厚い胸板を作り、鋼のような腹筋を作るべきだろう。

ピッチ走とストライド走を使い分けれればレースでは強みだ。いろんな状況下で走りのシフトチェンジができるわけだから。ロードバイクのローからトップギアへ自由にチェンジできるような走りであれば、坂道でも平地でも怖いものなしなのだ。


末續慎吾氏は、その師高野進氏の指導を受け、高野氏が考え出した走法で、世界陸上(2003年パリ大会)の200mで銅メダル(この種目では日本人初のメダル)を獲得した。

何かの雑誌の記事で読んだ記憶があるのだが、高野氏の生み出した走法で走るには、体の背面をとことん鍛える必要があるということが強調されていた。黒人のパワーに匹敵する走りをするために、特に大臀筋(尻の周り)の強化が必要であるということだ。

この記事を読む以前に自分自身が試みていたのは、バック走。グランドや公園の芝生の広場でやってほしいが、後ろ向きに走る練習。転倒して後頭部を打たないように注意しないといけない。前傾姿勢でつま先で蹴り出すことを意識する。慣れてきたら大きなストライドで走る。

個人的によくやっていたのは河川敷の堤防の急斜面でのバック走だ。キック力が断然アップする。

陸上部を顧問していた際には、このバック走以外にも、お腹を上にした状態の四つんばいで地面を移動するという練習。これは小さなお子さんがいるお父さんなら、子どもをお腹に乗せてお馬さんになるような感じ。

生徒たちには、この状態で前後にも左右にも高速移動させていた。お腹が沈まないように臍を天に突き出したフォームだ。この練習では、背筋だけでなく腕と肩も同時に鍛えられるというメリットがある。肩こりも解消される。

普段普通に走っているだけでは鍛えられない部分を強化するという発想が大事だということを自分自身は理解している。

いろんなマニュアルがあるが、マニュアル通りやったけどうまく行かなかった…そういうのは当たり前のこと。世に出回っているマニュアルはあくまでも一般論であり、どんなマニュアルも自分なりにアレンジすることが必要なのだ。

型破りな発想ほど新しいものを生み出す。東海大学の高野進氏の考え方には共感するものが多い。「従来通り」という発想は、どんな場面でも一考する価値はあるのだから。


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  1. 2010/12/25(土) 17:28:12|
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独行道

【独行道】

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今日走りながら考えていたこと…。

自分は、10年以上連続してひとつの場所にとどまったことがないという事実。

19歳で大学の近くのアパートに下宿して、23歳から34歳は実家の近くのマンション住まい。

35歳で結婚するも40歳で三重県に単身赴任、生徒たちと同じ学寮暮らし。42歳で離婚してまたアパートに一人…現在に至る。

その間、一人旅で国内外のあちこちにでかけた。


一人でいられる気楽さ…。

風の吹くまま気の向くまま、自由にどこへでも飛んでいける鳥のような気分。

ただ、自分にも妻と娘が過去にはいたから、家族と暮らすことの良さもある程度は経験している。


これから先のことは特に考えていないし、行き当たりばったりの出たとこ勝負でどうにでもなるし、どうにでもするつもりだ。それだけの柔軟な生き方はできるはず。


宮本武蔵の有名な「五輪書(ごりんのしょ)」と平行して書かれた「独行道」という書がある。

武蔵自身も妻帯せず生涯独り身であった。それがいいかどうかは別の問題として、剣の道を究めるためには一人で生きることがやはり必要だったのだろうと思う。恋愛が不要だとは言わないが、恋愛に溺れて自分の生涯の目標を達成できないのは、価値のない生き方と武蔵は感じ取っていたのかも知れない。

自分の身の周りにも独身がたくさんいる。彼らは結婚経験のないものもいれば、バツイチやバツ2やバツ3であったりする。教え子の中にも20代前半で結婚して離婚経験者も何人かいる。

幸せな結婚があるのかどうかは分からないけれど、大切なのは今あるがままに、ありのままに生きることを楽しむことだと思う。

仕事に生きがいを見出すもよし、趣味をとことん楽しむもよし。生きているだけで丸儲けと思うこと。この世に与えられたたったひとつの我が命、それゆえに死ぬまでは楽しむ時間があるのだから。苦しいことも辛いことも当然あるのが人生。

でも、今が辛い・苦しいと考えている人々は、よくよく考えてみてほしい。辛さや苦しみを経験するために自分が生まれてきたのではないということ。この試練を乗り越えたら、きっと次には楽しいことが待っていると信じて頑張ることだろう。



今日は昼前に名張の夏見総合公園のトレイルを走った。



かなり強い季節風が吹き荒れていて、公園内も人は少なく、テニスのグループが数名いただけだった。

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枯葉のじゅうたんの上をゆったりまったりと走る。年末の慌しさはここでは全く無関係だ。

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それから買い物へ。今日はクリスマスイヴ。

ささやかながら、ひとり暮らしのテーブルにもごちそうが…。

チキン…。骨付きのチキンは苦手なのでチキン南蛮を買ってきた。

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そして、(デコレーションはないけれど)ケーキ…。

cake


クリスチャンでもない自分も世界平和を祈って…。

来年こそ世界中の人々が平和に暮らせますように…。

メリークリスマス!


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芋焼酎を飲みながら食べるケーキも格別…。

BGMはこちら…。




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  1. 2010/12/24(金) 19:48:48|
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ランニング道~マラソン講座⑤

【ランニング道~マラソン講座⑤】


*PART5:ぶれない走り

前回は腰高のフォームについて話したが、今日もフォームに関して…。

その昔、SB食品に所属していた瀬古選手の全盛期時代の走りを間近で見ていた知人が観察していたのは、道路の路肩の白線上をきれいにトレースして走っていたということ。

瀬古選手の体がその白線の上を流れるように、あるいは滑るようにスムーズに駆け抜けていくわけだ。



愛知県の県立高校で陸上部の顧問をしていた際に、この話で思いついたのが、次のようなトレーニング…。

歩道と車道を分けている高さ15センチほどのブロックがある。この上をバランスをとりながら走り抜けるというものだ。

交通量の多いところは絶対避けよう。大きな市民公園内にもこういったブロックがあればぜひトライしてみて欲しい。あるいは視界が限られる夜も避けて明るい内に走ろう。



ブロックの上では、慣れないと必ず体が左右にぶれる。速いスピードで駆け抜ければまっすぐ走れるだろうが、ある程度スピードを落として走れば、ちょっとした左右のアンバランスで体勢は崩れてしまう。

前回の内容を踏まえて整理してみよう。ポイントは、①スピードは上げず、②ピッチを小さくして、③腰高フォームで、④一直線上を走ること。

現役の高校生たちに試しにやらせてみたら数ヶ月で効果が現れてきた。状態がぶれない走りは、ロースピードでもミッドスピードでも通用する。800mや1500mのメンバーも、5000mの選手のタイムにもそれが顕著に現れた。1年後の10キロロードでは多くの選手に2~3分タイムの短縮が見られたのもうれしい結果だった。



足首や股関節の柔軟性に乏しい人は故障が起こりやすいといわれるが、ストレッチをこまめに。特に寒い時期は、体が温まらない内にいきなりハイスピードで走りだすと故障の元。ジョグで体を温めた後にストレッチをして、一通り走り終わったらスクワットやカーフレイズ(かかとの上げ下ろし)などの補強運動を入れるといい。

上体がぶれないことで視線も一定。どんな地形でもその地形に合ったフォームで走ることができるだろうし、登りでも下りでも安定した走りが楽しめるはず。特にフルの残り10~15キロで、疲れてしまって完全に崩れたフォームであえぎながら走るというようなこともなくなる。トップランナーがラストスパートできるのは、絶対的な走り込み量の差やメンタル面での強さなどもあるが、後半ほどぶれない走りを意識しているのだろう。

メンタル面も同じなのだ。暑かろうが寒かろうがたとえ小雨だろうが、毎日走ると決めたら走り続ける…心もまたぶれないように走りたいものだ。


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* 足(脚)で走るのではなく、心と魂で走る…

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  1. 2010/12/23(木) 17:05:01|
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KAY'S WORLDの歴史

【KAY'S WORLDの歴史】

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2001年に初めてホームページ“KAY’S WORLD”なるものを作った。

自分にとって最初に購入したのはシャープのノートパソコン、メビウス。ちょうどその前年に名古屋の大須で買ったものだが、ハードディスクはたったの6ギガバイトしかなかった。

そういうわけで我が家のインターネット元年は西暦2000年となる。

パソコンの使い方もイマイチ分からぬまま、ホームページビルダーを買ってきて、試行錯誤でホームページ作成に挑んだ。

当時39歳。それまでワープロをずっと使っていたせいである程度機会アレルギーは免れていたものの、PCとワープロではいくらか勝手が違う。

何とか完成したホームページ。今から考えれば相当ちゃちなものだったけれど、マイホームを購入して一国の大名になったかのような気分だった。

2006年にブログを始めてからはホームページの更新もほとんどしなくなって、その内SNSなるものがあちこちに誕生してきた。

ツイッターがさらに登場してきてメディアの世界は慌しくなる一方。

デジカメもその都度進歩してきた。

2001年、初めて買ったデジカメは130万画素で2万5千円くらいした。それから数えるとこれまで7台のデジカメを使っていることになる。

ブログやSNSは既製品という感じだが、ホームページは手作りのもの。製作者の個性やカラーがサイトにダイレクトに現れるといっていい。

今回、そのホームページを大幅にリニューアルした。きっかけとなったのは、2週間ほど前に外付けのハードディスクに保存していたデータの一部が消えてしまったことによるのだが、この2週間あまり、こつこつと作業に励んで何とか今の形ができあがった。まだ大半が工事中なので年内に何とか完成させたい。

教員をしてた頃にも、クラスや寮のホームページを作って自分のサイトにリンクしていた。

情報を提供する場としてホームページやブログは重宝している。

自分がこの世からいなくなった後にも、こういったブログやホームページが自分の歴史として残るのだろう。

生きた歴史を刻まねばならない。自分の人生を価値あるものにするためのツールとして、今後も大いに活用して行こうと思う。



*お知らせ:

私の公式サイト"KAY'S WORLD"をリニューアルしました。URLは以前通りです。

http://www.h2.dion.ne.jp/~viento/

「PEACE RUN 2010 日本縦断ランニングの旅」のURLも次の通り変更になっています。

ブックマークされていた方は変更をお願いします。

http://www.h2.dion.ne.jp/~viento/peace_run_2010_contents.html

テーマ:ホームページ・ブログ制作 - ジャンル:コンピュータ

  1. 2010/12/22(水) 20:00:43|
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ランニング道~マラソン講座④】

【ランニング道~マラソン講座④】

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*PART4:楽に長く走るために~自分の走りにこだわる


走り始めた頃、当時勤務していた高校の陸上部顧問のM先生にいろいろと指摘された。

「跳ねるように走ると膝や腰を痛める」というのがまずひとつ。

剣道をやっていたせいで跳躍力があったから故障もしなかったのだが、M先生に最初に手ほどきしていただいたピッチ走では、「ストライドは小さめに」ということだった。

歩幅を広げれば確かに速く走れるに違いないが、ビギナーにはエネルギーの無駄使いにしかならないのだ。

楽なピッチで走り、シフトチェンジで足の回転を速くしたり遅くしたりすることでスピードを調整できる。特にフルマラソンやウルトラマラソンでは効果的なのだ。

M先生が陸上部の長距離パートの生徒たちに指導していたピッチ走法の練習が、長い緩やかな下り坂で、できるだけストライドを小さくして、高速回転でピッチ走法をするというものだった。

左右の足をスムーズに入れ替えるのはもちろん、体が上下に動かないように、腰に重心を置いてスムーズに走る。後ろから誰かに見てもらえれば分かるが、頭が上下に揺れている人は、平地を走っていても上下動がある。上下動が続くということは、内臓も揺れる。長時間内臓が振動するのはそれだけでストレスになる。

M先生は上下に揺れる生徒たちには、あたまにたたんだタオル(あるいは教科書)を載せて、それを落とさないように坂道を走らせていた。

自分が愛知県の某県立高校で陸上部の顧問をしている時には、3つくらいの鈴にひもをつけ首にぶら下げさせてみた。上下動があれば必ず鈴が鳴る。入部してきたばかりの初心者が走れば、やはり激しく鈴が鳴るもの。だが、2週間くらいでその音もしなくなる。

もしパートナーがいれば、自分の走りを側面からデジカメの動画で撮影してもらえばいい。

今は食事もほとんどテーブルで取ることが多いから、中高生の大半は猫背になりがち。正座をする機会がある人間は茶道とか書道、武道など「道」とつくものをたしなむ者に限られてしまう。

腰骨を立てる…。これは腰高フォームを作るのに必要な動作だ。後ろから見て背中が丸まっているのは見た目も貧相だし、走っていて肺が呼吸をしづらくなる原因にもなりかねない。

両肩を後ろに引くことを意識して胸からへそ辺りを前に突き出すような姿勢で走る。

臍から上は心持ち前傾姿勢。ただ、多くのビギナーランナーは胸から上だけ前傾してしまいがち。

テレビの駅伝やマラソン中継でトップランナーの走りを見てみよう。臍から上の部分の状態がどうなっているか確認して欲しい。


走るという行為は、気を付けをした状態で、少しずつ前に倒れようとすると片方の足が前に一歩出て支えてくれる。この動作が左右に連続することで走るという行為が生まれる。

さらには、猫背にならないために自分が考えたのは、両手を上に上げ「万歳」状態で走ること。両手の手のひらを頭上でぴたっと合わせて、肘の側面で耳を覆うようなスタイルを作る。

のちにふれるが「ナンバ走」というのが、状態をひねらず走るフォームで、日本人にはもっともふさわしいランニングスタイルと言われている。

いろんな試行錯誤があって25年走ってきたが、最初の内は、走り込んでいけば「楽に長く」走ることができるということが分かった。3年くらい経過して「楽に長く」に加えて「速く」走るという課題が生じてきた。

この「マラソン道」では練習メニューは提示していない。万人に合った効果的な練習法というものは決してないわけではないが、いろんなスタイルを試してみて自分だけのオリジナルの練習法を作るのが実は一番大切なことだと考えている。

ビギナーが陥りやすい危険(故障やトラブルなど)についても考えてもらいたいが、ベテランになってもタイムや記録にこだわれば必ずいろんな障害が付きまとう。

どこまで自分を追い込むか…といったテーマになればこれはもうアスリートのレベル。

走り始めて数年というビギナーランナーが、アスリートへの道を目指すかどうかはここでは問わない。

「そんなレベルまでは行くつもりはないが、ある程度楽に長く、速く走りたい」というランナーのためのノウハウを今後も引き続き提示して行こうと思う。




*お知らせ:

「年越しPEACE RUN 紀三井寺~潮岬センチュリーラン」は、12月30日木曜日、午後1時ごろJR紀三井寺駅をスタートする予定でおります。

三重県伊賀市を午前10時ごろ出て、JR紀三井寺駅着12時59分の電車を利用します。


途中、何ヶ所か休憩ポイントを設けます。

道の駅志原海岸(西牟婁郡白浜町)とイノブータンランドすさみ(西牟婁郡すさみ町)は確定。これ以外にもおすすめの休憩ポイント等がありましたら情報提供下さい。



テーマ:マラソン - ジャンル:スポーツ

  1. 2010/12/21(火) 18:12:59|
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PEACE RUN WINTER 2010-2011

【PEACE RUN WINTER 2010-2011】

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今年もあと10日あまり。

年末恒例のPEACE RUN冬版、本来PEACE RUNは冬の年越しイベントだった。

第1回目となった2004年には、三重県伊賀市から伊勢神宮を走る75キロ

2005年はお休みで、翌2006年に熱田神宮~伊勢神宮(110㌔)、2007年はその逆のルートで伊勢神宮から熱田神宮(110㌔)、2007年から夏版がスタートし、びわ湖一周180キロを3泊4日で走った。その冬も伊賀市~伊勢神宮(75キロ)、翌2008年夏は淡路島一周190キロを3泊4日、その冬は過去最長距離の伊賀市~熱田神宮(130キロ)を走っている。

そして、ロンゲストバージョンPEACE RUN 2010日本縦断が今年2010年夏、日本最北端北海道宗谷岬~日本最南端波照間島(3443キロ104日間)を完走。

スピードは無視、のんびりLSDペースで、ただ黙々と走り続ける。夏は泊まりの旅が中心だが、冬のPEACE RUNは原則泊まりなし。仮眠や休憩はとるが、延々と走り続けるのがお約束となっている。

特に伊勢と熱田の間は例年非常に寒く、オールナイトのコンビニでしばらく休憩した後走り出すが、走りながらも震えが止まらないくらい寒い。

2010年から2011年にかけては暖かい紀州路を選んだ。南なら多少は暖かいだろう。

距離は160キロ。文字通りのセンチュリー(100マイル)ラン。

過去の事例からすれば、休憩を入れて走ると平均時速は5~6キロ。歩くのとさほど変わらない。

35~40時間はかかるだろうか。まるまる2日間くらい走るつもりでいた方がよかろう。

スタートは大晦日の前日2010年12月30日木曜日の午後にJR和歌山線の紀三井寺(きみいでら)駅。

ゴールはそこから約160キロ先にある本州最南端潮岬(しおのみさき)。

国道42号線を主にたどっていくが、過去に自転車で紀伊半島一周をした際にもこのルートは経験済み。途中に峠が何箇所かあるし、歩道がなく路肩も不完全な場所がいくつもある。御用納めの後で多少車は少ないかも知れないが用心するに越したことはない。

潮岬から眺める2011年の初日の出に向かって世界平和を祈願しよう。

2011年はさらなる冒険が続く。アメリカ横断ランニングの旅を無事成功させられるように、まずはこの走りでアメリカ横断PEACE RUNプロジェクトを起動させよう。


*サポートのお願い:
全く個人的なイベント・プロジェクトとしてスタートしたこのPEACE RUN、ブログを見ていただいている方、ツイッターでフォローしていただいている皆さん、年末年始のお忙しい時期かも知れませんが、もし多少時間に余裕のある方がおられましたら、ぜひともサポート(沿道での応援あるいはコースでの伴走等)よろしくお願い致します。

スタートからゴールまで全行程160キロのライヴ中継をツイッター上で行います。テレビで「紅白歌合戦」や「ゆく年くる年」をご覧の皆さんも、その合間にまた応援ツイートいただければ幸いです。


*お知らせ:
来年2011年は「日本最北端の碑」建立50周年ということで、稚内市観光交流課が、自転車、徒歩、バイク等で日本列島縦断に成功した方の情報を募集中です。

詳細はこちらを…。

テーマ:自分らしく生きるために - ジャンル:ライフ

  1. 2010/12/20(月) 19:06:54|
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ファンラン@大阪城+オフ会@王将

【ファンラン@大阪城+オフ会@王将】

今日は、ランニング関連のSNSであるイザ!ランニング部の非公認組織「チームユニクロ(単にユニクロのウェアを着て走っているだけの集まり)」の2010年走り納めと忘年会ということで、大阪城公園を走った。

ランを楽しんだのは、チームユニクロのオリジナルメンバーのanchinさんと酒盛竜馬さんと私、そして先日皇居ランの集まりでご一緒したドタバタさんが神奈川から来阪、加えてドタバタさんのご友人のガネさん、初顔合わせの伸やんさん。



午前9時に京橋駅南口のランナーズプラスに集合だが、既に8時過ぎには京橋駅に着いていて、寒いので辺りを走ってウォーミングアップしていた。

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210347257 posted by (C)KAY.T

9時にはメンバーが揃っていた。みなさん着替えを済ませて、徒歩で大阪城公園へ。

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210357091 posted by (C)KAY.T

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RIMG0493 posted by (C)KAY.T

みんなで記念撮影。

約2時間、地元出身のガネさんのガイドでいろんなルートを走った。

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RIMG0496 posted by (C)KAY.T

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RIMG0504 posted by (C)KAY.T

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RIMG0497 posted by (C)KAY.T

皇居周回コースに比べて公園内の道が広く、気持ちよく走れた。

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RIMG0503 posted by (C)KAY.T

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RIMG0498 posted by (C)KAY.T

朝は結構冷えていたが、快晴で、時間がたつにつれ気温は15度くらいまで上がった。

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RIMG0505 posted by (C)KAY.T

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RIMG0499 posted by (C)KAY.T

ただ、空気が乾燥していたのでやたらのどが渇いた。

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RIMG0494 posted by (C)KAY.T

途中休憩を入れて何やらランニング談義…。

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RIMG0501 posted by (C)KAY.T

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RIMG0500 posted by (C)KAY.T

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RIMG0507 posted by (C)KAY.T

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RIMG0508 posted by (C)KAY.T

ラストの40分で思い思いのペースで自由なコースを走る。

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RIMG0502 posted by (C)KAY.T

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RIMG0506 posted by (C)KAY.T

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RIMG0513 posted by (C)KAY.T

金箔を吹き付けて化粧直しした大阪城の天守閣まで走った。

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RIMG0514 posted by (C)KAY.T

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RIMG0515 posted by (C)KAY.T

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RIMG0517 posted by (C)KAY.T

日曜日で観光客もたくさん来ていた。

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210409062 posted by (C)KAY.T

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210441376 posted by (C)KAY.T

11時30分には走り終わって、再びランナーズプラスに戻り、電車で森ノ宮に向かった。

当初は餃子の王将京橋駅前店に行く予定が、予約不可能ということで餃子の王将森ノ宮店に急きょ変更。

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210461315 posted by (C)KAY.T

12時半に店に着いたが、2階席があって、10分ほど待っていたら8人分の席が取れた。

ここでニューフェイスのgenさんと、富田林市民マラソン10キロを総合6位の賞状を手に現れたモリモッチャンさんが合流。

入店してすぐにお水がテーブルに置かれたが、さすがに誰も手をつけず…。

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210491881 posted by (C)KAY.T

生ビールがやってきた。

餃子の王将だけに、餃子は注文してすぐにやってきたが、生ビールだけはやたら遅い。

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210492166 posted by (C)KAY.T

餃子に、たこの唐揚げ、えびの天ぷら、鳥の唐揚げ、レバニラ炒め、ピリ辛ソーセージ、甘辛手羽先…料理もたらふく食べた。今日走った分のカロリー以上に食べて飲んだかのような…。

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210493387 posted by (C)KAY.T

酒豪のモリモッチャンさんは日本酒8号くらい飲んでご機嫌…。

店内の若い女の子の二人組にわざわざ挨拶に行くという礼儀正しさを身につけたお方…。

3時半ごろには店を出て、モリモッチャンさん率いる南河内軍団(anchinさんと竜馬さん)とgenさんがじゃんじゃん横丁に二次会に繰り出した。

今日神奈川まで新幹線で帰るドタバタさんとガネさんと伸やんさんと私は一次会でお別れ。

モリモッチャンさんがドタバタさんをいたく気に入られたようで、森ノ宮駅で抱擁+接吻の場面があったような…。


皆さん、楽しい時間をありがとうございました。

またの機会(次は新年会かな?)を楽しみにしています。

*今日掲載した写真はこちらにアップしています。

テーマ:今日の出来事 - ジャンル:日記

  1. 2010/12/19(日) 21:01:57|
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ランニング道~マラソン講座③

【ランニング道~マラソン講座③】

◆PART3…体のパーツを鍛える

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ひとくちにマラソンといっても、本来は42.195キロ(フルマラソン)の距離を走るものだったのだが、今は3キロでも5キロでも10キロでもマラソンと呼ばれるようになった。

たいていの市民マラソンはオンロード(舗装路)で競技が行われる。

一方で、オフロードを走る山岳レース、いわゆるトレイルランニング(以前はクロスカントリーと呼んでいた)も最近は人気が出てきた。

アスファルトの上を走ると(特に夏場は)シューズの減りが早くなるし、脚への負担も地道を走るのに比べて大きくなりがち。

土や芝生の上を走れるのなら極力練習ではそうするのがいい。柔らかな土の感触は足にもシューズにも優しい。

ビギナーが跳ねるようにしてけっこうなスピードで無理して堅いアスファルトの上を走れば、瞬く間に故障が起きる。自分がかつてそうだった。

歩きから始めてみるのもいい。歩きに慣れてきたら早歩き…息が上がるペースで大きく腕を振って堂々と歩く、いわゆる「パワーウォーキング」だ。大またで、蹴りだす足にも意識をしよう。


腕振りは実は意外にランニングにとっては大切なもの。腕を左右に交互に振ることで走りの推進力を生み出すのだ。ビギナーは肩を振って走りがちだが、肘を後ろに思い切り引くつもりで振るのがいい。本来は体側に平行になるように振るのだが、意識の上では、肘が背中の中心にまで引きつけられるような感覚。

引いた腕と反対側に肩が前に出る。この時、足が同時に出るのだが、引き腕が大きいとストライドも大きくなる。すなわち、しっかり腕を振ることでストライドも安定して足が前に出て行くということ。当然のことながら腰の切れもよくなってくる。

冬場にはクロスカントリースキーをしていたが、ストックを持って走るのが実はランの腕振りにもプラスになっていた。夏場はストックを持って、サイクリングロードでローラーブレードで颯爽と滑っていた。ランニングとはまた違ったスピード感が心地よい。



リズミーファイターという500gのおもりを両手に持ってよく走っていた。

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100円ショップで売られている500gのダンベルでも十分代用できる。

あまり長時間これを持って走るのは、肩や腕に負担がかかるので無理はしない方がいい。

女性の場合は500gでも重いかも知れないので小さめのペットボトル(250mlくらいのもの)に水や砂を入れて代用することもできる。ちょっと持ちにくいかも知れないが…。

ひと頃流行ったゴムのチューブを使って腕振り強化の練習も可能。

長い目のチューブの中央を後ろに出した片方の足で踏んで、両腕で腕振りをすればいいのだ。

雨の日は部屋で腕振りだけの練習というのもある。実業団の選手の中には、腕振りだけ2時間もしたりするのだから。


キック力をつけるために、縄跳びもおすすめ。つま先で走るように跳ぶ。階段の駆け上がりもつま先に意識を集中すれば走りが軽くなる。フットワークの軽さはボクサーでも証明されているが、ランナーも同じだ。

一日に一度は全身の筋肉や関節を動かしてみよう。

デスクワークをしている人にとってみれば、これは特に必要なこと。

以前、福井県のふじや旅館で、宿のお子さんたちと一緒にラジオ体操に参加した。30代後半の頃だったが、ラジオ体操の第一と第二をやってみたらあちこち痛むし、息切れを起こしそうだった。ラジオ体操とは良くできたものなのだということをその時初めて知った。

ストレッチもこまめにやろう。お風呂上りと寝る前は必須。柔軟性のある体は運動しても故障しにくいもの。忙しい時には基本4動作で済ませられる「真向法」がいい。

ウェイトトレーニングをあえてしろとは言わない。ウェイトトレーニングはマイナスにはならないが、ランナーには必要最低限の筋肉があればいいというのが自分の考えだ。

自分もトライアスロンに熱心だった頃は、家にも職場にもトレーニングマシンがあった。おまけにスポーツクラブでもウェイトトレーニングをしていた。ただ言えるのは、ウェイトトレーニングを補助的に行うことで故障防止になるのは確かである。

今は、自分の部屋で腕立て伏せと腹筋運動をするくらいで、余分な脂肪をつけないための補助トレーニングとして取り組んでいる。ウェイトを使わず自重(自分の体の重さ)を負荷としたスクワットやカーフレイズ(踵の上下運動)などもいいかも知れない。

100円ショップでも売っているゴムチューブ一本あればいろんなトレーニングができる。お金は使わず頭を使うことでいろんな工夫をしてみよう。


(次回「ランニング道~マラソン講座④」は来週に…)


テーマ:マラソン - ジャンル:スポーツ

  1. 2010/12/18(土) 18:52:23|
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ランニング道~マラソン講座②

【ランニング道~マラソン講座②】

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◆PART2…ランナーズハイを経験する

ビギナーランナーが陥る可能性のある事象として、ついつい無理しがちな点が上げられる。

これは特に真面目で頑張り屋さんランナーにありがちなこと。

ノルマを決めたらそれをこなさないと気が済まないという方は要注意。

今の自分自身の体の状態をしっかりと見極めよう。

疲れているのに無理して走ることはない。無理がたたってずっと走れない状態を作らないためにはまず無理をしないということ。


無理と無茶は違う。

無理とは自分のレベルも分からぬままレベル以上のことにあえて取り組むこと。

無茶とは自分にできないと分かっていてチャレンジすること。時と場合によっては可能になりうることに挑むこと。

分かりやすく言えば、無理はマイナス思考から、無茶はプラス思考から生じる行動パタン。


調子のいい時はある程度無茶もできる。だが、いったん不調モードに陥れば、どんどんテンションは下がり、トレーニング効果も上がらない。怪我や故障などのトラブルも頻発する。

走りたくてたまらない時でも、あえて走らないことも大切。そんな時にはメンタルトレーニングがお奨め。イメージトレーニングといってもいいが、頭の中で気持ちよく走っている自分をイメージするのだ。

訓練次第では、走っていないのに脳内には走ったという感覚を記憶させることもできる。要は、脳内物質ベータエンドルフィンが発生すればOK。

ひとたびランナーズハイを感じたら、ランニング中毒への道を歩むことになるかも知れない。


ランナーズハイは意図的に起こすこともできる。

そのお膳立てとして、走るシチュエーションを設定する。

一日の内で走っていて一番気持ちのいい時間帯を選ぶこと。自分の場合は日の出前の時間。昇る朝日を見ながら走るのが一番いい。

次に、BGMを選択。MP-3プレイヤーでお気に入りのBGMを聴くこと。

走りながら、これまでうれしかったことや楽しかったことをできるだけたくさん頭に思い描いてみる。

走るペースも一番心地よいペースで。自分の場合は1キロ6分以下の超スローペースが適切。

気持ちは常にリラックス。余分な力を抜いて楽に走る。


一度ランナーズハイを経験したら、その時のシチュエーションを直後にレヴュー(復習)すること。

ランナーズハイは個人差が大きく、何度でも経験できる人とそうでない人がいるのだ。

ただ、焦る必要はない。長く走っていればいつかは経験できるものだと思っておこう。


この夏、日本縦断ランニングの旅に出て、宗谷岬からスタートして3日間連続でランナーズハイを経験した。見渡す限り360度地平線が広がるサロベツ原野(写真上)を走りながら、涙が出そうなくらい感動して、まさに天国への階段を登る気持ちで走っていた。


時間や距離にこだわる必要はない。自分の走りを自分で楽しむ…これこそランナーズハイのための必要不可欠のエッセンスだ。






テーマ:マラソン - ジャンル:スポーツ

  1. 2010/12/17(金) 19:36:20|
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ランニング道~マラソン講座①

【ランニング道~マラソン講座①】

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今、マラソンブーム。特に中高年世代のランナーが急激に増えている。

シューズがあれば手軽に始められるということもあって、ダイエット目的のランナーや、フルマラソンにチャレンジするランナーも少なくはない。

いつも利用しているランニング関連のSNS「イザ!ランニング部(通称:イザラン部)」でもそういったランナーが約8000人近く登録している。

四半世紀(25年)もの間走り続けてきた。ほぼ我流でトレーニングを継続し、初フルを3時間35分で完走。以後フルマラソンを30数回(うちサブスリー6回)。100キロマラソンを6回(うち9時間台3回)完走。それ以外にもランニングで東海道を走ったり、日本縦断の旅をしたり…。来年はアメリカ大陸をランニングで旅するつもりだ。

マラソンビギナーのために、自分のこれまでの経験がプラスになればと思い、「ランニング道(どう)」というタイトルで、フルもしくはウルトラマラソン完走のためのノウハウを何回かに分けて紹介していきたい。


* * * * *


◆PART1…ランナーの脚と体を作る

自分にとってのレースデビューはABC篠山マラソン。いきなりフルマラソンにチャレンジしたのだ。

中学時代から剣道をずっとやっていて、自転車も大学時代にロードバイクに乗り始めた。ある程度スタミナはあったと思われる。

当時大阪の公立高校に勤め始めて3年目。陸上部の顧問の先生(長距離専門)からアドバイスを受け、「月間300キロ走れたら完走はできる」と言われた。

職場まで片道11キロ。それまでロードバイクで通勤していたが、往路か復路でランニング通勤を開始。初日に自転車で通勤したら帰りがラン、次の日の朝はランニング通勤で帰りは自転車…といったスタイルを継続。走るスピードは1キロ6分程度。

学校の裏には山があって、クロスカントリー(今で言うトレイルランニング)にも取り組んだ。

この時期は、平坦な道はあまり走らず、坂道をばかりを走っていた。

週末はLSD(ロング・スロー・ディスタンス)。長い時間、ゆっくりペースで、とにかく長い距離を走る。距離は20~30キロ。

走り始めて2週間程度でひざや足首などが悲鳴を上げ始めた。走るのが楽しいから無理を押して走った結果がこれだ。

ストレッチを怠りなく、ぬるめの風呂で全身の疲労を取り、マッサージも行う。定期的に整骨院に通って、故障予防にも努めなければならないのだ。

LSDもクロカンも、この時期速く走ろうと思ってもあえてスピードは出さなかった。これは当時の陸上部の先生にも言われたのだが、「素人はスピードを出して走ればいいと思いがちで、それが故障の原因になる。スピードを出して走るのはランナーの脚と体ができてからで十分…」とのことだった。

だから、ランニング中にどれだけスピードを上げて走りたくなっても我慢した。スピードを上げて走るのはレース本番で十分と割り切ったのだ。

走り始めて1ヵ月半ほどで「ランナーズハイ」を経験した。朝、日の出とともに走り始め、ウォークマンでお気に入りのBGMを聞きながら、自然と体が宙に舞っていくかのような感覚…。

フルマラソン完走が最終目標なら、LSDだけでも完走できる。30~40キロの距離をとにかくゆっくり走ればいいのだから。

制限時間がある大会なら、関門制限にひっかからないためのペースを維持しないといけない。

1キロを何分のペースで走っているかという大体の感覚を足に覚え込ませる必要があるのだ。



食生活も変わっていった。肉はあまり食べずに、野菜と魚中心の生活。加えて大豆製品と乳製品もしっかり取ること。

サプリメントはこの時代には全く利用しなかった。カルシウムだけは欠かしてはならないと思い、朝の味噌汁には、かつおの削り粉、ちりめんじゃこ、わかめ、乾燥しいたけ、とろろ昆布を入れ、納豆には黒ゴマと白ゴマをたっぷり入れた。

牛乳とヨーグルト・チーズは毎日食べた。卵も朝から目玉焼きにして2個。

体はどんどん絞られていった。と同時に脚(足)もかなり強くなっていくのを感じた。駅の階段を思い切りダッシュしても息もさほど上がらず、長時間のランニングも苦でなくなった。故障する機会も減った。



体の細胞がすべて入れ替わるのに大体3ヶ月はかかる。3ヶ月かけて、まずは自分自身の肉体を改造しよう。

走るだけでなく、体を動かすこと。ウォークでも自転車でも登山でも構わない。できれば、ランニングに加えて、もうひとつ体を動かす趣味を持つのがいい。ランニングだけだと使われる筋肉が限られてしまうので故障の頻度も高くなるからだ。

自分は自転車もやり、剣道もやっていた。職場の仲間で山歩きも定期的に行っていた。走り始めて数年後にトライアスロンにチャレンジしようと水泳もやりだした。

トライアスロンとウルトラマラソンを平行してやっていたことが、フルマラソンでのサブスリー達成に大いにプラスになったことも間違いない。

ランナーは走っていればいい…という考え方もあるかも知れないが、自分自身はフレキシブルに考えたい。体を総合的に鍛えることがやはりプラスになると信じることが実際プラスになっているのだから。


「ランニング道第1回」、とりとめのない話になったが、健全な肉体に健全な心が宿る。ランナーの体を作ることがランナーの心を作り出すわけだ。具体的な練習方法や効果的なレベルアップのためのノウハウについては次回以降に…。


テーマ:マラソン - ジャンル:スポーツ

  1. 2010/12/16(木) 18:35:13|
  2. マラソン・ランニング
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シンプル・ライフ

【シンプル・ライフ】

12月14日分も本日更新しました。


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(Photo: Nullarbor Plain, Western Austra;ia 1995)


The man who has begun to live more seriously within

begins to live more simply without.




---Ernest Miller Hemingway (1899-1961) 




内面的により真剣な生き方を始めた人は、

外面的にはよりシンプルな生き方になっていく
                   


---アーネスト・ヘミングウェイ  




* * * * *




表題から、かつてレナウンというアパレルメーカーが作っていたブランドを連想された方もいたのではないだろうか。

シンプルに生きる…よけいなものはいらないという「ミニマリズム(最小限主義)」と、あせらない・あわてないという「スロー・ライフ」がベースとなる生き方…。

この二つを満たした生き方を実践するのであれば、やはり旅に出ることだ。

最小限の荷物と最大限の夢と希望を胸に抱き、のんびり、かつゆったりまったり移動し続ける人生。

デジタル的な思考や行動パタンではなく、アナログに徹すること。

実体のないものではなく実体のあるものを信じること。ただし、イマジネーションは大切にすること。



今の日本のみならず世界の流れは、恐らくこれとは逆行しているような気がする。

どんどん多様化・複雑化する社会…。ハードであるシステムばかりが先行して、ソフトである人や暮らしは二の次になっている。

便利であるはずのモノに振り回され、生活が不便・不都合なものになっていく。



人間らしさは、生き方から作られていくもの。自分を取り巻くモノやシステムが、本当にそれで正しいのかを一度考えてみなくてはならない。どこかに歪みがあったり、不自然なところがあって、それを我慢し続けていくことで人間性が損なわれていくことだって十分あるのだから…。


常に生き方を修正していく努力、そして細かな微調整も必要があれば随時施すべきだろう。

万人に合った正しい生き方はない。自分が正しいと思う生き方があるだけ。

生きたいように生きている人は実はそれほど多くはないのだろうけど、妥協や我慢をして老けていくよりは、ダメもとでとことんその求める生き方にこだわり続けることも必要なのだという風に最近感じてきた。

本当に必要なものならば求め続けるべきなのだ。



自分自身と真剣に向き合う時、自分の内面をしかと見つめて、じっくり考えてみよう。

外面(そとづら)をいくらいじくってみた所で中身は変わらない。

内面が変わった時に、自然に自分の外面も変わるということをヘミングウェイはきっと言いたかったのだと思う。


(写真: ナラボー大平原、西オーストラリア1995年)

テーマ:自分らしく生きるために - ジャンル:ライフ

  1. 2010/12/15(水) 18:48:43|
  2. 人生論
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東京の休日~FINAL

【東京の休日~FINAL】

4泊6日の東京の旅から帰ってきた。

旅人…少なくとも僕にとっては、それがどんなに魅力的で素晴らしい所であったとしても、街は居着く場所ではなく、やはり単なる通過点に過ぎないということだ。

これからもたくさんの街を訪ねるだろう。いろんな人に出会うことだろう。自分をワクワクドキドキさせる体験を与えてくれる場面もあるだろう。

茶道で言われる「一期一会」は、本来は人に使われることばなのだろうけど、街にもきっと当てはまるのだと思う。

最初にして最後…。その街にやってきたことを忘れることなく、大切な思い出として心の奥深くにとどめておくこと…。

すべての旅人に共通するかどうかは分からないけど、長く旅を続けていれば、既視感(デジャブ)というものだって経験できる。

初めて訪ねた街なのに、いつかやってきたことがあると思えるような場面。それは夢の中だったのか、あるいは前世の記憶の名残なのか…。

似たような街が世界のどこかにあったとしても、確実にそれとは違う。いつかは思い出せなくても確かに来たことのあるはずの街…。

東京滞在最終日に、浅草と品川界隈で撮影した写真を数点…。

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テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/12/14(火) 23:59:59|
  2. エッセイ
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都会の孤独と憂鬱

【都会の孤独と憂鬱】

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ふだん田舎暮らしをしていて、ごくまれに街に出て行くのがふだんの自分の暮らし。

今回、首都東京にやってきて、渋谷や新宿、横浜などの街を歩いていていくつか気づいたことがある。


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駅でも通りでも、師走の街を忙しそうに歩いている人々がいる…。早足で帰途を急いではいるが、何を求めてそんなに慌てなければならないのか。

夜の山手線では、酒臭い息を吐きながら駅のホームで寂しそうに背中を丸めているおじさんがいる。

そのすぐ隣には、あまりにも疲れ果てて生気を失ったOL…。

電車に乗ればパリッとしたスーツ姿の紳士が、バッグからPSPを取り出して不気味な笑顔を浮かべながらゲームに興じている。

カフェで楽しそうな表情で話している若いカップルも、お互いの視線は交わることもなく、あまり会話を楽しんでいる風には見えない。

何か変だ。どこかおかしい…。これが今の日本なのか…?


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大都会というジャングルをあてもなくさまよい歩く人たちの群れの中にいると、その膨大なパワーに圧倒され、そして次第に街というシステムの中に吸収されて、やがて自分自身を見失ってしまいそうになるのだ。

地に二本の足をしっかりとつけて自分の意志で歩いていてもそれは同じ。

大津波に飲み込まれるかのように巨大な力がそこには働いている。ひとたびその波に飲まれてしまえば、もう虚無の世界へとさらわれていくしかないのだろうか。何もかもが嘘やまやかしで覆い隠されて、真実を一切見ることも知ることもできない虚構の世界。

偽りの自分を演じながら人々は暮らさざるを得ない。見せかけだけの人間関係が社会を作り、人々は与えられたシナリオにしたがって、社会というシステムが命ずるままに動くだけ。いったんそのシステムに組み込まれてしまえば、あとはオートマティック。何も考えることはいらない。デジタルツールのOSが自分自身にインストールされるのと同じことだ。


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この夏の旅を通じて、幾つもの街を訪ね、いろんな人々に会ってきた。

今自分の目に映る世界は、恐らく現実のものなのだろうけど、現実の上にいくつものコーティングがされて、真の姿を簡単に見ることはできないのだ。

「古き良き時代」と人は言う。「新しき悪き時代」とは決して誰も言わない。

だが、都会に暮らす人々には、見えないけれどその背中に重くのしかかる孤独と憂鬱が確実に存在している。

街から距離を置いて暮らしていればそれはよく分かるし、街から街へ移動し続ける旅人にも理解できることなのだ。

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進学や就職で、希望を持って都会にやってはきても、そこで自分の求めていたものが手に入れられるかどうかは定かではない。

求めていたものを手に入れ、夢をかなえられる一握りの人間がいるかも知れない。

しかしその大半は、時間や集団に流され、挙句の果て本能や欲望にまで流され、もう後戻りはできなくなってしまう人たち…。

気づいた時には、今自分がどこにいて、どこに向かっていて、何をしようとしているのか自問自答しつづけるばかり…。




そんなことを考えるつもりはなかったのだけれど、冷たい雨の中で灰色の空を見ていると、ふとそんな思いが頭を掠めた。


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テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

  1. 2010/12/13(月) 23:59:59|
  2. 憂慮すべきは…
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映画「ノルウェイの森」を見る

【映画「ノルウェイの森」を見る】

*注意:村上春樹氏の「ノルウェイの森」の原作を読んだことがなくて、もし近日中に映画「ノルウェイの森」を見ようという方は、今日のブログは読まないで下さい。既に映画を見た方、原作を読んだことのある方は今日のブログを読んでいただいて問題ありません。

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渋谷で映画「ノルウェイの森」を見てきた。

日本での公開初日が昨日で今日が2日目。日曜日なので立ち見が出るくらい混み合っているのでは…と思ったけど、実際行ってみたら空席だらけ。カップルが大半だったけど、男性一人という観客も結構いましたね。女性一人というのはなかなかいなかったけど、そういう若い女性がいたら、思わず声をかけたくなるかな…???


映画は…。

一番強く感じたのは、この映画の監督トラン・アン・ユン監督がベトナム人ということもあって、インターナショナルな視点はあったのかも知れないが、日本人の感覚とはまた違った原作のとらえ方がされていたように思う。

小説そのものは国籍に関係なく楽しめるものなんだろうけど、日本人のための物語であるとしたら、もっと登場人物それぞれの微妙な思いが表現されて、より繊細な恋愛物語に仕立て上げられてもよかったかも知れない。原作者村上春樹氏はいったいどう思っているのだろう?

ワタナベを演じる松山ケンイチはじめ若い役者たちは一生懸命に演じてた。菊池稟子も直子になり切ってた。緑役の水原希子も初々しくって70年代のギャルって感じでよかった。

ただ、原作のインプレッションがあまりにも強かったので、ビジュアル化してしまえばどこかでひずみも出てくるし、原作に忠実には映画化したように見えても、各人物の心の動きを表すには何か物足りないものが出てくる。それは当然のことなんだろうけど…。

これは原作とは切り離して見るべき映画なのか…。

原作ではもっとレイコさんの人柄や直子との関係が深く描かれていて、そのバックグランドがあったおかげで、この映画の最後でもワタナベとの関係が生きてくるはずなのに…。

ワタナベと緑の関係も、直子とワタナベの関係をうまく対比させて喪失と再生がバランスを保っている。

誰かにとって欠けてしまったものを補うべき存在がはっきり分かっているから、それなりに安心できるシチュエーションとなる。

ワタナベ自身自我が確立されていないから、直子の世界に引っ張られつつも、天真爛漫な緑というナビゲーターがワタナベをうまく救済するためにいい働きをしているのだ。

もうひとつ…。

原作の始まり…フランクフルト行きの飛行機の中でビートルズの「ノルウェイの森」が流れてくるところから原作は始まっている。

あの時点で、歳をとってしまったワタナベは一体どんな生活をしているのか…。

恐らく緑とも訳あって離れ離れになって、すべては過去で失われたものとして機内で回想に浸っているのではなかったか…。

あの飛行機の中の場面も実は重要なシチュエーションだと思うのだけれど…。

映画が単独のものとして見ればそれなりには楽しめる作品かも知れない。

すぐれた原作ゆえに、どんな映画にしても完璧なものはできっこない。

これは仮に村上春樹氏が監督をしたとしても同じ結果になっているだろう。

読み手が感じるままに感じ取れる小説のままであるのが一番なのだ。

村上氏がこれまでほとんど映画化というものを好まなかった理由がそこにあるのだと思う。



自分自身が好きなのはラストシーン…。

緑との電話で、緑が「ワタナベ君今どこにいるの?」と聞かれて、「今僕はどこにいるのだ…」とワタナベが自問自答する。

あの時点でもワタナベは、まだ自我に目覚めきれず、彷徨しつづけている。

自我を冷静に見つめることが怖くて、大人になりきれない、大人になることを拒み続けるピーターパンシンドローム(症候群)ゆえに、ワタナベは絶えず混乱し、緑と電話しているはずが、直子でも緑でもレイコさんでもない、誰でもない顔のない虚構の人物と対話しているワタナベが受話器を持ったまま映画が終ってしまう。

そして僕は途方に暮れる…。今までの自分は何だったのだ…と自我を否定する自身の脆さ…。



本当に純粋であろうとするのなら、何も求めなくてもいいのだ。

いろんなところでいろんな人間と特別な関係を築こうとするから話は複雑になる。

それでも人は人を求める。

ナガサワがいわば事務的に、かつ機械的に誰かと一夜をともにしたくなるように…。むなしさと引き換えに刹那の快楽を求めるのも然り。

ナガサワの恋人ハツミも、スワッピングをしたというナガサワの話しから、ワタナベに「なぜそんなことをするの」と問い詰める。ナガサワにとってはゲームでしかない。

ワタナベもできるならそんなことはしたくない。

本来は禁欲的に生きるべきはずのワタナベさえ欲望に流されてしまう。

恋愛とは欲望を満たすだけのものではないと思いたいが、もっと違った意味での恋愛は確かにあるのだろう。

お互いに欠けているものをお互いが補い合える関係…喪失と再生がそこにはあって欲しい。

若さゆえに肉体の快楽を補い合うだけの恋愛ではもはや物足りないと思える自分は、それなりに成長してきたのだろうか…。

あるいは十分に汚れ切ってきたからこそ、より純粋であろうと思えるようになったのだろうか…。

23年前に読んだ原作をまた読んでみたくなった。あの時感じられなかった何かを今は感じられそうだし。あの時感じた何かが、今はもう感じられないのかも知れないし…。

人の心も結局は流動的なもの。

「放っておいても人は死ぬし、人はセックスをする」

何かの小説で村上氏が語った言葉は言い得て妙であるが、紛れもない事実なのだ。




テーマ:映画 - ジャンル:映画

  1. 2010/12/12(日) 21:41:35|
  2. MOVIES
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東京へ~皇居ラン

【東京へ~皇居ラン】

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10日の夜9時25分名張市役所前をバスで出発…。目指すは東京品川。「イザ!ランニング部」というネット上のランニングサークル(SNS)の関東支部の集まりに参加します。

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午前6時15分、品川バスターミナルに到着。まだ日の出前…。

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電車でJR品川駅から新宿に向かいます。


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快晴…都庁に青空…気持ちのいい東京の朝です。


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えっ!?イーグルスが来日するの?知らなかった…。新宿駅構内のポスター。

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歌舞伎町のマック(マクド)でコーヒーブレイク。二階の客席で携帯電話で猛烈な大声出して痴話喧嘩してる女の子がいる。

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東京都庁45階展望室へ。富士山が見えます。

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アートスポーツ日比谷店で仲間と待ち合わせて皇居ランに…。

メンバーがそろいました。今日集まったのは、ホスト役のドタバタさん、タミヨッサン、たらおさん、みぃーさん、グレープさんと私…。

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記念撮影…。 撮影後、パトロール中の警官に注意されました。

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半袖半パンで良かったと思えるくらい暑い1日でした。

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間もなく焼き鳥屋さんで第二部スタート。 tk-2さんとターさんもやってきました。

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生が上手い!


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チームフラッグにコメントを書いてもらっています。

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もももさんへの挑戦状…。イザラン部の皆さん、覚えておいて下さい!

10時過ぎ、みんなと別れて東京隅田川ユースホステルへ。午後11時までのチェックインにぎりぎり間に合いました。

よく飲んで(かなり飲みました)騒いで、二次会まで行きたかったのですが…。

今日お会いした皆さん、楽しい時間をありがとうございました!

テーマ:今日の出来事 - ジャンル:日記

  1. 2010/12/11(土) 23:59:05|
  2. マラソン・ランニング
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ワイキキの熱い砂

【ワイキキの熱い砂】

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1993年12月 ワイキキ・ビーチ、ホノルル(米・ハワイ州)


焼けた砂浜の上を裸足でゆっくり歩いてみると、刺激的な熱さが足の裏一面に広がるのが感じられた。

頭のてっぺんに燦燦(さんさん)と輝く太陽はこのまま永遠に沈むことがないかのようにも思える。



常夏(とこなつ)の島ハワイ、12月のワイキキビーチでは、冬という言葉に不自然な響きさえ感じられるほどだ。

サーフィンやダイヴィングを楽しむ者、海岸で肌を焼く者、誰もが子供にかえっていろいろな遊びを楽しむことができる。

それに人々の笑顔が、ホノルルの太陽と同じようにキラキラ輝いていてとても眩(まぶ)しい。

人種や肌の色、文化や言語の違いなどはここでは全く問題じゃない。

太陽の光はすべての者に平等に降りかかるし、もちろん誰かが誰かを愛することも自由だ。

大切なのはどれだけスマイルが美しいか、どれだけハッピーでいられるかということなんだろうと思う。



僕は海岸のベンチに腰を下ろし、近くのABCストアで買ってきたダイエットコークを飲みながら、海岸で戯(たわむ)れる人の群れを眺めて時間をつぶすことにした。



時間が異常なくらいスローテンポで流れていくことに快感を覚える。

ヘッドフォンステレオはカラパナの「ワイキキの熱い砂(Black Sand)」を流していた。

やはりワイキキにはサーフロックがマッチしている。





次第に気分がハイになっていくのを感じて、熱く焼けた砂の上を軽くジョギングしてみる。

沖に出たサーファーが絶妙のバランスでサーフボードに乗るように、僕も砂の上にいて二本の脚でしっかりと自分の体を支えながら走っている。

自分の体がまるで宙に浮いたまま走っているかのようにも思えたし、足取りはいつになく軽く、実際いつまでも走れそうな気がした。



夕陽が沈むまで僕は走り続けた。BGMはパブロ・クルーズの「フリーライド・サーファー(Zero to Sixty in Five)」に変わっていた。長時間走ったおかげでTシャツは汗でびしょびしょになった。





やがて、雲ひとつない西の空に日が沈む頃になると浜辺にいる人の姿もまばらになり、仲良く手をつないで歩くカップルの姿が目立つようになった。

僕は砂だらけになった足を水道の水で流し、紫色に染まった海を見ながらカラカウア通りに戻り、どこかで新しいTシャツを買うことにした。



クリスマスで賑わうネオン街、ワイキキのダウンタウンは日本人観光客であふれ返っていた。

よりによってみんなが同じ時期に一度に押し寄せるから、海外旅行にやってきたというのに、ちっとも海外に来たという実感が湧いてこない。

そんな風に感じているのは僕だけではないかもしれないけれど...。


僕はホテルに戻り、ベランダのデッキチェアに腰をかけ、よく冷えたバドワイザを飲みながら太平洋を眺めていた。

この東の果てに、かの北米大陸がある。

かつて、僕が野心を胸に駆け抜けたあの大地がこの海の向こうに存在するのだ。

旅に出ている間は、しばしば祖国日本のことばかり考えていたにもかかわらず、今となってはあの旅の空が懐かしくて仕方がない。いつかまた、あれらの風景の中で、あの時出会った人々と再会することなんてできるのだろうか。

そんなことを考えながら、僕は異国の空の下、海の向こうにぼんやりと浮かぶ青い月を眺めている。



風が少しあってクールな夜だった。


僕の足の裏には、昼間歩いたワイキキの砂の熱さがまだほんのりと残っていた。




* * * * *




夕闇迫るワイキキの浜辺に
Standing all alone at the Wikiki Beach

ただ一人佇(たたず)めば
When the dusk is gathering

潮騒のメロディの耳に心地よく
Enjoying the sweet sound of the waves

椰子(やし)の木のたもとで
I'm wishing, right at the foot of a palm tree

誰か寄り添うべき人の恋しき
For someone to lay down beside me



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テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/12/10(金) 14:39:18|
  2. 回想
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ホノルルマラソン回想

【ホノルルマラソン回想】

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(ホノルルのさわやかな風に自然と笑みがこぼれる)


今年もまたホノルルマラソンの時期がやってきた。今週末12日(日本時間は13日)がちょうどホノルルマラソンにあたる。

過去5回走って、今もなお忘れがたいマラソンである。常夏の島、南国ハワイでの暖かい気候の中でのレースというのも魅力だが、何よりも人々の暖かさ、大会主催者たちのホスピタリティもとても素晴らしいものがある。

初めての海外旅行はハワイ、88年のホノルルマラソンだった。飛行機に初めて乗ったのもその時。現在は4万人近く参加するようだが、まだ参加者が1万人を越える前の時代である。

マラソンブームで、全国主要都市での大会も増えてきた。ファンランを楽しむランナーたちが増えてきたのはいいことだ。しかし、ホノルルマラソンを越えるような素晴らしい大会は残念ながらまだ他に見たことはない。10月に訪ねた沖縄の伊平屋ムーンライトマラソンは、いろんな点でホノルルに近いものがあったが、まだ規模としてはホノルルと比べものにはならない。

以下は、1989年、二度目のホノルルを走った際の手記である。いつかホノルルを走りたいと思われる方の参考になれば幸いである。




*****




1989年12月10日午前5時半(日本時間12月11日午前0時半)、アロハタワー前。自分にとっては昨年に続いて二度目のホノルルマラソン。

大砲の音とともに夜明け前の空に、色とりどりの花火が上がり、1万人ものランナーはどよめきにも似た歓声を上げて暗闇の中をスタートし始める。42.195キロの長旅の始まりだ。

目標タイム別にスタート位置が異なっている。僕は3時間以内のクラスに入っていたのですぐにスタートできたのだが、恐らく最後尾は200メートルほど後ろにいるので、スタートラインを通過するまで少し時間がかかるだろう。

それにしてもすごい人だ。肌の色も目の色も、話す言葉もそれぞれ違うし、年齢も小学生くらいの子供からシワだらけのおじいさんまでさまざま。実にいろんな人間がこのレースを盛り上げている。まさしくこれはお祭りだ。年に一度のランナーの祭典なのだ。

暗闇の中、聞こえてくるのは硬いアスファルトを小気味よく走るランナーの足音と、彼らの規則正しい息遣いだけだった。前方を走る男たちの汗臭い体臭が時折僕の鼻を刺激する。

徐々にペースアップして、軽快なピッチで遅いランナーをどんどん追い抜いていく。まるでカール・ルイスかベン・ジョンソンのような筋骨隆々の黒人も僕のペースについてこれず次第に後方へと消え去っていく。かと思えば、かなり高齢の白人のおじいさんが僕とほぼ同じペースで走っていたりして驚かされる。

アラモアナ通りからカラカウア通りへ入り、右手には有名なワイキキビーチが見えて、すぐ左にあるのはカピオラニ公園だ。26マイルを走り終えて僕たちの帰りを待っているゴールはこの公園内にある。

日本からの参加者は約5000人もいるという。例年参加者が増えているのもテレビが特番を企画したりして芸能人やタレントを走らせているからだろう。

ダイアモンドヘッドの登りのピークを越えて、しばらく住宅街の中を走っていく。うれしいのはエイドステーション(給水所)で地元の学生のボランティアたちが大きな声で声援を送ってくれることだ。それがブロンドヘアの可愛い女の子だったりするといっそう士気も高まる。

"Looking good!!(カッコいい!!)"とか"You can do it!!(完走できるわよ!!)"などという声があちこちから聞こえてくる。

10マイル付近からハイウェイに入り、わずかながら登りになっていて長い直線が続く。景色もほとんど変化がなく、ただひたすら走るだけの単調さからは免れられない。やがて東の空が白み始め、まばゆいばかりの朝日に向かってランナーたちは走り続けていた。


ハイウェイの向かい風が終わり、ハワイカイをぐるりと回る。アフリカ勢を中心としたトップ集団がやってくる。頭が小さく体は細く、異常に長い二本の脚…。通過点を一瞬で折り返し、ロングストライドでサバンナを走るカモシカのように駆け抜けていった。

この辺りは比較的フラットな道だ。陽射しが後頭部を強く照らしつけ、湿度も高いので、額や首筋の汗も止まることを知らない。

帰りのハイウェイに出る頃には疲れが出始めて少々ペースダウンしてくるが、ボランティアの差し出すガス抜きのコークを立て続けに2杯飲んで空腹感を紛らしてみる。何とかまだ持ちこたえられそうだ。問題は35キロ以降のへばりをどこまで食い止められるかだ。

マラソンは35キロ過ぎが精神的な中間地点と言われている。めまいのしそうなほどの空腹感と気だるさで両足も動かなくなればもうそれまでだ。

折り返してからは後続のランナーたちとすれ違う。彼らのさまざまな表情を見ていると不思議と疲れがどこかに消えてしまいそうだった。




ハイウェイの緩やかな下りを終えて住宅街を抜け、ダイアモンドヘッドへ。最後の登りが待っている。ピークを越えるまでが実に長くて辛い。そんな辛さも忘れさせてくれる沿道の応援もいっそう熱がこもってありがたい。歯を食いしばって一気に上がるともうあとは下るだけ。ゴールまでわずか1キロ。

ゴールのあるカピオラニ公園に入れば応援の人・人・人。たくさんの拍手に迎えられラストスパート。ゴールとなる会場では、ひとりひとりのナンバーと出身地(国)と名前を英語で場内アナウンスしてくれる。

"Number 8939, Katsuhiko Takashige from Japan is coming back now!!"

<あと800メートル…SMILE>

と大きな文字で書かれた旗が見えた。ここからゴールラインまでは一直線。沿道の観客の声援も、まるで大きなスタジアムで響き渡る歓声のようだった。


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一気にゴール目指してストライドをぐんぐん広げて走る。

<FINISH>の文字がくっきりと目に映り、僕は両手を上げてガッツポーズを作る。僕がヒーローになる瞬間。

カメラマンたちがシャッターを切る「カシャカシャ」という音が聞こえる。

“GREAT!!(スゴイ!!)”と誰かが叫ぶ。


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(ゴール直後、ストップウォッチを止めた)


8度目のフルマラソン完走。しかも初めてのサブスリーだ。


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2時間52分32秒。後半に少し誤差が出たが、予定通り1キロ4分を刻むことができた。


何が一体このレースをこんなに盛り上げているのだろうか。ひとことでは説明できないくらいホノルルマラソンの魅力は奥が深い。走るという意思さえあれば誰もがヒーローになれる。

ゴールをする瞬間はいつも感動に満ちあふれているが、ホノルルのゴールはまた格別。ここでしか味わえないものなのだ。

ゴール後完走者のみに与えられる<FINISHER(完走者)>と書かれたTシャツが渡される。これを着ている者は皆ヒーローだ。

僕は真新しいフィニッシャーズTシャツを身にまとい、ゴールラインの近くに立ったまま、他のランナーたちがヒーローになる瞬間を見届けていた。

次にあのゴールを越えるのはいつだろう。いつかまた笑顔でこのゴールラインを踏もう。僕はそんな誓いを立てながら、次から次へとやってくるヒーローたちに拍手を送っていた。


honolulu_certificate
(英語で書かれた完走証 9672名参加中129位 男性25歳から29歳まで1095名中36位 全男性7175名中120位)


テーマ:マラソン - ジャンル:スポーツ

  1. 2010/12/09(木) 18:31:14|
  2. マラソン・ランニング
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ノルウェイの森

【ノルウェイの森】



今日はジョン・レノンの命日。

今年はジョンの生誕70周年でもあるのだが、ニューヨークダコタハウス前でファンを名乗る男マーク・チャップマンの凶弾に倒れてから既に30年が経っているのだ。

生きていれば70歳、でも、死んでしまったジョンは永遠に40歳のままだ。

アメリカでは未だに銃はなくならないし、銃による犯罪は後を絶たない。

1941年の今日は日米開戦の日。マレー作戦と真珠湾攻撃を発端として、大東亜戦争から第二次世界大戦が始まったのだった。

広島・長崎・沖縄を訪ねてきて、その5年後に実際何が起こったかを知らされた。


さらに調べていたら、1963年にはジャイアント馬場とアントニオ猪木の師であるプロレスラーの力道山が、東京赤坂のクラブで暴力団員に刺されるという事件があった日でもある。ジャイアント馬場は他界してしまったが、燃える闘魂アントニオ猪木は今年デビュー50周年。

かように、いつの時代も世の中はカオスに満ちている。

地球が絶え間なく回り続ける中で、人々は同じようにして争いを繰り返しているのだ。歴史が前に進んでいくたびに血が流される、そんな世界はごめん被る。



12月11日、日本では村上春樹原作の「ノルウェイの森」の映画が上映される。



テーマ曲となった映画・小説と同タイトルの「ノルウェイの森」は45年前の1965年の発表。


ただ、この歌の歌詞も何か意味深で象徴的なもの。

浮気をした男性が不倫相手の家で泊まることになるのだが、風呂場で寝かされた腹いせにその場に火をつけるという設定なのだとか…。

タイトルの「ノルウェイの森」も実は誤訳だったらしく、ノルウェイ産の安い松材で作った家具の意味だったという。

そんなことを知ってしまうと、村上春樹の原作やその映画さえも一向に楽しめなくなる。


楽曲では、ジョンの哀愁を帯びた歌声が、ジョンの爪弾くギターとジョージ・ハリスンのシタールの悲しげな音色に妙にマッチしている。

自分自身にとっては、20数年前に初めて手にした村上作品がこの「ノルウェイの森」だった。それから彼の作品はひと通り読んで来たが、一番映画にして欲しいと思っていたのがちょうどこの作品だった。

クリスマスを前に、ロマンチックな気分に浸りながら見たい映画、できればカップルで行くのがいいんだろうな…。




*ウィキペディアで深く知る…

ビートルズ

ジョン・レノン

ビートルズ「ノルウェイの森」

村上春樹「ノルウェイの森」とトラン・アン・ユン監督の映画「ノルウェイの森」 

テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2010/12/08(水) 12:42:04|
  2. 世界平和
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めざせ!カリスマ中年!!

【めざせ!カリスマ中年!!】

教え子の就職祝いパーティ&プチ同窓会で大阪に行ってきた。

ab

ホテルグランヴィア大阪のランチバイキングで、食事もデザートも結構種類がたくさんあって楽しめた。

lunch_buffet

この会場は、来年1月8日に、日本アドベンチャーサイクリストクラブ(JACC)の新年会兼世界二周サイクリストの中西大輔さんの出版記念祝賀会が催される会場…たまたま今日そのことが分かった。

昔話に花が咲き、時間のたつのも忘れ、カラオケにも行って、飲んで騒いで…。

楽しい時間はあっという間に過ぎて、帰りの電車の中で、うとうとしながら変な夢のようなものを見た。

ある日、自分が書いた本がベストセラーになった夢…。

タイトルは「中年革命」。

カリスマ中年の自分が、世の中年男性に送るメッセージを託した一冊…というキャッチフレーズで売り出されるのだが…。それが発売後数日でベストセラーになるという夢…。

ありそうでなさそうで…現実になれば面白いんだが…。



我が父は俳句をやっていて、20年以上も前に一冊本を出版している。

「夢の白鳥」という句集である。

父を越えるためには、自分も本を出版しなくてはならない。

数年前に旅のエッセイをまとめた本を書こうとして、表紙とタイトルだけが決まっている。

「僕は気ままな風になる」というタイトルで、既にプロローグも書いた。

book


カリスマ中年として、同世代の疲れたお父さんたちに、何とか元気になってもらいたい。

いつになるか分からないが、それも自分のミッションとして、頭に入れておこう。







テーマ:日々のできごと - ジャンル:ライフ

  1. 2010/12/07(火) 23:59:59|
  2. 日常
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日常雑感~今日のつぶやきから~

【日常雑感~今日のつぶやきから~】

kinensatsuei
昨日の奈良マラソンでの記念撮影(ターさん撮影)



*「与那国」

yonaguni

昨日、奈良マラソンの会場まで大阪から自転車に乗って応援に駆けつけてくれたgenさんから頂いた「与那国」という泡盛。genさんは、夏に自分が小浜にいる間、大阪から6時間かけて会いに来てくれてまた自転車でトンボ帰りしたお方。



*JACC入会

jacc

大阪の実家から三重県伊賀市の自宅に戻ってきたら、JACC (日本アドベンチャーサイクリストクラブ)から入会金の領主書とフラッグやステッカーなどが届いていた。これで自分も晴れてJACCの一員となった。



*人生も旅もギャンブルみたいなもの…
旅をしたことのない若者にぜひ読んでもらいたい…沢木耕太郎の「深夜特急」

人生はギャンブルみたいなもの。また旅そのものもギャンブルなのだろう。

先日西成の路上で丁半博打をやっている場面が、沢木氏のマカオでの場面とダブって見えた。



*存在理由
結局人はどんな方法であれ、誰かと出会うことで、そしてその出会った人に接して優しくすることで自分自身を認めてもらおうとする。

さらに、お互いの価値を高めあえるよう努力して心の安らぎを感じられる自分自身だけの居場所を作ろうとする。

そんな努力を怠れば社会は閉塞感に満ちたものになるだろう。



*「ついったー」考
「ついったー」という小宇宙の中で、ふわふわと漂っている時間もまた面白いものだ。人々のつぶやきは夜空に光る無限の星の瞬きにも似て、さまざまな輝きを放っている。時に、無重力空間で宇宙遊泳でもしている綿菓子みたいに、全身の力を抜いて、浮力にすべてを任せていつまでも漂っていたくなる。



*夢と希望を持って
年末のこの時期…いろんなニュースが流れてくるが、明るいニュースは少ない。強盗・殺人はもとより、一家無理心中とか、飛び込み自殺とか、詐欺とか…。新しい年への希望が感じられるように、世の人々には生きてもらいたい。自分自身仕事も収入も何もないんだけど、いつも夢と希望は捨ててないから…。



*あるがまま ありのまま
お金がないことは苦ではない。むしろありすぎた方が苦しみの種だ。時間がないこともまた苦ではない。時間がありすぎて無為に過ごしがちになるからだ。「ない」ことを悲しまず、「ある」からといって喜びすぎない。今あるがまま、ありのままを幸せだと思える生き方。



*0(ゼロ)から生まれるもの
「ない」からすぐにあきらめてしまう生き方…。「ない」から誰かから奪い取ろうとする生き方…。「ない」ものはすべて金で解決しようとする生き方…。「ない」ものを求めようと頭だけ使う生き方…。「ない」ものを努力してつくりだそうとする生き方…。どの生き方が一番だろうか?



*JACC新年会(誰でも参加OKです!)
日本アドベンチャーサイクリストクラブ(JACC)新年会のお知らせ…

2011年1月8日(土)ホテルグランヴィア大阪19階パブレストランアブにて。

サイクリング好きな方、いかがですか? 

詳細は中西大輔さんのブログで…。

テーマ:今日のつぶやき。 - ジャンル:日記

  1. 2010/12/06(月) 19:25:46|
  2. 日常
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奈良マラソン

【奈良マラソン】


今から奈良に向かいます。ちょっと早めに出てきたので午前7時過ぎJR奈良着予定です。

nara_stn
奈良駅!

walk_to_stadium
歩いて会場に向かいます。既にかなり多くのランナーが…。

kyogijo_asunimukatte
競技場内に来ました。ゴールの近くの観覧席にいます。

20mins_one_way_trip
フルスタートまであと20分。

full_start
フルスタートしました。

last_start
スタートしても最後尾はずーっと足踏み状態です。

10k_start
10キロ…間もなくスタート。

5k_goal
5キロゴール。

10k_runner
10キロのランナーも帰ってきました。

10キロの部、ターさんが1時間7分、みぃーさん1時間8分台でゴールしました。

フルのトップ、2時間23分でゴールしました。

モリモッチャンさん、3時間2分台でゴール。体調も万全ではなかったのに見事なタイムでした。

finishers_towel
完走者には大判のタオルがもらえます。

message
フラッグにメッセージを書いて もらっています。写真は竜馬さん。

Anchinさん、3時間40分9秒でゴール!! お見事!

nihonbare
秋晴れの奈良…暖かくなりました。

もももさん、3時間54分でゴールしました。お疲れ様でした!

ぷりんさん、4時間2分でゴールしました!サブ4にあとわずか。

momomo
メッセージを書くもももさん。

kakikomi
奈良マラソンに参加したメンバーの書き込みです。

onajisoranoshita
同じ空の下我らは集う…。

finnish
スタート6時間後…競技終了しました!

wellcome
Welcome のスペルが間違えていますね。

kinensatsuei
みんなで記念撮影。

LINUS さん4時間3分でゴールされていたそうです。故障していたにもかかわらずお見事&お疲れ様でした!

konshinkai
懇親会会場にやって来ました。

kampai
完敗…もとい乾杯!

motsunabe
今日はもつ鍋。

entakenawa
宴たけなわ…。

nomihodai
飲み放題は続くよ…。

karaoke
カラオケなう。二次会です。11名参加してます。

10guys_and_1lady
訳もなくカラオケで盛り上がってます。おじさん10名とレディ一1名です。

rokko_oroshi
しらふで「六甲おろし」を歌うもももさん。

cultic
周りもカルト的な盛り上がり…。関西人でなければ理解不能な状況と化しています。

shiny_head
もももさんの頭が眩しすぎます。

無事帰宅なう。楽しいひと時をイザラン部のメンバーと過ごすことができました。チームフラッグ、次は東京に向かいます。

テーマ:日記 - ジャンル:日記

  1. 2010/12/05(日) 23:59:59|
  2. マラソン・ランニング
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神様へのインタビュー

【神様へのインタビュー】

forest



米・アラバマ州タスカルーサの日曜学校教師、リータ・ストリックランドさんが作った『神様へのインタビュー』というアニメーションがある。


神様の目から、人間社会とそこに暮らす人々がどのように見えるのか、ふだんこの社会で生きている我々にはなかなか気づかないことなのだろうけど、神様の言葉からはっと気づかされるものがある。

生きているというそのことだけで幸せと感じている人は少ないのかもしれない。

でも、生きているだけで幸せ…それが真実なのだと思う。



永遠という時間を持つ神様、人のありとあらゆる行動や考え、感情さえをも見抜くことができる存在。

人は一方、限られた時間しか生きられない中で、罪やあやまちを犯す存在。悪いと知っててあえて悪の世界に足を踏み入れる存在。うそ偽りの言葉を口にする存在。子どもから大人に成長していく中で純粋さ失っていく存在…。



仕事を辞めて旅に出て、生活がシンプルになっていった。シンプルな生活を送ることで、よりピュアな生き方ができるようになった。ピュアな生き方を実践することで、自分自身がより純粋な人間になっていくのを感じた。

自分は、特定の宗教を信仰していないし、信心深い人間でもないのだが、神様の存在は否定していない。

だが、ありがたいことに、旅を通じていくつかのスピリチュアルな経験をさせてもらってきた。

今まで見えなかったものが確かに見えることがあったし、今まで感じることのできなかったことも感じられる場面があった。

今後も旅を続けたいという気持ちになったのは、ひょっとしたら神様が自分を巡礼の旅へと導いてくれているからではないだろうか。



世の中には、目に見えない何か特殊な力や、聞こえては来ないのだけども感じられる言葉があるものなのだ。

それが、いわば神様からのメッセージなのかも知れない。

気づかない人には全く気づかないけれど、見るのでもなく聞くのでもなく、感じようとすること…。



run_in_the_forest



「神様へのインタビュー」(日本語版)はこちら

「神様へのインタビュー」(英語版)はこちら

神様へのインタビュー公式サイト(英語)はこちら

テーマ:スピリチュアル - ジャンル:心と身体

  1. 2010/12/04(土) 11:15:20|
  2. 哲学
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心の旅 魂の旅

【心の旅 魂の旅】

4th_of_july


大陸を夢見ていた。

大陸を旅することに憧れていた。

島国ニッポンを脱出して、とにかく大陸をこの目で確かめたいと思っていたのだ。



360度、地平線がどこまでも続くところを、自分の足で走りたい…。

そんな夢を見続けてきて、一度はかなえたはずの夢…。

実際、大陸を走るというよりは、地球を走っているという感覚…。

アメリカやカナダの大平原も、オーストラリアの砂漠も、確かに地球の一部だった。

しかし、自分が求めているものはこの程度では不十分。

まだまだ足りないのだ。



人の手が触れていない大自然に囲まれて、最低限の文明を持って走ること。

それは、果たしてぜいたくな夢なのだろうか?



原風景を求めて、心の旅に出よう。心の旅であると同時に、それは魂の旅かも知れない。

自分の内なるものの声にしたがって…。



それは宇宙からの呼び声か、神の思し召しか…。


peace_run_2011

テーマ:スピリチュアル - ジャンル:心と身体

  1. 2010/12/03(金) 19:09:19|
  2. 冒険
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時間は待ってくれない

【時間は待ってくれない】

朝、相当冷え込んでいた。

表に出てみると車の屋根が凍っている。吐く息も真っ白。

run120210a

90分トレイルを走った。

forest1

日の出前の薄暗い時間に出発して、トレイルで朝日を見るのが気持ちいい。

あと今年29回日が昇れば、2011年の日の出がやってくる。

autumn_leaves
紅葉もまだ見ごろ。

trail1

トレイルの 地蔵静かに ほくそ笑み



午前中は年賀状作りに取り組んだ。

古いノートパソコンで使っていた年賀状ソフトがあったけど、ネットで宛名作成用のフリーソフトを手に入れた。

まずはエクセルに残っていた住所録を使って2011年用の住所録を作成。

文面のデザインもちょちよいのちょいで短時間で完成。

仕事をしていた頃は、いつも年が明けてから年賀状を買ってきてこんなことをやってたのだ。

やはり元旦に届く年賀状はいつも準備の早い人たちばかり。ある意味きちんとした性格の持ち主なんだろう。


午後にコンビニで、10日に東京に行く夜行バス(名張~品川)のチケットを購入。サークルKのカルワザステーションというオンライン端末を初めて利用した。14日の夜行で戻ってくる。

1月後半頃に沖縄を再訪する計画。那覇から石垣、石垣から与那国島と波照間島へ。

10月20日の波照間島ゴールは大雨で、しかも台風接近中ということで市までの滞在時間が4時間程度だった。

今度は島でゆっくり過ごそう。ニュージーランドとオーストラリアで過去に見た南十字星ももう一度見てみたい。

日本最西端の与那国島は初の訪問。

離島めぐりの旅、ゆったりまったりとあせることなくあわてることのない旅を満喫したいもの。


計画を立てることが苦手…というよりも、計画通りに事を進めたことがないというべきか。

計画はあくまで計画とはいえ、あえて計画とは違うことをいつも考えては実行しているのだ。

行き当たりばったり…出たとこ勝負。


それでも、年明けにはアメリカ行きの準備を進めておきたい。

パスポートの申請も、航空券の手配も…。


思い立った時に動くこと。これが大切なのだ。

時間は待ってくれない(=Time and tide wait for no man.)ものだから…。



テーマ:日々のできごと - ジャンル:ライフ

  1. 2010/12/02(木) 18:46:28|
  2. 日常
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プロフィール

KAY(高繁勝彦)

Author:KAY(高繁勝彦)
冒険家:アドヴェンチャー・ランナー、NPO法人“PEACE RUN”代表、サイクリスト(JACC=日本アドベンチャーサイクリストクラブ評議員)、ALTRA JAPANアンバサダー
旅人、詩人・アーティスト、クリエイター、ナチュラリスト…。元高校教師(英語)。

大阪府松原市生まれで、現在、大阪府富田林市に在住。

楽天ブログ時代(2006.4.2)からノンストップブログ更新中。公式サイト
「PEACE RUN 世界五大陸4万キロランニングの旅」
“KAY’S WORLD”もよろしくお願いします。

プロフィール詳細はこちら

二度の日本縦断(「PEACE RUN 2010日本縦断3,443kmランニングの旅「PEACE RUN2012 日本縦断ランニングの旅 PART2」で実質の日本一周ランニング6,925kmの旅を完結。

2011年はPEACE RUN 2011アメリカ横断5,285kmランニングの旅を138日で完了。

2013年9月から163日で「PEACE RUN2013オーストラリア横断ランニングの旅」5,205kmを走破。

2014年11月から2015年2月、83日でPEACE RUN2014ニュージーランド縦断ランニングの旅2,796.6kmを走破。

2016年7月〜11月、110日間で7カ国3,358.8キロ、「PEACE RUN2016ヨーロッパランニングの旅」を走破。

2017年9月〜10月、「PEACE RUN2017四国一周ランニングの旅」1000キロ走破。来年の「PEACE RUN2018ヨーロッパランニングの旅PART2」に備える。


2011年3月14日、東日本大震災の3日後、「RUN×10(ラン・バイ・テン)運動」を発案・提唱、全国に展開させる。

2012年末、facebook上の公開グループ、平和的環境美化集団"THE SWEEPERS"を発足、活動を展開中。

2013年、一本歯下駄で世界平和をめざすfacebook上の公開グループ「一本歯下駄クラブ」を発足、活動を展開中。


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