KAY'S BLOG

独行道~Lonesome Road of Running

ランニング道~マラソン講座(15)

【ランニング道~マラソン講座(15)】


*PART15:ペースを考える


自転車の変速機は何のためにあるのか…?

これは文字上では、スピードを変える機械とあるが、実はそうではないらしい。

ペダルの回転数を一定に保つためのシステムとして作られているのだそうだ。

登り坂でも下り坂でも、平地と同じように一定の回転数で走るのが一番疲れにくい訳だ。

最近のサイクルコンピュータでは、ケイデンス(1分間あたりのペダルの回転数)が表示できるものもある。ロードバイクでトレーニングしている人たちにとっては実に有用なツールであると言える。


ランナーも実は同じ発想で走るのが理想。

自転車のペダルの回転数に当たるのが「ピッチ」。一分間にどれだけの歩数で進んでいけるかが表されるもの。マラソンのテレビ中継では、解説者がピッチについて説明する場面がしばしばある。

坂道だから遅くなるし、下り坂だから速くなるのは自然なことであるが、どちらのシチュエーションにおいても、平地と同じピッチを刻むのが理想だ。

ピッチはストライド(歩幅)とあいまってスピードを決めるものであるし、そのスピードが最終的にはレースではタイムとなって目に見える形での記録となる。

山岳地帯を走るレースでは上り下りが小刻みにあって、実際走りにくいのは確かだが、過去に既に紹介した登りも下りも、走り方次第ではタイムを短縮することも可能だ。



《ピッチとストライド》

自分が過去に実践していたのは万歩計を使ったもの。距離の正確な陸上トラック(400m)を利用できれば一番だが、サイクリングロード等距離がはっきり分かるコースであればいい。

400mトラックを一周走ってみて、どれだけの歩数で走れたかで自分のストライドが分かる。400mを400歩で走ればストライドは1m(100cm)となる。

短距離や中距離選手なら、バネ(キック力)もあるし、自分の身長くらいのストライドで走るのは簡単かも知れないが、長距離走ではなかなかそうは行かない。

万歩計とトラックを使って、自分自身が楽に走れるスピード、ミッドスピード、ファストスピードのピッチとストライドを知っておくことだ。

もう少し具体的に言うなら、10kmレースを走るスピード、ハーフ・フルのそれぞれを走るスピードをあらかじめ足に覚えこませておくということだ。

ビギナーならどんなレースでもすべて同じようなスピードで走るだろうから、ピッチやストライドをさほど意識することはないかも知れないが、何度かレースを経験する内に、スピードコントロールの必要性も自然に分かってくるであろう。

どこまでスピードを上げれるか、要は自分の許容範囲を知っておくことなのだ。トレーニングを重ねていけばその許容範囲も広がっていくし、レースを走るスピードも次第に上がっていくもの。



《イーヴンペース》

レースでは、トップ集団ならその集団の中で必ず駆け引きがある。

併走するランナーに揺さぶりをかけて、わざとペースを上げてみる。ペースを上げた選手に食らいつく選手、急にスピードが上がると「ついていかないといけない」という心理が働いて、後を追いかける選手は精神的なダメージを与えられる。

フルマラソンだと30キロ辺りまで集団走行が続くと、たいてい誰かが何度かスパートをかけるもの。場合によってはゴール直前のトラック勝負になることも…。

市民マラソンでは、そんな駆け引きをする必要もないだろうが、自分と同じようなスピードで走る他のランナーがいれば、そんな競争をしても面白いかも知れない。

ピッチとストライドの項で説明したことを頭に入れて、次はペースを知るということ。

今走っているスピードはどんなものなのか…?車だと「時速~キロ」で表すが、マラソンの世界では「1キロあたり~分~秒」という表し方をする。

トップランナーなら1キロ3分、これは20キロを60分で走るので「時速20キロ」に当たる。

二つの表を参考にしてみて欲しい。*クリックで拡大

chart2
(表1:1キロのラップタイムと100m~10kmまでのタイムの関係)


chart1
(表2:100mのスピードと200m~フルマラソンまでのタイムの関係)


サイクリングロード等で1キロごと、あるいは500mごとに距離の表示があれば自分のスピードが分かる。ストップウォッチのついた時計が必要になってくる。今時のランナーは、GPSがついたガーミンなどの高機能ウォッチで、時速も距離も表示されるから実に便利だ。

フルマラソンでサブフォー(4時間以内の完走)を目指すのであれば、1キロ5分40秒のペース。これは100mを34秒、400mトラックで2分16秒で走らないといけない。実際の練習ではそれよりも速いペースで練習しておかないと、後半余力がなくなってペースダウンするのが普通だ。

フルマラソンでサブ3.5(3時間半以内の完走)を狙うランナーは、1キロ5分ペース。100mを30秒、400mで2分。

たまにレースで、手のひらや腕にマジックで、5キロごとのラップタイムを書き込んでいるランナーがおられる。今はデジタルツールが進化してこんなことをしなくてもいいのだけれど…。

足が時計になれば、時計の振り子のように正確にピッチを刻むことができる。

自分自身のフルマラソンの最高記録は2時間52分台だが、12月のハワイのホノルルマラソンが一回目、その3ヵ月後に兵庫県の篠山マラソンで二回目(自己最高記録)。二つのレースのタイムの差はわずか17秒だった。

気候もコースも全く違う二つのレースで、同じようなタイムが出たのは、足がまさに時計となっていたからだ。どんな地形でも暑い寒いに関わらず、正確なピッチとストライドでキロ4分ペースを固持した結果なのである。

フルマラソンで一番辛い35キロ以降でへたらず、ペースを落とさず走るようになるためには、やはり走り込むことでスタミナをつけるのも大切だし、長い距離に慣れておくことも当然必要だ。

加えて、できるだけイーヴンペースを守るということ。優勝争いをするトップレヴェルのランナーでもない限り、無理にペースに変化をつける必要はない。

前半抑え気味で様子を見て、後半にペースを落とすことなく、ラスト数キロで気分だけでもスパートできるのが理想的な市民ランナーの走りと思う。

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  1. 2011/01/31(月) 16:16:36|
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冒険の共有~その2

【冒険の共有~その2】

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(Photo: Mt.Everest 8848m *ウィキペディア提供)


*1月30日分の更新…その1は…こちら


日清食品はスポーツ支援活動にも力を入れている。栗城さんの活動も支援しているということを最近知った。実は、この日清食品にも、3日ほど前に問い合わせのメールフォームを使ってスポンサー依頼をしたばかりだった。


保存が利く上に軽いということから、アルピニストの間でもカップヌードルは頻繁に利用されているし、スペースラムといわれる宇宙食としてのラーメンも日清食品が開発して、実際に、宇宙飛行士の野口さんもスペースシャトル内で食し、絶賛されたという。


このイベントのあと、アンケートが用意されていて回答記入ご提出すればおみやげにインスタントラーメンの詰め合わせパックをお土産に頂いて帰った。久々に食べるチキンラーメン…楽しみである。



栗城史多(くりきのぶかず)さんは北海道出身。今年6月で29歳。失恋があって、ニートや引きこもりの時代を経て、登山に開眼。周囲の人々には無謀と言われながらも、大学3年生で北米最高峰のマッキンリー(6194m)に単独登頂成功。その後6大陸の最高峰を単独登頂。

2007年、初のヒマラヤ遠征でチョ・オユー(8201m)の単独・無酸素登山に成功。この時に、インターネットでの動画配信という画期的な取り組みをスタート。

冒険は自分だけのものではない。日常社会で悩み苦しみ挫折しながらも生きている人たちの思いと共に山を登るのが自分の使命だと気づいた栗城さんは、「冒険の共有」というテーマで、世界最高峰エベレストへの無酸素単独登頂に挑み続けている。

すべての山にはピーク(山頂)がある。しかし、そのピークを越えても越えても、先が見えてこなかったのだが、自身の使命を認識して初めて、彼はピークの先にあるものが見えてきたという。

自分にしかできない冒険…人々に無限の可能性を伝え、一歩を越える勇気を与えること…。

エベレスト登頂のために莫大な費用がかかる。

入山料だけで一人50万円近く。加えて、彼は通信機器を持参する。通信機材も衛星をまるまるひとつ使うことになるため、エベレスト登頂に取り組むだけで1億を越えるお金が動くのだ。

当然スポンサーなしにはできないこと。チーム栗城を結成し、ベースキャンプと無線で交信しながら、かなり思いリチウム電池と通信装置を背負いながらデッドゾーンといわれる7500m以上の高みへと足を踏み入れていく。



山頂へのアタックのために、自身のテントを出る瞬間が一番怖いのだという。

「もし生きて帰れなかったら…」

そんな恐怖が常に自分に降りかかってくる。

これまではただ運がよかっただけなのかも知れない。

運悪く、マッキンリーのクレバス(深い溝状になった岩場の切れ目)に転落することだってあったのかも知れない。

危険を承知の上で、常に死の淵に足を踏み入れるようにして、一歩ずつ進んできた。

無酸素で、息も絶え絶えに登攀する彼の様子はカメラが確実に捕らえている。

カメラのレンズの向こうにいる人たちに、リアルタイムの自身の生き様を映像として配信するのも、また彼の使命だったのだ。



苦しみからは逃れることはできない。じっとしてても苦しみは消えはしない。逃げればいつもあとから自分を追いかけてくる。ならば、その苦しみさえにも感謝して受け入れてしまうこと。


栗城さんの「すべてに感謝」という言葉にも心打たれた。

一人で登る山ではあれど、必ずその一歩を支えてくれる数え切れない人々の存在がある。

彼にも、今の自分と同じような時期があった。企画書を持って企業を回りながらスポンサーを依頼し続ける日々…。講演会を開催しても10人前後しか集まらなかったり…。

ただ、日に日に支援者が増えてきて、いつの間にか口コミで仲間が仲間を呼び、メディアにも取り上げられていく内にスポンサーもひとつ増えふたつ増え…現在に至っているのだという。冒険は一人でするものだけど、支えてくれる多くの仲間があってのこと。栗城さんの「冒険の共有」というテーマに深く共感している。

あきらめれば夢はそこで終わる。でもあきらめなければ夢は消えることはない。

夢をかなえるために、1日10回はその夢を口にせよという。9回でも11回でもだめなのだ。

なぜか…。

「叶」えるという漢字は、口へんに十と書く。だから口にすること十回…。

11回だと、口へんに十一で「吐」くという漢字になってしまう。夢を吐き出してしまえば当然夢はかないっこない。


ユーモアを交えながら、面白おかしく話していることも、実は、血と涙と汗と、さまざまな苦痛がその陰に隠れていることを自分は知っている。

彼は垂直距離を極めるために、自分は水平距離を極めるために、一歩ずつ進むことに変わりはないのだ。



講演会のあとで、栗城さんに名刺をお渡ししてあいさつだけさせてもらった。

162センチ、60キロの小柄な体の中に秘められた戦士のような荒々しさ…。

常に死を覚悟した侍のような空気が彼を包んでいるかのようにも思えた。


自分の名刺を見て「どこかオーラが違って見えました」と言われたことに少しびっくり。

同じにおいのする仲間は何か反応しあうものがきっとあるのだろうか…。



インスタントラーメン発明記念館を後にして、Hさんと喫茶店に入り、お互い感想を述べ合った。Hさんも山をやっているし、山のトレーニングの一環としてマラソンにも力を入れている。

自分自身のこれまでの体験や今後の計画をいろいろと聞いていただいた。いろんな形でまた支援いただけるという。ありがたいことだ。

お子さんたちとも山を登られるそうだが、きっとお父さんのように強くたくましい人になってくれるだろう。



今、改めて冒険というものを見直してみる。

冒険とは…自分の内にあるイメージを形あるものにする作業…。

と同時に、人と人とのつながりを構築していく中で、真の自分自身を見つけ出す取り組み…。

さらには、自分の冒険をメディアを通じて周りの人々に体験してもらうことで、冒険家と共に感動と勇気を分かち合うもの…。

そして、感動と勇気をもらった人々もまた、それを、自分自身の未知の可能性へと一歩踏み出すエネルギーに換えていくものなのかも知れない。


どんな素晴らしい偉業を成し遂げても、それが独りよがりのものであってはいけないのだ。

インターネットを、単なる情報の媒体として考えていた自分は大きな誤解をしていた。

インターネットは、夢や希望、勇気や感動をも世界中に発信することができるし、それを世界中のどこにいてもリアルタイムでキャッチすることも可能な媒体であると、今改めて認識しよう。



栗城さんからも大きなパワーをいただけた。

目指すものは大きければ大きいほどいい。

LOCALな視線も必要だがそれでは全体が見えない。GLOBALな視線で見つめれば、すべてが見えてくる。



目標は、既に世界へ…。


チャレンジの日々は続く。



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  1. 2011/01/30(日) 14:52:34|
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冒険の共有~その1

【冒険の共有~その1】

*1月29日分の更新


数日前に、世界二周サイクリストの中西大輔さんからメールで、ソロアルピニストの栗城史多さんの講演会のチケットが一枚余っているという連絡を頂いた。

中西さんにその連絡をされたのが、能勢にお住まいの、登山とマラソンが趣味といわれる

Hさん。自分よりも長身(185センチくらい?)で非常にスリムなナイスガイ。

さっそく、待ち合わせの阪急池田駅に向かう。

会場は、インスタントラーメン発明記念館


chicken_ramen


池田市はインスタントラーメン発祥の地。日清食品の創業者である故安藤百福(ももふく)氏が1958(昭和33)年、チキンラーメンを生み出したのがこの街。


今回は、安藤スポーツ・食文化振興財団が主催する「第9回トム・ソーヤー・スクール企画コンテスト」の表彰式における記念講演ということであった。

このトム・ソーヤー・スクール企画コンテストで入賞された4つの学校や団体の取り組みについてのプレゼンテーションもあり、元学校関係者の自分から見てもなかなか中身の濃いものだった。

その中には、無人島で子供たちが中心となって1週間自給自足の生活を試みるものや、子供たちだけでコミュニティを作って自然体験活動に取り組むものなど、「生きる力」を身につけるための取り組みがいろんな形で実践されていた。

何よりも、自分たちで考えて、相談して、自分の役割を見つけて、積極的に組織と関わりを持とうとする力が要求される場面があるのはいいことだ。

さらに、社会に出て行くに当たって、自分ひとりで問題を解決できる能力も、いろんな場面で要求されてくる。

「ひとりでできるもん」という番組があったが、そのアウトドア版みたいなものだろうか。あえて、大人がそういった場面を設定して、その中に子供たちが入っていく、シナリオのないマルチロールプレイイングとも言える。

昔なら、子供たちだけで「遊び」を通じていろんなことにチャレンジできたのだろうけど、今は学校やカブスカウトなどの組織がないとなかなかできない時代。親がそういった活動に関心を持っていなければ、子供時代に楽しめるのはせいぜいゲームなどのデジタルツールくらいのもの。

子供たちが将来、どんな夢を思い描くかは、幼い頃の体験次第。いろんな活動に参加して経験してきたことが、自分の将来に大きくプラスになるものなのだ。

昨年3月末まで高校3年生をずっと担任していたが、将来の進路を決めるのに、「何をしたいのか分からない」という18歳がかなりたくさんいる。自分に何ができて、何が向いているのか、自分自身が分からないというのだ。特にやってみたいこと…「ありません」という答えはごく普通に彼ら/彼女たちの口から出てくる。

将来やってみたい職業は…「公務員」という答えは出てくるが、公務員といってもどんな分野の…と聞けば、沈黙状態のまま…答えが返ってこない。

夢をかなえるといっても、叶えたい夢がなければどうにもならない。

ごくふつうに真面目に育ってきた子供たちでさえこのありさまなのだから、世間の18歳たちの今までの生き様についていろいろ考えさせられてしまう。

いろんな可能性を秘めているはずなのに、それを自分で気づかぬまま平凡な一生で終わってしまうなんてあまりにももったいないではないか。

といったことを、今ここでテーマにしているのではなかった…。

今言っておくべきことは…

小さなお子さんをお持ちの親御さんたちは、できるだけ自然の中で活動できるような体験をぜひさせてあげて下さい。


(「冒険の共有~その2」につづく)


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  1. 2011/01/29(土) 23:59:59|
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ランニング道(14)~マラソン講座

【ランニング道(14)~マラソン講座】

*PART14:シューズが走りを変える

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PEACE RUN 2011のオフィシャル・スポンサー、アシックスより既に2足のシューズをテスト用として提供してもらった。

1日にせいぜい10キロ走る程度であれば気にならないようなことでも、100キロを超えるウルトラマラソンを走る場合や、毎日40~60キロの超長距離を走り続けている場合には、気になることがいくつかある。

言うまでもなくシューズはランナーの体を支えている。それだけでなく、シューズの良し悪しはランナーのメンタル面までをも左右しかねないことがある。

武士にとっての刀のように、ランナーにとってのシューズは魂といってもいいのだろう。それだけに、いいものを選ぶ必要はある。


デザインや値段だけでシューズを選んでいる人は要注意。

シューズ選びの際のポイントがいくつかある。

サイズはもちろんだが、WIDTH(「ウィヅス」に近い発音だが"th"の発音は「ツ」のような「ス」のような無声子音=息だけの音)と言われる足の幅もしっかり合わせなければならない。

自分は特に幅広甲高で、フォーマルの革靴でも既製品でなかなか合う物がない。そのため、買ったシューズをシューストレッチャーと言われる道具でかなり広くした上で履かないといけない。

昔はなかった規格だが、今ではEの表示で幅が選べるシューズも多い。EEとかEEEといったEの数で幅が広くなっていくのだ。

昨年PEACE RUN 2010日本縦断では、ニューバランスNB966と967のG(4Eよりもさらに幅広)を履いていた。

インターネットでも扱っている店がかなり少なく、探すのに苦労した。



シューズに足を入れてみて、足の5本の指がシューズのどこにも当たることなく自由に動かせることがポイント。ハーフやフルのレースを走るつもりなら、今履いている普通のスニーカーのサイズより大き目のシューズが理想。

また、シューズを選ぶ際、どんな走りをするのかも明確にしておこう。初心者がいきなりトップランナーの履いている様なソールの薄くて軽いシューズを履いてみても、その機能を十分に生かすことはできないだろうし、最初からそんな高機能のシューズを履く必要もあえてないだろう。

ただ、シューズはやはりマラソンやジョギングの専門の店で買うに越したことはない。インターネット通販で買うにしても、現物を必ずどこかの店で見ておいて、サイズや履き心地を試しておくに限る。モデルチェンジが頻繁にされているし、型落ち商品なら値段もぐっと安くなる。慌てて新製品に飛びつく必要もないと自分は思っている。



今回、アシックスで用意してもらったのはゲルサロマとゲルカヤノ17-SW。サイズはどちらも28.0cm(自分の足は実際27cmだが、足の二番目の指が親指よりも長く、ランニングシューズでは28cmを使用している)。

日曜日に河内長野~滝畑ダムの往復20キロではゲルサロマを使用。本当なら距離を走る前に何度か履いてみて足になじませる必要があったのだが、昨日までに4回履いて60キロあまり走行。



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普段自分が走っているのは農道などの未舗装路やトレイル(山の林道など)が中心。河内長野~滝畑ダム間は100パーセント舗装路だった。この日、久々にアスファルトの道をずっと走ったが、ゲルサロマのクッションのおかげでずいぶんと衝撃が緩和されたようだ。一度に30~40キロを超える距離を走ればもっとその良さが分かるはずだが、長時間走ったあと足がむくんできても、きちんと足をサポートしてくれるシューズということはよく分かった。



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堅いアスファルトで走る時、片足には体重の3倍もの衝撃が加わるという。ゲルサロマは、つま先からアーチ(土踏まず)、かかとの微妙な動きに合わせてアウトソールがうまくしなることで足への負担が軽減されている。ほどよい堅さと柔らかさを兼ね備えたシューズであることは間違いない。

特にウルトラマラソンなどの超長距離では、距離を踏めば踏むほどアーチが下がってきて、足が極度に疲労するものだが、そんな場面でT-GEL効果が顕著に現れる。分かりやすく言えば、疲れにくいシューズであるし、疲れた足にも疲れを軽減させてくれるシューズであるということだ。LSD用にも使えるし、初めてフルマラソンにチャレンジする人にもいいだろう。

下りを走っていても、そのグリップの良さが分かる。一歩一歩着地するごとに確実に路面をとらえるトラッキング性が昔に比べてはるかに進歩しているということだろう。雨のアスファルトを走ってみればよく分かるはずだが、安定した走りができるということは、たとえばフルでいうところの30キロ以降、100キロなら70キロ以降で差となって現れてくるもの。


一方のゲルカヤノ、今朝初めて足を入れて約10キロを走った。足を最初に入れて紐を締めた瞬間に「何か違う」と思わされた。くるぶし部分をそっと包んでくれる柔らかな感触…。紐を多少きつめに縛っても違和感がない。これはCHFという素材を使っているところからきているのか。今朝履いているソックスはノーマルの厚さ。ゲルサロマに比べて肌触りのいい素材が足に優しく感じられる。



gel_kayano 



ゲルサロマと同様に幅広甲高の足にはうれしいワイド設計。特にゲルカヤノの方はスーパーワイドで4E相当。蹴り出しの軽さはゲルサロマよりも若干優れているようにも感じたが、それは同じ28cmでもゲルカヤノの方がゆったりとした作りのせいだったからだろうか。

アスファルトと未舗装路の両方を走ってみた。

アスファルトでは多少スピードを出しても着地の衝撃はソフト。試しに短距離走的なスピードを出しても走りはほとんどぶれることがない。



DSC_3015
 


トレイルなどの不整地を走っても、抜群に安定している。石がごろごろしたような道をあえて走ってみたが、どんな角度で足が着地しようとも、シューズそのものがたわみ、捻れることで足への負担をカヴァーしている。グリップ力もゲルサロマと優劣つけ難しである。


DSC_3016-2
 


シューズは、同じメーカーのものでもフィット感が違うことが多いし、メーカーによって、あるいはレース用・トレーニング用によってもがらっと印象が変わるもの。いろんなブランドを試してみるのもいいが、自分の足に合ったものを選ぶことが何よりも大切。誰かが「最高にいい」と言っているシューズでも、それが自分にとって必ずしもいいものとは限らない。

ランニングというスポーツは、ウェアとシューズ、あとは大会参加のための投資がいくらか必要になるが、大会に出なくても、素敵なウェアを着なくても、シューズだけは絶対に必要不可欠のもの。日本縦断では1足で1000キロ持たせたが、ソールが減ってクッションが悪くなったように感じるなら交換時。ソールの素材は昔に比べて進化してはいるが、夏場のアスファルトを毎日走ってれば500キロくらいで寿命が来てしまうもの。できるなら2~3組のシューズをローテーションを組んで使うのがいい。



アシックスから、高機能のシューズを同時期に2足も頂戴した。

まさに、

神様 仏様 アシックス様 

である。

アメリカ横断5,000キロランニングの旅を支えて頂く一番のスポンサーに感謝!!


asics

テーマ:ランニング - ジャンル:スポーツ

  1. 2011/01/28(金) 14:38:04|
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世界最大規模の道楽

【世界最大規模の道楽】


これまで失敗してきたことは数知れない。

結婚も破綻し、教職も中途で終わってしまって、夫としても父としても教師としても、ハチャメチャで落ちこぼれの人生を送ってきた。

失敗から反省することはもちろんだけど、失敗を後悔していないと言えば嘘になる。

失敗を恐れず…とは言えど、失敗しても懲りない種類の人間なんだろうと自分のことを認識している。同じ失敗を何度も繰り返すのは、ある意味、関西で言うところの「どアホ」なんだろう。

失敗をしない人間は確かに立派である。ただ、失敗をしないからといってその人間が立派であるとは限らない。失敗をしないのは、何もしないこととある意味で同じなのだから。



あるいは、まだ自分は世の中をなめているのかも知れない。

「冒険家」という肩書きをつけたものの、冒険家の真似事をしているただのヘンなオヤジ…そんなふうに周りの目に映っていても決して不思議ではないのだろうけど…。


冒険家としてデビューしたのが今月17日。あれから今日で既に10日たった。

あちこち手当たり次第にスポンサー依頼のメールを送り、その内いくつかは企画書と経歴書を送り、現在返事を待っているところだ。手ごたえのありそうなところもあれば、期待できそうにないところも…。

まだ大した実績のない、ハッタリだけの冒険家がどこまで通用するのか、すべては、やってみなければ分からないのだから…。


ランニング仲間を通じて、NPO法人を立ち上げるという動きも出てきた。このうえない幸せなことだけど、組織として支援していただけるということ。個人レベルでは、活動にも限界がある。組織として継続的に活動できるのであれば言うことはない。今まで望んではいたけれど、現実的になかなか実現させようがなかったことだけにうれしい限り。

今は、インターネットというメディアを通じて、自分自身から世界に情報を発信することができる時代。

このブログも、コンスタントに毎日200アクセスを記録している。一人がその200人に情報を発信すれば、その200人の家族や友人にも発信された情報が伝わっていく可能性があるということ。1人が5人に伝えれば、同時に1000人に、1人が50人に伝えれば1万人…。

発信する情報の中身が大切なのは言うまでもない。

走ることを通じて、伝えたいことがたくさんある。

旅をすることで、出会いたい人がたくさんいる。



冒険をすることで、次の時代を支える人を育てていくこともまた自分自身の使命だと思っている。

特に未来の社会を担っていく子供たちを育てるのが、大人の役割。

生きる力に満ち溢れた、元気いっぱいの子どもを、勇気と正義の心を持った、社会のリーダーとして活躍できる子どもを、育てていかねばならない。


自分自身、子育ては7年ばかりしか関わらなかった。今、その一人娘は14歳。今年の4月で中学3年生になっているはず。

彼女の人生の半分しか関われなかったことが悔やまれるけれど、彼女も含め、世界中の子供たちに、平和と幸福に満たされた世界を、自らの手でつくっていけるように導いてやるのが我々大人の務めなのだ。




前途多難な、この人生そのものが冒険なのではないかと、最近考えるようになった。

父や母がよく言っていたこと…。

「会社に勤めてちゃんと働いていれば、毎月決まった額の給料がもらえて、定期的に昇給もあってボーナスももらえて、最後には退職金ももらえる…」

母はパート勤めしかしていなかったが、父は定年まで朝日新聞社で広告管理の仕事をしていた。大手企業だけに福利厚生もしっかりしていて、ごちゃごちゃした人間関係を除けば、ありとあらゆる面でめぐまれた人生を送ってきたのだろうと思う。

ただ、そうやって恵まれていたことと、本人が満足していたかどうかということは別の問題…。

父もきっと、何らかの冒険を夢見ていたことだろう。

自身ができなかったことを、息子に託しているという風にも自分は捉えている。




人と人とのつながりに感謝するばかりである。

自分の頭の中にあるイメージを形にするために、多くの人が動き始めてくれている。

この動きが加速し、さらにその動きが社会全体に広がり始めた時、きっと世の中は何らかの形で動き出すものだと信じている。

人に影響を与えられる力を備えていればよかったのだが、自分は政治家でもないし、タレントでもないし、スポーツ選手でもない。

社会の片隅から、少しずつ、時間はかかるけれど、確実に、着実に、目に見える形で何かが動き始めている。

それは、二本の足でゆっくりと、大陸を駆け抜けるのと似ている。





好きなことに、自分の時間やお金をいくら費やしても惜しいとは思わない…それは趣味と呼ぶレベル。

好きなことに、時間やお金だけでなく、自分の生涯や命さえ懸けても惜しくない…それは道楽といわれるもの。

一世一代の道楽…。

ただ、この道楽にかなり多くの人を巻き込もうとしている。

道楽とはいっても、多くの人が感動に酔い痴れる、世界最大規模の道楽となりますように…。





*****





これまで描きためてきたイラストのスライドショーを実験的に動画にしてみました。

"Go the Distance! ~ ランナーのいる風景"




テーマ:夢に向かって生きる - ジャンル:ライフ

  1. 2011/01/27(木) 11:42:35|
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ランニング道⑬~マラソン講座

【ランニング道⑬~マラソン講座】

*PART13:風景の一部として

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風景の一部として、その場の空気に、ごく自然に溶け込んでしまえるような、そんな朝のランを楽しむのがいい…。



冬枯れの、ひなびた山里の静かな風景の中で、頭を空っぽにして走る。

不安とか心配とか、もやもやとか…余計なことは一切考えない。

自分自身をリセットして新しい一日をスタートさせる瞬間…。



風景そのものには意思というものはない。

あるがままに、ありのままに、巡る季節を迎えるだけ。

風景の一部になるためには、心を無にして、自我というものを自分の中から一切取り除いてしまうこと…。



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あらゆる束縛から解き放たれた時、心も体も魂も宙に舞い上がっていくかのような瞬間を経験する…。

見えない階段を空に向かって駆け上がるような…走者陶酔の妙…。

アドレナリンが分泌され、脳内にβ-エンドルフィンが湧き上がる。



ランニングハイ…。

自分自身が自然と一体化してしまったかと思われるような場面がそこに展開される。

時間も空間もそこではひとつになって、自分自身もまたそんな世界に吸収されていくのだ。

自分自身の肉体を構成する60兆もの細胞のひとつひとつが、それぞれ意志を持って動き始めるかのように…。

走るというアクションを通じて、それぞれの細胞が一斉に方向性を持って活動しだすのだ。

体は意識とは別の次元で動きつつある。内に秘められたランナーの魂が狂喜する。




春の心地よい薫風に吹かれ、夏の青空の下、乾いた日差しを全身に浴び、秋の寂れた雑木林の落ち葉の感触を楽しみ、冬空の下、頬を掠める木枯らしの歌に耳を傾ける…。


季節の移り変わりを風の匂いで感じられるように、自然からのシグナルに敏感でいられるように、いつも野性の風に吹かれていたいと思うのである。



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  1. 2011/01/26(水) 12:30:27|
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20年ぶりに…

【20年ぶりに…】



ここしばらく取り組んでいたのがビデオの編集。

といっても、20年前に北米大陸単独横断自転車旅行を終えて、ニューヨーク州の隣のニュージャージー州にあるクリーヴランド・ストリート・スクールを訪ねた際に撮影されたもの。

日本語や日本の文化について、約200人ばかりいるその学校の全クラスを訪ね、特別授業をしたのだ。

VHSで撮影されたテープをパソコンに取り込んで、動画編集ソフトを使って15分以内にまとめる。字幕も入れて、何とか完成。



*****



ことの始まりはコロラド州の温泉保養地のコンビニ。

自分が自転車を停めて休憩していたところ、黒人のツーリスト3人組がやってきて、あれこれと質問攻め。

よほど自分の旅のスタイルが珍しかったのだろう。

その内の一人が自分に名刺をくれて、ニューヨークでゴールしたらぜひニュージャージ州の彼の自宅を訪ねるように言ってくれた。


その約2ヵ月後に実際彼を訪問した。

彼の奥さんが小学校の先生で、その時訪ねたのがこの動画の舞台となっているクリーヴランド・ストリート・スクール

現在も残っていて、ホームページも発見した。

このビデオのことも、今年また学校を訪問することも、このあとメールで伝えようと思う。

その当時の児童たちは20代半ばから32歳くらいになっている。

当時在籍していた先生でまだ残っている人がいればうれしいが…。


「PEACE RUN 2011 アメリカ横断5,000キロランニングの旅」の目的のひとつとして、通過するルート上にある小中学校を訪ね、文化交流することを考えている。子供たちに平和に関してもいろんなことを伝えられたらありがたい。


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  1. 2011/01/25(火) 18:37:17|
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ランニング道~マラソン講座⑫

【ランニング道~マラソン講座⑫】

PART12:坂バカ(坂のスペシャリスト)になる


レースでも大会でも、平坦な道を走るのは特に辛くはない。

だが、登坂路になると状況は変わる。

斜面の勾配にもよるが心拍数も上がり、息も絶え絶えに、足も前に出なくなってくる。

なぜか…?

それは、普段坂を上るトレーニングが不足しているから…。加えて、坂を走って上るノウハウをマスターしていないから…。

ニュートンの法則により、地球上のあらゆるものは地球の中心に引っ張られていくという原理が働いている。あえて、それに逆らうことで坂を登る訳である。

重力に逆らいつつも、前進していくというのはダブルの負荷がかかる運動。


まず、登り坂ではフォームを安定させること。辛いからと言って下を向いて走っていれば、当然腰が引けた状態になる。一歩一歩の着地がブレーキになるのだ。

登りでスピードを出そうと思わない。できるだけペースを落とさず、一歩一歩を確実に進めていくつもりで…。

腕の振りを平地の時よりも心持ち大きくしっかり。水泳のクロールの腕のかきと同じように腕が推進力となるように…。肩の力を抜いて楽に大きく前後に腕を振ることだ。

視線は前に…。あごが上がってくると全体のバランスが崩れてくる。背筋を伸ばして胸を張って、一人でも前にいるランナーを追い抜いてやろうという攻めの走りを意識する。


箱根駅伝でもそうだが、登りのスペシャリスト達は抜群のキック力を持っている。

キック力とはジャンプ力でもある。登りで蹴り出す足の力が登りで加速できるパワーを生み出すのだ。

補強運動として、なわとびをやるのもいい。階段や短めの坂のダッシュ。

室内でやるのなら、立った姿勢でかかとの上げ下げ(カーフレイズ)。つま先を階段に載せて、かかとの動く範囲を広げてやれば負荷が強まる。

一日中かかとを上げて活動していたことがあった。

その昔、読売巨人軍の選手がやっていた方法をヒントにしていたのだが、これは鍛えられる。練習時間の確保できない人にはお奨めだ。ただし、相当根性がいるとは思うが…。

仕事中や通勤途中の階段もつま先でダッシュ。ランナーたるもの、移動にエスカレーターやエレヴェータを使うものではない…(あくまで私観)。

スクワットも膝に負担にならない程度ならどんどんやってみよう。

体の個々のパーツを鍛えることは大切。腕振りのパワーを推進力にするのなら、腕立て伏せやベンチプレス、背筋を鍛える補強運動も取り入れるべきである。

過去に紹介した、500グラム程度のダンベルを持って腕振りをするのも必ずプラスになる。

登りを走ったあとで、自分の体で痛むところが弱点である。弱点は放っておけば弱点のままだが、鍛えればそれがストロングポイントにもなりうる。レベルアップを狙うなら弱点を強化しない手はない。


トライアスロンをやっていた頃は、自転車でのヒルクライムでも大腿四頭筋(太腿の前部)を鍛えていた。ランもバイクも共通しているのは一定のリズムで登るということ。

今時、自転車ではケイデンス(回転数)をサイクルコンピューターで表示することができるが、ランでは、リズム感のあるお気に入りの音楽をヘッドフォンステレオで聴きながら、その音楽のリズムで走るようにしている。

過去に走ったレースでは、たいてい登りになると自分独自のBGMが頭の中で流れていたものだ。


ついでに下りの走り方も…。

登りとは逆に下りは放っておいても加速する。

調子に乗ってスピードを上げすぎると、膝や足腰にかなりのダメージが出てくる。

場合によっては筋肉にけいれんが起こることもある。自分自身も昔、厳寒のレースで太腿の付け根にけいれんが実際起こった苦い経験があった。

下りでは平地を走るのと同じスピードを意識した方が無難である。ただ、下りでは意外にも心拍数が上がらないので、平地のスピードと同じでも走っていて楽に感じるもの。

ストライドは決して広げない。大またで飛ぶように走れるのはトップランナー。市民ランナーはストライドはできるだけ狭く、ピッチ(回転)で走る。レースの際、近くにいるランナーが2歩進む間に3歩でも4歩でも進んでみる。下りでは高速回転のピッチ走法で走る練習を頻繁に取り入れておきたい。

山岳レースでは場合によっては5パーセント(100mで3m登る斜面)を超えるような急登坂があったりする。下っている最中に膝がガクガクしてきたら、ペースを下げよう。無意識の内に脚がもつれて転倒事故を起こすことがあるからだ。

平地と同じ感覚で走れるのはせいぜい3パーセントくらいの坂と思っておこう。

下りでは走り方のよしあしが顕著に現れる。それは上下動…。

以前に紹介したが、足音がバタバタする走りはよくない。頭に折りたたんだタオルをのせて走ってみよう。タオルが落ちないように走っていれば上下動は少ない。

難しいかも知れないが、着地する度に膝が深く曲がるとその一歩一歩がブレーキになる。かといって、膝を完全に立てた状態では膝への衝撃も激しくなる。これは、ジャンプして着地した際に最小限衝撃を吸収しながら次のジャンプへとつなぐ運動と同じなのだ。

すり足走法…ウルトラマラソンではかなり効果がでる走り…。

早歩きをしながらそのまま走るようなフォーム。歩幅は極力狭く、膝を曲げずに左右の足をそのまま交互に出すだけ…。



トレーニングでは、平地で3キロ走るより登りを1キロ走った方が効果的。家の近辺に坂がないなら歩道橋や川の堤防でも構わない。少しでも負荷のかかるコースを探してみよう。レースでも、アップダウンの多いコースは記録を狙いにくいと言われるが、登りと下りの走りを極めれば、自己ベストを狙うこともできるのだ。



自分の走りをいろいろ研究しながら、いくつかの理論を打ち出し、それを実践で試してみて、さらに改良していく…。ランニングも科学である。

繰り返すことだが、ここで紹介しているのはあくまで自分の経験の中で学んできた、走るためのヒントでしかない。

結論は、自分流に、よくよく研究すべし…ということである。

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(Illustration "Rocky Runner3" by kay)






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  1. 2011/01/24(月) 13:11:00|
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マラニック@滝畑ダム

【マラニック@滝畑ダム】

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(各写真はクリックで拡大)


イザ!ランニング部、チーム・ユニクロ主催、マラニック@滝畑ダムに行ってまいりました。

参加者は、竜馬さんanchinさん伸やんさん、M原さんと私の5名。

河内長野駅に午前10時集合。私は伊賀市の自宅を午前7時過ぎに出てきました。

2月末にある河内長野シティマラソン(ハーフ)のコース下見を兼ねてのラン。高低差があるので、いかほどのものかというのも事前にチェックというのも目的のひとつ。


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七つ辻の先の交差点まで歩いて、府道218号線を南にずっと走っていきます。

歩道がたまにあるものの、道は狭く、30分ほど走れば集落もまばらになり、結構なアップダウンが連続します。


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ダラダラ続く長い坂が一番足にこたえます。

トンネルを抜ければ滝畑ダムが見えてきました。

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夕月橋の上で記念撮影。


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来た道を引き返していきます。

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「なめてません」

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風もなく、青空が広がっていい天気に恵まれました。

太陽の当たらない日陰は寒かったものの、走っていてかなりの汗をかいたようです。

河内長野駅~滝畑ダムの往復で約3時間(休憩含む)。

水分補給+胃袋のアルコール洗浄@餃子の王将河内長野店。モリモッチャンもここで合流しました。


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餃子に鶏の唐揚げにエビチリ…ビールが進みます。


3時ごろにお開き…。

またの企画をお楽しみに…。

皆さん、お疲れ様でした!


*フルサイズの写真はこちらに…。

*anchinさんのサイトはこちら…。

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  1. 2011/01/23(日) 21:13:22|
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見えないバトン

【見えないバトン】

1月21日、間寛平さんの地球一周アースマラソンのゴールとなる大阪城野外音楽堂に行ってきた。

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会場には3000人しか入れない。事前にチケットを手に入れたかったが、既に申し込みは締め切られ、テレビのない自分の部屋ではその様子も見ることもできない。

大阪城公園の沿道に応援にでも行こうかと思っていた矢先、ツイッターのフォロワーのMAIKOさんからチケットがあるというつぶやき…。

プラチナチケット…。

よもや現地で応援できるとは…。

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5時前、早めに会場に着いたら既に多くの人たちが…。

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地元の高校の陸上部の生徒たちがフェンスを立てて整理券番号別に並ぶスペースを確保していた。

野外音楽堂に入り、席は後ろの方だったが中央のスクリーンがよく見える位置。

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入り口付近で「寛平新聞」なるものが配られていた。

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6時に吉本の若手芸人たちがステージに上がってきた。

テレビを見ていないので全く見たことのないタレントばかり。


寛平さんが入って来た時に、どんな風にエールを送るか、とか応援ソング「RUN寛平RUN」を歌うタイミングなどを説明して、リハーサルを何度かやってみた。

野外なので日没後は気温もどんどん下がって行ったが、声を出して体を動かしていればいくぶん寒さはましになった。

寛平さんがゴールする前に、全長1キロにもおよぶゴールテープが用意されていた。黄色い、まるで見た目は厚手のトイレットペーパー。会場にいる応援に来た人たちのメッセージをそこに書き込むのだ。

自分も2箇所に分けてメッセージを書き込んだ。寒くて手の感覚が麻痺しかけていたが、思いを込めて書いた。

message1

message2


日本テレビの特番もスタート。会場のスクリーンに映し出されていた。

第一ゴールは野外音楽堂、そして寛平さんのご家族と吉本のベテラン芸人一行が待つ第二ゴール(その時点では場所は秘密にされていた)が大阪市内のどこかに存在していた。

吉本興業の歴史を築き上げてきた、これだけのメンバーが勢ぞろいしているというだけでも寛平さんの人柄の素晴らしさがうかがわれる。

番組内では、アースマラソンのダイジェストがスクリーンに映し出され、2年前のスタートから、ヨットで太平洋を渡り、のちにアメリカ横断、そしてヨーロッパからアジアへ。

途中、前立腺がんが見つかり、治療のためにアメリカへ…。

再び走り出すものの、50度を超える酷暑の中も、マイナス19度の厳寒の中も、1日平均50キロを走り続けてきた。

そして、中国チンタオから再びヨットでの航海。1月4日に博多で日本上陸。

その時、寛平さんは2年ぶりに実のお母様に再会されていた。お母さんっ子の寛平さんも涙を流して再会を喜び合う場面…。



博多から瀬戸内海沿いに大阪まで17日かけてゴールを迎える。

ライヴ中継で、夜道を走る寛平さんの姿が映し出される。

夜空にはヘリコプターが飛んでいた。空から会場を撮影しているのだ。

残りの距離が表示され、大阪城が見えた。

沿道にも3000人あまりの人が応援に駆けつけていたようだ。

ハイタッチをしながら、なかなか前に進めない寛平さん。


7時42分、野外音楽堂に寛平さんの姿が…。

スポットライトに照らされ会場の階段を駆け上がる、一番上まで上がって、中央から階段を下りながら、たくさんのメッセージが書かれたテープを順番に切っていく。

そして、最後はステージ上に用意されたゴールテープを…。


「俺は幸せもんやー!!」

2年にも及ぶ長旅…その途中でいろんな出会いがあっただろうし、辛く苦しい思いも数え切れないはず。レベルは違えど、同じような旅をしていた自分だからこそ、その気持ちは痛いほどよく分かる。


寛平さんの語りに、場内は一時静まり返り、涙を流す者も…。


と、突然のギャグに、涙を浮かべていた人たちも急に噴き出してしまう。

ゲストにはQちゃんこと高橋尚子さんも。

大阪市長が花束贈呈をする場面も。

想像を絶するような走り旅をしてきてゴールしたばかりの寛平さんに


「地元でこの秋に開催される大阪マラソンをぜひ走って下さい」

とメッセージを贈っていた。


「ア~メ~マ~」を全員で復唱して、「RUN寛平RUN]の応援ソングで寛平さんを第二ゴールへと送り出す。

この後会場から出て行く人たちも少なからずいた。寒さが辛かったのだろうか。


第二ゴールに向かって走っている寛平さんの姿をスクリーンで見守る野外音楽堂のファン達。ミュージシャンで長男の慎太郎さんが自作の応援ソングを歌っている。

走っている間できるだけ人の群れを避けるために第二ゴールの場所は明らかにされなかったが、寛平さん到着と同時にそこがNGK(なんばグランド花月)であることが明らかにされた。

明石屋さんまはじめ、寛平さんを待つ吉本のベテラン芸人の数々…。しばらくテレビを見ない内に、みんな老け込んでしまったものだ。

一番辛かったのは奥さんだろう。お互い照れながら、何とか最後は抱擁しあって、周りから拍手喝采を受けていた。



9時前に特番終了。

そして、自分もJR森ノ宮に向かい車中の人となった。



今年に入ってからいろんな変化があった。

JACC(日本アドベンチャーサイクリストクラブ)の新年会に参加したことも、アシックスがスポンサーについてくれたことも、冒険家としてデビューしたことも、そして運よくチケットをもらえたおかげで、このアースマラソンのゴールを見届けられたことも…。

何よりも、自分に関わってくれる人たちが、いろんな形で今後支援をしていこうと、少しずつそのサポート体制が確立しつつある…これは本当に喜ばしいこと。感謝しないといけない。


すべてが、ある方向性を自分に示してくれているのだ。

これを神の啓示と捉えていいのだろうか…。


見えない力が働いている。

この晩、自分を大阪城野外音楽堂に導き、寛平さんのゴールを見届けさせようとする力が確実に働いていた…。



寛平さんがゴールした瞬間、確実に見えないバトンを彼から受け取った。

It's my turn now!! (次は自分の番)

その瞬間、誰かの声が聞こえてきたような気がした。


「アメリカ横断…そんな程度のレベルで満足してていいのか…?」と声は語っていた。


それは、ひょっとしたら、自分の中にいるもう一人の自分の声だったのかも知れない。


「やっぱり…そうか…」


寛平さんのアースマラソンは、単純に海と陸で北半球のみの地球一周4万キロ(内陸路は約2万キロ)の旅だった。

ならば自分は…。

五大陸を走破して、陸路で4万キロを超えなければ、冒険する価値はない。

残りの人生のすべてを懸けて、挑むだけの価値は十分にある。


のるかそるか…。


It's now or never...(やるなら「今」しかない)



*****




本日、スポンサーをお願いしているアシックスから大量のアパレル(ウェア類)とシューズのサンプルが届いた。

asics_apparel


ありがとうございます!

さっそくこれらを着用して走ります!!


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  1. 2011/01/22(土) 11:13:53|
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特別じゃなくったって…

【特別じゃなくったって…】

*1月21日分の更新です。20日分も本日朝更新しました。こちらを…。



何も僕は特別な人間ではない。

マラソンは走っているけど、特別足が速いこともないし、いろんなことを行き当たりばったりにやっているけど、特別すぐれた人間というわけでもない。

いろんなコンプレックスもあったし、落ちこぼれと自負してた時期もあった。

そうやって考えてみると、自分は選ばれた「特別な」人間ではなく、「特殊な」人間と言っていいのだろう。

特別な人間とは…。

運よく誰かが自分の才能や個性に気づいてくれて、それを開発してくれることで一流になっていく人間…。マラソン界ではQちゃんこと高橋尚子選手がそうだろう。彼女は小出監督に出会ったことでマラソンメダリストになり、現在に至っている。


特殊な人間とは…。

誰かよき指導者に出会うことで才能を磨いてもらったりすることは決してない、一見平凡な人間…。ただ、ある日、ふと気づいたりひらめいたりした瞬間に、自分の非凡な才能や個性を自らの力で発揮できる人間…。


誰もが、自分自身を普通の人間と思って自然なのだろうけど、自分はそうは思ってなかった。

他人とは違う何か…をいつも求めていたし、他人と同じである自分が好きになれなかった。

誰かに負けたら「何くそ」魂で闘争心をむき出しにする。自分の非力さを時には嘆き、惨めな気持ちにもなるけれど、決してそれだけでは終わらなかった。

「いつか見ていろ俺だって…」

要はそう思えるかどうか…。



寛平さんも新世界の芝居小屋のピン芸人から始まって、吉本興業で苦労しながら出世して、東京に進出して以降、少しずつ知名度を上げて現在に至っている。お笑い芸人という本職がありながら、ふとマラソンを走り始めたことがきっかけで、彼のチャレンジは始まった。

そして、今日、アースマラソンのゴール。

夕方、大阪野外音楽堂に出向く。運よくチケットをあるルートから手に入れたのも何かの縁か…。寛平さんのつくる歴史的な一瞬をぜひ見届けたいという思いである。


寛平さんから目に見えないバトンをもらおう。彼が駆け抜けてきた4万キロ地球一周分のパワーとエナジーを分けてもらおう。

そして、そのバトンをもらったら、次は自分の番…。


あと数ヵ月後にはアメリカにわたる。

扉は既に開かれている。あとは自分がスタートラインに立って、一歩前に足を出して、走り始めるだけだ。


世界へ…。

かつて抱いていた冒険の夢が決して消えることはなかった。

あきらめなければ、夢はかなう…かなえられる。


自分が特別であるなんて思う必要はどこにもない。

みんなと違う「何か」を大切に持っていればいい。

いつかそれが芽を出し、花を咲かせる時がきっとくるはずだから…。



長い冬はいつか必ず終わり、暖かい春がやってくる。

そう信じていなければ、北国の人たちはやってられない。



自分自身にとっての心の春もそう遠くはない…。



旅立ちの春を心待ちにして、いつものごくありふれた自分を、今日も生きている。



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(Photo: "One Winter Morning" by kay)


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  1. 2011/01/21(金) 11:19:12|
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ランニング道~マラソン講座⑪】

【ランニング道~マラソン講座⑪】

★1月20日分の更新です…。

*PART11:自転車でリフレッシュする


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たまには自転車に乗って風に吹かれてみるのもいい。

ランニングとは違う筋肉を使うことになるから、長距離をランニングした翌日にはちょうどいい刺激となるのだ。

下りではあまり運動効果は上がらないけれど、夏場の峠越えで一気にダウンヒルを駆け下りるのは最高に気持ちがいい。何よりもそのスピード感がたまらない。

仕事で疲れて、レースが近いからといってランで無理をすると練習もマンネリ化してしまう。

こういう時には、やはりリフレッシュしてみよう。

義務感だけで走っていると怪我や故障の元。

美味しいものでも、お腹が減ってなければ美味しく感じられないのと同じように、疲れているのに無理すれば、それがかえってマイナスになってしまうことだってあるもの。

自転車を使ってランに代わる練習をするのなら、ぜひ峠越えをしてみて欲しい。

あまりきつい勾配だとひざに負担がかかるが、割と緩めのだらだら上る長い坂道が一番いい。


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時には立ちこぎ…ハンドルを握って力強く走れば上半身も鍛えられる。

一定のリズムでペダルを踏んで、ぐんぐん登って行く。大腿四頭筋(太ももの前面の筋肉)は登りで鍛えられる。これはきっとランの登りにもプラスになるはず。

家の周りに坂がないのなら、サイクルコンピュータをつけて、平地を一定のスピードを維持して走る。回転数を多くして少し息が上がるペースがいい。

自転車とランの運動量の差は、距離で言うなら、3倍の差があると言われている。

すなわち、ランで10キロ走るのと、自転車で30キロ走るのがほぼ同じ運動量に匹敵するということだ。

体に合った自転車で乗り慣れてくると、1日100キロは楽に走れるようになる。

ロードバイクで早朝から日没あたりまで走れば200キロだって走れる。

自分も元々はサイクリスト。キャンプ用品を積んでサイクルキャンピングなども楽しいもの。



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(撮影:天神橋5丁目さん)



一人で走るもよし。仲間と競い合って走るもよし。

パーツを自分でグレードアップしたり、愛車にいろいろ手を加えて改造してみたり、あるいは部屋に飾ってみて楽しんでみたり…(自分自身は部屋に7台の自転車を所有。知人の一人はコルナゴという海外ブランドで100万円もする自転車を所有されている方もいるが…)。

冬場は寒くて風の強い日にはなかなか自転車に乗る気もしないものだけれど、夏場の暑い時期には風を切って走る分心地よいものだ。

ランニングの故障も部位にもよるが、自転車をリハビリに使うケースも多々あるだろう。

道具に依存する分、ランと違って運動量が少ない割りに長時間楽しめるというメリットもあるわけだ。

自分自身がトライアスロンをやっていた頃は、スイム・バイク・ランの3種目を一週間単位でいろいろ組み合わせて練習をしていた。

特にランのあとのバイクとか、バイクのあとのスイムとかは筋肉をほぐすにはいいコンビネーションだろう。

お家のお風呂がある程度広ければ、長距離ランニングをした後にお風呂でバスタブの淵に座って、両足をバタバタするだけで筋肉がほぐれるもの。



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人生の楽しみ方は一つでも多く知っている方がいい。

ラン一筋…と片意地張らずに、自転車に乗ってみればその楽しさ・面白さが分かる。

自転車ばかりやっている人に、時にランニングを薦めてみるけれど、5人薦めてやっと1人がランにハマっていくという感じ…。

ランナーがサイクリストに転向する分には何ら問題はないが、サイクリストには「ランニングはどうも…」という苦手意識があるようだ。

歳をとると新しいものを受け入れようとする姿勢がだんだん失われていく。保守的になり、チャレンジをためらうようになる。それでは、自分自身も、自身の生き方も凝り固まったものになり、老化を加速させるだろう。

リフレッシュこそエイジングを抑制するためには大いに必要だと思う。

仕事を辞めて旅に出てリフレッシュ。ドイツなどでは長年仕事をしてきた社員に1年程度の「リフレッシュ休暇」なるものを与える企業もあると聞く。


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Two wheels to go...

二つの銀輪に夢を乗せて、行けどこまでも…。


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テーマ:自転車(スポーツ用) - ジャンル:スポーツ

  1. 2011/01/20(木) 23:59:59|
  2. マラソン・ランニング
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【壁】


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世の中には、簡単に越えられない壁がある。

そんな壁を乗り越え、前に進んでいくことができた時、人は大きな満足感を覚える。



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目に見えない意識の壁…。

本当はそこには何もないのに、自分自身が意識の中だけで勝手に作り上げている壁が、実はあるのだ。



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自分自身がイメージの中で作り出した、とてつもなく高く分厚い壁…。

まるで見えない敵に行く手を阻まれているかのように…。

その壁を前にして足は立ちすくんでしまう。



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ただじっとしていても、時間だけが過ぎていく。

行動を起こさなければ…。

壁をぶち壊すハンマーもなければ、壁をよじ登るためのロープもない。

あくせく頭の中であれこれ考えるだけで、どうにもこうにも解決策は見当たらない。



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ふと、発想を変えた時、状況は変わる。

壁なんかどこにもない…。

自分にそう言い聞かせた瞬間、今まで壁だと思っていたものがふっと消えてなくなってしまう…。

もともと壁など存在するはずもなく、自分自身が「壁だ、壁だ」とひとり慌てふためいていただけ…。



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意識の壁は、いつか必ず消し去ることができるもの。

真実を見抜く力があれば、自分を信じることができれば、壁はおのずと消えていく。



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前へ、前へと…。

ひた進む自分に、この宇宙のすべてのエナジーを与えたまえ。






*****






日曜日、ブログ仲間のくろださんを訪ねてきた。

くろださんは、天神橋5丁目さんのブログで自分の存在を知って、ブログを訪ねてきて頂き、自分もくろださんのブログを訪ねるようになった。

昨年暮れに自転車仲間と洛北を走っておられる時に倒れられ、救急車で搬送されたらしい。



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幸い、お見舞いに行った時には、元気そうにしておられてほっとした。

自転車に乗り始めたのもここ数年。70を過ぎて自転車を始めたのもすごいが、スピードは遅くても1日に200キロも走ることがあるという健脚ぶり。



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くろださんのブログ「木黙庵の迷走記 問わず語り」は、玄人好みのする大人のブログ。

本業は木漆工芸職人だが、本人が撮影された写真を見ていても生粋のアーティストであることがうかがわれる。

それに、その文章も辛口ながら読む者のハートをひきつける何かを秘めておられる。

広く社会を見つめ、常に的を得たご自身の主張を貫こうという姿勢も見習うべきものがある。

正しいことを全うしようとする、正義感に満ちた人柄を感じずにはいられない。



tofukuji3 



くろださんと自転車でご一緒したことは残念ながら一度もない。

ただ、初めて病院でお会いして、お話をして、ますますくろださんの人柄に魅せられてしまった。

次にお会いする時は、ぜひ自転車で一緒に走らせていただこうと思う。


くろださん、一日も早く退院されることをお祈りしています。



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*後半の写真は京都東福寺にて撮影

テーマ:日々の中で・・ - ジャンル:ライフ

  1. 2011/01/19(水) 15:54:08|
  2. 人生論
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Born To Run...

【Born To Run...】

冒険家としての日々がスタートした。

電話やメールでネットワークを広げる活動が続く。


伝説と歴史は冒険家が作り上げるもの。今の時代、冒険家は企業とメディアが作り上げるもの。


スポンサー探しは思っていたほど簡単ではない。

駆け出しの冒険家にできることは、いろんなネットワークを通じて、少しでも自分の存在と活動を知ってもらうこと。

1年目はとにかくがむしゃらに走り続ける。


幸い、今朝、ランニングつながりの知人の一人から、航空会社の社長にぜひ話を持ちかけてみようと言ううれしい知らせが…。

アシックスのプロモート担当のNさんから、ウェアを何点か来週送ってくれるという連絡。シューズは現在在庫入れ替えの時期で、自分に合うサイズが不足してて、至急米国のアシックスから取り寄せるという話だった。


モンベルに提出する「チャレンジ支援プログラム」の企画書と活動経歴書が完成。何人か関係者に見ていただいた上でモンベルに送ろうと思う。



ネットワーク作りと平行して、メディアからアピールする作業もこつこつと進めている。

以前から、自分自身の公式サイトの再構築と、去年のPEACE RUN 2010 日本縦断のサイトもまだ途中だったが、新たに「PEACE RUN 2011 アメリカ横断5,000kmランニングの旅」のオフィシャル・サイトを立ち上げた。

peace_run_2011_banner 


いろんな方のブログやホームページにリンク用のバナーを貼って頂ければ幸い。

プロが作ればもっと見栄えのするものができるのだろうが、自分で作るということも大切なこと。お金をかければいいというものでもない。


企業から資金面で援助してもらうことで、旅をする…。

本来は全く個人的な楽しみでやっていた旅や冒険だが、これを職業として選ぶにはずいぶん迷いがあった。

安定した身分も収入も捨ててそれをやるのなら、様々なリスクを背負わなければいけない。

しかし、どんな人生であっても必ずリスクはつきものだ。ならば、本当に自分が好きで楽しめるものを選ぶべきだろう…。



冒険家は、ある意味ではエンターテイナーだ。

見ている人や、同じようなことをしている人たちに、満足や喜びや感動を与えるのが仕事なのだ。

時には命懸けで、死に物狂いで、不可能や困難にチャレンジする。それをメディアが注目してくれて、世間に伝えてくれる。

そして、その実績でまたバックアップしてくれる組織や企業が現れてくる。


まずは、このアメリカ横断を何が何でも確実に走り終えて、すべてはその結果次第…。

最後まであきらめないことが夢の実現につながる。

途中であきらめてしまうのは本物の夢ではない。


幸い、活躍の舞台は、アメリカだけではなく、ヨーロッパやアフリカ、南米やアジアにもある。



寛平さんが、大阪のゴールまであと100kmを残すのみとなった。

あとわずかに3日走れば念願のゴールだ。

九州佐多岬にゴールする直前のことを思い出す。

北の果てから走り続けてきて、ようやく南の果てが見えてくる。これほどうれしいことはない。


アメリカは西海岸から東海岸までの5,000km。

毎日朝日に向かって走り、午後は夕日を背に走り続ける。


走るために生まれてきた。生きるために走り、走るために生きる…。

まさに、駆け足の人生…。

ゴールは…人生の終わり。


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  1. 2011/01/18(火) 19:14:15|
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アドヴェンチャー・ランナーとして

【アドヴェンチャー・ランナーとして】

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今日、午前中に共同通信社の取材を受けた。

昨年のPEACE RUN 2010 日本縦断ランニングの旅についてお話させていただくのと同時に、今年のPEACE RUN 2011 アメリカ横断5000キロランニングの旅についてアピールをさせて頂いた。

2月頃に各新聞等で紹介されるかも知れない。


午後には、神戸のアシックス本社を訪問。

阪神電車に乗っていて、今日が、阪神淡路大震災からちょうど16年目に当たるということを知った。

あの日、自分はニュージーランドのフランツジョセフ氷河の辺りを旅していて、新聞とテレビで震災の様子を知った。

大阪の実家にすぐに電話をしたが、何度かけても回線がつながらず、5時間くらいずっと公衆電話からかけ続けてようやくつながった。

幸い家は大した被害はなく、門燈が引っくり返って、応接間のガラスにひびが入った程度だったらしい。

帰国して、知人が二人亡くなっていたことを後に知った。

天災とはいえ、一度に数千人規模の犠牲者が出るというニュースにいたたまれない気持ちだった。

オウムの地下鉄サリン事件がその後に起こるが、自分のいない間に日本でそのような衝撃的な事件が起こっていたということがしばらく信じられなかった。


阪神淡路大震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。



アシックスが、シューズ・ウェアに関して全面的に協力していただけるということで、アメリカ横断の公式スポンサー第一号となった。

これを機に、この一年はプロの冒険家(アドヴェンチャー・ランナー)として活動していくつもりである。

ただ、現在は仕事もしておらず、収入源は全くない状態。

今後も、支援・協賛していただける企業を当たっていきたい。

モンベルチャレンジ支援プログラムで資金提供をしていただけばありがたいのだが、チャレンジは恐らくアメリカ横断以降も続くものとして、いずれは世界走破を目標に走り続けることになるだろう。

どうせなら寛平さんを越えるレベルのチャレンジを…。そういったことも視野に入れてはいる。


あらためて自分の公式サイトでお願いすることになるだろうが、個人レベルでも企業レベルでも、いろんな形で支援をお願いしていかなければならない。


ヒーローは歴史と伝説を作り上げるもの。そして、そのヒーローは、今の時代なら、企業とメディアが作り上げるもの。

最初は自己満足で始まった個人的なイベント“PEACE RUN”だが、世界を動かすレベルにまで何とか持っていきたい。

世界平和のために自分ができることは走ること。

走ることで、世の人々に勇気と感動を伝え、平和へのアクションを起こしてもらう…これが自分の願いである。

50歳にして遅咲きの冒険家デビュー。

ずっと教員として英語を教えてきたけれども、本当に自分が求めていたのはやはりこれだった。

チャレンジャーとして旅人としてランナーとして、アドベンチャー・ランナーとして世の中に貢献できる自分でありたい。

走るのはたとえ一人であっても、多くの方々のサポートが必要…。

今後ともご支援よろしくお願い申し上げます。



(Illustration "Encountering 2" by kay)


アシックスは「PEACE RUN 2011アメリカ横断5000キロランニングの旅」のオフィシャル・スポンサーです。

asics 

テーマ:夢に向かって生きる - ジャンル:ライフ

  1. 2011/01/17(月) 22:50:05|
  2. 冒険
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全国の受験生の皆さんへ

【全国の受験生の皆さんへ】

全国の受験生の皆さんへ:

今という時代に、社会へ巣立っていく前に君たちは「学問」を身につけている。

「学ぶ」ということについてよく考えてみたことはあるだろうか?

「数学の公式が将来一体なんの役に立つんだ?」

「過去の歴史を学んで何になるの?」

そんな質問をよく教え子たちからされた。

「?」は多ければ多いほどいい。

分からなければ考える…これが学問の基本。

学生時代は、恥ずかしながら自分も熱心に勉強したわけではないが、たくさん本を読んだ。

いろんな時代の、いろんなジャンルの、いろんな作家の、いろんな本を読んできた。

本からたくさんの知識や教養を吸収してきた。


「学ぶ」とは「知る」こと、「分かる」こと。

そして知ることで自分自身を高めること。

知的レベルを高めることで、より高度な思考回路を築くこと。


大学では英語を専攻したが、大学卒業後に一年だけ、大学図書館で非常勤をしながら英語以外のいろんな雑学も身につけた。実はこの1年間に得た知識がその後の人生のいろんな場面で役立っているのだ。

インターネットもまだなかった時代、調べ物は図書館でするのが当たり前だった。

いろんな本が好きなだけ読めるというのもありがたかったし、出入りしている書店から本や雑誌を安く購入できるというのもメリットだった。


逆に今という時代は、さまざまな情報が氾濫してて、確かな目でその真偽を見抜いていかなければならないという厄介な状況でもある。


将来、どんな自分になるかは、君たちの年代なら恐らくまだ分からないだろうし、分かっているとしてもまだ漠然としたものに違いない。

ただ、将来に向けて大きなヴィジョンは持っておこう。

なりたい自分になれ…ということだ。

なりたい自分になれない人は少なからずいる。

言い換えれば、なりたい自分になれず我慢している人はいくらでもいる。


それでも、何とか頑張れる人はいい。

不満やストレスを抱え、生きることに見切りをつけてこの世にさよならするような生き方は決してすべきではないし、思い通りにならない腹いせにとんでもない犯罪に走るような人間になってもらっても困る。


君たちはまだ若い。さまざまな可能性を秘めている。

夢と希望を持って、社会という大海原に出て行くのが君たちの役目だ。

あと30年経っても、今と同じ気持ちで生きていて欲しい。


現実の厳しさに押しつぶされることなく、自分の可能性をひたすら信じて、前に進んでいける人であって欲しい。

悩み、苦しみ、途方に暮れてどうしていいか分からなくなることも当然あるだろうけど、その時が、君たちの真価が試される時。


それまで学んできたことをどれだけ生かせるか…。

それまで身につけてきた知識をフルに使って…。


いろんなことをこれから経験していこう。

いろんなことにこれからチャレンジしていこう。


50になった自分自身も、まだこれから学ぶべきことがたくさんある。経験したいことも、チャレンジしたいことも…。


大人になるのは楽じゃないかも知れない。

その昔、「大人になったら学校に行かなくていいから楽だろうな…」と思っていた自分が恥ずかしい。

さまざまな試練を乗り越えていくことで人は強くなっていく。

大人とは試練に耐えうる人なのかも知れない。

自分が未熟であればあるほど、もっと学んでいかなければならないと思わされる。


自分自身を冷静に見つめて、今ある自分のベストで進んでいこう。

決して今の自分に満足しないで欲しい。

もっともっと素晴らしい自分をつくっていくことが実は本当に楽しく面白いことなのだ。


目先の成功にとらわれないで欲しい。ちょっとやそっとの失敗に動じないで欲しい。

過去は過去で、これからやってくる未来に備えて、今どうあるべきか、今何をすべきかを考えてみて欲しい。


目指すものがあるのならとことんそれに向かって突き進もう。

目指すものがまだ分からないのなら、今自分がやれる何かに全力を注ごう。面白いもの楽しいものをとことん突き詰めてみよう。


生きることが楽しいと思える日々を送ろう。

生きることが辛くなったら誰かにそれを語ろう。

仲間を大切にしよう。

人と人とのつながりを作っていこう。支える立場でも支えられる立場でもあろう。

あらゆる人から何かを学ぶ姿勢を持とう。

教科書や参考書に書いてあることだけが学問じゃない。



困難や試練にあえて立ち向かっていこう。

自分の目標の前に立ちはだかる壁は、乗り越えるべき存在だと考えよう。


受験とは試練ではなく、自分が試されるチャンスなのだ。

勝ち負けも大切だけど、最後には自分に負けない自分自身となれること。



きっと最後はうまくいく、そう信じよう。


生きることは学ぶこと…。学ぶことが生きること。



center_test

「きっと勝つと」「キットカット」誰が考えたか…。センター試験会場で配るといいね…♪







テーマ:生きることは学ぶこと - ジャンル:ライフ

  1. 2011/01/16(日) 20:37:06|
  2. 人生論
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幸せあれ…

【幸せあれ…】

2月に元教え子のS子さんが結婚するという知らせを聞いた。

まだ20代半ばで、つい最近仕事が決まったというのもうれしいことだった。



彼女は絵が大好きで、普通に短大を出て就職をしたものの、やっぱり本当にやりたいのは絵を描くことだということを悟って、仕事を辞め、新たに絵の勉強をするために専門学校に入ったのが数年前…。

今度決まった仕事も絵に関わる仕事だということだ。

何はともあれ、仕事も決まり、結婚も決まって、今が一番幸せな時なのではないだろうか…。



夢をあきらめない…。これはすごく大切なこと。

小さい頃に思い描いていた夢を、大人になって実現する人が一体どれくらいいるかは分からない。

ただ、大人になるにつれて厳しい現実が見えてきて、いつの間にかその夢を自分の中の片隅に追いやって、年を重ねるとともに、自分の夢が何だったのかも分からないまま年老いていく…それが普通なのだろう。



35歳までに夢を2回実現して、結婚して夫になり、娘が生まれて父になり…。そして、妻や娘と別れて、また次の夢を実現しようとしている。

自分のしていることが本当に正しいことなのかどうか…。

時に不安になったりもするけれど、今はこの道が正しいのだと確信を持って突き進んでいくしかない。

自分が選んで自分で決めた道…その先にあるものがどんなものであっても、それをあるがままに、ありのままに受け入れるつもりだ。

ずっと閉ざされていた扉は開けられた。この扉を開けるまでの苦労も大変なものだったけれど、扉の向こうにあるのも、実は茨の道…。



S子さんも、ひとたび夢はかなったけれど、ここで満足してても始まらない。

さらに大きな、次の夢に向けてまた頑張ってくれることを期待しよう。



S子さんに贈る次の2曲…。

歌詞もメロディも思わず泣けてくる。

人と人とのつながり…。それが親子であれ兄弟姉妹であれ、夫婦であれ、大切にしなければいけないと常々思わされる。

特に、自分は早い時期(19歳)に家を出てひとりで暮らしていた期間が長かっただけに、親孝行らしきことをほとんど何もしていない…。

教え子たちには、いつもいつも「親孝行しろ」と言っている本人が、全く親孝行できないのだから…。

S子さんは両親思いの素直で真面目な人だから、自分のように親に迷惑ばかりかける人間のようなことはないと思うけど…。


幸せになって下さい…S子さん。




さだまさしの「関白宣言」というのがあったけど、今の時代にはこんな夫婦が理想なのかも知れない。やさしさ、思いやり、敬い合い、教え合い、助け合う…共に生きる幸せを分かち合う夫婦というつながり…。





嫁いでいく娘が、母に対してようやく心を開いて「会いにゆきます」と歌う。それまでどんなに迷惑かけた娘であっても、いつまでもお母さんの娘であることを心から喜ぶ場面…。

テーマ:結婚 - ジャンル:結婚・家庭生活

  1. 2011/01/15(土) 18:43:10|
  2. MUSIC
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ランニング道~マラソン講座⑩

【ランニング道~マラソン講座⑩】

*PART10:がむしゃらに走る生き方


「フォレスト・ガンプ」(予告編)

たびたびこのブログでも紹介してきたトム・ハンクス主演の映画「フォレスト・ガンプ(Forrest Gump)/一期一会」

正月年明け早々、怪我をしていて養生中の身であったので、久々に部屋でこのDVDを見た。

もう何十回と見ている映画…。恐らく自分の生涯において、一本の映画で一番見た回数が多いのが間違いなくこの映画だろう。

最初に見たのは1994年、アラスカ北極圏からカナダを自転車で横断している最中、トロントの街の映画館だった。

カナダ旅行中にも既に4回見ていた。もちろん字幕なしでそのまま…。


1991年に初めてアメリカ大陸横断自転車旅行をした時から密かに考えていたことを、フォレスト・ガンプは既に映画の中で実現していたのだ。

「走ってアメリカ大陸を横断することはできないか…」

ある意味、それは衝撃的だった。

映画館のスクリーンの前で、自分は拳を握り締めて茫然としていた。

フォレスト・ガンプが、ロッキーを、大平原を、砂漠を、かの大陸を、駆け抜けている…。





旅人のまなざしで、ずっと遠くにあるものを見つめながら…ガンプは走る。

昨年夏、自分が日本縦断で走っていた場面がフラッシュバックする。


いまだにあの場面を見れば涙が自然とこぼれてくる。

フォレスト・ガンプは、実は自分の中に隠れていた自分自身の分身だった…。あるいは、自分が彼の分身だったのか…。

そう考えてもちっとも不思議なことではなかった。



この映画から学べることがいくつかある。

ひとつはがむしゃらに走りつづけること。

無我夢中でひとつのことに打ち込むガンプの生き方が、周囲にいる人々までを感化させ、それがガンプにチャンスとなってフィードバックされてくるということ。

ガンプはいつも全力で走っていた。

足の矯正器をつけていた幼少期、いじめっ子たちから逃げるために走り出して、逃げている間に、彼の矯正器はバラバラになって壊れ、二本の脚から完全に取れてしまう。

このシーンも感動的だった。ガンプは、自身の二本の脚で走るという完全なる自由を手に入れた。それまでこの矯正器のために自由を奪われていたのだから…。

あの矯正器は、あらゆる可能性をダメにしてしまう、自分自身に対する固定観念の象徴だったのだろうか。



それ以降も、ガンプは全力で走り続ける。フットボールの世界でも、ベトナムの戦場でも…。戦争で負傷した後には卓球でも能力を発揮する。

フットボールではナショナルチーム入りし、ベトナムでも勲章をもらい、卓球でもアメリカを代表して中国を訪問する。戦友のババの遺志を継いでエビのビジネスも成功させる。

ミセス・ガンプ(ガンプの母親)が幼いガンプに常々言っていたのは、「お前は普通の子なんだよ。他の誰とも何ら変わらないんだよ」という言葉。ところが、実は、ガンプは様々な能力を持った、並み(普通)以上のスーパーヒーローになるべき人物だったのだ。


富も名声も得たはずのガンプだったが、ガンプにはまだ「何か」足りないものがあった。

ある日突然、訳もなく走り出したくなって家を飛び出したのは、その「何か」を求めるためだったのだろう。

がむしゃらに走り、走りぬいたその結果、アメリカ横断を何往復もしてしまい、また世間から脚光を浴びてしまう。



もうひとつは、一生懸命に努力することを決して忘れないガンプの生き方…。

知能指数が足りなくても、母のミセス・ガンプに愛され、励まされ、ガンプ自身も純粋な心で真っ直ぐに生きていく。

いじめられても、ののしられても、馬鹿にされても、ガンプは負けず、挫けずに黙々と走り続ける。まるで走るために生まれてきたかのように…。走ることが人生そのものであるかのように…。

スクールバスで最初に出会ってから、愛するジェニーへの一途な思いも決して変わらなかった。

"Run! Forrest, Run!!(走って!フォレスト、走るのよ!!)"

ジェニーの叫びが自分の耳にこだまする。

ガンプはジェニーの言葉通り、いじめっこからも、ベトナムの空爆からも、必死になって走って逃げるのだ。

そのひたむきさ、がむしゃらな生き方が多くの人々の心を打つ。



現実がどうあろうとも、世の中の流れは自分の行動や考えとは別の次元で勝手に動いていくもの。それにあえて逆らって生きていこうとしてもどうにもならない。

あるがままに、ありのままに、ひたすらひたむきに生きることの意味をガンプは静かに訴えているのだろう。



ガンプがバス停のベンチで、バスを待つ他の客に淡々と自分の半生を語り出す。その話に彼ら/彼女たちが耳を傾けようが傾けまいが、おかまいなしにガンプは語り続ける。淡々と語るその半生記は、波乱万丈の、時には聞く者の想像を絶するような場面であったりもする。




ラストシーンで一枚の羽が風に乗って宙を舞って行く。

あの羽は我々の運命の象徴なのだろうか。

最後にたどり着く場所は誰にも分からない。運んでくれる風に身を任せるしかない…。

最初にこの映画を見た映画館で、このエンドタイトルが流れると多くの観客が目を潤ませていた。



「人生はチョコレートの箱、開けてみるまで分からない」

ミセス・ガンプが言った言葉通り、人生はチョコレートの箱。

最後の最後に何が自分を待ち受けているのか、それはその時になってみないことには誰にも分からない。まさに、運命のみぞ知る…ものなのだ。


自分の人生のチョコレート・ボックスも、ふたはまだ閉じられたまま。

期待と希望は常に忘れず…。何が入っていても驚きも喜びもせずに、ありのままに、あるがままに受け入れる覚悟はできている。


さあ、中に何が入っているのだろうか。

開けてみるのはもうしばらく先に…。



*お知らせ:

先日のJACC(日本アドベンチャーサイクリストクラブ)の新年会の様子が中西大輔さんのブログでも紹介されています。

またネットラジオ「JOBBB RADIO ボラボラ大冒険」でも、パーティに参加されたDJの馬場哲平さんが紹介してくれています。


当日参加した世界一周中のスペイン人サイクリスト、サルヴァさんは現在東京に向かって寒空の下走っています。

また、新年会の翌日に中国から大阪南港に着いた同じく世界一周中のスペイン人サイクリストでピエロのアルバロさんも四国を現在走っているとのことです。

中西大輔さんのブログでも二人が紹介されています。

テーマ:心に残る映画 - ジャンル:映画

  1. 2011/01/14(金) 16:52:53|
  2. マラソン・ランニング
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寒空の下で…

【寒空の下で…】


frozen_lake



昨日の朝は、放射冷却現象でこの辺りの最低気温は氷点下5度だった。

この冬一番の寒波が来ていたそうだ。

近くのため池も一部うっすら氷が張って、その上に少しばかり雪が積もっていた。



frozen_lake2

frozen_lake3



今日は午後にゆったりまったり60分ばかり走った。

風がないのでさほど寒くはなかった。

でも、はるか遠くに雪雲が…。

まだ冬の寒さはこれからが本番なのだ。



trail2



いつもの大師山のトレイルはイノシシが掘り返したと思われる穴ぼこだらけ。エサとなるミミズがほとんどいないのだろう。

イノシシたちの悔しそうな顔が目に浮かぶ。



trail1



寂寞としたトレイルをひとり駆け抜けるランナー…。

誰にもすれ違うこともなく、物言わぬ石仏がそっとほくそ笑むだけ…。



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冬枯れの寂れた山里の風景もまたいい…。

しみじみと田舎暮らしをありがたく思う。



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ここには信号も横断歩道もない。

通る車もほとんどない。たまにやって来るのが地元の農家の軽トラックくらいのもの。

人の手がふれていない自然がそのままあるだけ。



街の慌しさを離れて別の世界がここにある。

生まれ育ったのがまあまあ田舎だったから、今の暮らしはほどよく自分に合っている。




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寒空の下、ぽつんと一人空を見上げる。

田園風景を楽しみながら、小刻みなリズムで農道を淡々と走るのが心地よい。




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今日も、鳥たちは自由気ままに空を舞い、自分も時間を忘れて自由気ままに野山を駆け回る。


すべてこの世はこともなし…。



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  1. 2011/01/13(木) 18:17:47|
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モンベル秘話

【モンベル秘話】

1995年から2000年までは別れた妻の実家がある名古屋に住んでいた。

あれは西暦1998年の4月だった。

1986年に購入したモンベル社のトレッキングアンブレラ(折り畳み傘)が突然壊れたのだ。

握り柄の部分が軸から完全に折れてしまって使い物にならなくなった。

「12年も使ってきたのだからもう寿命よ」

と妻は言ったが、握り柄以外はどこも問題ない。

捨てるには忍びなかったので、ダメ元で修理を依頼しようとモンベル名古屋店に持って行くことにした。

店員さんは「一度工場の方に出します」とだけ言って、修理伝票の控えをくれた。



それから約1ヶ月後、モンベル名古屋店から電話で「ご依頼の傘が届いています」というメッセージ。

5月11日、名古屋栄のモンベルに出向いた。

レジで修理伝票を渡して、それと引き換えに差し出されたのは真新しい蛍光イエローの傘…。

「あれ、自分の傘は確か蛍光グリーンでしたよね?」

「12年使っていただいた御礼に、非売品の傘を新たに作らせていただきました」

「修理代は…?」

「不要ということです」

店員さんは笑顔でそう言って、その黄色い傘を袋に入れて手渡してくれた。



当時、蛍光グリーンも蛍光イエローも販売されている傘の色にはなかった。世界に一本だけのマイアンブレラ(傘)ということになる。

帰りの地下鉄で、モンベルという会社の懐の広さに感心というよりも感動していた。

ただ、売ったら売りっぱなしという売ることだけが目的の店が多い中で、直せるものは直して使うのは当然だけど、ユーザーの立場に立って、品物だけでなく満足を売るという基本姿勢…。

これは創業者の辰野勇氏のポリシーなのだろう。



今回、そのモンベル社に、冒険の資金提供を依頼しようと「チャレンジ支援プログラム」に応募する。

世の中に、冒険やチャレンジを考えている大志ある者を支援する企業はあまりない。「チャンスは自分で見つけろ」というのが今の日本の現状だ。

誰かから搾取しようとたくらむ人間の方が実際多い社会で、願ってもないチャンスを提供してくれるモンベルは神様に見えてくる。

モンベルひいきをする訳ではないのだが、今回「チャレンジ支援プログラム」に応募しようと思った矢先に、10年ばかり前の「傘」の一件を思い出したのだ。

このプログラムにはこれまで数多くの学者や冒険家が支えられてきた。レーサーで登山家の片山右京氏も一度や二度ではない。「グレートジャーニー」で植村直己冒険賞を過去に受賞された関野吉晴氏も含まれている。

JACC(日本アドベンチャーサイクリストクラブ)のメンバー(評議員)で現在ガン闘病中のシール・エミコ、スティーブ・シール夫妻は夫婦で世界一周を自転車で走ってきた。

エミコさんはガンを一度は克服して世界一周の旅を再スタートしたが、ゴールまであと少しというところでガンが再発、旅を中断。現在も療養生活を送られている。先日のJACCのパーティにも来られるかも知れないという話だったがお会いすることはできなかった。

エミコさんは第2回のモンベルチャレンジアワードも受賞されている。

モンベルでは、エミコさんをサポートするためにシール・エミコ支援基金も立ち上げている。


2月末で応募受付が締め切られ、その後書類選考、場合によっては面接もありとのこと。

何か就職試験を受験する大学生のような気分だ。



今、1998年にモンベル名古屋店でもらった傘を、手にとってふと考える。

この傘もぜひアメリカに持っていこうと…。



DSC_2900

この傘は、昨年の
PEACE RUN2010日本縦断の際にもバッグに入れていた。


DSC_2899

モンベルから受け取ったのが1998年5月11日と記されている。


テーマ:成功をかなえる自分に向かって - ジャンル:ビジネス

  1. 2011/01/12(水) 17:47:30|
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ランニング道~マラソン講座⑨

【ランニング道~マラソン講座⑨】

PART9:体脂肪を効率よくエネルギーに換える~マフェトン理論

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(Illustration "Morning Forest" by kay)


今回はランニングに関する書籍を紹介。


1998年にマフェトン博士がマフェトン理論なるものを発表した。

ハートレートモニター(HRM=心拍計)を用いて、適切な心拍数(エアロビックゾーン)でトレーニングを継続していけば、脂肪を効率よくエネルギーに換えられる体になっていくというもの。

その時代の先端ということもあって、自分も心拍計を用いてトレーニングをしていた。

マフェトン理論を踏まえて、自分の体でいろいろ実験をしてみたのだが、運動すれば脂肪が燃える…というのは必ずしも正しくないということをそこで理解した。

運動時間や強度もそこには絡んでくる。

例えば、走る時間が長ければいいというものでもない。運動強度が弱すぎればほとんど脂肪が燃えないまま終わってしまうし、逆に運動強度が高すぎて、脂肪が燃える以前に筋肉や関節の故障を招くことだってあるのだ。

適切な運動時間・量・強度というものが分かるにはある程度の経験も必要だが、心拍数をベースにした運動で程よいレベルを知るのはビギナーにとってはいいことかも知れない。

「故障しない程度に、運動効果が期待できて、同時に体の脂肪を燃やす」

ファンランを楽しみながらレースでも頑張りたいというランナーなら、そんな目標を持つのが一番。



マフェトン氏の考えによれば、マフェトン理論により、まず健康な体をつくること。健康な体とは効率よく脂肪が燃焼する体である。その結果、競技レベルが向上し、故障しにくい体が作られる。さらには、アスリートとしての寿命も飛躍的に延びる…とある。

運動強度を心拍数で明確にすることで、今どんなレベルで走っているかがよく分かる。1キロを何分で走るかというのは、コースや気候によって変動があるため、多少の目安にはなったとしても正確なものではない。

心拍数をお持ちの方なら、一度実験してみて欲しい。

上り坂では同じスピードでも心拍数は上昇する。だが、下り坂ではスピードを多少上げても心拍数はさほど上がらない。言い換えるなら、低い心拍数でスピードが出せる。

人間の体ではエンジンともなるべき心臓の働きが心拍数で手に取るように分かるのも面白いもの。

走ったコースやスピード・距離が分かるガーミンのようなデジタルツールも楽しいものだが、ハートレートモニターもぜひ一度試してもらいたい。



また、氏の理論の中で「炭水化物不耐症」がとりあげられていた。自分の知人の中にも何名かそれに該当すると思われる人がいたので、ぜひ知っておいてもらいたい。

炭水化物を効果的に消化できない体質であることに加えて、疲労しやすい、集中できない、低血糖状態が続く、腸にガスがたまりやすい、お尻やお腹に贅肉がついて体重が増える、高血圧でうつ状態も伴ったり、さらにはアルコールやニコチン・カフェインに依存しやすい…などの症状が特徴的であると言われている。

炭水化物の摂りすぎは、ランナーはもちろん一般人にとってもマイナス要素なのだ。



アスリート(ランナー)は肉体だけで動いているのではない。メンタル(精神的)な要素もそこには含まれるし、体内で行われているあらゆる活動が走るという行為に大きく影響している。ランニングは「科学(=サイエンス)」でもあるのだ。

理論を実践に移さなければ効果は見られないのは当然だが、理論を実践に移した後が肝心である。その理論を自分なりにアレンジして解釈できることも多々あるもの。我々ランナーも科学する頭を持っておきたい。


mafeton1 

マフェトン理論を初めて日本で提唱した「マフェトン理論で強くなる」はamazonで中古も多数出ていた。

効果的なトレーニングをしたいというランナーならハートレートモニターを買ってこの本を読んでみて欲しい。

テーマ:マラソン - ジャンル:スポーツ

  1. 2011/01/11(火) 18:54:21|
  2. マラソン・ランニング
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マサキさんと行く大阪市内観光

【マサキさんと行く大阪市内観光】

*1月10日のつぶやき+α

成人の日…「少年A」が実名で報道される記念日…。
沖縄は新成人警戒の日


この国の20歳は、精神年齢で実際5~10歳くらい幼くなってきているように思うのだが…。成人年齢を18歳にしようという動きもあったが…。個人的には、「成人検定」という国家試験を設けて、それにパスした者のみを成人とすべきではないか…。永久に成人できない人間も出るかな…?


社会的な責任を果たすことのできる年齢が20歳。今の時代ならまだ20歳は学生が大半。自分もそうだったが、親が学費を出すのが当然という日本。それを返済する義務もなく、親も老後の面倒を見てもらえるという期待もあまり持たない。成人となる20歳が果たす責任というのは一体どこにあるのだろう?


america_mura
ホテルをチェックアウトして心斎橋アメリカ村三角広場。


takotsubo
阿倍野のたこつぼ。


*小学校時代からかれこれ40数年通い続けている明石焼の老舗。


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明石焼。

*普通のたこ焼きより柔らかくふわふわ。だし汁につけて食べます。 あっさりして美味しいですよ。

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久々に食べる明石焼は格別!


negiyaki
ネギ焼。

*大量のネギをいれたお好み焼き。うっすらだしの味が利いておいしい!

modern_yaki
モダン焼。

*お好み焼きの中に焼きそばが入っています。ボリュームたっぷり。これは豚玉モダン。マヨネーズとからしがソースの上にかかっています。

kyukanbi
しまった…休肝日だったはずが…。


午後2時頃、マサキさんとお別れ。次は四月に九州で会えるかな…?

小雪舞う伊賀に返ってきた。マサキさん、無事に飛行機に乗ったかな?

マサキさんは、北海道札幌のゲストハウス縁家(えにしや)の女将さんのだんなさん。単身赴任で博多在住です。札幌縁家で初めてお会いし、博多のご自宅で1泊、さらに、南大隈町から佐多岬まで自転車で伴走。佐多岬から志布志港まで車で運んで頂き、那覇で昼食をご馳走になり、九州での最後の夜博多でまた1泊させて頂きました。今回は、JACCの新年会に参加するにあたって大阪観光も楽しもうということでガイド役を勤めさせて頂いた次第です。




PEACE RUN 2010日本縦断ランニングの旅、(一部の方は見ましたが)未公開動画オンエア中!インタビューもあります。


abechanさんのサイトでもJACCの新年会の模様がレポートされています。

テーマ:今日のつぶやき - ジャンル:日記

  1. 2011/01/10(月) 21:40:24|
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JACC新年会~マサキさんと行くディープ大阪探索ツアー!

【JACC新年会~マサキさんと行くディープ大阪探索ツアー!】

*1月8日のつぶやき…

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朝、強烈に寒かったが走り初め敢行。8日ぶりに走った。ふくらはぎの怪我ももう大丈夫。ずっと安静にしていたのがよかった。たった30分だったがいい汗をかいた。

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近鉄八尾駅。マサキさんを待っております。

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釜あげうどんの一忠に来ました 。特大を食べたらもうお腹いっぱい!

ebisubashi
戎橋。マサキさんと大阪市内観光中です。

otako
日本一大たこ。

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約9ヶ月ぶりにネクタイを締めてスーツを 着用。大阪市内の某ホテルにチェックイン。


party
日本アドベンチャーサイクリストクラブ(JACC)新年会パーティ会場。盛り上がってます。

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*参加者54名中JACCのメンバーが約半分。その中には世界一周を旅されたサイクリストが多数。5大陸走破や、自分のようなこれから旅を計画しているチャレンジャーもいるし、現役最高齢のキックボクサーもいたり…。話を聞いているだけで強烈な刺激が得られる。


salva
*スペインから来た世界一周中のサイクリストサルヴァさんと彼を紹介する中西さん。

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*ファンから著書にサインを求められて応じる中西大輔さん

*このJACC新年会、今回は中西さんの著書「世界130カ国自転車旅行」の出版記念祝賀会も兼ねています。


bingo
ビンゴゲーム。

altogether
*最後にみんなで記念撮影。本当に楽しいパーティでした。

*今回は、半数がJACCのメンバー以外の方で、自転車好きな方々も多数参加。マサキさんにabechanさん、genさん一家も出席されました。

nijikai
心斎橋で二次会。abechan さん紹介のお店。マサキさんも一緒です。

午前2時、まだ飲んでおります。


*1月9日のつぶやき…

昨晩は二次会の店を出て午前0時前に心斎橋のH本さん宅を訪ねた。スペイン人のサルヴァさんはじめまだ何名かが飲んでおられた。結局午前3時すぎにお開きとなってタクシーでホテルに帰ってきたのは午前3時半。よく飲んでよくしゃべった夜だった。たくさんの新たな出会いがあったのは何よりも収穫だ。


kuromon_ichiba
黒門市場。

sinsekai
新世界。

deep_osaka
ここはディープな大阪…。

jan_yoko
大阪に来たら、先ずここに来るべし…じゃんじゃん横丁。

RIMG0542


yaekatsu
今日のお昼は八重勝もだるま屋もすごい行列でした。仕 方なく待ち時間がいらないヤマハチというお店に入りました。

kushikatsu
串カツ。


難波から新世界~新今宮(ちょうどえべっさんの宵えびすで大賑わい)~花園町まで歩いて、地下鉄で玉出(ウエムラサイクルパーツ)に行って、地下鉄でホテルの最寄り駅まで帰ってきました。かなり歩いたけど、また夕方に難波で飲みます。


yaya
yaya _nomisugi さんが合流して 千日前の焼肉屋。

*yayaさんとは、去年日本縦断中に函館の北の森町の道の駅で、ツイッターを通じて偶然にも同じ場所でつぶやいていたことから初めて会って、そこで酒盛りをしたあと、数ヵ月後福井県の敦賀で再会、会うのは今度で3度目。彼は千葉から徒歩の旅で北海道へ。札幌でママチャリを買って大阪の実家まで自転車の旅をしてきたお方。

shiotan
塩タン。

bbq
宴たけなわ。久々の焼肉。



nama
二日酔い気味なのに生中三杯め。

oyuwari
立呑屋(赤垣屋)で焼酎お湯割り。

ホテルにカムバック。gooニュースでもスポニチと同じ記事発見。






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  1. 2011/01/09(日) 22:19:38|
  2. 日常
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大胆、かつ慎重に…

【大胆、かつ慎重に…】

年末に犬に咬まれるという失態(1月2日のブログ参照)を演じてから昨日でちょうど一週間。

あれから自宅謹慎ということで、買い物以外はほとんど外に出ることがなかった。

ふくらはぎの怪我の方も順調に回復。今朝、様子見ということで30分だけ寒い中を走ってみた。もう違和感もないし、大丈夫みたいだ。


ここ一週間の日々の生活の中で、より危機管理に関して慎重になったのは大きな変化だ。

家の階段を上り下りする時も一段一段確実に行っているし、調理の際、刃物を扱う時も手や指を切らないように慎重に。火を扱う時も火傷することがないように…。

「隙あらばどこからでもかかってまいれ!」とでも言っていいくらい、常に自分の身の回りに目配り気配りするようになったのはある意味でいいことなのかも知れない。

「冒険」とは文字通り危険を冒すこと。ただ、植村直己氏の言葉にもあったとおり、「生きて帰ってくるまでが冒険」。慎重には慎重を期すこと。常に危険を予測しながら前進するのが理想だ。



正月早々、他の方のツイッターやブログを見ていて、風邪やノロウイルスやいろんな災いに見舞われた方もいるようだ。怪我で療養中の自分が言える立場ではないが、健康こそ宝。

怪我や事故や病気などのトラブルはあって欲しくない。まさに注意一秒怪我一生。慎重すぎるに越したことはない。



さて、今日は新年会。JACC(日本アドベンチャーサイクリストクラブ)のメンバーが集まると同時に一般の方の参加も半数を占めるという。

新年会と同時に、世界二周サイクリスト中西大輔さんの「世界130カ国自転車旅行」の出版記念会も兼ねている。

中西さんにお会いしてからいろんな人脈が広がっているのはありがたい限りである。

JACCに加盟するきっかけになったのも、この新年会にでることになったのも中西さんのおかげである。


5月に「PEACE RUN 2011 アメリカ横断5000キロランニングの旅」でアメリカに旅立つ予定だが、それに関連した話題がいくつか…。

ひとつは、ブログ仲間で大学の後輩であるMASAさん(LA在住)の縁で、PEACE RUN 2011 アメリカ横断5000キロランニングの旅に関して、スポーツ用品メーカーのアシックスがシューズやウェアの提供を申し出てくれている。今月中旬に神戸のアシックス本社を挨拶がてら訪ねていろいろとお話を聞いてくることになっている。

昨年の日本縦断ではGMPインターナショナルのエアーバギーランを使用したが、次回の旅では、BABY JOGGERを利用しようと考えている。

25th_anniv_model

それに伴って、MASAさんの方で、アメリカのBABY JOGGER社にもスポンサー依頼をお願いしている。

もうひとつは、今回の旅でさらにスポンサー枠を広げていこうということで、アウトドア用品メーカーのモンベル社が「チャレンジ支援プログラム」という企画を掲げている。以下はそのモンベルのサイトからの引用。


モンベルは、2011年より「チャレンジ支援」の支援内容を拡充いたします。
これまでの「チャレンジ支援」は、自らの限界に挑む独創的な冒険・探検を応援するため、活動に必要な装備を特別価格で提供するものでした。今後は、サポートする活動の範囲を広げ、自然保護、社会福祉、野外教育、地域貢献など、自然と関わりがあり、社会的貢献度の高い取り組みについても支援いたします。また、特に社会性が高いと認められる活動に対しては、資金・商品の提供も行います。
新しい「チャレンジ支援」プログラムは公募制となります。応募は随時受け付け、特別価格販売については随時審査を行います。資金提供・商品提供を希望する活動については、年に4回、選考を実施します。
サポートを希望される個人・団体は、下記の応募要項をご覧のうえ、必要書類をご準備のうえ応募ください。



願わくば、賞品よりも資金提供という形を望みたいところだ。
第一回の審査が2月28日。これでモンベルからのGOサインが出れば、冒険家としてのプロデビューが認められることになる。


あとは両親(特に母親)の説得…。実はこれが一番大きな仕事かも知れない。

年始早々母親からクレームが絶えない。

遊び呆けてばかりで仕事をする気はあるのか…とか、50にもなって独り身で再婚する機会も逃してしまってもいいのか…とか…。

あまり体調もすぐれないせいもあるのだろうけど、ことごとく父親と自分が攻撃の対象となっている。

両親には感謝してはいるけれど、親に心配ばかりかけて、親孝行らしきこともあまりしていない自分は確かに親不孝者だ。

ただ、これが最後のチャンスになると思えば、このチャンスに賭けない訳には行かない。

大胆、かつ慎重に…。

たとえ、いかなる危険を冒してでも、チャレンジする価値はある。そう信じているからなおさら…。

“It's now or never...(やるなら「今」しかない)”



born_to_run





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  1. 2011/01/08(土) 09:00:00|
  2. 冒険
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中年よ、大志を抱け!!

【中年よ、大志を抱け!!】



Boys, be ambitious,

not for money, not for selfish accomplishment,

not for that evanescent thing which men call fame.

Be ambitious for attainment of all that a man ought to be.



-----William Smith Clark



青年よ大志を抱け。

金や独りよがりの功績のためでなく、

人が名声と呼ぶあのはかない物のためでなく、

人が備えねばならない物を身につけるために大志を抱け。



-----クラーク博士




* * * * *




北海道大学のキャンパスと羊ヶ丘展望台にあるクラーク像は有名だ。

そして、彼のこの言葉も…。


金のためでもない、保身のためでもない、地位や名誉が一体どれだけ価値のあるものなのか…。

人として正しく生きるため、大きな野望を持つこと…。


ウィリアム・スミス・クラーク、札幌農学校(現北海道大学)初代教頭として、専門の植物学を中心に、自然科学を教えた。学生達へのキリスト教布教についても積極的に進めて行ったとされる。




2011年が明けてはや1週間、世間はまた通常の生活に戻ったが、マンネリ化した日々にうんざりしてしまっている中年諸氏に特に頑張ってもらいたいという気持ちで今日の記事を書いている。


このブログも、1日あたり150~200のアクセス数があるが、読者の大半は自分の世代だろうと推測している。40代~50代の方が中心と思って間違いないだろう。

破天荒な自分の生き方に共感して頂けるのは実にありがたいことで、ふだんメールやコメント、メッセージで激励の言葉を頂く度にこちらも勇気づけられている。

仕事も収入もない自分が偉そうに言うのも何なのだが、昨年3月に仕事を辞めて、いったん自分の身の周りの現実を客観的に見つめ直すことで、事態は徐々に改善されていくものだということに今気づきつつある。



いろんなものを犠牲にして日々進んでいかなければならないもの。

自分の場合は、有り余るほどの自由な時間を手に入れることはできたが、地位や肩書き・一定の収入はなくなった。

世間一般の自分の世代はどうだろう…。

家庭のために…家のローンのために、子どもの教育費のために、年老いた両親を養うために、骨身を削って働いている世間のお父さんやお母さんたちの健気な姿を思うと、いたたまれない気持ちになる。

自分自身の時間や趣味や健康を犠牲にしてでも突き進んでいかねばならない状況だってあるのだろう。一日くたくたに働いて、ようやく家に帰ってくつろげる、そんなささやかな幸せなひと時を楽しむ…。それが、一般的な中年世代のありさまなのかも知れない。



世のお父さん・お母さん、頑張って下さい。

今あるベストで、前向きに、プラス思考で…。

健康に留意され、夢と希望と誇りを持って、自分の信じる道に向かってひた進んで下さい。


特に働き盛りのお父さんたち、今が辛かったりしても、決してマイナス思考にならないで、明日に向かって大いなる野望を持って…。

今、頑張る糧(かて)を見つけて、全力前進!!



KAY’S BLOGから中高年世代に贈る新年のメッセージ…

中年よ、大志を抱け!!

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(Photo: PEACE RUN 2009 in 淡路島)




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  1. 2011/01/07(金) 17:22:56|
  2. 人生論
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Mental Journey~PEACE RUN WINTER 2010-2011 回想

【Mental Journey~PEACE RUN WINTER 2010-2011 回想】

shooting star


1月2日の「実録!PEACE RUN WINTER 2010-2011 Century Run @紀州」の中の、すさみ町を出た午後7時40分から、犬に咬まれるという事件が起こる8時30分頃までの間の約50分の間の回想記です。




* * * * *




真っ暗な夜の峠道、風はなかったがかなり冷え込んでいて、手袋をした手の指先や、顔がやたら冷たかった。靴を履いているにもかかわらず、路面の冷たさがじわじわと足の裏に吸収されていくかのような寒さだ。

走りながら体温は上がろうとするけれど、それ以上に寒さが効いていた。汗をかくこともなく、峠の登りで息は上がり、心拍数もどんどん上がっている。



あの時、確か上弦の月が、寒空にぽつんと浮かんでいた。

その周りには満天の星が…。

立ち止まって、ヘッドライトのスイッチをオフにすると、さらに星がはっきりと見えた。

これだけのたくさんの星が…。

満天の星を讃えるかのように、貴婦人の微笑みのように控えめな上弦の月が頭上に輝く…。



星と月しか見えない夜。ただ一人ヘッドライトの灯で足もとを照らしながら、車もほとんど通らない夜の国道を走る。振り返っても漆黒の闇…。大晦日の夜、誰も彼も皆家庭でお正月を迎える準備をしているのだろう。

あえて、そんな時期に走っている。しかも、街灯もない、真っ暗な国道42号線をひたすら南に向けて…。

本州最南端潮岬で、2011年の最初の日の光をこの瞳に映すのだ。平和への祈りを捧げるために…。新たなる夢の実現を祈願して…。



2日目の夜、昨夜は仮眠といっても寒さでほとんど眠れないまま。睡魔のピークはまたあとにやってくるだろう。ぼんやり走っていて事故に遭うのだけは避けたい。


断続的に小雪が舞う。風も吹いてきた。顔に当たって落ちる5mmほどの雪の粒。いやが上にも冬だということを感じずにはいられない。


行けども行けども、真っ暗闇は続く。ヘッドライトが照らすガードレールの反射板が光っている。

道の端、ヘッドライトに反射する二つの目…。右の茂みから道路を横断して走り去って行った。

ヘッドライトの光量が足りず、はっきりと確認はできなかったが、どうやらタヌキかキツネのようだ。



トンネルを抜ける。車が来ないのでトンネルの中はありえないくらい異常に静かだった。今はトンネルのみが、唯一灯がともされた場所。


目に映るものは変わらない。見上げれば満天の星と上弦の月、すぐ前方を見ればヘッドライトの光が映し出す真っ白な自分の吐息。聞こえるものは、アスファルトを規則正しいリズムで蹴る自分の足音。



昨年の伊賀市~熱田神宮130キロが終わった時点で、もう冬の夜に走り続けるのはやめよう…と密かに思っていたのだが、懲りずにまた走り出している自分がいる。

なぜ走るのか…?

周りの期待の声に答えるためではない。何かから逃げるような自分でありたくはないから…ただそれだけ。

壁があれば、ぶつかってもいい。乗り越えようと必死にもがくのもいい。ロープを使ってよじ登るのもいい。とにかく前に進むこと。



年々、やることがエスカレートしているのも…。

距離もさることながら、極端に暑い時期や寒い時期を敢えて選んで走る、これもどう考えてもあまりにマゾヒスティックすぎるとも思える。しかし、チャレンジは簡単に達成できるものでは意味がない。ある程度困難を予想してそれに挑むから価値があるのだ。


暗闇の中で、かように自問自答している自分がいた。



今走っているこの道は、自分の過去から続く道。

日本を北から南に走ってきて、南の果てまでたどり着きはしたが、真のゴールはそこにはない。

真っ直ぐに遠い未来を夢見て、その未来へと続く道をなおも走り続けるのだ。



* * * * *




このあと、歩道と間違えて民家の庭の犬小屋の前を通過する際に事件は起こりました。

事件の詳細は既に2日に報告したとおりです。



◎近況:

傷口は順調に回復しつつあります。

歩いていてほとんど痛みもなくなってきて、ひざの曲げ伸ばしで多少違和感はあるもののさほど気にすることはないかに思われます。

明日にでも歩いたりゆっくり走ったりできるかも知れません。

メールやメッセージ、コメント等でお気遣い頂いた皆さん、ありがとうございました。



(Illustration "Shooting Star" by kay)



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  1. 2011/01/06(木) 18:16:56|
  2. マラソン・ランニング
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ランニング道~マラソン講座⑧

【ランニング道~マラソン講座⑧】

PART8:メンタル・マネジメント


怪我や故障、その他の理由で走れない日もある。

ランナーは走らない日には走ることを考える。

メンタル・マネジメントは、肉体ではなく心=精神の管理。内なる自分とどう向き合っていくかを考える術(すべ)である。

レースに出てみて、うまく行くときもあればうまく行かない時もある。それは一体なぜなのか?

肉体的な要素ももちろんあるのだろうが、実は精神面でのコントロールによるところが大きい。


マイナス思考は知らず知らずの内にマイナスの結果を招くだろうし、プラス思考はプラスの結果を導いてくれる。

これはランニングだけではないのだが、何かをするに当たってプラス思考で始めたはずなのに、いつの間にかマイナス思考に陥ってしまっていた…そんな経験はないだろうか。

常にプラス思考の自分を維持するのはなかなか難しい。だからこそ、メンタル・マネジメントは必要なのだ。イメージ・トレーニングをすることで、目をつぶればいつもうまく行く自分を思い描き、何か大きなイベントに関わる時にはメンタル・リハーサルで頭の中で予行演習をする。失敗のリスクはそれで大きく減ることになるはず…。

落ち込んだ時にも、その落ち込みを防ぐためにできることがある。常に心の平穏を維持することがメンタル・マネジメントの目的だと考えている。

いろんな専門書が出版されていて自分自身もあれこれ研究はしてきたが、以下はそういったものを組み込んで全くの自分流にアレンジしたイメージ・トレーニングである。参考になれば…。


0)リラックス&瞑想…
体を心地よい状態にする。横臥してもいいし、ソファやカウチや座椅子でもくつろげるのであればどんな場所でも構わない。車のシートがいいのならそれでもいい。

静かな場所で目を閉じて、明るすぎず暗すぎず、暑すぎず寒すぎず、適度な環境を作る。リラックスできる音楽が必要ならそれも構わない。走っている状況をイメージするなら、本番を想定ということで、ランニングウェアを着用してシューズを履くのもいい。

呼吸を楽に、全身の力は抜いて、落ち着いた自分になる。リラックスと瞑想はイメージトレーニングの一番最後にも繰り返してほしい。



1)楽しむ…
今やっていることをとことん楽しんでいるか。楽しいと自然に笑顔がこぼれてくる。心底楽しいというイメージで走る。そうすると瞳は子どものようにキラキラ輝き、心も体も軽くなって、いつまででも走っていたくなる。


2)全力…
自分自身を追い込んでいるか。マラソンだと残りの100mをラストスパート、全力疾走するイメージ。

苦しいけれどまだ力は出せる。こぶしを思い切り握り締め、歯を食いしばって、とことん追い込んで力を出し切る。全力で走ることがこの上なく心地よいというイメージをつかむ。


3)集中…
他のことは一切何も考えない。ただ、ひとつのことに集中する。

走っているのなら、腕の振りや足の運び、スピード、ペース、フォームを頭に浮かべ、全身全霊で自分の走りに集中する。

競技場ならトラックの白線を見つめている自分を思い浮かべる。邪念を取り除き、今はただそのことのためにだけ生きているというイメージ。


4)向上心…
うまくいったとしても、まだ自分に足りないものがある。失敗したとしたら「何くそ」という気持ちでその原因を追究する。

自分はまだまだこんなものじゃない。どこをどうすべきだったのか。改良できるとしたら一体何を…?どうすれば自分をもっと高められるのか?もっと素晴らしいパフォーマンスを求めるとしたら何が必要か…?

常にチャレンジし続けている自分をイメージ。


5)完成したイメージ…
上の1)~4)のサイクルを何度か繰り返してみよう。

ポイントはすべて自分自身が主人公であり、自分自身のパフォーマンスに対してすべて肯定的になること。そして、それらはすべて完成されたものとして、うまくいったイメージを頭の中でつくりだすこと。

「まあうまく行けばいいな」ではなく「絶対にうまく行く」という信念を持った自分がそこにはいなければならない。

本番に弱い人間は、いつもこの部分が欠落していることが多い。

自信は自分に対する確信。その裏づけとなるものが自分には確実にある。自分が思い描いたステップを踏んでいけば自然に成功につながるという確証を持ち続けながら、フィニッシュ・ラインを越えるところまで…。




* * * * *




よく雨の日に、玄関の軒先で万歩計をつけて、その場駆け足をしていたが、そこでも自分はイメージトレーニングを繰り返していた。

昨年の夏の旅でも、足腰が痛くなってマイナス思考になりかけていた時に、すべての旅を終える最後の10mを心の中に思い描いて走っていた。

「無理だ」「ダメだ」「どうせ」「やっぱり」

自分を否定する言葉が実際に自分をダメにしてしまう。否定的な言葉やイメージから生まれてくるものはマイナスのエネルギー。だから、不可能と思っていてもそれを口にしない。その次には、頭の中から「不可能」という言葉・イメージを消去してしまうこと。

失敗した時にはいつもその言い訳を考えるのがマイナス思考の特徴だ。負けた時のための言い訳をあらかじめ考えるような生き方をしていれば、「言い訳→失敗→言い訳…」延々とそのループから抜けられまい。

曰く、敗者の口からこぼれるものは、ため息と言い訳だけ…。

昔何かの本で読んだのだが、あるボクシングのチャンピオンが大会の何日も前から、自分の寝室のベッドの天井に“Yes,I Can!(ああ、勝てるとも!)”と大きく書かれた紙を貼っていたらしい。

「できる」「大丈夫」「心配ない」「問題ない」「任せとけ」

常にプラスの言葉を自然に口から出せるようにする、これもひとつの方法。信頼を得られる人は、たいていこういった言葉を人に語りかけているもの。

何かことに当たる前に「よし!」とか「よっしゃ!」と口にしよう。

大きなことをする前には、誰だって緊張もするし、恐怖感もあるし、逃げたくなるような気持ちだってある。誰だって同じなのだ。商談の相手であっても、格闘技の敵であっても、マラソンで周りにいるランナーたちであっても、それは変わることはない。特に経験の浅い人ほどその気持ちは強かろう。

レース前に、スタートラインの辺りで、太ももやふくらはぎを叩く人が必ずいる。刺激を与えているのだが、ある意味喝を入れているのだ。

昔、水戸泉という関取が大量の塩をまいて、自分の頬を真っ赤になるまで両手で叩いていたのも同じ理由であろう。

「何とかなるさ」とまず思ったら、次は「何とかしてやる」と思えること。

常に思い通りに事を進めるのは、至難の業かも知れないが、強気で行けば運を引き寄せることもできるのだ。

敵を知る前に己を知る。自分自身の弱点も欠点も分かっていれば何とでもできる。

逃げることもなくひるむこともなく怯えることもなく、正々堂々と戦えばいい。

自分にとって最大の敵は、自分の中にいるもう一人の自分なのだ。


winter_forest




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  1. 2011/01/05(水) 17:03:30|
  2. マラソン・ランニング
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アースマラソン間寛平さんに贈るエール

【アースマラソン間寛平さんに贈るエール】

*本日のスポーツニッポン(大阪版)掲載の記事から

「偉大なアスリート」間寛平に元高校教師がエール 

 マラソンとヨットで世界一周する「アースマラソン」に挑戦中で、4日に日本に戻ってくる予定のタレント間寛平(61)を特別な思いで見つめる旅人がいる。荷物を積んだベビーカーを押しながら走り、日本列島を縦断した三重県在住の元高校教師、高繁勝彦さん(50)。大阪に住んでいた少年時代は吉本新喜劇を見て育ち、アスリートとしても寛平から多大な影響を受けただけに「最後まで安全第一でゴールを目指して」とエールを送った。

 これまで100キロマラソンや、自転車での北米大陸横断など過酷な旅を経験してきた高繁さん。40代最後の挑戦をしようと日本列島縦断を思い立ち、北海道・宗谷岬から25キロの荷物を積んだベビーカーを押しながら走った。計3443キロを104日間で走破し、50歳の誕生日の2日前、昨年10月20日に沖縄・波照間島にゴール。大変さが分かるからこそ、10倍以上の距離を走る寛平に敬意を表する。

 「関西が誇る偉大なアスリート。がんと聞いた時はアースマラソンも終わるのかと思ったが、不屈の精神は多くの人に勇気を与えている」

 大阪出身だけに、幼いころから親しみを感じていた。「毎週土曜は吉本新喜劇を見てたし、(寛平が歌う)『ひらけ!チューリップ』も友達からレコードを借りて聴いた」と笑顔を見せる。

 20年以上前にホノルルマラソンで会ったこともある。スタート地点で「調子はどうですか」と声をかけると「ボチボチですわ」と愛くるしい表情で答えてくれた。1990年に寛平が東京-大阪間、560キロを走破したと知ると、高繁さんも負けじと京都・三条大橋から東京・日本橋を走破。常に刺激を与えてくれる存在だった。

 「50度の砂漠を50キロ走るなんて想像を絶する。僕もやってみたいと思った。好きなことをする生き方はあこがれる。ゴールしたら、またやりたくなるのでは」

 そう笑う高繁さんは、来年5月には米サンフランシスコからニューヨークまで、ベビーカーを押しての米国横断を計画している。

[ 2011年01月04日 ]


*ニュースソース(WEB版)はこちら…。



sports_nippon

*記事が掲載された新聞(anchinさん提供)*クリックで拡大



* * * * *




なぜか新聞の方は写真入りでやたらでかでかと取り上げられた。WEB版には全く写真が使われてなかったのが癪だが…。

取材は昨年11月下旬に大阪市内で行われた。

掲載の予定が延び延びになって、ちょうど間寛平さんが中国青島から船で日本(福岡)上陸する日に合わせてもらったというのは気の利いた演出となった。

寛平さんは2年の歳月をかけての旅だが、いつも同じ時期に地球上を走っていたのは何か不思議なものを感じる。

上の記事にあった通り、ホノルルマラソン(恐らく88年か)も寛平さんにスタートライン付近で顔を合わせているし、90年春に寛平さんが大阪から東京までランニングしたあと、夏に自分も京都から東京まで11日かけて走った

寛平さんがスパルタスロン(アテネ~スパルタ間246キロ)を初完走したあと、自分も何とか休みをつくって参加したかったがそれは未だにかなわぬ夢となっている。

そして、今年、既に寛平さんが横断したアメリカ大陸をまた自分が走る

あと17日で念願の大阪ゴール。61歳にして、しかも前立腺がんを克服してのラン…。がんが判明したのはちょうど今日から一年前のトルコでのことだった。

偉大なアスリート&お笑い芸人寛平さんは、ある意味自分の師匠でもある。いつまでたっても追い着くことも追い越すこともできない、永遠の目標となる存在なのだ。


◆寛平さんの「アースマラソン」公式ブログ

◆寛平さんのtwitter 

◆寛平さんの公式サイト「アヘアヘ.TV」


*追記…新聞に掲載された自分の写真、飲みすぎてはしゃぎ過ぎて二日酔いの朝のような疲れた表情が嫌なんだけど…。

テーマ:ニュース - ジャンル:ニュース

  1. 2011/01/04(火) 16:58:46|
  2. マラソン・ランニング
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ラジオの魅力

【ラジオの魅力】

「ラジオを聴いていますか?」

とたずねられて、YESと答える人はどれくらいいるだろう?

テレビやインターネットがメディアの中心となって、戦後の娯楽のひとつでもあったラジオの活躍する場面は限られてしまったかに思われる。車を運転中でもラジオのスイッチを入れる人はごくまれなのではないだろうか。

中学に入学して間もない頃、友人に深夜放送の存在を知らされた。

当時は「ヤングリクエスト」や「ヤングタウン」などが全盛期。「ラジオパーソナリティ」という人気DJがどの放送局にもいた。

高校受験の勉強をしながらラジオをよく聞いた。たまに投稿したハガキのメッセージを番組中で読んでもらったら、翌日クラスでは話題になるような、そんな時代でもあった。

お気に入りの曲をリクエストするのも楽しかった。歌謡曲という言葉がまだ存在していた時代…今振り返ってみれば、古きよき時代を象徴するような日本だったのだ。


世界二周サイクリストの中西大輔さんに紹介してもらったインターネット・ラジオ番組「JOBBBラジオ ボラボラ大冒険!」を毎週聞いている。

メインパーソナリティを担当されているのは、MBSラジオのパーソナリティ馬場章夫(ばんばふみお)さん

この名前を聞けば関西の中年世代は「ごめんやす馬場章夫です」をすぐ思い浮かべるのではないだろうか。この番組は1972年スタートだからかれこれ40年近くの長寿番組。実際、国内のラジオ生ワイド番組の最長寿記録になった(以上ウィキペディアによる)。

馬場氏は探検家としても知られている。その経験から、自分の足で情報を集め、話題を提供するというスタイルにこだわっているが、JOBBBにもその精神は生かされている。

製作・パーソナリティを氏の次男の哲平さんが担当。哲平さんは自転車愛好家でもあり、過去に中国や韓国・台湾など海外にもサイクリングに出かけている。マラソン大会にも参加するというスポーツマン。そういった過去の旅行記や体験記も紹介されている。

1月8日のJACC(日本アドベンチャーサイクリストクラブ)の新年会にも哲平さんは参加される予定である。お会いできるのが楽しみである。

他に、料理担当のよっちゃん、運転手兼カメラマンの大輔さん、以上が千里中央の本局勤務。

フリーアナウンサーの木谷美帆さんは神戸・大津支局勤務となっているが、ホノルルマラソンも完走されて、現在仲間でランニングクラブも作っておられる。

ネットラジオの内容はというと…「局員達が世界中を飛び回り、直接体感した音や匂いや味や温度などをありのまま皆さんにお伝えします」というのが表向きの紹介。

いろんな町を訪ねて、その土地の美味しいものや珍しいものを体験したり、懐かしいレトロ製品を発掘するというコーナーがあったり、興味深いテーマが盛りだくさん。

「世界初の家内制手工業ラジオ」という紹介メッセージが面白い。来月末で3周年を迎えることになるが、実際こういったバラエティ番組をスポンサーなしで、これまで150回あまりも続けている、その情熱には頭が下がる。

毎週木曜日午前1時頃更新。ネットラジオなので過去の番組も含めていつでも聞けるというのがありがたい。

何度かメールでメッセージを投稿させてもらったが、次の番組でそれが紹介されるとやはりうれしいものがある。インターネットの双方向性と似ているが、アナログ時代にはこういったスローなコミュニケーションが当たり前のようにあったということを今思い知らされる。

大阪人には大阪弁のローカルなラジオがなぜかうれしい。大阪人でなくとも楽しめるJOBBBラジオをぜひご試聴あれ!


*JOBBB RADIO ボラボラ大冒険! はこちらから…。




*****


pancake1
今日の午後はホットケーキを焼いてみました。


pancake2
mid-tail(syanpipi)さんから頂いた自家製のイチジクジャムをのせて食べたら最高!


pancake3
ひと口サイズ(直径7~8センチ)で15枚いただきました。

mushipan
残った粉で蒸しパンを作りました。明日の朝食にでも…。



*お知らせ:
1/4 スポーツニッポン(大阪版)に掲載されます。ネット版はこちら

テーマ:ネットラジオ - ジャンル:テレビ・ラジオ

  1. 2011/01/03(月) 14:54:32|
  2. 日常
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実録!PEACE RUN WINTER 2010-2011 Century Run @紀州

【実録!PEACE RUN WINTER 2010-2011 Century Run @紀州】


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peace_run_2010-2011 posted by (C)KAY.T

12月30日紀三井寺駅前を出発、本州最南端潮岬に向けて走り出しましたが…。

リアルタイムでのツイッターのつぶやき+回想のコメントを入れて三日間の走り旅のレポートをまとめてみました。



《2010年12月30日(木)》

6時に目覚めて着替えて朝食。9時頃には出発しよう。天気は曇り。暖かい環境に慣れていてはダメだな。今日と明日の夜は布団で寝ることはない。ずっと外にいるわけだから…。雨や風やみぞれや雪に意地悪されないように…。PEACE RUN WINTER 2010-2011、午後1時スタート!

今日の和歌山は午後に降水確率が60パーセント。雨の中を走るつもりはしておいた方がいいな…。でも、明日は潮岬が晴れ時々曇りに変わっているぞ。元旦は曇りで初日の出は見れないか…。

大掃除もせず、部屋はがらくたの山。唯一来年に向けてしたのは、古いカレンダーを新しいものに変えたこと。あとは元旦に帰宅してから…。なんくるないさ~でいってきま~す!


DSC_2804
DSC_2804 posted by (C)KAY.T

お昼過ぎ、天王寺駅。予定より1時間ばかり早く到着してしまった。

ここでランニング仲間のanchinさんと待ち合わせ、途中の三国ヶ丘から酒盛竜馬さんが合流します。

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DSC_2805 posted by (C)KAY.T

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午後1時10分、紀三井寺駅前をスタート。グレープさん一家、ちはるさん、abechanさん、お見送りありがとうございました!頑張って来ます!

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セブンイレブンで最初の休憩。小雨が降ってます。

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海南市冷水(しみず)。小雨は降ったり止んだり。竜馬さんとanchin さんの三人旅は続くよ…。

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午後4時25分、箕島駅。ここで応援伴走のお二人とはお別れ。竜馬さんとanchin さん、伴走ありがとうございました!


有田市糸我町のデイリーヤマザキ。歩道なしの車の多い道。ライトと反射テープでナイトラン仕様で国道42号線を南下中です。

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湯浅町森崎のオークワ内にあるマクド(マック)でコーヒーブレイクなう。久々のロングランで足に来ております。

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ちょうど湯浅から由良の間に水越峠がある。夜の峠越えはシビアだ。

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スタートから7時間あまりが経過。広川インターチェンジ近くのローソンで休憩。星も見えてきた。風が強くなってきた 。明日は雨か雪かな。

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スタートから9時間で水越峠をクリア。由良町。気温3度。夜空は満天の星。御坊まであと10キロ 。足はまだ大丈夫。

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午後11時過ぎ、由良駅。ちょっと仮眠をとります。先はまだまだ長い!

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定期的に足の裏のマッサージをしています。



《2010年12月31日(金)》

0時30分、寒さで眠れないので走り出す。程なくして雪が…。和歌山は暖かいと思っていたのに…。真っ暗闇と孤独と寒さと睡魔と…。頭を空っぽにして走る。

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午前2時前、紀伊内原駅。雪はすぐ止んだが風は冷たい。脚が棒になってる。眠気はましだが寒さで体がこわばってる。早く朝よ来ておくれ。

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午前3時半に御坊市へ。午前4時過ぎ、国道沿いのガストなう。夜明け前からベビーなピザを頂いています。

いつになく過酷に感じるのは寒さのせい?歳のせい?こんな亀のようなスピードで元旦に潮岬に着けるのか…?真っ暗闇の中で途方に暮れる中年オヤジ約1名。

田辺まで約30キロ。ペースは上がらず。足も重い。走っている限りは暖かい。止まると急激に体温が奪われる寒さ…。

応援頂いている皆さん、ありがとうございます!スローペースながら何とか頑張っています。いよいよ大晦日。今年最後の1日、ベストで乗り切ります!

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夜明け前。

印南町。御坊を過ぎてからはずっと 突風が吹き荒れっぱなし。寒くて寒くて…。

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岩代駅。田辺辺りが今回の中間地点になるかな。腰が痛み始める。予定より大幅に時間かかりそうだな。

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お昼過ぎ田辺市に入った。白浜まであと16キロ。足腰はガタガタ。

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ランチブレイク。温かいものを食べると涙が出てくる。

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海は大荒れ。紀州路の厳しさを思い知らされる 。実際、今回は夏の日本縦断よりもタフでシヴィアだ 。寒さで体が自由に動かない。50キロ以上の超長距離を走るのも一年ぶりで、足もびっくりしている。

紀三井寺駅前を昨日スタートしてから既に24時間経過。昨日は結局仮眠を取れず。ただ目を閉じて寒さでぶるぶる震えていただけ。無人駅の駅舎は完全密閉されてないので寒すぎるのだ。

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田辺市のAコープで休憩中、yurichanさんと菜々子さんから連絡をもらいます。

道の駅志原海岸。yurichanさんと菜々子さんが田辺まで応援に来てくれた。車の中で仮眠を取らせてもらった。

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一足早いおせち料理の差し入れをお二人から頂きました。これを食べたら出発します。

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周参見町。トンネルの中で自分自身の煩悩と向き合う時間…。

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午後7時40分、周参見駅。外はまた雪が降ってます。大晦日なんだな。一体いつまでこんな自虐的な生き方を続けていくんだろう?


(事件はこの直後に起こります。気が動転していて詳細は最後の方にレポートしています)


犬に噛まれてしまいました。

とりあえず出血しているので救急車を呼びました。

救急車で移動中。えらいことになりました。

民家の庭を歩道と勘違いして走ってたら中型の飼い犬が飛び付いてきて右膝の後ろふくらはぎの付け根をがぶっと…。


(ここでメール更新で送ったはずの写真と記事がサーヴァーの関係でいくらか届いてなかったようです)

生まれて初めての救急車、それも大晦日の夜に病院に運ばれるとは…。

当直のお医者さんに診てもらったところ、幸い、ウインドブレーカのパンツとタイツを履いていたおかげで咬まれた傷口はそう深くなく、軽症と言うことでした。十分洗浄した後に絆創膏を当ててもらいました。

抗生物質と痛み止めをもらいました。でも、痛い出費が…。



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病院を出て、歩いてでも潮岬を目指そうと思ったけど、痛みがまだあって、出血するといけないので、電車で串本に行くことにしました。応援して頂いた皆さんには申し訳ないことで残念です。また出直します。

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あと40キロ足らず…。悔しいけどこういうハプニングも起こりうるということ。もっとひどい怪我をしてたらどうなってただろう?今日は最後に疫病神がついて来たんだな。

やっぱり夜に走ったりするのはトラブルの元なのだ。走るのはやはり明るいうちに…。

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串本行きの最終電車で串本に着いた。潮岬行きのバスの始発は午前7時45分、初日の出のあとに着いても意味ないんだが…。駅前のオールナイト営業のオークワで夜を明かすか…。布団と風呂が妙に恋しい…。

今年もあと15分。120キロ程度で終わってしまって確かに不完全燃焼気味。ただ、アメリカに行く前ということも念頭に入れておかないと…。二本の足(脚)は何があっても死守しないといけないのだ。



《2011年1月1日(土)》

ツイッターの皆さん:明けましておめでとうございます!今年もよろしくお願いいたします!

イザラン部の皆さん、自転車仲間の皆さん、日本縦断中に応援やサポート頂いた皆さん…明けましておめでとうございます。この一年の皆さんのご多幸をお祈り申し上げます。そして、今年もよろしくお願いいたします。

オールナイトのオークワ串本店、休憩所の木製のベンチでじっと座ったまま…。3時半を過ぎたら冷えて来た。暖房レヴェルが時間帯で変わるのか…。潮岬にバスで行こうと思ったけど、このまま自宅に帰ろう。今は熱い風呂に入ってふかふかの布団で眠りたい。

無事に旅を終えていれば、自分なりにヒーローとなって誇らしくもあったのだろうけど、犬に噛まれて旅を中断せざるを得なかったことと、今の自分がホームレス状態であることが妙に情けなくって、新年そうそう泣けてしまった。生まれて初めてのリタイアということも…。

寒さや睡魔や足腰の痛みにずっと耐えて来たのは一体何だったのだろうか?犬に噛まれた傷跡…その痛み…。慎重さに欠けていた自分が招いた結末を受け止めるには、あまりにも重すぎた。それとも、これは、日本縦断を成功させて調子に乗りすぎていた自分に神様が下された天罰かも知れない。

神様からのメッセージに耳を傾け、アメリカに行くまではいろんな面でしばらく自重しよう。犬に噛まれるよりももっとひどいことが、この先起こっていたかも知れないとしたら、犬に噛まれた程度で終わって良かったと考えるべきなのだ。ちょうど日本縦断の出発前に転倒事故を起こした時のように…。

日本縦断の出発前に仲間が開いてくれた壮行会の帰り道で、例の事故は起きた。振り返ってみると、あの事故も同じように、気持ちが緩んでいた矢先に起こっていた。幸い、あの事故のあと、旅の途中の事故やトラブルの類いは一切なかったのだ。

路線案内で調べたら始発は午前6時前にあった。6時間の長旅…5000円もかかるのだ。本州最南端の町串本、いつかまたやって来るだろう。このタフでシヴィアな道のり…リヴェンジは必ずある。


あまり思い出したくはないのだが、犬に噛まれた瞬間、それが犬とは思ってなかった。真っ暗闇で歩道だと思った所が誰かの家の庭だということに気づいた時には、既に右脚のふくらはぎに激痛が走っていた。自分はそのあとびっくりして大慌てでその場所から逃げた。

ひょっとしたら、噛まれた直後に、一瞬振り返りざまに犬の顔を見ていたかも知れない。得体の知れない黒い怪物としか認識出来なかったが、ふくらはぎがなま暖かいもので濡れているのが分かって、その時点でやっと犬に噛まれたということを悟った次第だ。

その現場から数百メートルぐらい走って民家の前にやって来て、自動販売機があったので、雪混じりの冷たい風を避けるためにその陰に隠れた。時間とともに痛みがあらわれて、次にどうすべきか考えた。

今日応援に来てもらったyurichanさんに電話してみるが、電波が届かないか電源が入っていない状態。続いて菜々子さんにメール。すぐに返信があって、その後yurichan さんから電話が…。状況を説明して相談の結果、山道の中で交通手段もないので携帯電話で救急車を呼ぶことになった。



午前5時半、串本駅。外は相変わらず冷たい風。心まで冷えきってしまいそうだ。

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DSC_2832 posted by (C)KAY.T

無事に帰宅。家の付近も数センチの積雪が…。お風呂に入って眠ることにします。応援して頂いた皆さん、あり がとうございました。

シャワーを浴びて、チューハイ2本と大福餅で一人年始祝いをした後、布団に潜り込んだ。2日分の眠りを4時間で埋め合わせた。死んだように眠った。目覚めた時には朝か夜かも分からないくらい。これだけ深い眠りに就けたのは久々だった。ポストには年賀状が入っていた。「正月だったのだ…」

旅の間のツイートを読み返していた。真っ暗闇の孤独、ヘッドライトをつけて走っていたのが嘘のようでもあった。犬に咬まれる瞬間が何度も頭の中でフラッシュバックしている。咬まれる瞬間だけが何度も何度もしつこいくらい頭の中で再生される。「やめてくれ!俺が何か悪いことでもしたというのか…?」

しばらくスヌーピーも見たくないくらい犬が恐ろしくなった。オバケのQ太郎の気持ちが少しだけ分かったような気がした。犬に咬まれたあとは真っ暗闇の中、ふぶいていたのだった。そのまま何事もなかったかのように走り出していた自分が今は不思議でならない。痛みと出血ですぐに我に返ったのだが…。


よくよく考えたら2010年の走り納めは、犬に咬まれた後全速力で走り去ったあの場面なんだろうな…。走り初めができなかったのが悔しい限りだ。潮岬で見る初日の出をずっとイメージしていたが…。旅は人生、人生もまた旅…いろんなトラブルやハプニングがあって当然…。あっ傷口が…イテテテ。


油断大敵…今回犬に咬まれて気づいたことがいくつかある。咬んだ犬を恨んだり腹立たしく思ったことは一度もない。咬まれてみて、反省せねば成らぬ点を学ばせてもらったと思うべきだろう。

山道、歩道と間違えて民家の庭を通った不覚も…。ヘッドライトで足下を照らしながら走っていたけど、前方を照らすためのハンディライトを持つべきだったのだ。目の前の犬小屋にもっと早く気づけば、あえて犬に咬まれることもなかった。夜道は何があるか分からない。早期の危険察知が必要なのだ。


あの犬は立派だった。番犬としての勤めをしっかり果たしていたのだから…。不審者が来れば吼える、至近距離で危険を感じたら当然噛み付く。あの犬はそれらの義務を果たしていた。もし自分が何らかのオーラを発していれば犬はそれを感じて咬むことはなかったはず。ただの変なおっさんだから咬んだのだ。

事故や怪我や病気が起こる背景には隙があるから。風邪を引く時にはウイルスが体内に侵入するが、免疫力が高い人間はウイルスを寄せ付けない。同じように、危険を察知する能力があればトラブルはある程度防げるし、危険と感じるものには近寄らない習性が身につく。失敗の経験が成功につながっている。



動画1…紀三井寺駅前のスタートシーンをabechanさんが撮影



abechanさんのレポートはこちら



動画2…走行中の国道42号線冷水付近でanchinさんが撮影



anchinさんのレポートはこちら



*応援・サポートを頂いた皆さん、いろいろとありがとうございました。

ご心配をおかけして申し訳ありませんでしたが、何とか立ち直り、次に向かってまた精進して参ります。

今後とも変わらぬご支援をよろしくお願い致します。



テーマ:心の旅 - ジャンル:旅行

  1. 2011/01/02(日) 14:10:07|
  2. 冒険
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プロフィール

KAY(高繁勝彦)

Author:KAY(高繁勝彦)
冒険家:アドヴェンチャー・ランナー、NPO法人“PEACE RUN”代表、サイクリスト(JACC=日本アドベンチャーサイクリストクラブ評議員)、ALTRA JAPANアンバサダー
旅人、詩人・アーティスト、クリエイター、ナチュラリスト…。元高校教師(英語)。

大阪府松原市生まれで、現在、大阪府富田林市に在住。

楽天ブログ時代(2006.4.2)からノンストップブログ更新中。公式サイト
「PEACE RUN 世界五大陸4万キロランニングの旅」
“KAY’S WORLD”もよろしくお願いします。

プロフィール詳細はこちら

二度の日本縦断(「PEACE RUN 2010日本縦断3,443kmランニングの旅「PEACE RUN2012 日本縦断ランニングの旅 PART2」で実質の日本一周ランニング6,925kmの旅を完結。

2011年はPEACE RUN 2011アメリカ横断5,285kmランニングの旅を138日で完了。

2013年9月から163日で「PEACE RUN2013オーストラリア横断ランニングの旅」5,205kmを走破。

2014年11月から2015年2月、83日でPEACE RUN2014ニュージーランド縦断ランニングの旅2,796.6kmを走破。


2016年7月〜11月、110日間で7カ国3,358.8キロ、「PEACE RUN2016ヨーロッパランニングの旅」を走破。

現在まで3つの大陸で16,637キロ走破。残り三大陸で23,363キロを走ることになる。

東日本大震災から3日後に「RUN×10(ラン・バイ・テン)運動」を発案・提唱、全国に展開させる。

2012年末、facebook上の公開グループ、平和的環境美化集団"THE SWEEPERS"を発足、活動を展開中。

2013年、一本歯下駄で世界平和をめざすfacebook上の公開グループ「一本歯下駄クラブ」を発足、活動を展開中。

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