KAY'S BLOG

独行道~Lonesome Road of Running

ゆったりまったり走ろう会~その2

【ゆったりまったり走ろう会~その2】

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昨日2月27日、大阪堺市にある大泉緑地にてTEAM PEACE RUN主催の「ゆったりまったり走ろう会」が開催された。

先週も同じ会場で同じようなイベントが行われたのだが、今回はTEAM PEACE RUNという、いずれNPO法人として立ち上げられるPEACE RUN PROJECTの中のランニングチームが主催。

参加者は、MAIKOさん、TATSUMIさん、イザ!ランニング部から竜馬さんとanchinさん伸やんさん、そして竜馬さんのご友人のチャーリーさんと私の計7人。

午前10時半にスポーツハウス前をスタート。

TEAM PEACE RUNが応援している「走る.jp」の「走る」Tシャツを着用してのラン。

一周3kmちょっとの周回コースを今日も10周走る。3周ごとに休憩を入れたが、先週よりも温かく快晴でランニング日和。自然とペースも上がっていた。途中でトレイルコースにも闖入する場面もあった。

来週に篠山マラソンを走る竜馬さんとanchinさんは、調整も兼ねて走っておられたが、1キロ5分のペースで7周を走る予定だったanchinさんは足の不調で9キロにて終了。これまで、昨年の奈良マラソンでフル3時間40分台、今年に入ってハーフサブ100を記録するなど、着々と練習の成果を上げて来ている。篠山ではサブ3.5を目標にしている。

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竜馬さんは昨年初フルで次が二度目のフルマラソン。地道に練習に取り組み、レース経験も積んで、次回は大幅な記録更新が期待できそう。

伸やんさんも来月13日の柏原市民マラソン10kmに向けて、やや速いペースでずっと走られた。

のんびりペースでMAIKOさんTASUMIさんとチャーリーさんと私は終始1キロ6分~6分30秒ペース。途中で6分を切るペースもあったようだが…。

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TATSUMIさんは、レースこそ経験はないが、ふだん大阪城周回コースでこまめに練習されているそうで、20キロ程度は何度も経験ありだが、30キロというのは初めての距離とのこと。これからはレースにもチャレンジしてみたいとのコメント。

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MAIKOさんもレース経験はハーフを一度だけ。それも1時間46分という見事な記録。5月の水都大阪でウルトラマラソンにいきなりチャレンジするということで、100km完走を視野に置いた練習に取り組み始めている。先週初めて30キロを走ったが、この日も軽い足取りでさらりと30キロ完了。月間走行距離は初めて300kmを越えた。

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安定したフォームで走られていたチャーリーさんは6周で完了。先に帰られた。伸やんさんも、始終快調なペースで走り続け、走り終えてそのままお別れした。

白梅の花もほぼ満開に近づいていた。


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気温が15度を超えていて日差しも強く、先週以上に喉が渇いて、スポーツドリンクを計2リットルあまり飲んだ。

この後、例によって反省会。「餃子の王将」金岡店へ足を運ぶ。


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汗を大量にかいただけあって生ビールの最初のひと口が格別であった。

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飲んで食べて、マラソン談義も尽きることなく延々と続く。

時間の経つのも忘れて3時間ほど長居しただろうか。

この日は東京マラソンはじめ、全国各地でマラソン大会が行われていた。

先週、大泉緑地で一緒に走っていたガネさんも東京マラソンで見事4時間32分で完走。4月から始まるウルトラマラソンに向けて快調なスタートを切ったようだ。


二週続けて30キロを走ったら、さすがに先週よりも楽だった。翌日(今朝)も大した疲労を残さず、今日も20キロ走れといわれたら走れそうなくらい。

自分自身の今月の走行距離はこの時点で307キロ。

アドヴェンチャー・ランナーがこの程度の距離では情けないのだが…。今まで怠けすぎていた反省もあるが…。

温かくなってくればまた気合を入れて長い距離に足を慣らしていかなければ…。

スピードは度外視。1キロ7~8分で1日50~60キロを走り続けられるように。

アメリカ横断では、月間走行距離自己最高記録の1168キロ(昨年9月)を越えて1200キロ以上を目指そう。50キロ×30日=1500キロは厳しいけれど、1300キロくらいなら不可能ではあるまい。ロッキーを越えて大平原に入れば、毎日景色の変わらないところを、嫌が上にも一日中走り続けなければならないのだから…。




*イベント情報①…
3月6日(日) 「ありがとうアフリカ、ありがとう世界の友人!」
JACC・自転車国際交流協会主催による感動と勇気の湧くイベントが大阪市中央区大手前のドーンセンター5F大会議室で開催されます。アフリカの民族楽器演奏やアフリカの現状を語るトーク、中西さんはじめ地球体験者たちのライブトーク、親睦会など盛りだくさんのメニューです。詳細は中西大輔さんのブログ、あるいはJACCのサイトでも…。



*イベント情報②…
5月15日(日) 植村直己顕彰事業2011日本冒険フォーラム
「冒険の伝説・未来」~ こんな日本人がいた そして 今もいる ~
 兵庫県豊岡市は、国民栄誉賞を受賞した世界の冒険家・植村直己の精神を後世に継承しようと平成6年に植村直己冒険館を建設し、平成8年に「植村直己冒険賞」を創設しました。
 これまで、山・海・川・空・極地等を舞台にした冒険者やその冒険に関わった方、そして全国各地の多くの植村直己ファンに支えられて、植村直己顕彰活動を進めると共にチャレンジャーの応援を続けています。
 これらの活動のステップアップとして、冒険者のチャレンジ精神を讃え、そして日本の「冒険文化」を考えるきっかけを創るため、全国のチャレンジャーが一同に集い、植村直己の素顔を振り返りながら考える、「日本冒険フォーラム”冒険の伝説・未来”」を開催します。


---以上は、植村直己冒険館の公式サイトから

明治大学駿河台キャンパス内(東京)で開催。参加は無料ですが入場整理券が必要です。詳細は植村直己冒険館のサイトで…。


*「PEACE RUN 2011アメリカ横断5,000キロランニングの旅」支援Tシャツ、引き続き販売しております。販売サイトはこちらです。

PEACE RUN 2011 アメリカ横断5,000キロランニングの旅公式サイト

PEACE RUN 2011 支援サイト

Go the Disance!(英語版)


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  1. 2011/02/28(月) 15:33:47|
  2. マラソン・ランニング
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2011日本冒険フォーラム

【2011日本冒険フォーラム】

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*昨年9月、日本縦断の旅の途中で立ち寄った植村直己冒険館前にて撮影


昨日、午後に兵庫県豊岡市にある植村直己冒険館から封筒が届いた。

5月15日に東京で開催される「2011日本冒険フォーラム」の案内だった。

当初、「PEACE RUN 2011アメリカ横断5,000キロランニングの旅」の出発を5月9日か10日に考えていて、冒険フォーラムへの出席はできないものと思っていたのだが、届いた封筒を開けて、中に入っていたポスターとチラシの写真に写っていた植村直己さんの姿を見たら「何で来ないんだ?」と言われているかのような気がして、そこで自分の決心は変わった。


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冒険フォーラムに出席して、その翌日に東京から渡米しよう」

冒険の神様、自分にとっては神様以上の存在…その植村直己さんの顕彰事業とあらば、出席して当然ではないか…。ひとりよがりなアメリカ横断の旅にしてはいけない…。そんなことも含めて、反省すべきことであった。

植村直己冒険館は、昨年夏の日本縦断の途中で急遽立ち寄ったところ。当初の計画では豊岡市に立ち寄るつもりはなかったのだが、多少遠回りしても立ち寄る価値のあるところだと思って何気なく訪問してみた。

*当日のブログはこちらを…。

冒険館をじっくり時間をかけて見学した。ちょうどその年の植村直己冒険賞を受賞した世界二周サイクリストの中西大輔さんの自転車が特別展で展示されていた。地球2周分15万キロあまりを11年かけて走った自転車だ。

植村直己さんの生き様をとことん教えられた。世界のウエムラがいかにして冒険に関わってきたのかを、いろんな資料やデータを通じて疑似体験させてもらった。

また、さまざまなチャレンジャーの記録も残されており、関連書籍などもざっと目を通した。

その後、夕方に冒険館の裏庭にテントを張らせてもらって、いわば冒険の聖地でキャンプをしたのだった。

この訪問が後々自分の人生を変えてしまうかのような結果になるとは思ってもみなかった。

やっている冒険のレベルも内容もケタ違いの植村直己さんと、肩書きの上では同じ冒険家と(自分では)呼んでいるが、やはりいつまでも植村直己さんは雲の上の人であることには変わりない。



会場は、明治大学駿河キャンパス、アカデミーコモン3階のアカデミーホール。

1階ロビーでは「ウエムラ直己の足跡と素顔展」、3階ロビーで「全国のチャレンジャーたちの冒険と夢メッセージ紹介展旅人たちの写真展」というコーナーがあって、旅人たちの旅の途中で撮った心に残る写真と、冒険(旅・チャレンジ・夢)への思いを込めたコメントが展示されることになっている。もちろん自分も出品するつもりだ。

渡米する前、3月か4月に一度豊岡の植村直己冒険館を訪ねようと思っている。

あの日は気づくことはなかったが、やはりあの時、心のどこかで、密かに冒険家になることを決断していたのだと思う。あの日のブログを読んでみて今気づくことができたのだけど…。


「2011日本冒険フォーラム」の詳細は、植村直己冒険館のサイトで…。



《お知らせ》

*イベント情報…
3月6日(日) 「ありがとうアフリカ、ありがとう世界の友人!」
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  1. 2011/02/27(日) 13:00:00|
  2. 冒険
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ランニング道~マラソン講座(21)

【ランニング道~マラソン講座(21)】

*PART21 ナンバ走り

ウルトラランと大いに関わることだが、長い距離を楽に走るためにどうしたらいいか…これはランナーにとって永遠の課題である。

自分自身、四半世紀走ってきて、今も研究と実践を繰り返しながら、ああでもないこうでもないと試行錯誤の毎日である。

武術研究科の甲野善紀氏のことを本で知って以来、「ナンバ走り」というものに関心を持っている。る。

甲野氏は、古武術の理論を様々なスポーツに生かす身体技法を長年研究し、プロ野球選手の桑田真澄投手や、世界陸上200mの銅メダリスト末續慎吾らが実践で生かしていることでも有名である。

ねじらない、うねらない、ためない、強く蹴らない…これらの運動原理には、我々日本人が古来から持っている(西洋人とは異なる)独自の動きを復活させ、最も効率よく「動く」ことができるノウハウが隠されている。


昔々の日本人が実際にやっていたといわれる「ナンバ走り」の走り方の基本は「右手と右足、左手と左足を同時に出す」のであるが、実際に普通の走りと違って、初めて取り組むと非常に違和感がある。

自分自身が実践するに当たってまず試みたのが、両手をバンザイの状態にして両の手のひらをぴたっと合わせて走る方法。

個人的には「バンザイ・ラン」と呼んでいる。

上腕部が耳を覆うような形になる。

この姿勢でまず走ってみて欲しい。腕は振れない。その代わりに肩甲骨が左右に動くのを感じる。胸を張って猫背にならないようにしよう。臍の下に力が入るように意識して、呼吸は鼻から、細く長く息を吐くようにする。

肩凝りで悩んでいる人は、この走りだけで肩凝りが解消するので試してみて欲しい。

次に試みるのは、合掌のポーズ。両脇をしめて手のひらを顔の前で合わせて走る。

ナンバ走りをマスターするために、ウォーミングアップの際にまずこの二つの動きから入ると楽である。


昨年のPEACE RUN2010 日本縦断ランニングの旅では、20~30キロの荷物を積んだバギー(ジョギング用のベビーカー)を押して走っていた。


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両手は基本的にバギーのハンドル部分を持っており、時に平坦な道なら片手で押していたこともあったが、大半は両手で押さなければならなかった。

腕を振ることはない。動きとしてはまさにナンバ走りである。

腕を振らないために、上記で説明したバンザイや合掌のスタイルから入るのがいいのだが、自分自身は、腕をだらんとした状態で軽く拳を握り、両手に撥(ばち)を持って太鼓をたたくイメージで走っている。手首でリズムを取っているのだ。腕は振らず、肘から手首を上下に動かしているような感覚。左右同時に動かすことを意識すれば状態はねじれることはない。あくまでも肩甲骨中心の動きになるのだ。

ももは上げない。ももを上げなければ自然に足はすり足に近い状態になる。剣道をやってた頃、足さばきの練習をよくしていたが、上下動のない自然な動きがナンバにも生かされている。

腰もツイストすることなく、膝から下だけが前に出て行く。つま先から着地を意識するフォアフット走法だ。

かつて、実験的にやってみたのが、自転車のチューブを太もも辺りに軽く縛って太ももの自由を拘束し、膝から下だけが動くようにして走るというもの。なじんでくれば違和感はない。太ももを上げることでどれだけ無駄なエネルギーを使っているかを同時に実感することもできた。


ナンバ走りは究極の省エネ走法にもなりうる…。

ウィキペディアの「ナンバ走り」ではその利点(メリット)として…


・体を必要以上にひねらないためスタミナが減りにくい。

・上半身のねじれが小さくなるので、姿勢が安定する。

・動きに無駄がなくなり、瞬発力が出る。

・相撲の鉄砲のように、片側の腕、腰、足を合わせて動かすとパワーが出やすい。

・急な坂道や階段などを上る際にナンバで歩行すると体に負担がかかりにくい。


という5つの項目が掲げられている。


甲野氏の理論では「不安定な状態は、最も身軽な状態である」という発想から、重いドラム缶を斜めにして転がすように、安定している重心 (バランス) をわざと不安定にする事によって、軽い力加減で動かせるようにする(以上「ウィキペディア」から部分引用)ということが提唱されている。

思い出すのは、ある方の話から…。

竹馬の原理がまさにそれにあたる。

竹馬が地面に接しているのはわずか数センチのごく小さな部分である。二本の竹馬にただ乗っているだけでは非常に不安定だが、前方に倒れるようにして一歩前進し、さらにもう一方の足を出し…これを交互に繰り返すことで竹馬はスムーズに進んでいくのだ。

竹馬こそ、ナンバ走りの根幹となるフォアフット走法の理にかなっているし、「不安定さから生まれてくる身軽さ」を体現したものといえるだろう。

修験道の行者たちも一本歯の下駄で、奈良の大峯山中を駆け回っていたというが、きっと彼らも同じ理論を自然と理解していたに違いない。



長い、ひたすら長い距離を走ってきたことで、自分自身、自然と身につけてきたものが、ナンバ走りに通じるものがあった。これは、何も驚くべきことではない。LSDを繰り返せば繰り返すほど、無駄な力の入らない、自然でスムーズな走りが身につくように、経験から身につけたものは、より実践的であるはずだし、有用性の高いものになりうるだろう。


ナンバ走りについては、まだまだ研究の余地があるのだろうが、ウルトラランナーにとっては、柔軟な発想でぜひ取り組んでもらいたいものだと思っている。




松聲館(甲野善紀公式サイト)

ナンバ走り(ウィキペディア)

ナンバ走りに関する書籍(amazon)



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朝のトレイルで、僕はしばしばランニング・ハイに見舞われる。

大地から、宇宙からのエネルギーが魂に注入される瞬間を目の当たりにしているのかも知れない。

木々に囲まれたトレイルを駆け抜け、心地よい朝の陽射しを全身に浴びる…どんなものにも優る贅沢なのだ。




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朝のトレイルで、僕は大地からの洗礼を受ける。

朝目覚めてからすぐに走り出し、汚れのないピュアな心と体で森に足を踏み入れる。

森の精霊たちが、どんな思いで自分を迎え入れてくれるのかは知る由もない。

だが、自分にとっては、魂を清めるための儀式として、何かに取り憑かれたかのように森を走ることが必要なのだ。




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*イベント情報①…
2月27日(日) TEAM PEACE RUN主催「ゆったりまったり走ろう会」のご案内
大阪堺市の大泉緑地(地下鉄新金岡駅から約1キロ)をゆっくりのんびり走ります。距離は20~30キロ。9:40AM地下鉄御堂筋線新金岡駅集合か10:30頃緑地内スポーツハウス前に(更衣完了の上)集合して下さい。スポーツハウスに売店・食堂・自販機・更衣室(コインロッカー)・シャワーがあります。大泉緑地の入り口付近にサークルKもあります。走り終わった後、近くにある「餃子の王将」で反省会を行います。



*イベント情報②…
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*イベント情報③…
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 兵庫県豊岡市は、国民栄誉賞を受賞した世界の冒険家・植村直己の精神を後世に継承しようと平成6年に植村直己冒険館を建設し、平成8年に「植村直己冒険賞」を創設しました。
 これまで、山・海・川・空・極地等を舞台にした冒険者やその冒険に関わった方、そして全国各地の多くの植村直己ファンに支えられて、植村直己顕彰活動を進めると共にチャレンジャーの応援を続けています。
 これらの活動のステップアップとして、冒険者のチャレンジ精神を讃え、そして日本の「冒険文化」を考えるきっかけを創るため、全国のチャレンジャーが一同に集い、植村直己の素顔を振り返りながら考える、「日本冒険フォーラム”冒険の伝説・未来”」を開催します。


---以上は、植村直己冒険館の公式サイトから

明治大学駿河台キャンパス内(東京)で開催。参加は無料ですが入場整理券が必要です。詳細は植村直己冒険館のサイトで…。


*「PEACE RUN 2011アメリカ横断5,000キロランニングの旅」支援Tシャツ、引き続き販売しております。販売サイトはこちらです。

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  1. 2011/02/26(土) 16:04:30|
  2. マラソン・ランニング
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冒険家という生き方~その2

【冒険家という生き方~その2】

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(Photo: Kay on Interstate Highway 90, somewhere around Spokane, WA, 1991)

夢枕に立った謎の男性に示唆されるままに本を書こうと思い立ったが、その続き…。

「プロローグ」はこちら…。


*「挑戦(チャレンジ)」とは不可能を可能に変えること~You can make it if you try.

時間に流される日々を送っているだけではもはや生きている価値はない。

そして、集団の中にまぎれて自分自身を見失っているような人間には夢を追いかける資格もない。

さて、あなたは常に自分の人生において主役を演じているだろうか?

限られた時間の中で、自分にできることはどれだけあるだろう、一度考えてみてほしい。
自分がやらなくてはならないことはもちろん、やりたいと望んでいることを何でもいいからリストアップしてみよう。

無理だ、不可能だ、などと思う前にそれを可能にするためにはどうすればいいのかを考えよう。

一度に実現するのが無理なら、少しずつ段階的に可能にしていくこともできる。

目標や夢があってそれを実現したいという気持ちがあるのなら、ありとあらゆる方法で最後まで、その夢が実現するまで頑張ることだ。

すぐに諦めてしまうのは、その夢に賭ける自分の気持ちがまだ中途半端であるか、あまりにもその夢が無謀なものであるかのどちらかだ。

しかし、あえてここで宣言しよう。

全ての夢はかなえられるためにある。

もしその夢が本物であれば、の話だが……。

     


"Tomorrow is always fresh.…… with no mistakes in it."
      
「明日は常に新たな日……何の失敗もない」

                         

---「赤毛のアン」より




*未知なる世界に憧れて…~Longing for unknown world

いろんなことに挑戦してきた。人のやらないことをやるのが私の生き方だと自分自身に言い聞かせてきた。おかげでずいぶん辛い目やひどい目にもあった。

だが、それらはどれも私自身を大きくするための成長の糧(かて)となって、ひとつ何かが成功すれば次にまた何かに挑戦してみようという気持ちにさせられるのだ。

私の場合、未知の世界へと旅立つこと(=冒険)がある意味での挑戦となった。一台の自転車が私の人生を大きく変えたのである。

学生時代から自転車で国内を野宿しながら周遊し12,000キロを走破、富士山や乗鞍岳をマウンテンバイクで登り、マラソンに開眼した25歳から今日まで、5度のホノルルマラソンを含む計31回のフルマラソン(42.195km)を完走。

フルマラソンだけでは飽き足らず100キロマラソンもこれまでに6回走った。不得意だった水泳を何とか克服した後はトライアスロン(鉄人レース:水泳3.9km、自転車180.2km、マラソン42.2km)にも挑戦、完走。その間にも、大阪~和歌山80km走、京都~大阪50km走、京都~東京560km(11日間)走を二本の脚で走った。

やがて集団のレースで他人と競い合うことよりも、のんびりと一人で走ることに魅力を感じ始める。



「旅」の原点、それは自分の足で点から点を一本の線でつなぐこと。その途上にあるものをひとつひとつ自分の目で確かめ、人々との出会いを楽しみながら前進すること。

一歩先にあるのは、自分が今いる世界とは全く別の世界であるということに気づいた時、私は新たなる喜びに浸ることができる。

そして、私はアメリカへと旅立った。北米大陸単独横断自転車旅行に出るため、1991年の6月、ロスアンジェルスへと向かったのだ。

11,628km、131日間の旅、まるで自分自身の人生を凝縮したかのような旅だった。

旅にあればいつも故郷のことを夢に見ていたのが、帰国後、私の心は旅の空をさまよい続けるばかり。

2度目の決断、再び自転車を持ってアラスカ北極圏へと向かったのはそれからわずか2年後の1994年6月のこと。

何百キロも町のない広大な原野を駆け抜け、カナダを横断(9,307km、126日間)、標高2000~3000mを越えるロッキー山脈越えの厳しさ、360度果てしない地平線に囲まれた大平原……。

偉大なものの懐(ふところ)に抱かれた時、人は初めて自分自身がいかにちっぽけな存在であるかを身をもって知る。

同年11月から翌年5月にかけて、ニュージーランド一周に加えオーストラリア横断(8,748km、155日間)を達成。

カンガルーの白骨死体が道端に転がるナラボー平原では、摂氏40度もの高温が続く炎天下の砂漠越えを体験、死の恐怖さえ感じられた。

しかし、1回転ずつ着実にペダルを踏み続けることで、この地球という惑星に4万キロ以上(地球約1周分)の轍(わだち)を残すことができた。

何よりも、この旅に出なければできなかった経験、そして出会えなかった人々など、得られたものの数ははかり知れない。



*新しい自分自身と出会うために~To meet your-brandnew-self
  
好奇心は次から次へと私を未知なるものへと導いてくれた。私はただそれらに真正面から立ち向かっていくだけだった。

言い換えるなら、自分自身という存在の中にこそ最も未知なる世界が潜んでいて、その世界に通じる扉のひとつひとつを開けていく行為、それがまさに「冒険」であり、私の「挑戦」だということができる。

自分自身を知り尽くすのはそうたやすいことではあるまい。今、自分に何ができるのかを絶えず追究していくことで、人は自分自身をより高めていくことができるのだ。

自分の内に秘められたものをひとつずつ発掘していくように、日々新しい自分を見い出していくこと…。それがこの世に生を受けた者の義務だと私は思う。


(つづく)





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  1. 2011/02/25(金) 17:27:17|
  2. 冒険
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正しく強く生きるということ

【正しく強く生きるということ】

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正しく強く生きるということは 

みんなが銀河全体を 

めいめいとして感ずることだ


                            
---宮沢賢治「春と修羅」第2集作品第312番より



西暦2011年の私は、その51年目となる人生を、銀河系約1千億個の恒星・星雲集団の中に含まれた太陽系のとある惑星にいて、この三次元空間の中を阿寒湖に浮かぶマリモのようにフワフワと漂っていた。

風がどこから吹いてくるのかも分からずに、ただ風に流され、風に吹かれるままに、与えられたその生を全うすべく、ありふれた日常に一喜一憂しながら、この世の森羅万象について思いをめぐらす日々……それもまた我が人生。



成層圏を突き抜けて、私の心が宇宙を疾駆(しっく)する。

宇宙の果てを模索しながら、私はどこにでも行けるしどこにも行かない。

時間と空間がひとつに交わり、私の中の微風はいつまでも吹き続けるのだ。 



風の言葉がわかるなら…風の色が見えるなら……銀河はひとつの生命体のように私の目に映っていたかも知れない。

あらゆる生命のエナジーを吸収して、無限に広がり続けるノスタルヂヤのよう……。

そこに私が含まれ、あなたが含まれ、同時に私も、あなたもその内面に自分の宇宙を包含している。

私の感じる宇宙は、既に私がこの世に生を受けた時から、自分の内に秘められていた。

大切なのはそれを感じるか否かだ。



銀河を流れる彗星(すいせい)は宇宙の果てへと転がり落ちていくのだろう。

あるいは、めぐりめぐってまた永い年月を経た後に同じ所に帰ってくる。

日が昇り、日が沈む。

私の宇宙に『無限』という空間が存在し、『永遠』というとらえどころのない時間が蓄積されていく。

この宇宙では、何も存在しないし、同時に何でも存在しうるのだ。



私たちの地球は回る。

地球を回す力の源がこの銀河から、あるいは宇宙から与えられているものだとしたら、私たちが生きるためのエナジーもまたこの銀河の、あるいは宇宙のものなのだ。

私たちの内に秘められた宇宙のエナジーを、自分の中にとどめておくだけではなく、自分自身というフィルターを通して、この世界にうまくそのエナジーをフィードバックすること。

正しく強く生きていける人であればきっとそういうことができるに違いない。



我が魂は、大地を駆け抜ける風になる。

疲れを知らぬ子供のように、どこまでも、自由奔放に。

銀河を感じる。

果てしない宇宙を感じている。

私のいる場所、そして私の存在そのものもまた宇宙なのだ。



恐れるものは何ひとつない。

今この一瞬にすべてが玉と砕け散っても、決して悔いることのないように。

全てなすがままに、あるがままに…ありのままに…。




《お知らせ》

*イベント情報①…
2月27日(日) TEAM PEACE RUN主催「ゆったりまったり走ろう会」のご案内
大阪堺市の大泉緑地(地下鉄新金岡駅から約1キロ)をゆっくりのんびり走ります。距離は20~30キロ。9:40AM地下鉄御堂筋線新金岡駅集合か10:30頃緑地内スポーツハウス前に(更衣完了の上)集合して下さい。スポーツハウスに売店・食堂・自販機・更衣室(コインロッカー)・シャワーがあります。大泉緑地の入り口付近にサークルKもあります。走り終わった後、近くにある「餃子の王将」で反省会を行います。



*イベント情報②…
3月6日(日) 「ありがとうアフリカ、ありがとう世界の友人!」
JACC・自転車国際交流協会主催による感動と勇気の湧くイベントが大阪市中央区大手前のドーンセンター5F大会議室で開催されます。アフリカの民族楽器演奏やアフリカの現状を語るトーク、中西さんはじめ地球体験者たちのライブトーク、親睦会など盛りだくさんのメニューです。詳細は中西大輔さんのブログ、あるいはJACCのサイトでも…。



*イベント情報③…
5月15日(日) 植村直己顕彰事業2011日本冒険フォーラム
「冒険の伝説・未来」~ こんな日本人がいた そして 今もいる ~
 兵庫県豊岡市は、国民栄誉賞を受賞した世界の冒険家・植村直己の精神を後世に継承しようと平成6年に植村直己冒険館を建設し、平成8年に「植村直己冒険賞」を創設しました。
 これまで、山・海・川・空・極地等を舞台にした冒険者やその冒険に関わった方、そして全国各地の多くの植村直己ファンに支えられて、植村直己顕彰活動を進めると共にチャレンジャーの応援を続けています。
 これらの活動のステップアップとして、冒険者のチャレンジ精神を讃え、そして日本の「冒険文化」を考えるきっかけを創るため、全国のチャレンジャーが一同に集い、植村直己の素顔を振り返りながら考える、「日本冒険フォーラム”冒険の伝説・未来”」を開催します。


---以上は、植村直己冒険館の公式サイトから

明治大学駿河台キャンパス内(東京)で開催。参加は無料ですが入場整理券が必要です。詳細は植村直己冒険館のサイトで…。


*「PEACE RUN 2011アメリカ横断5,000キロランニングの旅」支援Tシャツ、引き続き販売しております。販売サイトはこちらです。

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  1. 2011/02/24(木) 16:00:28|
  2. 哲学
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ランニング道~マラソン講座(20)

【ランニング道~マラソン講座(20)】

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*PART20 ウルトラマラソンへの道(2)


不思議なもので、体というのは、環境と日常の生活におのずと順応していくものなのだ。

昨年のPEACE RUN2010 日本縦断ランニングの旅では、毎日50キロずつ走る生活を続けていたら、自然に体も足もそれになじんでしまって、30~40キロ程度の距離ならもはや苦にならなくなった。

ペースも時速7~8キロで、まる1日かけて走るのんびりしたものだったが、故障せずに長期間走るにはそれが一番いいのだということも悟った。

1日30キロ走るのと、3日に分けて1日10キロずつ30キロ走るのとどちらがいいのか…?

20日の日曜日に大泉緑地で30キロ走ったが、久々のロングで、堅いアスファルトを長時間走ったことでかなり足にダメージがあった。

ふだんは土の道を走ることが多く、1日10~20キロ(朝夕に5~10キロずつ)走るのが通常だった。

まとめて長い距離を走るのはそれだけ体への負担が大きいわけだ。

5~6月にウルトラマラソンを走ろうと考えているランナーは、このあたりの理屈を知っておいてもらいたい。



まずは、100キロなら100キロ走れる足を作ることが何よりも大切だ。

フルの距離(42.195キロ)は走れても、100キロは単純にその2倍+約15キロ…。

しかし、メンタル面では実際そうじゃない。

ちなみに100キロを初めて走った際に、70キロを過ぎてあと30キロと思ったものの、走り終わってレースを振り返ってみた時、70キロは精神的な中間地点であるということを思い知らされた。

フルマラソンでは30~35キロがちょうどそんな感じだ。残りの10キロあまりがなかなか遠い。いつまでたってもゴールが見えてこないし、永遠に走り続けないとゴールがやってこないかのように思わされてしまう。



月間走行距離が300キロとすると、毎日10キロずつ走るのはとても健康的だ。

走り初めの頃は、朝夕5キロ走るのがいい。

2日に一度20キロ走る人はフルマラソン向けのランナーだ。

1週間に一度75キロ走る人はウルトラマラソン向けのランナーだ。



20年ほど前、初めてスパルタスロンの話題をニュースで見た時、日本人の参加者がまだ少なかった頃に参加していたあるランナーは、日曜日しか走らないというようなことを話していた。

「超回復」という言葉がある。

トレーニングで壊れたからだの細胞が再生復活する際に、それまで以上に強い細胞が誕生するということ。

免疫もこれと同じ。

いったん細胞を壊すことでそれ以上に強い細胞を作る…。

そう、理屈から言うならば、ウルトラマラソン向けの体を作るのなら、決して毎日走ってはいけないのだ。

断っておくが、ある程度走り込んできてランナーとしての足や体が完成しているのであれば、もちろん毎日走るのもいい。欲を言うなら、距離やスピードなどに変化をつけてメリハリのある練習をするのが望ましい。

ただ、ビギナーランナーが毎日同じ距離を同じだけ走るのは、疲労を蓄積させて故障のリスクを高めると同時に、精神的な単調さを伴うがゆえに効率のいい練習は望めないような気がするのだが…。

「走りたい…走りたい…」

そんな気持ちを募りに募らせて、ようやく爆発したかのように走り出した時の喜びの大きさはいかほどなものか…。



悪いことは言わない。

毎日走らない。可能であれば、週に一度100キロ走ってみるといい。

故障することなく、きっと100キロを楽しく楽に走れるはずだから…。



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テーマ:マラソン - ジャンル:スポーツ

  1. 2011/02/23(水) 22:23:53|
  2. マラソン・ランニング
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PEACE~60億人でひとつの幸せを分かち合うこと

【PEACE~60億人でひとつの幸せを分かち合うこと】

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阪神淡路大震災があった1995年1月17日、僕はニュージーランド南島西海岸のフォックス・グレイシャーという町のキャンプ場にいた。

キャンプ場の事務所のおばさんが「あんた日本の人だろ?今エライことになってるよ」と、朝刊を差し出しながら言ってくれた。

新聞には、引っくり返ってしまった阪神高速や、ぐしゃりと潰れた銀行の建物の写真が掲載されていた。

すぐさま自分は大阪の実家に電話をかけたが回線はつながらなかった。

何度も何度もダイヤルし、つながるまで5時間近くかかった。

幸い、大阪南部では震度4程度で、家の門燈が引っくり返って、応接間のガラスが割れたくらいの被害で済んだらしい。

ただ、神戸では多くの死傷者が出て、いくつかの町は、戦争中の空襲で焼け野原になってしまったかのようだと母から聞かされた。



自分のいない日本でそんな大変なことが起こっているのに何もできない自分が歯痒くて仕方なかった。

神戸にいる友人達はどうなったのか…とか、異人館やチャイナタウンは…とか、限られた情報しか入ってこない異国で、僕はただ焦燥感に駆られるばかり…。



そして今、自分のいないニュージーランド南島、クライストチャーチの町でマグニチュード6.3の大地震が起こり、日本人の被害者も多く出ているという。

自分も何週間か過ごした素敵な町。

大聖堂があって、広場があって、そこでパイプタバコをくわえながらチェスをしていたおじさんや、ジャグリングを披露していた若者や、アイスクリームの屋台にいたおばさんたちは…大丈夫だったんだろうか…?

一瞬の内に事は起こり、笑顔や笑い声はそこで絶えて、一瞬の静寂の後には、悲鳴が、泣き叫ぶ声が辺り一面にこだまする。

誰かが誰かの名前を呼ぶ…。「助けて」と声にならない声が聞こえる。

瓦礫の下で血を流しながら力を振り絞って、崩れた建物のレンガの山から何とか抜け出そうとする者がいる…。

目をつぶれば、そんな場面が見えてくる。

他人の体で起きている痛みが自分に伝わってきて、思わず拳を握り締め、歯を食いしばる…。

泣きたくても、恐ろしさのあまり声も出ず、とめどなく流れる涙だけが頬を濡らす…。


もっと想像力を働かせれば、もっともっといろんなものが目に見えてくる。


世界のどこかで、誰かが誰かの凶弾に倒れているかも知れない。

あるいは、誰かが誰かの大切なものを強奪して走り去っているかも知れない。

誰かの大切な人が突然息を引き取っているかも知れない。

誰かが苦悩に耐え切れず自ら命を絶っているかも知れない。



誰かが幸せになって笑顔を浮かべているのであればいい。

でも、誰かが苦悩の涙を浮かべ、癒されることすらないというのはあまりにも悲しい。

誰かが流す涙というのは、戦争で流された無名兵士の血と同じくらい、辛く悲しいもの。



異国ではあるけれど、ニュージーランドの大地震が、同じ地球で起こっているという事実を深く受け止めよう。

地球上に60億人もの人が暮らしている。

ひとつのクリスマスケーキを家族みんなで分け合うように、その60億人でひとつの幸せを分かち合うこと。


顔こそ見えないけれど、誰かの痛みや悲しみを分かち合い、まるでそれらを自分のことのように感じることも、ひとつの“PEACE”なのだ。


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  1. 2011/02/22(火) 18:43:50|
  2. 世界平和
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JACC定例会~冒険の夢は膨らむ

【JACC定例会~冒険の夢は膨らむ】

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Osaka-3 posted by (C)KAY.T

JACC(日本アドベンチャーサイクリストクラブ)の定例会に参加した。

会場は梅田茶屋町の東梅田生涯学習センター。元々小学校だった場所。

昨年、世界二周サイクリストの中西大輔さんに薦められて入会。

1月7日には新年会もあった。

地球体験(自転車による世界一周や海外ツーリング経験)をされたサイクリストの先輩方と交流できていろんな刺激をもらえるのが楽しい。

年間の行事計画についての話し合いが中心だったが、中西さんが海外を旅されている際に出会ったという、アルゼンチンからのカップルがゲストで登場。二人のたびについてもレクチャーしてもらった。

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Osaka-2 posted by (C)KAY.T

ロレーナさん(Lorena)とフリアンさん(Julian)さんは7年前にバイクで世界ツーリングをスタート。アルゼンチンから南米、アフリカ、ヨーロッパ、アジア、オセアニアと既に71カ国を走破。愛犬トリコ(Trico)を連れての旅…。オセアニアと日本では検疫の問題があって、トリコはスペインにいるご兄弟の方に預かってもらっているらしい。

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DSC_3120 posted by (C)KAY.T

フィリピンでバイクを預かってもらっていて、そこから日本に渡ってきて、東京でママチャリを購入。かごにもリアキャリアにも大量の荷物を積んで大阪まで1ヶ月近くかけて走ってきたという。

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Osaka-1 posted by (C)KAY.T

宿泊は寺や公園で野宿、テント生活。食事はトマトソース&パスタといった自炊が中心。物価も高いし、ほとんど言葉も理解できない日本ながらも、人々の優しさ・温かさにふれて感動することも多かったようだ。

大阪でこの自転車を売って、またフィリピンに戻ってアジアのバイクでの旅をスタートさせるという。

中西さんはスペイン語、自分は英語で話をしながら、国際交流に花が咲く。

定例会は1時間半ほどで終わって、会場を居酒屋に移し、そこでも旅や冒険の話しで盛り上がった。

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DSC_3117 posted by (C)KAY.T

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Osaka-4 posted by (C)KAY.T

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DSC_3121 posted by (C)KAY.T

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DSC_3118 posted by (C)KAY.T

南米やアフリカ、アジアは自分にとっても憧れの地。言葉も通じない、文化的・歴史的な背景も日本とはまったく違う、異なる価値観を持った人々と出会うことこそ実は一番面白いのだと思っている。

自分がこれまで訪ねた国々はほとんどが英語圏。経済や文化レベル的にも日本とさして変わらないような国だけに、どこに行ってもニューヨークや東京みたいな、マクドナルドやコンビニがあったりする…そんな街はあまり訪ねたいとは思わない。

砂漠や平原などの原風景が広がる、広大な自然の中にぽつんと立ってみたり、貧しくても限られた文明の中で精一杯生きている人々と笑顔だけで交流してみたり…。

訪ねたこともないような未知なる世界で、今まで知らなかった未知なる自分自身に出会うこと…これも冒険の醍醐味だろう。

二人の旅の安全を祈願して握手をして別れた。

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Osaka-5 posted by (C)KAY.T

ラテンの底抜けに明るく陽気な人柄にパワーをもらえたような気がする。




ロレーナさん(Lorena)とフリアンさん(Julian)さんのホームページ(スペイン語)

*写真の一部は中西大輔さん提供



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  1. 2011/02/21(月) 23:59:59|
  2. 冒険
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ゆったりまったり走ろう会

【ゆったりまったり走ろう会】

そもそもの始まりはtwitterとFacebook仲間のMAIKOさんのつぶやきから…。

「誰かだらだらいっしょにはしろ~」

月間走行距離を伸ばすために黙々と走ることを楽しんでいるまだ20代の美女ガー。

自分の娘といってもおかしくないくらい。

先月21日、間寛平さんのアースマラソンゴール応援の大阪城野外音楽堂のチケットが余っているという情報を彼女のつぶやきでキャッチして、ぜひ行きたいという自分の要望にこたえていただいたのがきっかけで、twitterやFacebookで情報交換するようになった。

この日河内長野シティマラソンに仲間が出るので応援に行こうと思っていたが、自分も今月は距離を走りたかったので、MAIKOさんのお供をしようと大泉緑地での30キロ走を企画。

twitterとFacebookで呼びかけをしたところ、翌日ガネさん(twitterではsuigeiさん)が午後時間が取れるということでドタ参の申し出。

ガネさんは、昨日まで東京出張で、昨日皇居外周8周約40キロを走った翌日、今日も午前中に仕事を終えての参加だった。

11時に新金岡でMAIKOさんと待ち合わせ。2人で周回コース(1周約3000m)を3周ばかり走っているところにガネさんが登場。

自分とMAIKOさんはトータルで10週を3時間48分で走った。ガネさんは7周で約21キロ。ガネさんは来週東京マラソンを走られる。が、4月から始まるウルトラのシーズンに既に照準を設定されているそうだ。

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DSC_3113 posted by (C)KAY.T

MAIKOさんはまだハーフマラソンを1時間46分で昨年はじめて走ったばかり。

今年に入って10~20キロをコンスタントに、それも練習でキロ5分20秒程度で20キロを走るというつわもの。スタミナもスピードもまだこれから伸びていくであろう逸材。さしあたりフルはサブ4は十分狙える実力と見ている。ガネさんがやたらウルトラを走るように薦めていたが、近い将来きっと100キロも完走するだろう。アブノーマルな世界にじわじわと足を踏み入れつつあるような…。

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DSC_3114 posted by (C)KAY.T

気温15度くらいで暑くも寒くもないちょうどいい気候となった。

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njmjul posted by (C)KAY.T

白梅の花も菜の花までも咲いていていよいよ春近しという感じ…。

大阪に住んでいたころは実家から8キロ自転車を飛ばしてよく走っていたコース。

自分の10キロのベストタイム35分12秒もここ大泉緑地で開催されたNTT金岡健康マラソン(88年)で記録したもの。いろんな思い入れのある公園なのである。

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DSC_3115 posted by (C)KAY.T

ちょうど走り終わって着替えてクラブハウスから出てきたところでabechanさんが合流。

彼は自分の大学の後輩とはいっても9年も離れているのだが…。

昨年の日本縦断中、ネット上でいろいろサポートしていただいたつながり。

世界二周サイクリストの中西大輔さんを紹介してくれたのも彼だった。

今年初めの日本アドベンチャーサイクリストクラブの新年会にも参加して、彼もいずれメンバーになることだろう。

午前中仕事があったようでいったんお家まで帰ってからここまで来てくれた。

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DSC_3116 posted by (C)KAY.T

地下鉄で難波まで出て、自分のお気に入りのお店焼き鳥の正起屋で打ち上げ…。

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DSC_3117 posted by (C)KAY.T

泡泡と美味しい焼き鳥のひと時…。

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DSC_3118 posted by (C)KAY.T

PEACE RUN PROJECTのいわばプロデューサーをお任せしているガネさんが、いろんな形で動いてもらっている。今まで予想だにしていなかったような企画・構想がいよいよ現実のものになろうとしている。その話しを聞いているだけでわくわくするものがある。

ここしばらく、いろんな人とつながりを広げていっているが、最近になって自分の役割が少しずつ見えてきた。

いろんな人と人をつなげていく接着剤的な存在として、あちこちにネットワークを広げていくのがきっと今の自分の務めなのだろう。

そうすることで自分のPEACE RUNはどんどん広がっていく。これがさらに日本から海外へと進出していけばもっともっと大きなネットワークを構築できるのだろう。

みんなの夢を自分がチャレンジすることで叶える…と同時にそれが世界の平和にも結び付けられたら…。何よりも世界中の誰もが健康で幸せな暮らしを送ることができるように…。

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IMGP0025 posted by (C)KAY.T

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g34vr posted by (C)KAY.T

来週も大泉緑地を走ります。来週は「走る」Tシャツを持っている人は着用して参加して下さい。Tシャツがなくっても構いません。午前10時過ぎに大泉緑地のスポーツハウス前時計のあるスタートラインで集合します。

*上記写真の一部はMAIKOさんとabechanさんより拝借しました。


《お知らせ》

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20歳から50歳までの30年間の「チャレンジ」の記録をご覧下さい。


*「PEACE RUN 2011アメリカ横断5,000キロランニングの旅」支援Tシャツは限定100枚すべて完売しました。購入頂いた皆さん、ありがとうございます。第二回のの販売がまたあると思います。詳細は販売サイトで…。こちらです。

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テーマ:ジョギング・ランニング - ジャンル:スポーツ

  1. 2011/02/20(日) 23:59:59|
  2. マラソン・ランニング
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ランニング道~マラソン講座(19)

【ランニング道~マラソン講座(19)】

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*PART19 ウルトラマラソンへの道(1)


10キロやハーフの大会に何度か参加し、ある程度一定した力で走ることができるようになればフルマラソンへのチャレンジとなるだろう。

20年ほど前までは、シーズン中にはフルマラソンを二度走っていた。シーズン初めと終わりに一度ずつ走り、そのシーズン内でのレベルアップの度合いを見るためでもある。

毎月一度はフルを走るランナーもいるようだが、こうなると記録を狙うのは二の次になるだろう。記録よりもむしろ、何度フルを走ったかということへのこだわりだけで走るのならそれでもいいのではないかと思う。ただ、フルを走った後の体へのダメージは意外に大きい。1~2ヶ月間を空けるのが本来は望ましいといわれているが、これもコンディショニングの問題。ベルギー人の男性が365日連続で走ったというニュースも最近耳にしたが…。


自分自身のウルトラ初挑戦は1989年。フルでマラソンデビューしてから3年目の6月に行われたサロマ湖100キロマラソンだった。

既にその前年12月のホノルルと、その年の3月の篠山ではサブスリーを記録していた。

42.195キロではもう満足できない状況になっていたのだろう。さらなる感動を求めてウルトラに挑もうという気持ちが出てきてもごく自然なこと…。

当時はウルトラといえば「サロマ」。まだ100キロマラソンがレアな時代だった。というよりも、フルでも相当長い距離なのに100キロも走る…ということが常人からしてみれば、いわば「異常な」ものだったのかも知れない。

それでも、雑誌「ランナーズ」のツアーで全国から参加者が集まってきていた。

軽い気持ちで参加し、スタートラインにたって、いざ走り出したはいいが、集団の中で走っていて、あまりのスローペースにそれでいいのかどうか不安になってきてしまった。

30キロ辺りから少しペースを上げたところ、フルマラソンのポイントで3時間40分台。キロ5分より少し遅め。このままだと9時間を切れる…。そんな勝手なことを頭に思い描いていた。

50~60キロまではそんな調子で走っていたが、65キロすぎからペースがずるずる落ち始めた。女子のトップで愛知県の鈴木さん(当時50歳代だった)としばらく併走するも70キロを過ぎた辺りから着いていけなくなった。

鈴木さんは総合でも10位以内。8時間30分くらいでゴールしていた。サロマでは何連覇か忘れたがしばらくはウルトラの女王だったのだ。

峠をひとつこえたところで右足太ももにけいれん!

立ち止まり、深呼吸してしばらくストレッチを繰り返す。半ば絶望的な気分にもなりかけて「棄権」の二文字が頭をかすめたが、あきらめてはならない。

歩くのは嫌だったので、けいれんが治まり始めた頃、恐る恐るゆっくり走り出す。

ペースはさらに落ちて80~90キロをだらだら走る。

残り10キロは本当に惰性で走っていた。残りのキロ表示もどうでもよくなってふらつくような足取りで走っていたのを覚えている。

最後の3キロあたりで再びけいれんが起こるも、痛みを無視してやけくそで走った。

泣きそうなくらい足は痛く重く、走ろうという気力を全身から搾り出すようにして必死で走った。

キロ5分で走りきれば8時間20分のタイムだが、70キロ以降の失速でタイムは9時間33分。

ゴールしてしばらく引っくり返ったままの自分がいた。

このレースで反省すべきは、やはり超長距離に耐えうる足が必要ということだった。

何度かウルトラを走られているランナーの話を、その夜の完走パーティでお聞きしたが、みんな6時間走とか80キロ走などをレース前にきちんとされているのだ。

自分はせいぜい40~50キロのLSDを数回こなした程度。これで70キロまで持ったのはまだよかったのかも知れない。

この翌年の6月、第一回阿蘇カルデラ100kmマラソンにエントリーすることになるのだが、3ヶ月計画で練習メニューを考えた。

ウルトラのトレーニングとして6時間走(キロ6分=時速10キロ)を月一度。80キロLSDを1度。

3月の篠山フルが終わると同時に、ターゲットを100kmに絞っての練習再開。

スピード練習はもう除外して、毎日走るよりも走れる時にまとまった距離を走ることを重視した。

休日はほとんどLSD。ペースはほとんどキロ6分。キロ5分より速いスピードでは走らない。週3~4日は通勤ランニングで往復10キロあまり。時々迂回コースでプラス4~5キロ。それ以外の日は自転車での通勤。

トライアスロンもやっていたので、バイク・スイムも平行して練習していたが、これらはランの疲れをほぐす意味合いの方が大きかった。心肺器官を高める効果はあるが、ランで使った筋肉を休ませながら全身が鍛えられるのが確実にプラスになっていた。

休みの日にはダイヤモンドトレイルを走ったり、自宅から約10キロ先にある竹内峠に行って戻ってくるような起伏走を行ったりもしていた。ウルトラでは、後半足が疲れてきた時、やはり上半身が強い方がいい。腕の振りもさることながら、上体の崩れたフォームで走れば余計に疲労は加速するのだ。下半身中心のトレーニングしかしていないウルトラランナーは、70キロ過ぎでヘタってしまうのは目に見えている。自分の初ウルトラのサロマがちょうどそうだったように…。

ふだんは朝夕走る分割走をした方が故障しにくいのは確かであるが、週末にのみまとまった距離を走るのが理想だ。雨で走れない時にはスポーツクラブのトレッドミルかエアロバイクでトレーニング。もしくは家の玄関先で万歩計をつけてその場駆け足1~2時間とか…。

サロマで初ウルトラを経験した時に驚いたことがひとつある。

完走者の大半は40歳以上のランナー。20代30代で棄権したランナーも少なくはない。スピードではなくて明らかにスタミナが要求されるのがウルトラなのだ。

加えて、ウルトラでは女性の方が強いということもその時知った。

フルで4時間台の女性ランナーが、ほぼ同じか少しそれより遅いペースで100キロを走りきるという事実。

完走パーティでお話しした40代半ばのある女性は、フルのベストが4時間30分台だそうだが、この日の100キロは9時間40分。自分の少し後でゴールしていた。

当時28歳だった自分はまだまだヒヨッ子に過ぎなかったのだ。


saroma100km


(「その2」につづく)




《NEWS!!》

1.モンベル「冒険塾」2011年4月開講!

2.第15回植村直己冒険賞は、登山家 栗秋正寿さん



《お知らせ》

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PEACE RUN PROJECT

【PEACE RUN PROJECT】

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5月にスタートする「PEACE RUN 2011アメリカ横断5,000キロランニングの旅」に向けて、水面下での動きが着々と進められている。



“PEACE RUN PROJECT(ピース・ラン・プロジェクト)”

という名称で、何名かのメンバーに加わってもらって活動を既にスタートしている。

活動の趣旨は次の通り。




*****



“PEACE RUN PROJECT”

このプロジェクトの大きな4つの柱は「平和・健康・夢・チャレンジ(=Peace, Health, Dream, Challenge)」である。この4つの柱を通じて、世界中の人々が幸せを分かち合えるように活動を展開していくのがねらいである。

世界(社会)がまず「平和」であればこそ、人々に幸せはおのずとやってくる。「平和」とは、人々が幸せを分かち合うことであると考えている。

そして、個人の「平和」のために、一人ひとりが「健康」であること。肉体的にも精神的にも「健康」であることが何よりの幸せ。「健康」こそ人間にとって最高の宝物である。

「平和」な世界で人々が「健康」なら、「夢」を持つことができる。希望でも願望でもいい。自分自身が叶えたい「夢」を持ち、その「夢」の実現のためにあらゆる努力を重ね、苦難や試練に立ち向かっていく…すなわち「チャレンジ」が必要となってくる。

「チャレンジ」することで、自分の「夢」が叶えられるならば、さらに人は大きな「チャレンジ」を求めるだろう。幸せをつかむために、「平和」な社会で「健康」な暮らしを送り、常に「夢」を持って「チャレンジ」し続ける生き方を、世界にアピールする。

それこそがPEACE RUN PROJECTの求めるべき理想である。



*****



昨年の「PEACE RUN 2010日本縦断3,443キロランニングの旅」は、全く行き当たりばったりの一人旅で、特に組織を作って活動するということもなかった。

旅の途中でいろんな支援をしていただいて、その流れが現在に至るまで続いているという状況だ。

ただ、ツイッターやFacebookを通じて、支援の輪がいろんな方面へと展開しているというのは驚くべき事実である。



冒険家(アドヴェンチャー・ランナー)宣言から昨日でちょうどまる1ヶ月。

この1ヶ月の間にも様々な変化があった。

支援Tシャツも発売開始からわずか10日で目標の100着まであと数枚というところまで来ている。


Tシャツを買って頂いた皆さんからのご支援、心よりお礼申し上げます。

ありがとうございます。



スポンサードをお願いできる企業もいくつか出始めた。

ウェブマガジンや出版社からの取材に関する話、プロのWebデザイナーによる公式サイトの再構築やNPO法人設立の動きも…。

自分自身、ネット上で「PEACE RUN 2011アメリカ横断5,000キロランニングの旅」の広報活動や、ネットワークを拡張するための作業をちょこちょこっとやっている程度だが、自分のためにあくせく動いていただいている方々がおられるのは誠にありがたい限り…。

自分にできることは、5月のスタートに向けてのトレーニング。まずは万全の体調で5,000キロを走り切ることができるように…。

そして、願わくば、この活動が日本国全土に広がり、さらには地球規模で広がっていくように…自分も走り続けよう。


このブログを見て頂いている皆さんをはじめ、さらに多くの支援が必要です。

今後とも、よろしくご支援賜りますようお願い申し上げます。




《お知らせ》

*我が青春の記録~アルバム“Challenge!”をFacebookにアップしました。
20歳から50歳までの30年間の「チャレンジ」の記録をご覧下さい。こちらを…。


*「PEACE RUN 2011アメリカ横断5,000キロランニングの旅」支援Tシャツは限定100枚の販売ですが、すでに残り8枚となりました。まだ購入されていない方はお早めにを…。販売サイトはこちらです。

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  1. 2011/02/18(金) 17:32:52|
  2. 冒険
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人生風まかせ~アシックス・レポート(2)

【人生風まかせ~アシックス・レポート(2)】

run021611



Adventure is to realize extreme foolishness of my own...

and to leave the proof of my life in history.



冒険とは、自身の究極の愚かさを知ること…

そして真に生きた証を歴史に残すこと。



---KAY’S語録



50歳になって新たな道を選んだことを後悔はしていない。

ただ、自分の選択が正しいのか間違っているのかは、自分自身定かではない。

ある意味、これは一種のギャンブル(賭け)なのだ。

人生最大のギャンブルといってもいいのだろう。

誰にも人生に何度か転機はやって来る。

転機…文字通り「転がる機会」。

良い方に転ぶのか悪い方に転ぶのか、それもその時の運次第。



さまざまなリスクを背負って、冒険の道を選んだけれど、破天荒で波乱万丈で、その実、自分自身そんな状況を楽しんでもいるのかも知れない。



ただ、確かなことは、人生は一度限り。

平々凡々と生きていくのもいいのかも知れないが、自分にはやはり満足できるものがなければ…。



予想さえしなかったいろんなことがこれから起こるのだろう。

ひとたび大海原に単独でヨットで飛び出した冒険家のように、凪も嵐もあらゆるものを受け入れることを覚悟の上で前進するまでだ。

幸い、多くの仲間が支援の輪を広げてくれている。

風は追い風、順風満帆。

勢いに乗って、さあ、どこまで行けるか。



人生は風まかせ…自分自身も風になって、心地よい旅を楽しもう。

なるがままよ、人生は…。

narugamama



*****



+アシックス・レポート(2)

gel_cumulus

先日アメリカのasixから4足まとめて送っていただいたテスト品。ゲルサロマ、ゲルカヤノに継いで3足目はゲル・カミュラス=GEL-CUMULUS(TOA3N)。

全体的なインプレッションとしては、今までの2足よりも快適な履き心地。

gel_cumulus3

足を包み込むフィット感はゲルカヤノに似ている。ゲルカヤノも4E相当だったが、こちらの方が拇指球あたりにやや余裕があってゆったり感がある。特に外反母趾気味の自分にとっては、長時間履き続けて足がむくんでも何ら問題なかったのはありがたい。

クッション性も良好。ここ2日連続使用した中で、昨日は下りのアスファルトを走ってみたが、堅い路面での衝撃はほとんど気にならない。体重が重めのランナーや、ビギナーで跳ねるような走りをするランナーでもひざへの衝撃が押さえられるということだ。

gel_cumulus2

くるぶしからかかとまでしっかりホールドしてくれるおかげで、今朝はトレイルを走ってみたが、どんな路面でも足がぶれずに走れた。安定性に関しても◎である。

どのシューズを使ってアメリカ横断5,000キロを走るか…、今そのシューズの選択をしている。現時点では、第一希望はGEL-CUMULUSで第二希望にGEL-KAYANOを考えている。

あと3足はまだ試していないので、今月中には結論を出そうと思っている。

出発前に、アシックスからLA在住のMASAさんのところにまとめてシューズ(恐らく6足くらい)を送っていただき、MASAさんのところから、移動中の自分が立ち寄るポイント(宿や郵便局止めなどの方法で)ごとにシューズを送ってもらうことになるだろう。


*使用している製品…

シューズ:ゲル・カミュラス(TOA3N)

ソックス:プロパッドKAYANOソックス0152  

パンツ:ウインドスリークォーターパンツ XTR639-90 

タイツ:ランニングロングタイツCF XTR493

アシックス「PEACE RUN2011 アメリカ横断5,000キロランニングの旅」のオフィシャル・スポンサーです。
asics





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  1. 2011/02/17(木) 15:12:13|
  2. 冒険
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Facebook~デジタルが世の中を変える

【Facebook~デジタルが世の中を変える】

facebook


Facebookでメールアドレスを入れて「友達を検索」というのをやってみたところ、自分のアドレス帳に登録しているすべての人々に「Facebookからの招待状」が送られてしまったようだ。

焼酎お湯割を飲んで、多少酔ってて、招待状を送ってしまった直後にキャンセルしたが、時既に遅し…。

「あちゃぁ~!」

何人かは、いきなりそんなものを送りつけられて、びっくりしているに違いない。

訳も分からぬままFacebookに登録したのはいいが、扱いに四苦八苦している方もおられるようだ。

自分からの招待状を受け取られた方で、もしこのブログを見られている方がおられましたら、突然の招待状を贈り混乱させてしまったことを、この場を借りてお詫びいたします。

アドレス帳に登録されていた中には、昔担任をした生徒の保護者もいれば、昔の同僚もいる。

あとから「しまった!」と思わされたのは、別れた妻であったり、昨年3月に辞めた学校の理事長や本部長であったり、学校長であったり…(誠に申し訳ありません!)。


ただ、うれしいことに、なかなか連絡することのなかった昔の教え子と再び連絡が取れたケースもあった。

自分自身、いまだにFacebookが分からぬ部分も多々あって、試行錯誤で取り組んではいるが、ツイッターと連動させて英語でメッセージを書いたり、今回の冒険に向けての広報活動にも利用させてもらっている。

全世界で5億人も利用しているFacebook…ツイッターを買収する動きもあるとニュースでは報道されていたが…。

ツイッターと違って、学歴(学校・卒業年次・クラス等)を登録すると昔々の同級生とオンライン上で再会できる可能性もある。

友達の友達がまた友達になることで友達の輪が広がっていく。国内外でこれが広がり続ければ世界中の人々と友達になることができる…。

ただ、今は、名もない冒険家の存在を知ってもらうためにも、ツイッターとFacebookの力を借りてできうる限りの宣伝をしなければならない。

出会ったこともない、お互いを知ることもなかった人とつながっていくのは、ある意味自分が求めている世界平和のベース(基盤)にもなるもの。

デジタルが刻一刻と世の中を変えつつある。世界平和のために、デジタルツールを活用しながらも、アナログの精神で前に進んで行きたい…。


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  1. 2011/02/16(水) 20:29:39|
  2. あんなモノこんなモノ
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走る~大智くんのメッセージ

【走る~大智くんのメッセージ】

hashiru


いい字だなぁ…。

空が高くなってきた秋のはじまりの日、ある書道教室の壁に飾ってあった一枚の書に目がとまる。

「走る」

ゆるぎない線、力強くダイナミックな書体、ストレートなメッセージにこころを奪われた。

これが何かにならないだろうか。
そう頭に浮かんだ。

+

後日「走る」にまつわるエピソードを知る。

「走る」を書いたのは脳性麻痺により四肢体幹機能障害と闘う小学生、大智。

大智は書道の姿勢がままならず、後ろから先生に腰を抱きかかえてもらい、その支えを借りて一気に書き上げるという。

こうして書かれたのが「走る」だった。

この書を使ってTシャツをつくったらどうだろう?!

そうだ、走るひとに着てもらおう!

小さな出逢いが大きな流れを得て私たちの活動はスタートした。



「走ろう」ではなく、「走りたい」でもなく、「走る」。

日ごろ身に受ける感動や、憧れや、おもしろがる気持ち、心を揺り動かされるそれらをつなげていくこと。

私たちは「走る」が持つストレートなメッセージを受けて、衝動のその先に一歩踏み出すことにしました。

それが「走る.jp」です。



----以上は「走る.jp」概要から引用



*****



「走る.jp」のことを初めて知ったのは、ランニング関連のSNS「イザ!ランニング部」ドタバタさんの書き込みからだった。


大智くんの書く文字は、堂々としていて、何ものにも動じないような力強さを感じさせてくれるものがある。自分が小学生だった頃、書道の時間に書いた文字にもよく似ている…そんな気がした。

「走る」

たった二文字に、何か全身を奮い立たせるようなエネルギーをもらえた。

ドタバタさんが企画した「イザ!ランニング部」と「走る.jp」のコラボTシャツを早速購入した。

このTシャツを着てアメリカ横断5,000キロを走ろう…そう心に決めた。

hashiru_t_shirt



“日本中で、世界中で「走る」Tシャツを着て走ろう♪”をコンセプトに力強くダイナミックな書「走る」が持つストレートなメッセージを様々なカタチにして伝え、1枚の「走る」Tシャツを通じて社会貢献活動を行っています。


そのコンセプトを「PEACE RUN 2011アメリカ横断5,000キロランニングの旅」にもぜひ活かしたい。


出会いは宝。すべての出会いに意味がある。

アドヴェンチャー・ランナーである自分が、「走る.jp」と出会ったのは、大智くんからのメッセージを携えて、世界を走るという使命を担うことになっていたからだ。今改めてそう思っている。


「走ろう」ではなく、「走りたい」でもなく、「走る」。

周りがどうあろうと、単なる願望ではなく、自らの強固な意志で決意した「走る」。

これを着て走れば、背中の二文字が守護神となって、きっとどこまでも…世界の終わりまででも走れそうだ。



*「走る」Tシャツはこちらから… 

*「走る」マフラータオルもお洒落です!

hashiru_towel


走る.jp 

走るDAYS 

走る.jpのツイッター 

走る.jpのFacebook 



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テーマ:夢に向かって生きる - ジャンル:ライフ

  1. 2011/02/15(火) 11:37:55|
  2. マラソン・ランニング
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My Funny Valentine

【My Funny Valentine】

rose


彼女が誰にチョコを上げるつもりだったか、僕にはよく分かっていた。

彼女とは2年続いて同じクラスだった。女子バスケットボール部のキャプテンであり、クラスでは学級委員長をしている。

ある意味カリスマ的であり、とても明るくてはきはきしてて、誰からも好かれるタイプの女の子だ。

2年間クラスメートでありながら、彼女と交わした言葉はさほど多くはなかった。2年生の秋、体育大会実行委員会で僕が実行委員長をしていた時に、何度か話しをしたくらいのもの。あとは、せいぜいあいさつをするくらいのもの…。


1976年(昭和51年)当時、まだ義理チョコなんてありがたいものはなかったから、本命一人に賭ける、というのが彼女達のねらいだった。


「ねえ…昼休み、渡り廊下に来てくれない?」


朝の下足室でのできごとだった。

彼女が僕の耳元で囁いたのは、決して空耳なんかじゃなかった。

でも、どうして僕に…?

彼女につきあっている男性がいるということはクラスのほぼ全員が知っていた。


昼休み、僕は複雑な気持ちで渡り廊下に向かった。

当時通っていた中学は結構厳しかったから、学校にお菓子などを持ってくるのは禁止されていた。

だが、この日ばかりは大目に見られていたのか、学校では食べないということを条件として認めるという暗黙の了解があった。


渡り廊下で、僕は彼女の姿を確認してから、ゆっくりと彼女に近寄っていった。


「これ、もらってくれる?」


と彼女は言って、赤いリボンのついた小さな包みを僕に手渡した。


僕は何もいわず、ただうなずいてそれを受け取った。

ドラマの一シーンを演じているような気分だったが、僕の頭は次第に混乱し始めていた。



彼女が僕にチョコを渡したという知らせは、芸能週刊誌のゴシップネタのごとく、あっという間に校内に広まった。

だが、なぜボーイフレンドのいる彼女が僕にチョコを贈ったかは誰にも分からなかった。

彼女のボーイフレンドは隣町にある中学校に通っていたので、このことは結局知らされなかったらしい。

もらったチョコは、そんなこともあって、すぐには食べれなかった。

食べていいものなのかどうか、ずいぶん悩んだ挙句に、妹と両親にも食べてもらうことにした。


それ以来、卒業式まで、僕はずいぶん後ろめたい気持ちで学校に通わなくてはならなかった。

僕には特定のガールフレンドもいなかったし、別に、僕に問題があったというわけでもなかったが、ボーイフレンドのいる女性からチョコをもらうなんて、やはり倫理的に問題のあることだと自分自身は悟っていたのだろう。

いろんな噂を流されたものの、僕はあくまで潔癖だったし、聞いたところでは彼女もボーイフレンドと問題なく交際を続けているということだった。

彼女がチョコをくれたのは、きっと彼女の気まぐれだったに違いない。



何年か前の高校の同窓会で、彼女の近隣に住んでいるという女の子から彼女の噂を聞かされた。

当時付き合っていたボーイフレンドとはその後別れ、短大時代にバイトしていた喫茶店のオーナーと結婚、今は3人のお子さんがいて幸せに暮らしているということだった。



あれから30数年…時は流れた。

30年以上も前に、僕にチョコをくれたことを、果たして彼女はまだ覚えているだろうか?

過ぎ去ってしまった、いまだ風化することのない懐かしい思いに浸りながら、彼女の素敵な笑顔を思い出してみる…。



チョコを受け取る瞬間というのは、どうしてあんなにスリリングでワクワクした気分になるものなのだろう。

もうチョコをもらうこともなくなってしまった今、チョコそのものよりも、あの胸のときめきがたまらなく素敵だと僕は思う。



*****



聖ヴァレンタイン・デーに聴きたい一曲

"You Raise Me Up" by Celtic Woman





超短篇小説「バレンタインデー奇譚」


*関連記事 

「チョコを食べたら犯罪!?」

「子供の奴隷が作るチョコレート」




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テーマ:*バレンタインデー* - ジャンル:ライフ

  1. 2011/02/14(月) 18:45:03|
  2. 回想
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ランニング道~マラソン講座(18)

【ランニング道~マラソン講座(18)】

mt_fuji2004
*Photo:富士ランニング登山(2004)富士山7合目付近


*PART18:ランニングと故障

ランナーの故障は、無理がたたった時に起こる。頭と体のアンバランスが原因だ。

頭は走れると思っていても、体はそれを拒否する。拒否した結果が故障なのだ。

故障しない足を作るのはもちろん大切だが、足のことを考えたトレーニングが必要。

体の声に耳を傾けられることが何よりも大事だと思う。



いくら美味しいものでも、食べ過ぎれば当然お腹を壊す。足の故障も同じ。

いくら楽しいからといって、自分の限度を越えて走りすぎれば足も壊れてしまう。

自分のレベルがよく分かっているつもりでも故障は起こる。

腹八分目と同じで、足八分目で押さえておくのが理想だ。



プロは、故障しない範囲で故障するギリギリのところまで追い込んだ練習をする。

一歩間違えれば故障という限界まで自分を追い詰めなければならないのだ。

アマチュアはそこまでやる必要はないのだが、実はランニングをやる人の多くが、ストイックな人か、あるいはストイックな生き方になりつつある人かのいずれからしい。



ランニングはある意味宗教的な儀式のようなものかも知れない。

走ることで身と心を清め、とことん走り込むことで、走ることへの信仰心をさらに深めていく。

逆に走らないことで罪悪感が生まれたりすると、もう中毒症状同然。

この時点で、故障してても走るという行為に走るランナーもかなりの数がいると予想する。



軽い故障ならまだしも、怖いのは、オーヴァートレーニングによる慢性疲労症候群。

自分も30歳前後で経験したが、自分が疲れているのかどうかも分からなくなる状況。

だるいのだが、走り出せばそのだるさが消えてなくなったように錯覚してしまう。

これは、二日酔いの朝の迎え酒にも似ている。

行き過ぎれば、健康を害するどころか、身の破滅にもつながりかねない。



自分の場合も、いわばランニング中毒だったのだろう。

今考えれば、1990年という年は自分のランニング人生で黄金時代のピークではなかったか…。

6月の阿蘇カルデラ100キロマラソンで100キロベスト9時間16分を記録。前年のサロマ湖の記録を20分くらい縮めたが、アップダウンのきつい山岳コースでなければ8時間台で走れる自信があった。

翌月、アイアンマン・ジャパンinびわ湖、トライアスロン全日本選手権にかろうじて補欠で出場。水泳3.9キロ、自転車180.2キロのあとの42.2キロで3時間41分で走れたが、これも水泳で無駄な体力を使わなかったら3時間30分を切っていただろう。

8月に京都から東京523キロを11日で走る旅に出た。7月に間寛平さんが大阪~東京を走ったというニュースを聞いて自分もチャレンジしてみようと思ったのだ。

炎天下をノンストップで11日間走り続け、酷暑の中、熱中症で二度ばかりダウンしたが、何とか最後まで走り切った。

この旅のあと不調はやってきた。

背中に鈍い痛みが感じられ、後頭部と首の境目あたりにずっと凝りができて不眠が続いた。

寝る前に水分を取るといつまでもお腹がチャポチャポして気持ち悪かったし、お腹がいっぱいなのにやたら喉が渇くという状況…。

走っているのに記録が向上しない。練習が不足しているのか、気力が足りないのか…。もっと走り込まねば…。

そんなふうに自分の疲れも無視してなお走り続ける。

見た目は何ら問題なく健康そうに見えていたが、不眠や内臓の不調や全身のだるさはいつまでも続いた。

整体やカイロプラクティク、鍼灸院にも通った。有名な鍼灸の先生によれば、「限度を越えてそこまでやれば誰でもおかしくなる」とのことだった。

行きたくもない病院に行くことになって、胃カメラまで飲まされたが、内臓関係は全く異常なし。

自律神経失調症というふうに診断されたが、はっきりとした原因も分からず、要は慢性疲労が原因だと今は思っている。

その年のホノルルマラソンも、申し込みをしていたので走るには走ったが記録は望めず。ただ完走しただけであった。

この東海道の旅に出ていなかったら、その後のレースで10キロ35分以内、フルマラソンで2時間40分台は十分に狙えただろう。だが、すべて過ぎてしまったこと…。

しばらく養生したのち、翌1991年3月末に仕事を辞め、6月に北米大陸横断自転車旅行に出かけることになる。



故障すれば走れなくなる。絶対故障しないという確信を持って走ること。

そのためには、故障しないためのケアを忘れてはならない。

プロのピアニストは指を絶対怪我しないように細心の注意を払っているとか…。

声楽家やシンガーは冬場マスクをして、常にうがいを忘れず節制しているとも聞く。

徹底したメインテナンスが必要だと考えている。ストレッチ・マッサージ、ぬるめのお風呂にゆったり使って疲労回復にも努める。



故障しやすい足や体にならないように、精神力の強さも当然ながら必要であろう。

痛むところが出て来た時、「痛い」とちょっとでも思えば痛くなるのが体。頭と体は連動しているのだ。

多少痛んでも、「痛くない」と思えば痛みは消える。ここにプラス思考とマイナス思考の差が現れてくる。

大学時代の剣道の師範が言われた言葉:「しんどい」と思っている内はまだしんどくない。しんどいと思えない状況になった時が本当にしんどい時なのだ。



去年、北海道宗谷岬をスタートした日本縦断ランニングの旅の最初の10日は痛いのと辛いのと苦しいのとで、精神的にも肉体的にも参ってしまった。こりゃ北海道縦断でも無理だぞ…って正直思っていた。留萌で5連泊して足も体も徹底的にケアしてやったことで何とか回復はしたが…。

心と体で走る…そこから見えてきたものは魂で走るということ。1日あたり40~60キロ、トータルで3443キロ走り3組のシューズを履きつぶし3台のバギー(荷物運搬用乳母車)を壊したが、自分自身は壊れることなくゴールできた。魂が頭と体を完全にコントロールした結果だと今は思っている。




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テーマ:マラソン - ジャンル:スポーツ

  1. 2011/02/13(日) 10:11:57|
  2. マラソン・ランニング
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偉大なる冒険家を偲んで

【偉大なる冒険家を偲んで】

今日は冒険家であり登山家の植村直己さんの誕生日。生きていれば70歳になる。

犬ゾリ単独行で北極点到達(単独到達世界初)、世界最高峰エベレスト登頂(松浦輝男とともに日本人初登頂)や、世界初の五大陸最高峰登頂成功など、数々の偉業を達成し、「世界のウエムラ」の名を不動たらしめた。

1984年の2月12日、43歳の誕生日に北米大陸最高峰マッキンリー厳冬期単独登頂(世界初)に成功し、その下山途中で消息を断ったと言われている。



昨年夏、「PEACE RUN 2010 日本縦断ランニングの旅」の途中、兵庫県豊岡市にある「植村直己冒険館」を訪ねた。

京都から海岸線をたどって兵庫に向かうつもりだったが、どういうわけかいったん内陸部に降りて植村直己冒険館を訪問してみようという気持ちになった。あえて遠回りをしてみようと思ったのは、植村直己さんが自分を呼び寄せてくれたからだろうか。

植村直己さんの生家を訪ね、植村さんが幼い頃よく遊んだといわれる、小高い丘の上にある記念公園を訪ねた。

冒険館内には、世界二周サイクリストの中西大輔さん(2010年植村直己冒険賞受賞)の特別展示が行われていた。

館内を見学させてもらって、その夜は建物の裏の芝生でテントを張らせてもらうことになった。冒険家の聖地で一日を過ごし、旅の疲れを癒すとともに、新たなエネルギーとパワーをもらったような気がした。

無論、その時点でも、自分は冒険家になろうなどと思ってもみなかった。単に道楽で旅を続けれればそれでいいと思っていたのだ。

今思えば、あの時、植村直己冒険館に立ち寄ったことも少なからず今の自分につながっているものがある。

昨年、旅を終えてから中西大輔さんに出会えたこともそうだった。それが縁でJACCのメンバーとなって代表の池本元光さんはじめ多くの冒険家にも会うことができた。

アースマラソンの間寛平さんの大阪ゴールも見届けた。

ソロアルピニスト栗城史多さんのお話も聞けた。

一つの出会いが連鎖的に次の出会いへとつながり、さらに出会いは広がっていく。

少しずつ、自分の周りでは、冒険家としての自分をバックアップする体勢が整えられ始めていたのだ。


今も自分の部屋の書斎の壁には、冒険館でもらった「★植村直己がよく言っていたこと」というメッセージを掲げてある。

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1)できる、できないはともかく、真剣に考え挑戦することが大切。

2)「やってみたい、やれるはずだ、必ずやれる」この思いを持つこと。

3)不安な時は、小さなことでもいい、今できる行動を起こすこと。

4)いろんなことを経験すること。(経験は自分自身の技術となる)

5)あきらめないこと、どんなときとでも決してあきらめないこと。
  (あきらめるとそこで全てが終わってしまう。)




「植村直己からのメッセージ」にもいつも勇気付けられている。

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10代の頃は「ロビンソン・クルーソー」や「海底二万マイル」を読んで冒険に憧れた。

20代になって、自転車でどこまででも走れる無限の可能性に心動かされた。

30代には、実際に世界を自転車で駆け回った。

40代には、二本の足(ランニング)でどこまででも行けるという喜びを知った。

そして、今、50になって、改めて世界へと飛び出す決意を固めた。



少年のような純粋な気持ちで、この世界を走り、生きてみようと思う。

今も、この目に映る世界は新鮮で、喜びと感動に満ち溢れている。

多くの人に支えられて今の自分があるということに感謝しながら、一本の道を二本の足で駆け抜けるのが自分の使命。

幸福は平和な世界でつくられるもの。平和なくして幸福はありえない。

涙ではなく笑顔を。

笑顔から愛や平和や幸福は生まれてくる。



平和であることの喜びを世界中の人々と分かち合う。それが今の自分の夢だ。



「冒険で死んではいけない。 生きて戻ってくるのが絶対、何よりの前提である」

植村さんのその言葉は、いつも自分の耳にこびりついている。

マッキンリー山中のどこかに、今も冷凍保存されたままの植村さんが眠っているはず…。

いつか地球温暖化がピークを迎え、マッキンリーの雪が解けた時、ふと植村さんが笑顔で帰って来るのではないかという気さえする。



*昨日、アップロードできなかった「スノーシュー・ランニング」の動画。編集して音楽を入れたものの、ネットの接続速度が遅いとコマが飛んでしまうことを発見。





今日も、昼前にスノーシュー・ランニングを楽しもうと出かけたが、午前中晴れて気温が上がって、かなり雪も解けてしまった様子。1時間程度で撤退。

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  1. 2011/02/12(土) 15:56:31|
  2. 冒険
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スノーシュー・ランニング

【スノーシュー・ランニング】



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目覚めた時には既に一面に雪が積もっていた。

部屋の窓から見える雪景色は、まるで広大なキャンバスに描かれた印象派の絵を見ているようで、どことなく神秘的だ。

雪は静かに降り続いていた。積もった雪そのものがすべての空気の振動を吸収していたのかも知れない。本当に僕は音のない世界にいるような気がした。

僕は冷たい水で顔を洗い、パジャマ代わりに着ているフリースのスウェットスーツの上にウインドブレーカを羽織っておもてに出てみることにした。


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気温は氷点下だろう。吐息がいつもよりも白くはっきりと見える。その吐息も凍りつきそうなくらいの寒さだ。

白い世界ははるか彼方にまで広がっていた。田んぼや畑はどこまでも真っ白で、地平線と空の協会さえ分からないほどだった。

雪が降るとすべてのものがすごくシンプルになるからいい。ごみごみとした都会の風景はどうも好きになれない。すべてが白いベールに包まれて穢れのないピュアな世界がそこに誕生する。


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あまり縁起のいい話じゃないけれど、もし死ぬとしたら、雪の中で眠りながら死にたいと思う。

雪がすべてを浄化してくれそうな気がするから。雪の中なら醜い死に方をしなくて済みそうだから。

雪を見ながらいろんなことに思いをめぐらせているといつまでも退屈することはない。

雪はなおも降り続いた。白い世界を見つめながら、静寂の音に耳を傾ける。

雪は何も言わない。何も言わないけれど、雪そのものにはちゃんと意志があって、その意思に従いながら、ただしんしんと降り続いているようにも見えるのだ。


僕は走る用意をして、真っ白な世界に新しい轍をいくつも残しながら走った。


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*****



雪は午後も降り止むことなく、朝方5センチばかりだった積雪は優に10センチを超えていた。

久しぶりにスノーシューを取り出した。ポールもゴアテックスのブーツも揃っている。

最後に使ったのは勤めていた学校の敷地内。あれは4年ほど前だったろうか。

福井県小浜市のふじやにも持っていったっけ。

その前には、雪が積もったらクロスカントリースキーで雪原を走り回っていた。



どこまでも広がる真っ白な世界…。

イヌ型かネコ型かと聞かれたら、間違いなく自分はイヌ型の人間と答えるだろう。

雪が降ったら、こたつで丸くなっているよりも、喜び勇んで外に出て、思う存分走り回るタイプ。雪国の人には申し訳ないが、積雪があるとテンションが高くなる性分なのだ。

家を出てすぐにスノーシューを履いて、約2時間田んぼや川の土手を駆け回った。


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タイタニック号に乗ったレオナルド・ディカプリオみたいに、"This is my world!(これは俺の世界だ!)"と叫びたいくらいの気分だった。

「アドヴェンチャー・ランナーは走るのが仕事。これは遊びじゃないぞ…」

と、自分に勝手な言い訳をして働いている皆さん方に申し訳ない気もするが…。


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今日は、防水のデジカメを初めて使用。ペンタックスのオプティオ90だ。

動画を撮ってあとから編集しようという試み…。


*動画のアップロードに恐ろしく凄まじいほどの時間がかかっています。明日の更新になるかも知れません。


自転車ツーリングの世界では、動画を取らせれば天神橋5丁目さんに勝る人はいないだろうが、自分もぼつぼつ動画にチャレンジし始めた。

やりだすと面白いのだが、パソコンのハードディスクと時間をやたら食うのがこの動画編集。あまり頻繁にやろうという気にはならないのが実情。



それにしても楽しい時間だった。明日も雪は残っているだろうし、この後もまだ降るかも知れない。

雪が降って走りにいけないと言われるランナーの皆さん。10センチ程度積もればこんな遊びも楽しいですよ!


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*天神橋5丁目さんの昨日のブログ:2月9日(水)「鉄人児玉さん喜寿祝いサイクリング」レポート…大量の写真+動画で情報満載!


《お知らせ》

「PEACE RUN 2010 アメリカ横断5,000キロランニングの旅」支援Tシャツは限定100枚の販売ですが、すでに50枚を越えて好評販売中です。まだ購入されていない方はお急ぎを…。販売サイトはこちらです。


* PEACE RUN 2011 アメリカ横断5,000キロランニングの旅公式サイト

* PEACE RUN 2011 支援サイト

* Go the Disance!(英語版)


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  1. 2011/02/11(金) 18:27:24|
  2. マラソン・ランニング
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鉄人児玉さん喜寿祝いツーリング

【鉄人児玉さん喜寿祝いツーリング】

2月9日は鉄人児玉さんの喜寿(77歳)のお誕生日。

天神橋5丁目さんの企画で、そのお祝いツーリングに参加してきた。

去年の5月以来、9ヶ月ぶりの自転車ツーリング。

児玉さんともそれ以来ご無沙汰している。

天神橋5丁目さんは、昨年10月、自分が日本縦断の佐多岬ゴールの際自転車で応援に駆けつけてくれて、年末にニュージーランド・ソロ・ツーリングに出かけられ、つい先週に大阪でお会いしたばかり。

午前10時近鉄大和八木駅に集合だが9時20分頃に着いた。

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小雨がぱらつくお天気。午後には上がると見込んでいたが、その時点では空は雲に覆われて、そんな気配もあまり感じられなかった。

すぐさま輪行してきた20インチの愛車PEGASUS(ペガサス)号を組み立てた。

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そのあと児玉さんが登場。10時前に天神橋5丁目さんが電車で到着。

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自走で八木まで来られたのはCanCanさん。ネット上ではずいぶん昔から存じ上げているが今回が初顔合わせ。昨年、9月に自分が日本縦断中に舞鶴に到着した日に、自転車ですぐ近くまで来られていたにもかかわらずニアミスでお会いすることができなかったのだ。


このあと、コンビニで買い物をして、T御大のお家を訪ねる。

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ツーリングの準備をされるのを待って、これでメンバーは5人になった。


めざすは戦国ヒルクライムで有名な高取城址。

甘樫の丘公園付近…。

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高松塚古墳の近くで小休止。

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CanCanさんは正統派のツーリスト。T御大と同じく昔ながらのランドナーで走られています。



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壷坂寺付近の休憩所前。


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のぼりで結構汗をかくが、高取城址が近づくにつれ天候はさらに悪化。

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自転車を登山口のところに停めて、そこから先は徒歩になる。

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石垣だけが残っている高取城址が見えてきた。

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あずまやでお昼。Cancanさんと天神橋5丁目さんはガスストーブ持参。

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コンビニで買ってきたカップめんとおにぎりで昼食。

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この時点でどしゃ降りの状態。

気温も下がってダウンヒルでは冷える一方。

グラブの下の指先も感覚がなくなってくるし、泥ハネでお尻も濡れる。

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愛車PEGASUS号も泥だらけ…。

鉄人児玉さんの足元は…SPDサンダル…。

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ただ濡れてもいいようにという配慮だけではないと思うが…。

一気に下ってきて観光案内所になっている夢創館で休憩。

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コーヒーブレイク。ストーブも入っていて温かい…。

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お雛様が飾られていた。

大阪府大の院生のkikiさんが追っかけてきてくれた。

九度山人さんも和歌山から駆けつけてきてくれて、天候次第では参加するつもりだったSORAさんも合流。

明日香経由で戻るつもりが道路工事のため道が寸断。


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そのまま橿原神宮近くの「よろづ亭」へ4時半着。開店の30分前だった。

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お店の前にあったPEACE…。

「よろづ亭」はサイクリストでもありランナーでもあるmillionさんがオーナー。

ツーリングやレースやマラソン大会に参加された帰りに立ち寄るお客さんも多い。

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自分も数年ぶりに再訪。

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児玉さんやSORAさんと同じくカキフライ定食を頂いた。

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millionさんの計らいで児玉さんのためのバースデーケーキが用意されていた。

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ろうそくをセッティング開始…77本もろうそくはありませんが…。

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児玉さん、満面の笑みです。77年の生涯で今夜が一番華やかなバースデーだったとか…。


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一気にろうそくの炎を吹き消す児玉さん。


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お店の入り口にも自分を紹介してくれていた…。ありがとうございます!

お開き…その後、T御大とCancanさんと児玉さんは自走で帰られる。

天神橋5丁目さんとSORAさんとkikiさんと自分は、すぐ近くの橿原神宮前駅から輪行で帰ることに…。

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皆さん、お疲れ様でした&ありがとうございました!

またの機会を楽しみにしています。

11年後、児玉さんの米寿祝いツーリングも楽しみにしております。



*****



鉄人児玉さん賛歌 


児玉さんの中には

永遠に朽ちることのない

少年のDNAがあることを

僕達は知っている



自転車に乗って

颯爽と走り出す

鉄人児玉さんの姿に

僕達は魅せられてしまう



峠の登りでも

ゆっくり確実に

ペダルを踏んで前進していく

小さな体に秘められた

大いなる巨人の魂



僕達は児玉さんを

決しておじいちゃんとは呼ばないし

おじいちゃんと思ったこともない



いつまでも何かに向かって

黙々と走り続ける

少年の瞳の輝きを忘れない

児玉さんを

自分達の目標にして

頑張り続けよう



「年を重ねただけでは人は老いない」


詩人サミュエル・ウルマンの言葉通り

僕達は児玉さんの姿に

青春の輝きさえ感じている



年齢を重ねても

あくなき冒険心と

未知なる世界への探究心が

児玉さんにペダルを踏ませ続けている



自分達の未来に

児玉さんの姿を重ねて

僕達も負けてはいられないのだ



児玉さんを青春の偶像として

今日も明日も

前へ前へと走り続けよう



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* 「PEACE RUN 2011アメリカ横断5,000キロランニングの旅」支援Tシャツ販売サイト

* PEACE RUN 2011 アメリカ横断5,000キロランニングの旅公式サイト

* PEACE RUN 2011 支援サイト

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  1. 2011/02/10(木) 16:56:24|
  2. 自転車
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鉄人児玉さん喜寿祝ツーリング

【鉄人児玉さん喜寿祝ツーリング】

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高取城跡で記念撮影(写真提供:Cancanさん)


昨年5月のあらぎ島ツーリング以来、9ヶ月ぶりとなる自転車ツーリング。

鉄人児玉さんの喜寿(77歳)のお誕生日は、今年に入って初めての雨の中のツーリングとなってしまいました。

詳細については明日のブログで…。




* 「PEACE RUN 2011アメリカ横断5,000キロランニングの旅」支援Tシャツ販売サイト

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  1. 2011/02/09(水) 23:11:08|
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「PEACE RUN 2011 アメリカ横断5,000キロランニングの旅」支援Tシャツ

【「PEACE RUN 2011 アメリカ横断5,000キロランニングの旅」支援Tシャツ】

冒険家(アドヴェンチャー・ランナー)宣言をしてから早3週間が経過。

5月のPEACE RUN 2011アメリカ横断5,000キロランニングの旅に向けて、着々とプロジェクトは進行している。

支援していただいている有志の仲間からTシャツを作ろうということで、二度にわたるアンケートを実施。

今日デザインが最終決定されて、同時に販売もスタート。


t-shirt


50歳の冒険家を支援していただくためにも、ご家族で、あるいはお友達お誘い合わせの上、ぜひ購入をよろしくお願い致します。

昨年、バギー(ジョギング用ベビーカー)を押して日本縦断の最中、中国山地の広島県内で撮影した写真がモチーフになっています。


第1回販売は限定100枚。

品切れになる前にお早めに!

売れ行きによってはまた別のデザインも販売される可能性もあります。


販売サイトはこちら…。


* PEACE RUN 2011 アメリカ横断5,000キロランニングの旅公式サイト

* PEACE RUN 2011 支援サイト

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  1. 2011/02/08(火) 23:59:59|
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冒険家という生き方

【冒険家という生き方】


夕べ、夢枕にある一人の男性が現れて僕にこう言った。


「お前は本を書くがよい」


それが誰なのかはさっぱり分からなかった。

着物を着ていたようにも見えたのだが、坂本竜馬だったのか?

あるいは自分の遠いご先祖様だったのか…?


「本を書く?」


僕は言葉には出さなかったが、いずれ将来は自分の半世紀を書物にしようとは考えていた。


「お前は冒険家だ。『冒険家という生き方』を世に知らしめる義務がある」


謎の人物はさらにそう言ってくれた。


「なるほど…」


すぐさま謎の人物は自分の夢枕から消え去った。

言いたいことは十分に分かった。

要は本を書けばいいのだ。



ということで、今構想を練り始めている。

傍から見れば、いかにもハチャメチャで破天荒な話しだが、僕は本を書くことになった。

冒険家である一方で作家なのだ。


「冒険家という生き方」

いかにも自分が書きたいテーマである。


プロローグだけ、さっそく書いてみることにした。




*****




僕は冒険家である。

とはいっても、冒険家の端くれ。

今はまだ二流?あるいは三流の冒険家だろうか。

事実、まだ大した実績もない。

職業として冒険家というものが成立するものなのかどうかも分からない。

ひょっとしたら自称「冒険家」だけなのかも知れない。

ただ、自分としては、冒険家で飯を食っていけるものならありがたい…そう思うのである。



人間にとって最も大切なものが最近分かるようになってきた。

それは、人間関係だ。



今、自分は組織に属してはいないけれど、つくづく人と人とのつながりを大切にしたいと思うようになった。

自分が旅をするようになってからは、なおさら人間関係の大切さをありがたく思っている。

ツイッターやFacebook、あるいはブログ…ホームページ…。

実体のないヴァーチャルの世界でも、人と人とは絶えずつながっているべきだと多くの人は思っているはず。



冒険家も実際そうなのだろう。

冒険をする人間が仮に一人であったとしても、その冒険を支えてくれる人々の存在は無視できない。

今、自分が現にどれだけ多くの人に支えられているか…。

家族をはじめ、多くの仲間が、自分の冒険のために、いろんなところで慌しく動いてくれている。

本業がありながら、その傍らで、まるで自分のことのように真剣に、必死になって走り回ってくれているのだ。



ある日、自分は変わった。

自分の生き方が、世の中を変えていけるのなら、とことん自分も変わってみよう…。

そう思わされたのだ。

自己変革を遂げるのは、そう難しいことではない。

自分の殻を破って、新たな自分になればいい。ただ、それだけのこと。



新しい発想を形にする…それが冒険だと思っている。

世界の幸福追求のために、命を捨ててもいいと思うようになった。

「武士道といふは死ぬことと見つけたり」

「葉隠」の精神がそこには生きている。

ただの犬死にではない。

世のため人のため、あらゆるシステムを構築して、世界中に影響を与えられるような冒険家を志す…それが今の自分の使命だと分かったのだ。



生きていること、生かされていることに感謝している。

自分とつながっているすべての人にも感謝している。

地球という惑星に生まれ、地球という大地に帰っていく、それは既に分かりきったこと。

ならば、この地球のために生きてみよう。

冒険家であってもなくても、いずれはこの大地に帰る運命。

この大地を二本の脚(足)でで駆け抜けてみよう。

地の果てまでも、世界の終わりまでも…。

二本の脚と一本の道があればそれでいい。



冒険家という生き方…何も難しいことはない。

今、自分がいるところから、思い切って一歩踏み出せばいい。

それだけのことだ。



冒険家として、僕は走る。

旅人として、僕は前進する。

一歩ずつ、確実に、着実に…。

世界が僕を待ってくれている。



心の底にある揺ぎない強固な意志で、世界平和を追求する。

必要なのは、自分の思いに同調してくれる人々。

あらゆる争いをこの世からなくして、敵味方なく、人類がみな同胞と思えるように…。



かつて一教師として生徒たちの幸福を願っていた。

だが、今は違う。

一冒険家として、世界中の人々の幸福と平和を願っている。



冒険家という生き方を極めてみよう。

欲望や束縛…あらゆるものから解放されること。

何ものにも一切とらわれないこと。

恐ろしくシンプルで、凄まじいほどに感動的な人生が、そこには秘められている。



夢と希望と勇気と感動を、世界中の人にも与えられるような生き方…。

夢や希望や勇気や感動は、人々が生きていくための力にもなりうる。

幼い頃に夢見ていた冒険の世界を、世界中の人々と共有するのだ。

信じることが力になる。信じてもらうこともまた、力にできる。

その力は、夢を叶えるための力でもある。

一人の力が人々の力となり、人々の力が世界の力となる。

やがてそれは、世界を動かす力となっていく。



それが、僕の求めている、世界で一番感動できる生き方…。


それこそが、冒険家という生き方なのだ。


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(つづく)



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  1. 2011/02/07(月) 12:04:10|
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ランニング道~マラソン講座(17)

【ランニング道~マラソン講座(17)】

鶴岡100キロマラソン(1987)


*PART17:バランスよく鍛える~上半身の強化

ランニングは下半身中心の運動であるが、下半身だけを鍛えればいいというものでもない。

下半身が鍛えられるのはいいが、上半身との筋力差で、足の動きが先行したフォームになりがちなのは問題である。

下半身先行フォームの特徴は、下半身のみが前に出て状態がついていけない後傾姿勢になってしまうのだ。脚を鍛える以上に状態を強化することで記録アップも確実に狙える。上体を起こして腰高フォームを身につけるためにも、上半身の強化は必須だ。

また、走りながら上体が左右にぶれてしまうケースもある。これはその振動で内臓への負担も大きくなる。上半身がぶれない走りを心がけること。以前紹介した、首に鈴をつけてできるだけ音を鳴らさないように走る。あるいは、頭にタオルを載せて落とさないように静かに走ってみる…などの練習を取り入れてみよう。

蹴った足が後ろに流れることなく、しっかりと伸ばし切ること。ぐんぐんスピードを出すのはこの蹴り出しの力によるところが大きい。上半身が弱いとこの蹴り出す力も生かされてこないものだ。

上半身を鍛えるには、腕立て伏せや腹筋や背筋の補強運動を入れるのが一般的な方法だが、起伏のあるコースで腕振りを意識した走りをしよう。登りを腕を牽引力にして走るのだ。

トレイルランニングは急斜面になると歩かざるを得なくなるが、歩きでもしっかり腕を振る「パワーウォーク」で上半身は鍛えられる。心拍計をつけてみればよく分かる。登りをゆっくり走るよりも早歩きした方が心拍数は上がる。すなわち負荷がかかる運動となっているのだ。

ハーフやフルで、後半パワーダウン&ペースダウンは避けられないものだが、その理由のひとつに腕振りによる疲れが上げられる。腕が疲れると肩や背中・腰にまで疲れは及んで来る。上体のアンバランスは次第に下半身にも支障をきたす。

以前にも紹介したが、100円ショップで売っている500gくらいのダンベルを持って走ったり、腕振りのみの練習も効果的。女性の場合は300gくらいでもいい。あまり長時間やり続けると肩を痛めるので、回数や頻度も個々のレベルで調整してみよう。

腕振りの際、やたら肩に力が入ってしまうランナーを見かけるが、これはレースでも速い時間に疲れが出てしまう。肩は力を抜いてリラックス。腕は抱え込まないで前後に自然に振る感覚。前に腕を振り出すよりも後ろに引くことを意識して。拳の位置はウエストラインよりも低め。拳も無理に力を入れず軽く握る程度。

水泳は全身をくまなく使う運動で、脚が故障していても上体を鍛えることで心肺機能も高められる。

トライアスロンをやっていた頃には、ランの疲れをスイムで解消していた。


自分がやっているのは、チューブを使ったトレーニング。このチューブも100円ショップで手にはいる。両手に持って体の前後で左右に引っ張るもよし。腕振りのモーションをチューブを持った状態で負荷をかけることも可能だ。

座りながらでもできるので、テレビを見ながらでも、あるいはデスクワークの合間でもOK。

記録が向上しない背景には必ず何か問題点がある。

ビギナーランナーがスランプに陥る理由は、たいていが筋力不足であったり練習不足であったりする。

たとえ腕立て伏せ1日10回でも、継続すれば0回よりははるかに効果があるのだということを知っておこう。

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  1. 2011/02/06(日) 15:55:11|
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PEACE RUN PROJECT

【PEACE RUN PROJECT】

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ある日蒔いた種が、芽を出し始めた。

一見ごく普通の芽に見えるのだけど、その実、地中では、至るところに根を張っていて、地球上の全土をカヴァーするだけのエリアで根を張りめぐらせていた…。

そんな感じだろうか…。



PEACE RUN PROJECTは自分の知らないところで既に動き始めていたのだ。

今日、お会いしたガネさんはWeb職人、昨年末イザランニング部の仲間、神奈川在住のドタバタさんが来阪された際、大阪城公園で一緒に走った時が初対面。

冒険家デビュー宣言の後、ドタバタさんとの会談があって、PEACE RUNを全面的にバックアップしようという動きがそこからスタートする。

ドタバタさんとガネさんのプランでは、NPO法人を立ち上げるというのがひとつ。

まず、自分のPEACE RUNの公式サイトと自分のメインサイトである“KAY’S WORLD”を同時にプロのWebデザイナーFさん(伊達直人=仮称)の手に委ねて再構築するということだ。

かなりスケールの大きなプランが既に用意されている。詳細は追って説明することになるが、いくつかの企業にもスポンサード(アシスト)のオファーがされていた。

近い将来、講演会があったり、本の出版などがあったりするかも知れない。

本当に夢のようなプロジェクト…いや、夢では決して終わらせたくない。

50年生きてきて、これから人生がどんどんピークに登り詰めていくかのような…。


LA在住のMASAさんは大学の後輩。アメリカ横断の際にはいろいろお世話になる予定だが、去年日本縦断の際に、アメリカから帰国して関空からダイレクトに、自分が滞在している福井県小浜市のふじやを訪ねてきてくれた。

彼のコネクションがあったおかげでアシックスのサポートも頂けたし、現在アメリカのBABYJOGGER社にバギー(ジョギング用のベビーカー)の提供もお願いしてもらっている。

ランニング関連のSNS「イザ!ランニング部」つながりで、去年九州でお会いしたJOGJOGさんとトモさんが発起人となって支援サイトを立ち上げていただいた。

思うに、去年日本縦断で、宗谷岬から波照間島まで駆け抜けて、自分が蒔いた種は確実に芽を出している。

冒険家という道を志して、こうやってあちこちから支援の輪が広がってきているのは、この上ない幸せ…。

今は、支援して頂ける皆さんの力を、自分自身が夢を叶える力に変えていくだけ…。

これまでは自分の趣味のレベルで「旅人」として放浪してきたけれど、これからの自分は、冒険を通じて社会に貢献していくという使命を担っていくことになる。

「アドヴェンチャー・ランナー」

文字通り走りながら冒険をするわけだけれど、未知なる分野に足を踏み入れて、いろんなチャレンジをしていく人生そのものが「冒険(アドヴェンチャー)」なのだと思っている。

PEACE RUN PROJECT

ここにはビジネスも絡んでくるし、多くの人々が何らかの役割をそれぞれ担いながら、世界平和に関わるアクションが求められる。

関わってくれるサポータの皆さんの愛(=支援)を受けて、世界を駆け巡る。

愛と平和のメッセンジャーは、夢と希望と勇気と感動を世界中の人々に届けよう。

これが、ソロアルピニスト栗城史多さんのいう「冒険の共有」なのだ。

そして、自分にとっては、さらにその上がある。

人々と冒険を共有した上で、自分なりに新たなチャレンジを試みる人となれるように、冒険家はサポーターをサポートしていきたい。

今あるベストで頑張ることができる…誰もが自分自身のヒーロー/ヒロインとなれるように…。



今日のミーティングでは、鳥肌が立つような企画がいくつもあって、まるで夢物語のよう…。

でも、それは夢だけでは終わらない、終わらせない…。

冒険家とは、夢を現実にするのが一番の仕事なのだから…。


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(写真提供:天神橋5丁目さん


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  1. 2011/02/05(土) 23:59:59|
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どこでもないところの真ん中で

【どこでもないところの真ん中で】

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今も忘れ得ぬいくつかの風景がある。

時折、夢に現れてくるのは、オーストラリア南西部のナラボー平原。

西オーストラリアのノースマンから南オーストラリアのセデューナまで、約1200キロもの間街がなく、100キロか200キロごとにロードステーション(モーテルやレストラン、売店、キャンプ場などがある)と呼ばれる道の駅のような設備があるだけ。



原風景…。

自分の幼い頃には、家からちょっと離れたところに広大な空き地があった。

「ひろっぱ はらっぱ よーろっぱ」

誰かがそう言っていたように、草が生い茂り、湿地帯には水鳥も飛んで来ていた。

自分が小さかったせいもあるのだろうけれど、いったん足を踏み入れるともう家には戻れないのではないかと思わされるくらい広いスペースがあった。



ナラボー平原は、そんなスペースをさらに大きくしたようなところ。

舗装されたハイウェイ以外は、人の手が触れていない自然が至るところに残されている。

行けども行けども地平線を追いかけるばかり。同じような景色が延々と続く。

車で走っていてもきっとあくびばかりが出るようなドライヴになるだろう。



夢の中で僕は、どこでもないところの真ん中に一人たたずんで、ただ真っ青な大空を見上げている。

吹き抜ける風は頬を掠め、強烈な日差しが肌に突き刺さる。

何か見えない力によって、自分はここに引き寄せられてきたのではないかという気持ちにもさせられる。



自分がたどってきた道を振り返る。

それは既に過去の世界…。

自分がこれから進んでいく道をじっと見つめる。

そこには、今の自分を待ち受けている未来がある。



時間は流れていたのか?



あらゆるものがとてもスローに感じられた。

時間はほとんど止まっている状態に近いのだろう。

風も、空気の流れさえも、誰かがスピードコントロールしているような感じだ。



過去には戻れない。

二度と…永遠に…。



そして、今この一瞬はとどまることなく前へ前へと進み続ける。



未来を夢見ることはできても、未来に希望や期待を持つことはできても、今という時代しか生きられない。

それが我ら人間の宿命。



おかしなことに、いつもそんな場面でそんなことを考えている自分がいる。



夢の終わりに、自分はゆっくりと走り始める。後戻りはしない。ただ前に進んでいくだけ…。

と同時に、時間もまたゆっくりと動き始める。誰かがポーズを解除するためにビデオデッキのボタンを押してくれたみたいに…。



野性の風に吹かれ、あるがままの自分がありのままに生きている。



これは、夢か現実か、どちらなのだろう…?

そう自問自答する頃に、僕は夢から覚める。



かつては現実として存在していたあの風景…。

いつか帰ろうあの場所へ…。

どこでもないところの真ん中へ…。



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* ニュージーランド一周&オーストラリア横断自転車旅行

* エッセイ「どこでもないところの真ん中で」

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  1. 2011/02/04(金) 18:12:44|
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冒険家になったもうひとつの理由

【冒険家になったもうひとつの理由】

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朝日を背に受けて走った。相変わらず朝は気温が低く、布団を出るまでが自分との戦い…。

布団の中で、エクスペリア(スマートフォン)のツイッターを見てたら、ある知人のつぶやき…。午前6時10分、既に走り出してる…。

負けてられない…ヘンなライバル意識で自分もすぐに着替えて走る準備。

6時40分、走り出す。70分走っていい汗かいた。



今も走りながら時折思い浮かべるのは一人娘のこと。

あれからもう8年になる。

最後に娘の笑顔を見たのは、単身赴任でやってきたここ三重県で二年目の年の1月だった。

おばあちゃん(別れた妻の母)に買ってもらった真っ赤なランドセルを嬉しそうに背中に背負っているのが、自分のデジカメで撮った最後の娘の写真になった。

妻の実家を出る際に「お父さん大好き!」と言って自分に寄り添って頬にキスしてくれた。

その数ヵ月後には7歳になるはずだった。



娘とはそれ以来会っていない。

離婚届がそのあとしばらくして届いた。

印鑑が既にひとつ押されてあった。

別れる際の約束として、娘と定期的に会わせてもらうという条件があったにもかかわらず、いまだそれは実現していない。


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娘にさよならを言うこともなく、もう8年が過ぎた。

今年、娘は中学3年生になる。今は反抗期だろうか。

いつか会えるだろうと願い続けてきたが、何の連絡もないまま…。

時折、走りながら娘くらいの年頃の女の子を見て、一瞬娘かと錯覚してしまうことも何度かあった。

大人の事情とはいえ、何も知らされず、ある日突然いなくなった父親のことを、娘はどう思っているのだろう…。

走りながら、無性に涙が止まらなくなることがある。

別れた当時の娘の笑顔を思い出しながら、ただ過ぎ去ってしまった歳月を悔やむばかり…。



もし自分が名のある人物になって、娘が会いに来てくれたら…。

ずっとそんなことを考えていた。

仕事を辞めて風来坊のような人間では娘に恥ずかしい。

どうせなら、一つの目的に向かって突き進む人物になろう…。

そう考えて、冒険家の道を選んだ。

「冒険家の高繁勝彦って私のお父さんなんだ」

そうやって娘が友達に自慢してくれれば…。



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冒険家宣言をしてはや2週間あまり、スポンサーも見つからず、今はまだ先が見えない。

だが、あきらめてはならない。

まだ種を蒔いたばかり。慌ててはいけない。

きっといつか花開く時が来る。

そして、美しく立派に育った娘が自分を訪ねてやってくる。

きっと必ず…。




夕暮れのロードワーク。

夕日を追いかけて走った。


常に追い求めるものがあるということが、今は幸せの証(あかし)。


負けない…。

あきらめない…。


夢がかなうその日までは…。



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* PEACE RUN 2011 アメリカ横断5,000キロランニングの旅

* PEACE RUN 2011 支援サイト

* 英語のブログ始めました。

"Go the Disance!"

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  1. 2011/02/03(木) 20:46:46|
  2. 冒険
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ランニング道~マラソン講座(16)

【ランニング道~マラソン講座(16)】

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*PART16 アドヴェンチャー・ランニングのすすめ


新たなスポーツの一分野として「アドヴェンチャー・ランニング」を提唱している。

コンセプトは

1)気力と体力をフルに使い、大自然の中を自分の意志と二本の脚(足)だけでどこまでも移動し続ける

2)達成すべき目標を設定し、自分のレベルに合ったチャレンジを通して心と体を動かすことを目的とする

3)冒険と旅とスポーツを融合させた新しいライフスタイルとしてのスポーツ


としている。

これだけでは漠然としているかも知れないが、マラソンやロードレースなどとは違って、走る時間や距離やルートは全く制限されていない。当然のことながら、走るペースやスピードも自分で決めればいい。

自分の意思のおもむくままに、好きな時に好きな場所へ走っていけばいいし、「アドヴェンチャー」という言葉どおり、そこにはチャレンジ的な要素・テーマがあること。

たとえば、「24時間でどこまで(どれだけ)走れるだろうか…」というテーマでもいいだろうし、「3泊4日でびわ湖一周や淡路島一周にチャレンジ」というものであってもいい。

他人の力を借りず、自分の力で走り切ることが大切なのだ。やりきった後の達成感はもちろん、目的を達成したことによって得られる自信が何よりも自分にとって大きなプラスになる。体だけでなく心を動かすというのはそういうことだ。

日帰りでもいいし、宿泊を伴うものであってもいい。

昨年、キャンプ道具をバギー(乳母車)に積んで日本縦断をしたが、一切合財を背負って走られる人も中にはいる。

休みごとに走りながら日本縦断や日本一周を断続的に走り続けるのもいいかも知れない。

なかなかまとまった休みが取れない人にはそんな方法もあるのだ。

この「アドヴェンチャー・ランニング」のコンセプトは、ずばりLSD(=Long, Slow, Distance)から来ている。

ウルトラマラソンを経験された方には分かると思うのだが、スピードは無視して、とにかく「長時間、ゆっくり、遠くまで」走りたいという思いが反映されている。

100kmのウルトラマラソンのトレーニングでウルトラLSD(60km走とか6時間走とか)をしていて、もはやこれはレースではないと思わされた。走ること、移動することそのものを楽しんでいる自分がそこにはいた。

季節ごとの風景を楽しみ、ふと立ち止まった自販機の前で、缶コーヒーを飲みながら青空を眺め、心地よい薫風に吹かれる。走るごとに気分は高揚しランニング・ハイが訪れ、訳もなく感動の涙が頬を流れる。生きている、生かされていることに心から感謝する自分…。

ゆっくりだから走力は個々のレベル次第。時間や距離も自分の足・体力と相談して決めればいいのだから、老若男女、誰でも楽しめると思うのだが…。

走ることにマンネリを感じているのなら、ぜひチャレンジする自分と出会ってみよう。

「自分にこんなパワーがあったのか」「私もまだ捨てたもんじゃないわ」

そう思える機会にもなるかも知れない。



ランニングブームはにわかにやってきて、マラソン大会への参加者も確実に増え、都市型の大きなマラソンも各地で行われている。

十分なトレーニングも経験もないままレースに参加して、足を壊したり体調を崩したりするランナーも多いという現実。

レース・大会という枠から一歩踏み出した時に、タイムや順位などにとらわれることのない「アドヴェンチャー・ランニング」の世界があるということも、ぜひ知っておいてもらいたい。


記録よりも記憶に残る走りを…。


run020111b

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  1. 2011/02/02(水) 11:27:22|
  2. マラソン・ランニング
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出会いは宝

【出会いは宝】

power_of_dreams


去年の日本縦断の旅の中でも実に多くの出会いがあった。

学校という限られた空間で仕事をしていれば、毎年入学してくるたくさんの生徒や新任の先生方との出会いはあるけれども、旅という日常からかけ離れた空間にあれば、さまざまな分野のさまざまなタイプの人々と出会うことができるということを知らされた。

同じような旅をしている人もいれば、宿を経営されている人、商売をされている方、子供もいれば高齢者の方もおられる。

さらに、いろんな人たちから自分が知らなかったいろんなことを教えてもらえる。そういう意味では、旅は学びの場なのだ。



旅を終えてからも、できるだけいろんなジャンルの、いろんな職種の方々と出会う機会を大切にしている。

特に、偉大な業績を残されたJACC(日本アドベンチャーサイクリストクラブ)代表の池本元光さんや、世界二周サイクリスト中西大輔さんはじめ、JACCの冒険家の皆さん。

先日お会いしたソロアルピニストの栗城史多さんのように、今もチャレンジし続ける冒険家と出会えたことによる刺激は、自分にとってはかなり大きいし、影響を受けることも多い。

冒険家としてスタートして以降も、ランニング関連のSNS「イザ!ランニング部(ビギナーランナーズ めざせ10km!)」のメンバーと多数会う機会があって、今後もいろんな形で支援をして頂くことになる。

Facebooktwitterでのつながりもどんどん広がっている。しばらく音信普通だった仲間とまたつながりが復活するケースもある。



一生でこれだけ多くの人との出会いに恵まれた時期はなかった。

中には、自分の生涯を左右するような邂逅というべき出会いもある。

そして、これからまたアメリカに旅立てば、また新たな出会いが自分を待ってくれている。



人と初めて会った時に、「この人から何が学べるだろう」「この人のために自分は何がしてあげられるのだろう」という二つの思いを持つようにしている。

作家吉川英治氏のことば「我以外皆我師(われいがいみなわがし)」は、あらゆる人から何か学べる要素があるということを教えてくれている。

素直に、謙虚な気持ちで人と出会いたいと思う。



世界には60億人の人がいる。これから先の人生において、その60億人の内のどれだけ多くの人に会えるだろうか…。

旅に出なければ会えないであろう人々との出会い…。

すべて、人生は出会いに支えられている。

お互い支え、支えられることで世の中は成り立っているのだ。


出会いに感謝するとともに、自分と出会っていただいた人々が、自分との出会いを少しでもよかったと思ってもらえるように…。



出会いは宝…すべての出会いに意味がある。




(Illustration "Power of Dreams" by kay)


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  1. 2011/02/01(火) 18:34:08|
  2. 日常
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プロフィール

KAY(高繁勝彦)

Author:KAY(高繁勝彦)
冒険家:アドヴェンチャー・ランナー、NPO法人“PEACE RUN”代表、サイクリスト(JACC=日本アドベンチャーサイクリストクラブ評議員)、ALTRA JAPANアンバサダー
旅人、詩人・アーティスト、クリエイター、ナチュラリスト…。元高校教師(英語)。

大阪府松原市生まれで、現在、大阪府富田林市に在住。

楽天ブログ時代(2006.4.2)からノンストップブログ更新中。公式サイト
「PEACE RUN 世界五大陸4万キロランニングの旅」
“KAY’S WORLD”もよろしくお願いします。

プロフィール詳細はこちら

二度の日本縦断(「PEACE RUN 2010日本縦断3,443kmランニングの旅「PEACE RUN2012 日本縦断ランニングの旅 PART2」で実質の日本一周ランニング6,925kmの旅を完結。

2011年はPEACE RUN 2011アメリカ横断5,285kmランニングの旅を138日で完了。

2013年9月から163日で「PEACE RUN2013オーストラリア横断ランニングの旅」5,205kmを走破。

2014年11月から2015年2月、83日でPEACE RUN2014ニュージーランド縦断ランニングの旅2,796.6kmを走破。

2016年7月〜11月、110日間で7カ国3,358.8キロ、「PEACE RUN2016ヨーロッパランニングの旅」を走破。

2017年9月〜10月、「PEACE RUN2017四国一周ランニングの旅」1000キロ走破。来年の「PEACE RUN2018ヨーロッパランニングの旅PART2」に備える。


2011年3月14日、東日本大震災の3日後、「RUN×10(ラン・バイ・テン)運動」を発案・提唱、全国に展開させる。

2012年末、facebook上の公開グループ、平和的環境美化集団"THE SWEEPERS"を発足、活動を展開中。

2013年、一本歯下駄で世界平和をめざすfacebook上の公開グループ「一本歯下駄クラブ」を発足、活動を展開中。


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