KAY'S BLOG

独行道~Lonesome Road of Running

僕は、必ず復活します

【僕は、必ず復活します】

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登山家の栗城史多(くりきのぶかず)さんのニュースが入ってきた。



「登山家・栗城史多さん、指数本を切断へ……エベレスト挑戦の重すぎる代償」



今年4度目の挑戦となるエベレスト登頂を断念したのが二週間ばかり前。

深刻な凍傷で指と鼻をやられ、指の切断もありうるということを自身の

ブログで書かれていた。



知人の山岳愛好家も過去に凍傷で足の指を数本失っているが、それでも「足があるからまだ登る」と言っている。

学生時代からずっと山、それも冬のアルプスや海外の7000~8000メートル級の山に登る人間なら、当然それにふさわしい覚悟が必要なのだろう。

指を失うことなんて大したことではない…と言っているかのように自分には聞こえた。



「指を失うということはやはり悲しいことであり、今後またエベレストやヒマラヤに行きたい気持ちにどこまで応えられるか正念場です」


と栗城さんは言う。



凍傷のみならずなだれや滑落事故、遭難…。

大自然の素晴らしさの背後には、必ずいくつもの危険や恐怖が潜んでいるということ。

いくらハイテクの装備や登山の技術が進んだとしても、大自然を前にすれば何が起こっても不思議ではない。

山を愛する人間は、山のすべてを愛するのかも知れない。



かの冒険家、植村直己さんも、ひとつチャレンジが成功すれば必ずまた次にチャレンジがしたくなって、次から次へと新たなチャレンジに挑み、最後はマッキンリーで帰らぬ人となってしまっている。

ギャンブラーのような生き方…。

それは、ただ、生きるか死ぬか…選択肢が二つしか用意されていない賭け。

まるでロシアン・ルーレットみたいに、6連発銃に一発だけ弾を込めて、こめかみに銃を当て引き金を引くかのよう…。


それでも、チャレンジャーはチャレンジを厭わない。

命ある限りチャレンジする…そんな思いがDNAの中に組み込まれているのか。



栗城さんはエベレストに登頂することよりも、登頂の過程そのものを心から楽しんでいるかのように見える。

壮絶なチャレンジであることは承知の上、山頂に至るまでのすべての苦難や試練をありのままに受け入れること。

きっと凍傷もそれらの過程のひとつなのだ。




「冒険の共有」を謳いつづける栗城さんの、何があっても叶えなければならない夢、世界最高峰エベレストの単独無酸素登頂。

エベレストはいつもそこにあって、決してどこにも逃げて行きはしない。



ブログの最後にあった言葉…


「僕は、必ず復活します」


五度目のチャレンジに向けて、栗城さんの復活を祈るばかりである。

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  1. 2012/10/31(水) 16:45:41|
  2. 冒険
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人生には自分という人間を試す機会がひとつでも多くあった方がいい

【人生には自分という人間を試す機会がひとつでも多くあった方がいい】


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人生には自分という人間を試す機会がひとつでも多くあった方がいい。

自分に何ができるのか、何をやれば自分が生かされるのか、時には厳しい試練に立たされるかも知れないが、それもまた乗り越えていくべきハードル、自分自身を知るために必要なステップである。


試す、体験する…そうすることで今までできないと思っていたことができるようになるかも知れない。

歳をとると新しいものを受け入れようとする心の柔軟性に乏しくなってくる。

いくつになっても新しいものをスムーズに受け入れることが大切だと感じている。



僕は、走ることで自分自身を表現しようと努めている。

ランナーひとりひとりにそれぞれの走りがあるように、僕には僕の走りがある。

走り切った所で自分なりに満足のいく結果を残せればそれでいいのだ。

走りながら旅をすることで、日々いろんなことを経験する…これもまた自分が試される場面の連続。

どんな状況でも、ありのままの変わらぬ自分で生きて走って行くしかない。



結局の所、良き人生というのは、自己満足を得ることなのだろう。

他人を喜ばせることができれば一番いいのだけれど、自分のやっていることを誰かに評価してもらおうと思ったり、変な見栄を張ったりするから、楽しめるべきものでさえつまらないものになってしまうもの。



人生には自分という人間を試す機会がひとつでも多くあった方がいい。

今日はどんなことを体験してみようか?

明日はどんな自分に出会うのだろう?

好奇心や探究心をいつも忘れず、日々生まれ変わることができる自分であること。




肩の力を抜き、リラックス…頭の中も空っぽにしてただ走ることだけに神経を集中させる。

走っている内に、筋肉の痛みも全身の疲労も吹き飛ばしてしまうくらいのパワーがおのずと湧いて来る。



心地よい風を全身に感じよう。

風の吹く先にはきっと自分の求めているものがあるかも知れない。



腕を振り、足を一歩ずつ前に、前に…。




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走っていれば毎日がいい日…



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  1. 2012/10/30(火) 23:59:59|
  2. 人生論
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我武者羅

【我武者羅】

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我武者羅(がむしゃら)


【意味】「一つの目的に向かって、勢い込んで向こう見ずにすること」(大辞林)




*****




僕は、頭を空っぽにして走っていた。

過去も未来も一切とらわれることなく「今」という時間だけに集中していた。

行き当たりばったりの人生だったのかも知れない。

後先考えず、その日一日を乗り切るために必死になっていた。

真っ暗闇の中から抜け出そうともがくばかりの自分がいたのだろうか。



限られた時間の中でどれだけのことができるかは分からない。

生きることに淡白であろうとは思わない。

なぜなら、人は貪欲(どんよく)になろうと思えばいくらでも貪欲になれる存在であるからだ。



向こう見ずであることがいいことなのか悪いことなのかは後になって初めて分かること。

思い切ってやったことが成功すればそれは評価されるもの。

しかし、ひとたび失敗してしまえば次からは臆病にならざるを得ない。



年を取れば人は慎重になっていくものなのだろうが、慎重さだけでは求めるものは得られないと今は思っている。

いくら慎重に取り組んだとしても、失敗する時には必ず失敗する。

ならば、もっと大胆に、失敗することも覚悟の上で好きなようにやるのがいい。

失敗したら失敗したでいい。

成功するまで頑張ればいいのだ。

成功するために一度は失敗しておく必要もあるのだから。



失敗は成功のオプション。

恐れるに足りない。

失ったものは帰って来ないのかも知れない。

でも、別のものに形を変えて戻ってくる可能性だってある。



だからこそ我武者羅に。

我武者羅であるがゆえに、我武者羅な自分で突き進んで行ける。





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  1. 2012/10/29(月) 22:59:45|
  2. 人生論
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ドングリランドまつり&KKP

【ドングリランドまつり&KKP】

昨日三重県鈴鹿市から伊賀市の自宅に一度戻って、再び大阪へ。その夜は天満満天堂で一泊。

美味しいポトフとリゾットなどを頂いて、結構夜更かししてしまった。



朝、早い電車で新大阪へ。

ここで内田あやさん・JOさんと待ち合わせ。

昨日に続いて本日もライヴが行われるため、香川県高松市のドングリランドに向かった。


移動中の新幹線ではいつもJOさんと音楽談義で盛り上がる。

内田あやさん・JOさんの曲づくりの舞台裏秘話なども聞かせていただいた。

さらには内田あやさんの学生時代に活躍していた軽音楽部のユニットによるライヴ演奏の音源まで聞くことができた。

ジャズを歌う内田あやさん…これはまだ一般にはほとんど知られていない。

幅広いジャンルをこなせるのは、さすがSINGING QUEENだ。



PEACE RUNとMUSICのコラボレーションもよく話題に上るが、今後のあり方についてもいろんな意見を聞かせていただいた。



高松の駅構内で讃岐うどんのランチを食べ、迎えに来てもらったPEACE RUNの仲間、美樹さんの車でドングリランドへ。


ドングリランドは高松の中心から車で約30分、広大な面積を誇る森林公園で、NPO法人どんぐりネットワークが管理・運営にあたっている。

PEACE RUNとのつながりもあって、これまでトレイルランニングのイベントも何度か行ってきた。

親子で楽しめるような自然の中でのアクティヴィティも定期的に行われていて、香川県民のみならずあちこちから人がやってくるスポットになっている。


ドングリランドビジターセンターのホームページ 


27日と28日には「ドングリランドまつり2012」が行われていた。

例年は一日だけのイベントだが、今年は二日間にわたる開催。

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竹パンを焼くコーナー。

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昨日の正午から12時間ノンストップで1周1.4キロのドングリランドのトレイルを走り続けるKKP(くるくるパーの頭文字だとか…?)という(非公式)イベントが密かに行われていた。

もちろんPEACE RUNの仲間も関わっており、地元のトレイルランニングチームDOTTがトレイルの整備を定期的に行っている。


昨夜は激しい雨も一時降って、テントで仮眠をとったり、エイドステーションではバーベキューも行われたり、走る合間にビールを飲んでいるランナーがいたり…。

24時間の内好きなだけ走る…というのが大会のポリシー。

二日間で10名ばかりが参加。

アメリカでのウルトラトレイルの大会で活躍される若きトレイルランナー尾形さんが最高距離100キロを走られたのだという。


車がドングリランドに着く頃には既にKKPは終了していた様子。

ほとんど眠らず走り続けるランナーたち、走ることでさらにハイパーになって、飲んで食べて、いつまでも、どこまでも走れるという。

異常な世界で異常なことをみんながやれば誰もそれを異常と思わなくなってしまう。

新たにPEACE RUNと関わりを持ち始めたマラソン大会で使用される最新の計測システムK-SOKも導入。

手首に巻いたゴム製のリストバンドの中にはSIMカードが入っていて、これを本体のシステムに当てるとタイムや距離の記録等が計測されるという訳だ。

今後全国のレースや大会で普及していくであろうと期待している。



午後2時ごろから内田あやさんのミニライヴ開始。

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リハーサル風景…。

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夕べ降った雨も上がったはずだったのに、直前にもライヴの途中にも雨がぱらつき、ビジターセンターの玄関屋根の下がにわかステージとなった。


ライヴスタート!

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トトロの前でギターを弾くのはJOさん。


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昨日の鈴鹿国際大学の学園祭も野外でのライヴだったが、周りを山に囲まれ、自然がいっぱいの中で開催される野外ライヴは内田あやさんにとっても初めての経験だったとか…。

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会場には子供たちもたくさんいて、歌が始まりだすと自然にみんなビジターセンター周辺に集まってきた。

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ミニライヴでは、たいていいつもJOさんが持参する小型アンプだけで歌と演奏を拡声するけれど、周囲が山で囲まれた環境で音が変に拡散せず、いい具合に響いていたせいか、あやさんの歌声もJOさんのギターもいつになくクリアな音がしていたのがよかった。


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わずか30分ほどのライヴ…。

最後も“My Goal”で締めくくり。

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PEACE RUNのサポートソングでもあり、もはやPEACE RUNには欠かせない一曲となってしまった感がある。

初めて内田あやさんの歌を聞いたという地元の方々も“My Goal”のCDをおみやげに購入されていた。

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サインや握手のサービスも恒例。

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KKPを走ったランナー仲間も、トレイルの片づけの途中だったようだが、あやさんのライヴに集まってきてくれていた。

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24時間ぶっ続けで走る…途中、かなりの雨が降ってテント下で仮眠はしたそうだが、ランナーたちは見た目以上に疲れていたはず。

ウルトラランナーは一晩くらい眠らなくても耐えられる。

疲れていても眠くてもへこたれない。

飲んで走って食べて、肉体をフルに稼働させながら走り続ける。


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KKPを走った一人、加藤さん…内田あやさんとの2ショット…本当にうれしそう…。



そんなランナーたちを励ます歌としても“My Goal”はドングリランドじゅうに響き渡ったのではないだろうか。




内田あや “My Goal”



走る前に、走りながら、走った後も、聴いてみたい一曲…






*内田あやさん情報

1)KBS京都テレビ「ぽじポジたまご」生出演

日 時:10月31日(水)午前10時30分~



2)FM Aichi(80.7MHz)「内田あやのMOVE ON DREAM」公開収録

日 程:2012年12月15日(土)

時 間:未定

場 所:楽-YA中川店(ドン・キホーテ パウ中川山王店2F)

ゲスト:未定




3)レギュラー番組

FM Aichi(80.7MHz)「内田あやのMOVE ON DREAM」

毎週土曜日9:30~9:55AM
 


その他、内田あやさんの最新情報は…

内田あや 青い空blog


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  1. 2012/10/28(日) 23:59:59|
  2. マラソン・ランニング
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鈴鹿国際大学学園祭

【鈴鹿国際大学学園祭】

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朝から近鉄と伊勢鉄道に乗って鈴鹿国際大学の学園祭に出向いた。

内田あやさんのライヴと、「PEACE RUNアメリカ横断ランニングの旅」の写真展が行われていた。

内田あやさんは、我が「PEACE RUN 世界五大陸4万キロランニングの旅」のサポートソング“My Goal”を歌っていただいている。

今年、あちこちのランニングイベントでことあるごとに精力的にライヴを行ってもらっているが、今回もその一環としての取り組み。

同じ三重県にいながら鈴鹿国際大学の存在は知っていたが訪ねるのは今回が初めて。

今年から短大も大学のキャンパスに移り、学園祭も賑やかで華やかなものになったらしい。

ライヴが始まる前に、今回の企画を担当して頂いた松川さんにお会いして、写真展を担当してもらっている旅行研究部の展示を見に行く。

私が送ったデジカメのデータをわざわざ拡大、プリントアウトして、コメントを添えたものを教室の壁とボードに貼りつけてくれた。

手作りの写真展、それでもアンケートを用意したり、PVを上映してくれたりと工夫をしてくれたようだ。

欲を言うならば(全く個人的な意見だが…)、なぜこのランナーはアメリカ横断ランニングの旅に出なければならなったのか?

アメリカで何を見て何を感じ、この先どんな思いで走ろうと考えたのか…そんなところまで追求してもらえたらなおよかったが…という気もした。 



野外ステージのライヴは正午スタート。

リハーサルが始まるとステージ周辺にギャラリーが集まってきた。


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内田あやさんの名古屋での熱心なファンも何名か足を運んでくれたようだ。

こうやって根強いファンがいてくれるというのも心強い。


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「PEACE RUN世界五大陸4万キロランニングの旅」もそれは同じ。

サポーターがいることで旅を続けられるのだし、いろんなメッセージをもらうだけでも走る原動力になるのは間違いないのだから。


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今回のライヴでは次のアルバムに収録予定の曲が含まれていたり、過去のアルバムに収録されたものの違うヴァージョンの演奏もあったり…。

ファンにとっては非常に嬉しい限り。

ライヴにやって来るたびに毎回同じCDを購入する熱烈なファンも実際にいるのだから。


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アメリカから来日していた内田あやさんのプロデューサーJoさんもいつも通りバックでギターを担当。 


 


“My Goal”のパフォーマンスの前にはステージに呼んで頂いてPEACE RUNの宣伝をさせて頂く。


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じわじわと確実にPEACE RUNの名前が世に知られつつあるのだと信じて…。


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あっという間の30分が終わり、いったん控室に戻ってお昼を頂き、PEACE RUNの写真展をみんなで見に行く。

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その後、旅行研究部部長のかわいさんがキャンパス内のガイドをしてくれた。

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なかなかおしゃれなキャンパス。


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茶道部のお茶会でいただいた和菓子…美味しかった。



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内田あやさんが所属する事務所の社長鈴木さん。何か癒されるスマイル…。




大学を卒業して今年で30年、そんな昔のことでもないはずなのに、今はもう太古の昔に起こったできごとのようだ。

この30年、いったい僕は何をしてきたのだろう…???


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学生時代…自分にとっては黄金時代のような日々…。

今はもう帰らざる日々だけれども、あの時代に必死になってがむしゃらに生きていたからこそ、今の自分があるんだろう、きっと…。



男子学生や女子大生の楽しそうな表情を見ていると、30年ばかり昔の自分の姿が目に浮かぶ。

世間知らずで向こう見ずで、世の中のことが何もわからないまま社会に出てきてしまって、恥もたくさんかいたし、失敗も数えきれないくらいしてきたし、その当時とさほど変わらない自分が今ここにいるのだ。 

 

まだまだ学ばねばならないことが多々あるということ。

若者なんかに負けない…と思っている場合ではなく、学生時代の自分以上に熱く生きる漢(おとこ)でありたい…。


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今回のライブイベントとPEACE RUN写真展開催に尽力していただいた松川さんと。



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恒例の2ショット!内田あやさんファンの皆さん、すみません! 


*内田あやさんのブログでも学園祭の様子が紹介されています。

 → こちら
 

*「PEACE RUN 世界五大陸4万キロランニングの旅」サポートソング“My Goal”は、ブログ右側のYouTube動画の中のPVで試聴することができます。

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  1. 2012/10/27(土) 23:59:59|
  2. MUSIC
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日常雑感102612

【日常雑感102612】

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来週にはもう11月。

「PEACE RUN2012日本縦断ランニングの旅PART2」のゴールから40日あまりが経過。

来年の「PEACE RUN2013オーストラリア横断&ニュージーランド縦断ランニングの旅」に向けて水面下でいろんなことが動き出している。



「PEACE RUN世界五大陸4万キロランニングの旅」はまだ始まったばかり。

昨年2011年のアメリカ横断ランニングの旅でやっと大陸が一つ終わった。

残り4大陸で3万5千キロ…夢のような話を現実にしようとするプロジェクトは既にスタートしているのだ。

あと何年かかるのだろう。ゴールにたどり着くまで脚や体は持ちこたえるのか?



ちっぽけなことにとらわれてしまうといつも不安やとまどいが生じてくる。


「本当に今のままで大丈夫なんだろうか?」

「自分にこんな大きなチャレンジができるのか?」


現実のみにこだわってしまっていては夢は実現しない。

不可能を可能にするにはPOWERとENERGYが必要だ。




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今、いろんな分野で取り組んでいることがいつか一つの形になって夢の実現につながっていく…そう信じている。

信じる力…信念こそが、夢を現実にするPOWERとなる。

あきらめてはダメだ。

あきらめるから夢は実現しなくなる。

あきらめないこと、どんな時でも、何があっても…。





MUST(~しなければならない=義務)よりもWILL(~しよう=意志)を大切にしよう。それがCAN(~できる=可能)につながる道。

楽しめるかどうかが人生の鍵。

楽しむためにWILL POWER全開!



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3つのKEEPをKEEPするのだ!



これから冬に向かって寒くなっていくけれど、11月後半に東北を訪ねる。

TOMOSU RUN 2012 第一章 ~陸前高田~大船渡~釜石~



というイベントに参加。


陸前高田市立米崎小学校 → 大船渡ゆめ商店街 → 釜石中学校(ゴール)



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この夏、僕がたどってきた海沿いの町の風景…



がれきの山、線路が流された鉄道、更地になった海沿いの町…


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国道45号線にまつわるいろんな思いが一度にフラッシュバックする…。





濱守栄子【国道45号線】


岩手県大船渡市出身のシンガーソングライター濱守栄子さんが歌う「国道45号線」MV。

岩手県トラック協会のCMソングになっている。


心に染み入るメロディ、彼女の歌に涙してしまった…。





エゴを捨てて、世界のため社会のため、今走ることでできることを考えよう。

誠実であること…偽りなき自分であること。

自分自身に忠実であること。

一日一日を大切に、ひたむきに生きていくこと。

宇宙を、大自然を構成する一要素としての自分を意識すること。


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日々、後悔のない人生であること…。







*ランナーにお勧めの一冊…アラン・シリトー「長距離走者の孤独」

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*今週末のイベント~三重県鈴鹿市と香川県高松市


1) 鈴鹿国際大学学園祭(三重県鈴鹿市)

内田あやさんライヴ

+アドヴェンチャー・ランナー高繁勝彦の「PEACE RUN2011アメリカ横断ランニングの旅」のパネル展開催!

ライヴは10月27日(土)12:00~、パネル展は27日(土)と28日(日)

詳細はこちら



2) ドングリランドまつり2012(香川県高松市)

10月27日(土)28日(日)

27~28の2日間ぶっ続けで走るKKP(非公式イベント)や28日は内田あやさんのライヴもあります!





*PEACE RUN公式スポンサー「ジョイフルログ」のページから…

「アドヴェンチャーランナー高繁勝彦、PEACE RUNとGarmin eTrex30を語る!」 





*マラソン大会主催者のみなさんへ

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マラソン計測システム「K-SOK」をよろしくお願いします!


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こういうシステムだそうです。





*アドヴェンチャー・ランナーTシャツ

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もう一人のアドヴェンチャー・ランナー、来月南極マラソンLAST DESERT(最後の砂漠)を走られる樺沢さんプロデュースです!




*メルマガ「週刊PEACE RUN」

アドヴェンチャー・ランナー高繁勝彦自ら編集・発行する無料メールマガジン「週刊PEACE RUN」第29号は現在配信中です。

サンプルもご覧いただけますが、こちらで購読登録をよろしくお願いします!

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  1. 2012/10/26(金) 16:46:57|
  2. 日常
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カナダ回想

【カナダ回想】

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*1994年10月 カナダケベック州




僕にとって秋という季節はいつも旅の終わりを意味するものだった。

うだるような夏の暑さを経て、頬をなでるようにして吹き抜ける秋風はいつも優しく、それでいて、どこか物悲しげなムードが漂う…。

旅を終えて、たくさんの思い出とともに故郷に帰らなければならない季節…それが秋なのだ。



紅葉の季節になれば思い出す。

1994年カナダ、ケベック州ケベック市で出会った一人の女性…。

名前はルネ。

でもフランス語を知らない僕には彼女の名前Reneeはうまく発音できなかった。



「違うわ、鼻に抜けるような感じで『ウ』と『ル』を同時に発音するのよ」



外大在学中選択していた外国語はドイツ語だったが、やはりRの音は難しく、マスターするのに半年くらいかかったのを思い出した。


彼女の前で必死になって何十回とReneeを繰り返す。


「……」


彼女は沈黙したまま妙な笑顔を浮かべながら僕の発音に耳を傾けている。

しかし、何度やってもフランス系カナダ人の彼女の出す音は出せない。



「結構いい感じになってきたんだけど…口はこんな感じ、舌は奥に引っ込めるの。いい?」



しまいにはのどやら舌が痛くなってきた。



「無理しないでKAY(僕のニックネーム)、私が生きている内にマスターできればいいから」



と言って微笑む彼女。




*****




アラスカ北極圏~カナダ横断の自転車での旅をケベック市で終えてすぐ、町まで自転車で買い物に来ていたキムという女性とサンジャン門で出会った。

彼女もサイクリスト。大学の事務職員で、市内のアパートに友人の女性二人と共同生活している。

20分ほど旅の話をいろいろとしていたが、僕のアラスカ北極圏の話に関心を持ったようである。


「北極圏は私もいつか走ってみたいと思ってるの。ところで、今夜の宿は決まってるの?もし狭いところでよかったら家に来ない?」


ルームメイトの二人は既に部屋にいて、今夜また別のお友達のバースデーパーティがあるとのことで準備している最中だった。

このパーティであとから3人やってきたゲストの一人がルネだった。

キムと職場が同じで出身大学も同じだったという。




ここケベック州はフランス語圏、ルネやキムはじめみんな僕と会話する際には英語で話しかけてくれる。

このアパートを訪ねてから二日後、ルネとキムが知人のコテッジに行くというので同伴することになった。

ルネのお姉さんのお友だちが所有するコテッジ、スキー場の近くにあり、標高も1000mを越える山の中腹にあった。


夏の間は管理人がいたのだが、既に寒くなって空家状態のコテッジ。

それでもきれいに掃除され、冷蔵庫やストレージには食料もふんだんに残されていた。

2泊3日の予定で、紅葉狩りのハイキングだ。


大阪や東京よりも季節が1ヶ月以上進んでいるのは高緯度のせいもあるのだろう。

それにしても見事な紅葉…。



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夜のコテッジではポーカーをしたり、旅の話をしたり…。

キムもルネもフランスにルーツがありながらフランスには行ったことがないのだ。



嬉しかったのは、ルネと最初に出会ったパーティの夜、彼女と約束したフランス語特別講座。

コテッジの暖炉のそばでワインを飲みながら個人教授。


二日間限定なので、ベーシック・フレンチ…フランス語の数字やあいさつ、簡単な表現などを教えてもらうだけだったが、それでもうれしかった。


二日目の夜、フランス語講座の時間で、えと(十二支)の話になって、彼女が僕の6つ年下であることも分かった。



「ステディ(決まった恋人)はいるよね?」



お互い酔っていたので結構打ち解けた話題がいろいろでてきたついでに、冗談半分でそんな質問をしてみた。


「……」



「えっ?まずいこと聞いたかな?」



「…死んじゃったの」



「…ごめんね」




「…12歳で…ゴールデンレトリバーだったわ……ははは」



「何だ…ペットの話だったのか。びっくりした!」




彼女は時々シリアスな冗談を言うので困る。



「あたしね、フィアンセがいるの」



「……」




再びショッキングな言葉に、僕は一瞬フリーズした。



「あ、あ、そうだったんだ。おめでとう!」



すぐさま笑顔を浮かべたが、彼女も僕の表情から何かを察したに違いない。



「もう6年も付き合ってるんだけど、なかなか結婚に踏み切れないのよ」



「彼がプロポーズしたんだよね?」



「そう…なんだけど、恋愛と結婚ってやっぱり違うのかなって思ったり…」



「…なるほど」



「彼のことは大好きなの…でも結婚した後、愛情が冷めてしまうんじゃないかって…」




その後、彼女の話をきっかけに、フランス語講座はそっちのけで、お互いの恋愛論で議論は白熱した。



「KAYは結婚しないの?」



「ガールフレンドがいたら旅なんてしてないよ」



「旅先でのロマンスは…?」



「ないね!」




「もし…あたしに、フィアンセがいなかったらどうする?」



「……」



ずいぶん突っ込んだ質問に僕は唖然とした。



「…考える…」




ボトルの赤ワインはもうなくなりかけていた。

時計を見れば、既に午前0時を回っていた。

キムはもう先に寝てしまったようだ。



「Reneeは素敵な人だよ」



「ありがとう」




Reneeの発音がこの時やっとまともにできたのではないか…と思った。


この二日後、僕はケベックから知人の待つトロントに電車で移動しなければならなかった。

キムの車で駅に向かう。ルネも一緒だ。



駅のホームまで着いてきてくれた。

キムにまずお礼を言ってハグをした。



ルネは寂しそうな表情でハグを求めてきてくれた。



「ひとつ言いたかったこと…KAYもとても素敵な人よ」



「Merci…Renee」



「発音完璧!」



「先生がよかったんだよ」





トロント行きの急行列車がやってきた。

僕は車中の人となり、手を振る二人を列車の窓からじっと見つめ、僕も手を振り返し続けた。





車窓から見えたのは、紅葉と夕日で真っ赤に染まる山…。



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あれほど美しい紅葉を僕は知らない。



カナダという言葉を聞くたび、今も紅葉と一人の女性を思い出してしまう。

18年たった今も、あの真っ赤に染まった山とReneeの微笑みは僕の思い出の宝石箱の中に大切にしまってある。


ひとつ気になるのは、今口にしているReneeの発音が果たして正しいものなのかどうか…。


僕には知る由もない…。



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*参考:2008年11月22日のKAY’S BLOG

【愛しているから】


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  1. 2012/10/25(木) 18:09:06|
  2. 回想
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小景異情~自分だけの秋を楽しむ

【小景異情~自分だけの秋を楽しむ】

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*2011年アメリカインディアナ州~オハイオ州



一年前の今頃は、アメリカ中西部インディアナ州からオハイオ州付近を走っていた。

紅葉真っ只中のハイウェイを駆け抜けるのはとても気持ちのいいものだったが、朝方の気温が氷点下になることもしばしば。

晴れていれば日中には気温も15度くらいまで上がり、日ざしが強い時には汗ばむほどの陽気になる。

LAを出てから一日中雨が降ったという日はオハイオに来るまでなかったのだが、オハイオでの雨はみぞれに近いものがあった。

前日まで10度ちょっとはあった外気温が雨のために一気に下がり、日中も4~5度という寒さ。

手袋をしていても手はかじかみ、トイレに行っても指先の感覚がなく、ファスナーをつまめないほど。

アメリカ東部が近づくにつれ気候も変わりやすくなる。

季節が秋から冬に移り変わる中で、大陸の風景もじわじわとカラフルなものに変わっていく。



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長く旅を続けていくというのは変化する風景の中に身を置くということ。

風景の一部としてふさわしい旅人であることが望ましいのだろう、きっと…。



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ひとり旅では自分のことは自分ですべて済まさないといけないから、写真も三脚とセルフタイマーに頼らざるを得ない。

誰もいない大平原でひとりポーズを決める…撮影している過程は誰の目にも触れることはない。

こうやってできあがってしまえば、写真は誰が撮ろうと変わりはない。

最終的にカメラが風景の断片を切り取って、旅人がそこにいたという既成事実を創り出すのだから…。




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ハロウィーンの風景がそこかしこに…



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ウォルマートで買ったパンプキンパイも好きだった…。





10月下旬にもなれば日照時間はどんどん短くなっていく。

走ることができる時間も限られてくるわけだ。



秋の夕暮れはなぜかセンチメンタルな気分に陥るばかり。

やがて迫り来る冬という季節に備えるためなのか、何をするにしても守りの姿勢に変わっていってしまうもの。

少し軽めのマイナスモードになって、どことなく物悲しい時間が訪れる。

西の空を見つめながら、訳もなく涙がこぼれる…。



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夜の帳(とばり)が、静かに、そっと周りの世界を包み込む。



それは、世界の終わりがすぐそこまで来ていても誰にも気づかれないくらい、ごく静かに…。



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・掲載の写真は昨年10月のKAY’S BLOGから。

 他にもまだありますのでこちらをご覧下さい。






テーマ:アメリカ合衆国 - ジャンル:海外情報

  1. 2012/10/24(水) 17:38:32|
  2. 花鳥風月
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Into the Wild~荒野へ

【Into the Wild~荒野へ】


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人間と仕事に退屈しているか、うんざりしている人々にとって荒野は魅力的であった。

社会からの逃避の場を提供してくれるばかりでなく、同時に、ロマンチックな個人にとっては、しばしば自らの魂にたいする礼拝式をおこなう理想的な舞台でもあった。

荒野の孤独と完全な自由は、憂鬱とか歓喜にとって申し分のない舞台装置をお膳立てしてくれていた。




---ロデリック・ナッシュ「荒野とアメリカ精神」から





*****





これまでの旅で何度か「荒野」と呼ばれる土地に足を運んだ。

それはアラスカ北極圏のツンドラの原野であったり、アメリカやオーストラリアの砂漠の大平原であったりもした。

人間というちっぽけな存在を完全に否定してしまうかのような広大な土地で、ただ一人途方に暮れる旅人…。


残念ながら、日本には荒野と呼ぶにふさわしい場所はほとんどない。

あらゆる場所に人間の手が加わり、手付かずの自然と呼べるような土地が既に消え去ってしまったのだ。

だから、僕は荒野を目指す。

一歩足を踏み入れたが最後、これは終わりなき旅。



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自分自身が風景の一部となるために、あるいは大自然を構成する一要素としてこの大地にぽつんとたたずむのだ。

そんな中では、あらゆるものが自然の掟に従って存在することしか許されない。

生きるか死ぬか…そこで、人は究極の選択を迫られる。




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旅の手段はできるだけシンプルで原始的な方がいい。

一切の動力機関を使わないものであれば、自転車でも徒歩でもランニングでも何でもOKだ。

何をするにせよ、肉体をフルに使ってこそ満足の得られる経験ができるのではないかと思う。

アドヴェンチャー・ランニングなるものが誕生したのも、結局の所、こういった流れがあったからに過ぎない。




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オンロードではありきたりすぎる。

トレイルでも生っちょろい。

誰の力も借りずに、たった一人で荒野に向かう。

時間や距離・スピードもここでは一切無意味なものになる。

何のために走るのかなんて野暮な疑問は持たないようにしよう。

ただ走りたいから走る…そう思えればいいのだから。




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誰も引止めやしない。

日照りや渇きでぶっ倒れることもあるかも知れないが、気が済むまで走り続けるがいい。

これは自虐的な行為であるのかも知れない。

己の定められた運命に従って生きていくように、自分自身が選んだ道を自分自身の二本の脚で駆け抜けることだ。

愚か者呼ばわりされようがそれは至極当然のこと。

狂人を狂人扱いするものが実はノーマルでない場合だってあるのだから。




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眠っていた野性を呼び戻せ。

本当に自分が求めていたものの正体を暴き出せ。

今、荒野へ…。









Into the Wild Music Video by Eddie Vedder






映画『イントゥ・ザ・ワイルド』予告編






映画「イントゥ・ザ・ワイルド」についてはこちら

テーマ:♪人生・生き方♪ - ジャンル:ライフ

  1. 2012/10/23(火) 16:02:33|
  2. 人生論
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52

【52】

52歳になった。

51歳の時の自分と今の自分、どこがどう違うのかは皆目分からない。

分かっているのは一つ歳をとったのだということ。

体組成計ではまだ体内年齢26歳のままだった。



えっ?

あと8年もすれば60…!?

マジかよ?



離婚してはや10年。

教職を離れて約2年半。

仕事を辞めて走って旅した距離は1万2千キロを超えた。

だが、歳月だけは光速に近いスピードで過ぎていくかのよう。




僕はどこに行くのだろう?

ただ地球上を走り続ける日々…。

結局はどこかに行こうとしてどこにも行けないんじゃないか…?



「人生なんて、死ぬまで全て通過点なんだ」




僕の頭の中で、もう一人の自分がそう言った。



通過点…今この一瞬も、きっとそうなんだろう。




僕はどこにも行かない…。



でも、

どこまでも

走り続ける…。




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テーマ:ひとりごと - ジャンル:ライフ

  1. 2012/10/22(月) 23:59:59|
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伊南川100kmウルトラ遠足観戦記~その2

【伊南川100kmウルトラ遠足観戦記~その2】  

*その1をまだ読まれていない方はこちら…。

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午前5時、スタート。

外はまだ真っ暗。



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会場内はライトが点灯されていたので明るかったが、ランナーはヘッドランプやハンディライトで足元を照らしながらの走りとなる。


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夜の空は満天の星。

オリオン座や北斗七星を久々に見た気がする。


発表では出走は233名。申し込みは260名程度であった。


スタートしたランナーは、遠目からは、一つの群れになって飛んでいく蛍のように見えた。

無事にゴールに帰ってくるまでは楽しい旅を!




ウルトラの大会では常連のランナーも当然いるし、その面々も猛者揃い。

同じ宿に宿泊されていたサロマを27回完走したつわものランナーは、100キロ100回完走を目指しているとのことだった。

フルと違って走るスピードは遅くても距離が100キロとなるとかなり長い。

ゆっくりでもスタミナで10数時間走れる脚と体があれば何歳になっても走れるのが100キロ。

この大会でも見たところ若い人の姿は少なく、参加者の多くが40~60歳、何名かが70代。

全国区で見れば、90歳代の100キロランナーがいるというような話も聞いた。




一日の3分の2にあたる16時間の長丁場はランナーだけではない。

運営するスタッフも同じだ。

走ることはないにせよじっとランナーを待つ人たちがあちこちにいる。

ゴール会場では最終のゴールまで海宝さんはじめスタッフが待っている。




コース上に点在するエイドステーションの人たちも然り。

山の北側斜面にいれば寒い中、ドリンクや食べ物をテーブルにセッティングしてランナーが全員通過するのを待たなければならない。

この大会では、スタート前に着替えや予備のシューズ等を入れたバッグを預かってもらって、50キロを過ぎた地点で受け取ることが可能だ。

暑い季節の大会なら汗だらけになったウェアを着替えることでリフレッシュ効果があるけれど、こう寒いと汗をかくためにはかなり真剣になって走らねばなるまい。



午後9時が最終ゴール。

外が明るい内にゴールできるランナーはいいのだが、日没後にゴールするランナーはやはり明かりを持参することになる。


標高が高いところなので、前日の昼間も気温10度ちょっとしかなかった。

今朝方は、車の窓が凍っていたから、おそらく気温は氷点下であったのだろう。

大阪や東京の1~2月並みの寒さだ。

標高1700mの山の上はさらに気温が低く紅葉も今がピーク。

周りを山で囲まれ自然はいっぱい。



スタート後、ランナーの後を追いかけるが真っ暗な中、ライトもなしでは走れず、数百メートルで引き返す。

明るくなるまで宿で待機。

のちに会場に出向いて、大会関係者・役員の方々といろいろとお話ししていた。



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そうこうしている内にトップランナーが何と7時間52分で戻ってきた。

100キロは初のチャレンジだったという32歳の彼は砂漠ランナー。

強烈な登りと下りを含むこのコースでこのタイム!

2番目のゴールはそれから1時間以上たってから、3番目もさらに1時間近くの開き…。



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普通の100キロマラソンではない。

単に距離が長いだけならいいのだが、長時間の走りに耐えるだけでは済まない。


コース上のハイライトは山…大きな山を二つ越えなければならない。

一つ目は標高1700メートル、峠に向かってトレイルを延々と登り続ける。

登りは一部のランナーを除きほとんどが歩いている。

登りがあれば当然下りもそれに続く。

下りは登りと違う筋肉を使う。

勾配がきついのであまりスピードを出しすぎると加速してえらいことになってしまう。

そうならないために大腿部四頭筋を使ってスピードをギリギリのところで抑えながら下り続ける。

平地と違う、起伏、すなわちアップダウンの走り…トップランナーとビギナーとではここで差がつくのだろう。



平野部では秋であっても、山では既に冬が始まっている。

エイドステーションで止まるたびに寒さの中で震えてしまうという。





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今回、私は応援で、コースに出向くことがなかったので、ランナーたちの話を聞きながら今回の大会の様子を頭でイメージすることにした。


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と同時に、ゴール会場のあちこちでボランティアとしてスタッフのお手伝いをしながら、ゴールしてくるランナーたちの帰りを待っていた。



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スタートから12時間を過ぎると日も暮れ始め、13~14時間で辺りは完全に闇に包まれる。



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ランナーもヘッドランプかハンディライトを携帯して足元を照らしながらゴールに帰ってくるのだ。

ゴールライン付近ではカメラでゴールシーンを撮影、ここでナンバーカードの数字と順位を記録。

私もゴールテープを持って、ゴールするランナーの満面の笑顔を目の当たりにすることができた。


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トップは1キロ4分50秒ちょっとのタイムを刻みながら走ったそうだが、制限時間16時間ギリギリでゴールしようと思えば、1キロ10分をコンスタントに走る(歩く?)ペースで進んで行けばいいのだという。

ただ、伊南川のコースはほとんどフラットな部分がなく、トレイルも含むウルトラ…。


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最高齢74歳のランナーも時間内ゴール。




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15時間前後でゴールするランナーの多くが結構年配の方々。

最初から最後まで一定のペースでじっくり前進してきたのだろう。


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そして最終ランナー…15時間59分台ギリギリで戻ってくることができた。 

 

残念ながら時間内に戻って来れなかったが、自力でゴールを目指した方々も何名かいたし、早い時期に勇気ある撤退ということでスタッフの車で会場に戻ってきた方々も少なくはなかった。 



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ゴールしたランナーたちの一人一人とできるだけふれあいを大切にする海宝さん、握手を交わし、時には抱擁しあい、無事のゴールを讃えておられた。

海宝さんの大会に参加するランナーは多くがマナーとモラルを持って参加されている。

あるランナーから聞いた話では、途中のエイドステーションでも紙コップはいっさい道路に捨てることなく、決められたゴミ箱にきちんと捨てていたと…。


エイドステーションも充実、なぜか沿道ではバーベキューのふるまいもあったとか。



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ふだんは静かでのんびりとした近隣の集落も沿道で応援に出向いてくれたり…その多くが地元農家のおじさんやおばさんたち。



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ゴール後抽選会があって、空くじなし。

地場産の農産物や協賛スポンサーからの提供品等がお土産に渡される。

豚汁やおにぎりも好評。



初のウルトラを完走したランナーたちにとっては感動のゴールであったろう。

過去にこの大会で完走できず、二度目三度目のリベンジに挑んだランナーもいたようだ。



早朝2時ごろには起きて、真っ暗な中を走り、一人旅でずっと走ってきた者中にはいる。

登り下りで足を痛め、疲労のピークを何度も越えて、頭も体も

苦しい場面をいくつも経験してきて、そんな中でも美しい紅葉真っ盛りの山に癒され、仲間とともに励まし合いながら目指してきたのが100キロ先にあるゴールなのだ。



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その価値あるゴールに立ち会い、ゴールテープを切るランナーたちの姿を間近で見ながら思ったこと…やはり走ることは素晴らしい。


海宝ロードランニング、海宝さんはじめスタッフ役員の皆さん、お疲れ様でした!

魅力ある素晴らしい大会に居合わせることができて心から感謝しております。ありがとうございました!


そして、参加された前ランナーの皆さん、お疲れ様でした!

ゴールにたどり着けた方もそうでなかった方も、みんながヒーロー&ヒロインです。

自分が走り切ったところがウルトラのゴール、そう考えれば全員が完踏・完走者なのです。


その距離を伸ばそうと思えばまたチャレンジすればいい。

ウルトラを走る人たちはみんなが旅人。

勝ち負けはないのだから、アスリートでなくてもいい。

ゴールよりも、移動する過程そのものを楽しんだものが立派なのです。



一緒に走ればそれだけでももう仲間、友達。

走ることでみんながつながる、みんなとつながる…これを大事にしていきたいもの。

ランナーからたくさんの元気をもらえた一日…ありがとうございました!





第3回伊南川100キロウルトラ遠足…PEACE RUN事務局長木村さん編集の動画です。

テーマ:マラソン - ジャンル:スポーツ

  1. 2012/10/21(日) 19:10:09|
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伊南川100kmウルトラ遠足観戦記~その1

【伊南川100kmウルトラ遠足観戦記~その1】


10月20日、福島県南会津で開催された伊南川100kmウルトラ遠足の応援に出向いた。

18日夜大阪難波発のハイウェイバスで翌19日新宿着。

ここでPEACE RUN事務局の木村さん、東京在住のマサキさんと待ち合わせ、レンタカーでいざ福島へ。

高速道と一般道を利用して、約4時間で南会津町に到着。

第3回目の実施。

ウルトラマラソンの神様的存在海宝さん率いる海宝ロードランニングの主催。

現在、海宝さんの主催するウルトライベントは、3月の小豆島、6月のしまなみ海道、そしてこの10月の伊南川の3つ。

制限時間が16時間と少し長めでウルトラマラソンのビギナーでも完走できる割合が高い。


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参加者は主に関東エリアを中心に全国から約260名。

前日受付が南会津町の総合支所で午後2時から始まった。


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会場の幟をあげたり、スタート・ゴールのやぐらを組んだりするお手伝いもさせていただく。

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スタート・ゴール地点の伊南川小学校には樹齢800~900年と言われる大いちょうの木があった。

夜にはライトアップされていた。

児童数も現在60名。

建物が古く耐震のための措置も取られていない。

近い内に中学校と合併され、児童たちは耐震構造のある中学校の建物に移るということだ。



今回参加する中での最高齢ランナーは地元出身のおじいさん77歳。

他にも70代ランナーが数名確認できた。

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写真は、大会前日、ウェアにナンバーカードをつける木村さんとマサキさん。



大会当日の朝は午前3時起床。

朝食を済ませ4時半にはスタート地点の伊南川小学校へ。

当日受付のランナーも合流し会場は多くのランナーで賑わう。

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セーラー服姿やミニーマウス姿の男性ランナー、忍者もいれば裸ランナーもいる。

23年前に初めてサロマ湖で100キロマラソンを走ったが、あの時代も100キロを走ること自体が異常な世界であり、当然100キロランナーも普通ではない人たちというような目で見られていたが、今もそんな風潮はおそらく変わっていないのだろう。

ただ、100キロなどのウルトラマラソンに対する認知度が高まり、こういった大会に集まるランナーの中にいる限り100キロを走る人たちはお互いを普通でまともだと思うことが自然になってきたような感もある。

もちろん100キロを走るランナーの中でも、普通、やや普通、異常、やや異常、かなり異常…といった格付けも無意識の内に行われているような気がするのは私だけだろうか。


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裸足ランナーのつどい…


スタート前に大会主催者の海宝さんのあいさつがあった。

ゆっくり楽しく走る…海宝ロードランニングのポリシー。

スタッフ用に頂いたピンクのTシャツにあったメッセージ…

If you don't hurry, your life is full of wonders and joy.

もし急がなければあなたの人生は驚きと喜びに満ち溢れます。

これはPEACE RUNの「ゆったりまったり」に相通じるものがある。



今年は伊南川付近でも多くの熊目撃情報があり、前日宿に着いた時に、地元の小学生がみんなランドセルにクマ除け用の鈴をつけていた。

山の中は熊のテリトリーでもある。

熊がコース上に現れても不思議ではない。

群馬のXテラ(オフロードのトライアスロン)のマウンテンバイクコース試走の際、ツキノワグマの親子に遭遇、母熊にかまれて負傷した友人キムさんの武勇伝を聞いていただけに、熊の恐ろしさはやはり想像するだけでも身の毛がよだつ。


参加するランナーの無事を祈るばかりである。



その2につづく)

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  1. 2012/10/20(土) 23:59:59|
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日常雑感~101912

【日常雑感~101912】

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facebookやツイッターを眺めていて時々思うのは、この世界は様々なタイプの人間で埋め尽くされているということ。

同じ人間でありながら、自分と全く同じ人間はどこにもいない。

逆に、自分と違う人間ばかりいるからこそ世の中は面白いのだと思う。

旅に出て、自分のちっぽけさがよく分かった。

世界は、地球は、想像もつかないくらい広く大きく、たった一人の自分という人間は、この惑星にいる70億人を構成する一人ではあるけれど、宇宙の芥(あくた)にもならないくらいお粗末で極小な存在なのだということ。



それでも自分なりにこの世界で生きていくしかない存在。

またひとつ歳をとるわけだが、その歳の終わりには形なりにも一年間の振り返りと反省をしておくことにする。



教師という仕事を離れてはや2年半。

二本の脚で世界を走ると決めたのが1年ばかり前のこと。

この間に予測もつかないようないろんなできごとがあって、その中にはいろんな出会いもあって、いつもいつも何か目に見えない力がどこかで自分に働きかけているのをしばしば感じたもの。

その力の主の声に耳を傾け、何かしらひらめきが起きた時にはそれをできるだけ形にしようと努めてきた。

今はきっと下積みの期間…目に見えて大きな変化こそないけれど、きっと何かとてつもないことが起きるような予感を感じている。



日々自分に言い聞かせるべきことは、決してマイナス思考に陥らないこと。

一度マイナス思考に陥れば負の連鎖が始まる。

ネガティヴな自分自身であればネガティヴな人間がまわりに集まり出し、ネガティヴな事象を引き起こすに決まっているのだ。



少しでも楽天的に、むしろ開き直って生きていくこと。

何かトラブルがあった時には、村上春樹じゃないけれど「やれやれ…」で片付けてしまえばいい。



デニス・ウェイトリーの「アメリカインディアンの教え」で「あなたの幸せがここにある」にあったのは




「幸福な人は、変わるものは 変えようとします。変わらなかったものは 静かに受け入れます」



という教え。



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今の僕には1年どころか1ヵ月、半年先のことも分からない。

無計画で行き当たりばったりな日々が続くのは旅に出ている時と何ら変わらない。

その場その場で何とかなる…というよりも何とか対処すればいいという考え方。


実家に帰って母親とよく口論のネタになるのが自分のこんな生き方だ。


自分がまいた種は自分で刈ればいい。

他人に任せるからトラブルが生じる。




さあ、全く先の読めない人生…それだからこそ人生は面白くなっていく。

人生そのものが冒険になっていく。

世界五大陸を走るよりも実際わくわくするような波乱万丈の日々がやってくるかもしれない。



一人の人間がどうあろうと、世界は今日も動いているし、地球もその軌道に従って回っている。



世界には愛と平和を…我が人生には忍耐と試練を…。

まだまだ未熟なこの自分、転がる石のごとく、どこまでもどこまでも角が取れるまで転がり続ける。


安定とか安心とか「安」がついた言葉を理想にするつもりはない。

それは人を堕落させる言葉なのかもしれないから。


試練の真っ只中でさらに試練を求める。

忍耐の上にも忍耐を…。


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マイナスにマイナスをかければプラスになるように、僕は究極のプラス思考で生きていく。



静かに深く流れる川のように、悠々と…。


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*アドヴェンチャー・ランナー高繁勝彦自ら編集する無料メールマガジン

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  1. 2012/10/19(金) 01:00:00|
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永く走ろう

【永く走ろう】


子供の頃は早く大人になりたいと思っていて、大人になったら子供に戻りたいと思っていたけど、老人になったら一体どんな風に思うんだろう…?


先日ブログで書いた映画「ストレイト・ストーリー」の主人公、73歳のアルヴィンが言った言葉…



「年をとって辛いのは、若い頃のことを覚えていることだ」




あの頃はよかった…そんな風に思う機会が増えてしまっている自分…。



今を生きよう…。

だって、今しかないんだから…。




*****




今は体力的にも問題なく、スピードを重視した走りにこだわり、レースや大会でのタイムの短縮など記録を狙っているランナーも、やがて走りそのものに翳(かげ)りや衰えがきっと現れる日がやってくる。

記録も頭打ちになり、いくら走り込んでも体力強化トレーニングに励んでみても、もはや自分自身でどうにもならなくなった時、どうすればいいのか?

メルマガ「週刊PEACE RUN」のおたよりコーナーの中でも書いたことだが、まずは体がボロボロになるような走りはしないことだろう。

律儀で真面目なランナーが(自分もそうだったのだが)オーヴァートレーニングに陥る可能性は高い。

慢性疲労の状況下、いくら走っても満足の行く走りができない…。

それを自分の練習不足のせいだとか、走り込みが足りないのだとか、自分を責める材料にしてしまう…これが負の連鎖の始まりとなってどんどん疲労はたまり抜けなくなっていく。


スタミナ養成のためには体をいい状態に保つことが不可欠。

いいコンディションであればきちんとトレーニングの成果は数字にも現れてくるだろう。

疲れたら休む、休んだらまた頑張る…基本的なことだが、このことに気づかなくなったり、気づいているのに「自分のことじゃない」とシラを切ってしまったりすることで状況は悪化する。




先日カナダで行われたトロント・ウォーター・フロントマラソンで二人の男性ランナーに注目が集まっていた。

一人は101歳インド系イギリス人のFauja Singhさん。


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今回は5キロの部に参加。

1911年生まれ、2003年のロンドンマラソン(フル)を6時間2分で完走している。

その年に走られたトロント・ウォーター・フロントマラソンでは5時間40分の記録。

昨年100歳でフルマラソンを8時間11分で完走。

100歳でフルマラソンを走った最初のランナーとしてギネスブックに記録された。

今も100mからあらゆる種目の年齢別最高記録保持者になっている。

63歳で走り始めた彼は「死ぬまで走るのはやめないよ」と語る。

ベジタリアン…職業は「マラソンランナー」となっていた。


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もう一人はEd Whitlockさん。1931年カナダ生まれの81歳。


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10代の頃から走っていたが40代になってランを再開。

その後、走り続ける中で数々の記録を打ち立てていく。

フルマラソンでは、2000年に69歳で2時間52分台(私が20代後半で出した自己ベストと同じだ!)、2004年、73歳で2時間58分台。

先日のトロント・ウォーターフロントマラソンでは3時間30分台の記録を残した。

このタイムは1キロ5分、10キロを50分で走る時速12キロのスピード。



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科学者のデータに基づいた研究から出てきた結果によると、もし彼を20代の時に走らせたとしたら、2時間3分台の記録を出していたであろうという。

今年ハーフマラソンでの記録は1時間38分台で全くの衰え知らずである。

70代前半で10キロを37分台を記録しているのだ。

ウィキペディアの彼の項目に輝かしい記録が掲載されているのでご覧あれ。

こちらです。



80歳でも90歳でも100歳でもまだ走れるということ。

かの“Born To Run”に「人は年をとるから走れなくなるのではなく、走らないから年をとるのだ」といった下りがあったが…まさにその通り!



この二人を調べていて思ったのだが、きちんと確立された生活習慣(ランニングを含む)が永年に渡り継続されてきたことで、二人の体はある一定の年齢から衰えなくなってしまったのではないか…。

言い換えるなら、二人は何年かに一度、歳をとって行く人たちなのかも知れない。

うるう年の2月29日に生まれると誕生日がオリンピックとアメリカ大統領選挙と同じで4年に一度しか来ない…まさにそのような感じだ。



私自身もうすぐ52になるが体内年齢は26歳。

50歳の時には25歳。

常に実年齢の半分を維持しているようだ。

食事と運動には気遣ってきたつもりだが、今50代をどう乗り切るかが今後の展開に影響してくるのだろう。




今、時代は高齢化社会…アンチ・エイジングに関するいろんな研究がなされている昨今ではある。

サプリメント(栄養補助食品)などに頼ってばかりもいられない。

サプリメントが元で病気になった人間も実際にいるのだから。



個人的には生き方や考え方も生活習慣同様に人の人生のあり方を左右すると考えている。

くよくよしない、マイナス思考に陥らない、いつも明るく笑顔でいること。

旅をしながら自分自身の人生のあり方も大幅に変わってきた。

多少の問題があっても楽天的にやっていけるようになってきた。



走ることには貪欲になるつもりはないけれど、自分自身も死ぬまで走り続けるつもりである。

走りながらあの世に駆け込めたら本望…(笑)。





長く走るのはもちろんだが、特に今元気で走られているランナーには「永く」走ってもらいたい。

生涯スポーツとしてのランニングで体を痛めたり壊してもらったりして欲しくはない。

LSD(Long,Slow,Distance)のLongはもちろん「長時間」の意味で使われているのであろうが、私としては「永い年月=いつまでも」ととらえたいと思うのである。




誰もが歳をとり、老いて、やがてこの世から消えていく。

分かってはいる当たり前のことなのだけど、「まだ自分は大丈夫」と誰もが思い勝ち。

生きて走ってなおも生きること。

命があるから走ることができる。

命を授かったおかげで走らせてもらっている…

そんな感謝の気持ちで走り続けたいものである。




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年を重ねただけでは人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。  
 
歳月は皮膚にしわを増すが、情熱を失えば心はしぼむ。




---サミュエル・ウルマン「青春という名の詩」から




*写真はトロント・ウォーター・フロントマラソン事務局提供




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  1. 2012/10/18(木) 10:26:54|
  2. マラソン・ランニング
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Autumn~オータム

【Autumn~オータム】

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僕は秋に生まれた。

だから秋が好きである。

僕が秋に生まれたということと、秋が好きということの間には、何ら特別な関係があるわけでもない。

それでも一年に数ヶ月しかない秋を、自分の生まれた季節としていとおしく感じるのだ。

秋の物悲しさや寂しさは、人をどこかセンチメンタルな気分にさせる。

やがて季節が辛く厳しい冬に移り変わろうとする中で、人々の心の中にも何か変化が起こり始めるからかも知れない。



昨日の朝のランニング中、道端に栗が落ちているのを発見した。

イガイガがついたままの自然の栗だ。

周りを見渡せば、木々は少しずつ秋の色合いに…。

ついこの間まで夏だと思っていたらもうそんな季節になっていたのか…。



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家から数百メートルばかり離れたこの坂道…。

いつも季節の移り変わりを、このフィールドを走りながら感じ取ることができた。

僕は、一体何度目の秋をここで迎えることになるんだろう…?



空は青く、空気は澄んでいて、登りが続く静かな県道はとてもすがすがしく、これから一日が始まるのにふさわしい場所であった。

坂道を登り切り、後ろを振り返ると遠くの方に別の山が見えた。

名前も知らないけれど、何度も見ていて既に馴染みのある山…いつか登ってみたいと思っていた山でもある。


僕は本当に平和な気持ちになって、自分のいるこの世界を見渡してみた。

自分がこの世に存在することを、つくづく誰かに感謝したいと思った。



東の空に登る太陽…。

朝の光だけは万人に平等に輝いている。

僕はその光の指す方向に向かって両の手のひらを合わせ、祈りを捧げた。



テロも戦争も暴力も偏見もいらない。

僕たちには、たとえどんなにちっぽけであっても、この尊い生命があればそれでいいのだ。




走りながらMP-3プレイヤーがランダム再生でふと流し始めた曲…。




George Winston - Colors/Dance



もう30年も昔…CDが出始めた頃、この曲を知った。

教員になったばかりで日々あわただしく時間を過ごしていた中、部屋のステレオでCDを演奏し始めたその瞬間、ふっと肩の力が抜けた。

衝撃的なメロディだった…。



まだ世間知らずの20代で、世の中をなめてかかっていた青二才の自分…(今もあまり変わってないかもしれないが…)。


日々失敗だらけの人生で、恥も嫌というほどかいて、それでもいろんなことを教えられ、学んできた。



その成れの果てが今の自分自身…。



試行錯誤と行き当たりばったりの人生…運と感性だけで生きて行こうとするのはまだ世の中をなめてかかっているからだろうか…。


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日々模索するのは、いかにして真の自分自身になり得るかということ…。





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いざとなったら…というけれど、今こそがいざと言う時、いざと言う時がまさに今なのだと思うことなのだ。

この二つを別のものと考えていたら、いつもチャンスを逃してしまう。

備えておこう、今がいざと言う時…いざと言う時がまさに今この一瞬…。





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テーマ:今日のつぶやき。 - ジャンル:日記

  1. 2012/10/17(水) 17:30:36|
  2. 日常
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ランニング道~マラソン講座(30)~LSD~その2

【ランニング道~マラソン講座(30)~LSD~その2】


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LSD(Long,Slow,Distance=時間をかけて、ゆっくりと、長い距離を走ること)の魅力と効用についていくつかまとめてみたい。

学生時代に運動経験があって、何年かのブランクを経て走り始める人はたいてい速いペースで走っている。

自分もそうだった。

若い人は体力に任せて息が切れるくらいのスピードで走るかも知れない。

これでは長続きしない。



かつてNEC陸上部監督であった故・佐々木功氏はその著書「ゆっくり走れば速くなる」でも書かれていたが、当時のチームメンバーに「歩くより遅いスピードで走れ」と指示していた。

歩道を歩いている歩行者にも追い越されるくらいのスピードで走って監督にほめられたランナーもいたらしい。



日本マラソン界を牽引してきた浅井えり子を13年間育ててきた佐々木氏は「身体の末端の眠っている毛細血管を目覚めさせ、競技能力を向上させることが可能である」というL・S・D理論を提唱、浅井えり子が氏の遺志を受けて現在もこの理論をテーマにランニング教室や講演活動を行っているという。


毛細血管というのは「動脈と静脈をつなぐ細い血管…(中略) 直径5~10μmで、白血球、血漿等が血管細胞の隙間を通じて移動、ガス交換・栄養分・老廃物の運搬等を行う」ものだそうだが、手足の先端などにあって、ふだんは血液が十分に流れることなく、歳をとってくると冷え性になったりするのもこの毛細血管に十分血液が送られないことが原因と言われる。

厳冬期、手袋なしで走り始めると指先がかなり冷たいが、走り始めてじわじわと指先まで温かくなってくる。血液が毛細血管の隅々に流れ始めているということなのだろう。

体中の細胞が活性化することで今まで眠っていた体の機能が活性化する、これが走るというパフォーマンスにプラスになると言うのだ。



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マラソンランナーのトレーニングとしては一番筆頭に上げられるのがこのLSD。

しかし、LSDという言葉に定義づけをするというのは実際のところ難しい。

どれだけの時間、どれくらいの速さで、どのくらいの距離を走ればよいのか…?

これはランニングの経験、あるいはランナーの走力にもよるのだろうが、ビギナーにしてみれば20~30分だって長いと思うかもしれない。

私自身としては、スピードは特に意識せず「心地よく走れるスピード」をキープして走ってもらいたい。

鼻で呼吸ができるスピード、あるいは誰かと一緒に走っていておしゃべりしながら走れるスピードと言ってもいいだろう。

時間を主とするか距離を主とするかで走りも若干変わるだろうが、できれば時間のたっぷりある時にまとまった距離を走るのがいい。

時間や距離を気にしながら走っていては心地よさは求められない。



LSDのいいところは故障が起こりにくいということ。

スピード練習では故障を避けられない。

特に足(脚)が未完成のランナーは、まずLSDでマラソンを走る足(脚)をしっかり作っておきたい。

若い頃に運動経験があるからといって過信していては危険。

体はいつまでも若い時のままではないのだから。



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佐々木氏もその著書で書かれていたが、ゆっくり走りながら自分らしい走りを見つけることも大切。

ランニングフォームである。

万人に共通する最適なランニングフォームというのはない。

自分自身が走り続けていく中で自然に生まれてくるのが自分独自のランニングフォームなのだ。

たとえば、3~4時間走り続けたランナーの体には無駄な力が入っていない。

入れるだけの力も恐らく抜けていってしまうのだろう。

リラックスした状態なら効率のいい走りが可能だ。



転がり続ける石はやがて角が取れて円くなっていく。

最初はギクシャクした走りであっても長期間走っていると見た目も自然な走りになる。

速いスピードで走るのは格好よく見えるとしても、スロースピードになるとアンバランスな走りをするランナーが意外に多い。

どんなスピードでも一定の走りができなければ長い距離は走れないというのが私の理論。



ある程度マラソンの足(脚)ができたなら、何時間でも時間の許す限りLSDをやってみよう。

フルマラソンを目指すのなら30~40キロ。

100キロなら60~80キロ。

もちろん本番のレースと同じ距離を一度は経験しておくのもいいのだが…。



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1992年に光文社から出版された加藤邦彦氏の「スポーツは体にわるい」という著書を読んだ時、活性酸素の有害性について記されていた。

長距離のレースでは、当然速いペースでかなり体を酷使させることになる。

本来、スポーツとは体にストレスを与える行為、ランニングも然り…なのだ。

それでも心地よさや達成感を味わいたいと思うランナーは決して走るのをやめることはないのだろう。



加藤氏が提唱する適度の運動…特に中高年の場合、最大酸素摂取量の50パーセント、心拍数が100~110レベルの運動を週3回。

これはもちろん目安だが、インターバルなどのスピード練習をすることで乳酸蓄積量が増えて疲労がたまりやすくなるということも頭に入れておこう。

各個人の運動経験、体力レベルによって理想のトレーニングメニューも当然変わってくる。

大切なのはやはり「心地よさ」であるということは間違いないと私自身は思っている。



LSDはゆったりまったり走。

あせらずあわてず…。

ゆっくりではあるのだが、ただスローなだけでなく心にゆとりがあることで「ゆったり」した気分になれる。

長時間そんな感覚に浸ることで「まったり」感も生まれてくる。



時間や距離やスピードに縛られたら心地よさは消えていくもの。

仕事も同じ…。

「時間がない」と思う人間は自分の24時間をメンタル面で短くしてしまっているのだ。

「急がなければ」と思った時点で気持ちはもう焦ってしまって精神的な余裕を失っている。




とらわれないこだわらないしばられない…。

自由な感覚を大切にしよう。

GPSや心拍系の数値にこだわっているランナーは、実はデジタルツールに走らされているだけなのである。

走ることを科学するのは悪いことではないけれど、科学的データによって本来の走る楽しみが半減してしまっては元も子もない。



せめて走っている時間だけは各自のフィールドで野性に返るようにしよう。

大らかに、のびのびと…。

ランナーが一番輝けるのは走っている時なのだから…。



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  1. 2012/10/16(火) 11:25:31|
  2. マラソン・ランニング
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ランニング道~マラソン講座(29)~LSD~その1

【ランニング道~マラソン講座(29)~LSD~その1】

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今の走りのベースはLSD(=Long,Slow, Distance)。

それも時速7~8キロでスピードは度外視。

一歩一歩をかみ締めるように、足の指で大地をぎゅっとつかむように走る。

朝目覚めた体に刺激を与えるだけならこのくらいがちょうどいい。

この走りなら毎日50~60キロ走っても故障はしない。



本格的に走ろうと思い立ったのは27年前、25歳の秋だった。

当時勤務していたのは大阪の南部にある公立高校、その学校の陸上部顧問の先生から誘いを受けたのがきっかけだ。


「毎年3月に兵庫県の篠山でフルマラソンの大会があるんですが、出てみませんか?」


走るのは嫌いではなかったが42.195キロを走るなんて全く未知の世界だった。


「どんな練習をしたらいいんですか?」


と訪ねてみたところ


「月に300キロ走れる脚を作りましょう」


と言われた。

月間300キロ、1日当たり10キロ走る計算だ。



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とりあえずその翌日から毎日10キロずつ走るということで毎朝早くから近くの公園周辺の道路を走った。

中学からずっと剣道をやってきて、大学で自転車に乗り始め、当時の勤務先の高校までは片道11キロあったが雨の日以外は大体毎日自転車で通勤していた。

体力的には自信はあったが、走り始めて3日目くらいで膝やらアキレス腱やらあちこちが痛み始めたのだ。

陸上部の先生とまたあれこれ話す中で、


「どれくらいのスピードで走っているんですか?」


と聞かれた。


「…大体40分から45分くらいですね」


「それは速すぎますよ」



「LSDっていってね、時間をかけてゆっくりと長い距離を走ればマラソンの脚力はつきますから」



4日目はスピードをぐっと抑えて走った。

10キロを60分…息も上がらないし、当時の自分にしてみれば何か物足りないスピードでもあったが、これなら楽に走れる。

そんなこんなで毎日風呂上りに足腰のあちこちに湿布して、ストレッチも丹念に行った。

2週間目、足のどこかが必ず痛んでいたが、故障というほどのものではなかった。

3週間目、痛みがひと通り治まって、体重も3キロほど落ちた。

1ヶ月、毎日同じペースで走っていたが、ごくたまに短い距離をハイスピードで走ると体が楽に動くのを感じた。

もちろん、この間も自転車通勤を1日22キロ、放課後には生徒たちと剣道の稽古も一緒にやっていた。




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2ヶ月、3ヶ月と経つ内にランナーとしての足と体が作られていった。

そして3月の第1日曜日、大会本番。

ペース感覚が全く分からずにとりあえず無理せず、いつものペースより少しだけ速く走っていた。

10キロ通過がほぼ50分であることを確認。20キロで1時間40分。

ちょっとだけ冒険したくなってペースを少しあげたら30キロ過ぎで足が急に重くなり、と同時にスピードもじわじわと落ちていくのを感じた。

事前に教えられていたマラソンの壁である。

そのまま40キロを通過。

最後の2キロあまり、周りの人たちの応援もあったので何とか頑張った。

ゴールが3時間32分。

ゴールしたあと、深呼吸しようとすると肺が破裂しそうな感覚…それだけは今も忘れていない。


「これがフルマラソンなのか…」


陸上部の先生には、一度マラソンを走って「また走りたい」と思うか「もう二度と走りたくない」と思うかのいずれかだと言われたが、自分はまぎれもなく前者だった。



その後もLSDの走りに徹していた。

いろんなランニングに関する本や雑誌を読んで研究しながら、自分の体を使ってあれこれ実験を繰り返していた。

それでも練習で30キロ以上を走ることはなかった。



翌年の篠山マラソンまでにはある程度トレーニング法も自分流のスタイルを作り出していた。

メリハリをつけた練習…スタミナをつける練習とスピードをつける練習の二本立て。

LSDは30キロまででキロ6分よりも遅く、できるだけ平坦な道を避けて起伏のあるコースを設定。

スピード練習と言ってもせいぜい1キロ4分のスピードで1キロを10本かあるいは2キロを5本。

正確な距離が分かる河川敷のサイクリングコースを主に利用した。

週末はLSD、スピード練習は週に2度まで。

それ以外はペースも距離も気分次第。

剣道や自転車通勤もあったので疲れている時は無理せずにオフにしていた。

今から考えれば、自転車通勤そのものがLSD的な練習になっていたし、剣道でも動きの激しい稽古はインターヴァル練習に匹敵していたのではないだろうか。



その内、通勤ランニングも始まった。

往路を自転車で11キロ、復路をランニング11キロ、次の朝もランニング通勤で往路、自転車を復路…といった具合。



自転車では何度か経験していたのだが、初めてランニングハイを経験したのも通勤ランニングを取り入れてからのこと。

季節は秋…風が少し冷たくなり始めた頃。

時間は早朝…朝日が昇って少したってからの時間。




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当時、カセットテープのウォークマンを聞きながら(恐らくボストンの「宇宙の彼方へ」だったと記憶している)、1キロ6分よりも遅いスピードで走っていた。

そんなある日のこと、突然、体が中に浮いていくかのような気持ちになっていくのを感じ始めたのだ。

天国への階段を登っているみたいな気分だった。




それが、LSDによる中毒症状の始まりだった…。


 

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(「その2」につづく)




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  1. 2012/10/15(月) 11:30:00|
  2. マラソン・ランニング
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ストレイト・ストーリー

【ストレイト・ストーリー】


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中古のDVDを購入して今日見た映画「ストレイト・ストーリー」





『ストレイト・ストーリー』(The Straight Story)は、デヴィッド・リンチ監督のロードムービー。

アイオワ州ローレンスに住む老人が、時速8kmのトラクターに乗ってウィスコンシン州に住む病気で倒れた兄に会いに行くまでの物語である。1994年に「ニューヨーク・タイムズ」に掲載された実話を基にしている。


以上はウィキペディア「ストレイト・ストーリー」の説明から引用




*あらすじ


舞台はアイオワ州の片田舎ローレンス。73歳の老人アルヴィン・ストレイト(リチャード・ファーンズワース=映画撮影当時80歳)娘のローズ(シシー・スペイセク)と暮らしているが、根っからの頑固者。


不摂生が元で体のあちこちにガタが出て、ついに倒れてしまって病院に連れて行かれる。

医者は手術を勧めるが彼は医者の世話になどなりたくない。

それまで1本だけ使っていた杖がそれをきっかけに2本使うことになった。

そんなある日、10年前喧嘩して以来交流のなかった兄ライル(ハリー・ディーン・スタントン)が発作で倒れたという知らせが入る。

兄が住む隣のウィスコンシン州マウント・ザイオンまでは560キロも離れている。

車があれば数時間で行ける距離だが、アルヴィンは目も悪く車の免許もない。

おまけに足腰が不自由で杖がなくてはどこにも行けない。

それでも、何とか兄のライルに会うためにこの頑固じいさんは誰の力も借りず、自力で兄を訪ねることを決心。

彼が選んだ旅のパートナーは時速8キロで進む芝刈り機。

その後ろにはトレイラーをつけて、数週間野営しながらの旅を続けることになる。

娘をはじめ近隣の仲間が反対してもアルヴィンは聞く耳を持たず…。

一度は喧嘩別れした兄だけど、仲直りをして一緒に星を見たいと、ついに旅立つのだが…。



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*****




ずっと見たいと思っていた映画だった。

最初に使っていた芝刈り機はすぐにダメになって、ヒッチハイクで自宅まで戻ってくるが、アルヴィンの性格を物語るのは、そのポンコツ芝刈り機の処理の方法…。(これは映画を見て確認を!)

一度失敗したからと言ってあきらめちゃならない…これもまた人生。

考えられる可能な方法はすべて試すというのもまた鉄則。

試行錯誤の体験の中から「自分流」というものが生まれてくる。



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困難を乗り越えるロードムービーということで、自分自身のバギーを押しての「アメリカ横断ランニングの」旅にもダブってしまうのだが、旅の中での出会いはまさにドラマ。

アルヴィンが旅で出会う人には悪人はいない。

彼自身の人柄が鏡になって、出会う人々が皆それぞれにいい部分を見せてくれるのかも知れない。

登場する人物も映画全体のセリフもきわめて少なく思えるのだが、それゆえに一人一人のキャラクタも魅力的で、アルヴィンが一人一人に語る言葉も奥が深く、身に染みるものがある。

静かに淡々と語られるアルヴィンの言葉は、いつも何か抑制されたものがある。



予告編の中にも出てくるが、サイクリストたちの集団に出くわした夜、キャンプでその若者たちに語っている。


「年老いてつらいことは若い頃を覚えていること」



自分もこのセリフが一番印象に残った。


第二次大戦で全線で狙撃兵として活躍していた頃の暗いエピソードも、のちのアルヴィンの人生に影を落としているのだろうが、それでも何度も出てくる満天の星空の下のキャンプの平和な夜に、アルヴィンは心躍らせながら旅を続けていたことだろう。



旅はよく人生にたとえられるけれど、人生そのものが旅なのだ。

辛くても楽しくても、ひたすら前に進み続けることしかできない。

道中でいろんな人と出会い、いろんな経験をしながらも、目的地にたどり着くまでは決してあきらめない。



それにしても、アルヴィンが時速8キロのトラクターに乗って旅を続ける場面は、ゆったりまったり感たっぷり。

自分がバギーを押して走っている情景をそのまま見ているかのようでもあった。


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あせらなくてもいい…いくら時間をかけてでも成し遂げなければならない夢があることをアルヴィンは教えてくれているのだろう。




真っ直ぐにしか生きることのできない真っ直ぐな物語…アメリカ中西部の、地平線への果てと真っ直ぐに続くハイウェイを今一度走りたいと思わせる、そんな映画だった。


付け加えておくと、この映画が公開された翌年の西暦2000年に、アルヴィン役のリチャード・ファーンズワースは自殺している。

ガンに侵され体を蝕まれたあげくその苦痛から逃れるための選択であったという。





「ストレイト・ストーリー」予告編




【映画データ】

「ストレイト・ストーリー」


1999年・アメリカ、フランス合作

監督:デヴィッド・リンチ

出演:リチャード・ファーンズワース、シシー・スペイセク、ハリー・ディーン・スタントン



テーマ:★おすすめ映画★ - ジャンル:映画

  1. 2012/10/14(日) 17:26:28|
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PEACE RUNがめざすもの

【PEACE RUNがめざすもの】

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この3年間、日本とアメリカを旅してきて、出会った人々の数は恐らく1000人を超えているであろう。

PEACE RUNを通じて、何らかの形で関わって頂いている人たちも全国規模に広がってきている。

旅をしていない期間でも、できるだけ自らの足でいろんな土地に出向いて、価値ある素敵な出会いを求め続けている。



旅先でPEACE RUNについて聞かれた際には「地球70億人の人たちの一人でも多くと出会い続ける旅」という説明を付け加えている。

1980年代から自転車旅行で国内外を走ってきた。

その時代から、旅をしながら移動し続けることで出会いを楽しむことが主な目的でもあった。

様々な出会いの中で、様々な人々の価値観にふれるのは社会や世界のその時々のあり方を学ぶ機会でもあった。

教壇でよく口にしたのは「学校で学ぶことだけが勉強じゃない」ということ。

教科書には書かれていないけれど、もっともっと大切なことを自ら求めて学び、身につけていく…これが生きていくことなんだろうと自分自身は考えてきたし、もちろん今もそう信じている。



NPO法人PEACE RUN PROJECTが認可されたのは、昨年私がアメリカ横断ランニングの旅を走っている最中の10月のことだった。

あれから一年…。




* PEACE RUN PROJECTについて




もちろん走るだけで世界が変えられるなどとは思ってはいない。

走るのはあくまで手段・方法なのだ。

走ることをベースに、ありとあらゆる方法で人や組織に働きかけていくのが妥当だと考えている。



幸い、facebookやツイッターを通じて様々なジャンルの方々が今身近なところにおられることが強み。

その職業も、政治家や起業家、医師、脚本作家、ミュージシャン(音楽家・歌手)、映像プロデューサー、カメラマン…幅広いジャンルに渡っている。

教員をしていた頃には絶対接触することもないであろうと思われるような人たちと、今はいろんな場面でコンタクトしているわけだ。

中には実際にお会いした方々も少なくはない。

自分の知らない世界に一歩足を踏み入れるかのように、新たな発見があらゆるところに隠れている。

走ることとは全く関係のない世界にいる方々とも、直接お会いして、話を聞かせていただいて、これから自分がどうすべきかを知るヒントを頂くことも多々ある。



大切なのは、一つのことにとらわれることなく、世の中の動きや流れを客観的に見ること。

世の中の様々な分野で起きていることについて五感を利用して自分に必要なものはためらわず吸収していくこと。

インプットされたものはアウトプットしていく必要がある。

それもインプットされたままではなく、自分というフィルターを通してろ過作業が必要な場合もある。

フィードバック効果がいろんな場面で顕著に現れるのはそれからだ。

情報を絶え間なく発信しながら、PEACE RUNが目指すものをできるだけ正確に世に伝えて行きたい。

それは日本だけでは不十分。

これから訪ねていくであろうあらゆる地域や国にいる人たちにもアピールすべきことが多々あるはず。



社会を、世界を動かすために必要なものを常に模索しながら、少しずつでもいいから、ゆっくりと前に進んでいくこと。

それが恐らく今の自分に与えられたミッションなのだろう。




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ノーベル平和賞は存在していても、確実に平和な世界というのはまだ実現していない。

領土や国境をめぐる紛争、独立をめぐっての騒乱は絶え間なく続いているのが今の世界。

そんな世界を一人で走り続けて何になるのか…自分でもそれは時として疑問に思うこと。

だが、誰かが、何らかの形でアクションを起こさない限り変わっていかないのが世界というもの。




言葉よりも行動が、人を、世界を変える。

いろんなことがうまく進んで行くために、僕は走り続ける必要がある。

立ち止まらず、振り返らず、一歩ずつ、ゆっくりと、あせらず、あわてず、あきらめず…。





*****





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午前中に、某スポンサーに提出する「PEACE RUN2012日本縦断ランニングの旅PART2」のレポートを書いていて、東日本大震災の被災地を北から順番に訪ねてきた時の様子を思い返していた。

地震、津波、原発事故、放射能汚染…悲惨きわまる天災であったには違いないのだけれど、3.11のあとの様々なできごとに関しても、人間が関わるいろんな問題が逆に悲惨さを増長していたのではなかったか…。

被災地で出会った方々との言葉のやりとりを思い返すと、今もやるせない気持ちにさせられる。



復興はまだ終わっていない。

それだけじゃなく震災はまだ続いているとさえ思えてくる。

震災で被災したのは被災地ではなく、日本という国だ。

被災した人たちだけが被災者なのではない。

何らかの形で必ず関わっている日本国民全体が被災者なのだということを忘れてはいけないのだと思う。



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  1. 2012/10/13(土) 16:59:16|
  2. 世界平和
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新!関西演芸ロックショウVol.2

【新!関西演芸ロックショウVol.2】

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*前回のブログの続きですが…

10月11日、南船場4丁目の「スイーツ・オ・レ」で上田さんとお別れしたあと、私が向かったのはライヴハウス「心斎橋SOMA」。

「新!関西演芸ロックショウVol.2」という一大イベントがあるのだ。

天球ぴんぽんずのライヴは何度かここに見に来たが、今夜集まるのは彼らに優るとも劣らぬ個性的で強烈なキャラクターを持ったアーティストたち…。

一体何が起こるのか…引田天功のスーパーマジックショウを見るかのようなワクワクした気持ちでジャンボビルの地下に降りて行った。

午後6時半開場。

宮崎でお世話になった山口さんが関西にお仕事で来られていて、ライヴハウスで待ち合わせすることになっている。

午後7時開演後しばらくしてから山口さんもやってこられた。



以下は、PiapiさんがQ[ku:]のブログで紹介されていたイベント参加アーティストの紹介文。

天球ぴんぽんずと天晴レ天女ズ以外は初めてお目にかかるアーティストたち…。



〈ヒゲクーピー〉

とびっきりずっこける歌に甘酸っぱい切ない歌 

青井義皓&山本直の22歳男性デュオ


〈天晴レ天女ズ〉

なにわのスーパーアホドル村上三奈

シンガーソングベーシスト池田ゆか里

キンボールクイーンのオムニキンゆきえの

3人によるテクノポップ&体操パフォーマンスユニット


〈天球ぴんぽんず〉

佐藤敦(ギター・ディジュリドゥー) 芝田吾朗&Piapi(ボーカル)によるスペースシャーマンエレクトリックミュージックセラピー


〈なにわのビリー・ジョエルKENJIRO〉

あまりに似すぎて本当にびっくりします!


(金のたまご 新人さんいらっしゃい!)

松本美穂


(変態オペラ)

Tamosomebody・ハマー部長・右京さん・村上三奈・池田ゆか里・オムニキンゆきえ)


(幕間大使)(ステージの合間をつなぐ)

座☆ひきがたらーず アコギな奴ら VO/GO 芝田吾朗 TOZY けんたろう!

星野壮馬 大柴広己 松山和司 りょーた


[客席楽団団長]

Pooly







*以下は芝田吾朗さんのfacebookでのコメントから引用。

写真は私が撮影。



ありがとう 新・関西演芸ロックショウ 第二話

もうね ないよ なかなか こんなイベントは

ほんま すごい へんな あったかい空間

それぞれが自由に表現し

はみだしてはみだしてきれいな色に混ざる

みたいな な~んかいい感じ

10年前から目指してきたものが ずいぶんカタチになってきたなぁ

みんなそれぞれの道を一生懸命歩いているのがわかります

ありがたい なかま


◆松本美穂◆

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映画の主人公になりそうな 立ってるだけでドラマがみえる

貴重な才能 のびろのびろ もっとのびろ



◆変態オペラ◆

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天晴レ三人組とホンマモンの素人男子三人組

この3on3が織りなす妙ちきりんな世界は

いろーんなものを許してしまえる強さがあります

うん 全面的に許せる



◆ヒゲクーピー◆

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彼らが売れるような音楽業界になればいいのになぁ

そして青井くんの歌がこれ以上上手くならなければいいのになぁ

山本くんがこれ以上垢抜けなければいいのになぁ

そして売れてくれ



◆天晴レ天女ズ◆

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完全口パクもあれだけ堂々とやればれっきとしたライブになるね

30にしてようやく目覚めのときがきた感じ

日本で小さくまとまらないでとっとと世界へ飛び立ってほしいものです



◆天球ぴんぽんず◆

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ライブの時以外に音をあわせないという三人だけに

つねに新鮮な音の波に揺られ揺られてみんな仲良し

仲良しの波がじわじわとひろがっていくのを確認しました



◆Kenjiro◆

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なにわのビリー・ジョエル Kenjiro(略してビリケンさん)

目をつぶればそこにはビリーが 本物のビリーがいました

しかもマニアックな1980年代の大阪府立体育館バージョンをご披露くださいました

これぞ職人ワザっ!!


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◆座・ひきがたら~ず◆

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アコギ弾き語り男子8人のスーパー変則バンド

それぞれがんばってるんやなぁ

音をあわせたら一瞬でわかります

ツボにハマった時の破壊力は今もなお健在でした

ま 一番盛り上がるのはいつも客席からはけたあとの楽屋でした

みんなここぞとばかりに盛り上がりました

こいつらも変態です

とまあ こんな人達がでてくれてたわけなんやけど

まぁほんま飽きひんわ

最初っから最後までどこを切ってもけんたろー!

ビックリマーク




*****




特に印象に残ったポイントだけをしぼって感想を述べさせていただくならば…


さまざまなアーティストたちが、さまざまな楽器を使って、さまざまな個性を、さまざまな形で表現していく…。

吾朗さんは「変態」と呼ばれているが、それは裏返してみれば「超・個性」と言うべきもの。

才能のあるものが異端児扱いされるのだとするならば、皆がそれぞれに普通とは異なるずば抜けた才能を持ち合わせているということだろう。

こういった集合形式でオムニバス的なイベントをするというのは、まさにそういった才能がひとつになって、サラダボウル的な面白さが楽しめる。

全く違ったものがうまく溶け合って一つの作品になる時、不思議な空気が醸し出され、観衆もパフォーマーと一体化されてしまうかのような気持ちにさせられてしまうもの。

そこに生まれてくるのは調和・バランス…そして、共存することによって生まれてくる愛と平和…。


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吾朗さんが天球ぴんぽんずの演奏中に「国境や領土なんてどうでもええんとちゃいまっか」と言われていたが、まさにその通り。



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今回もノーベル文学賞は逃してしまったが「文化に国境はない」と言った作家村上春樹氏の言葉を信じよう。



最後に出演者と観衆が一体となって手に手を取り、腕や肩を組んでステージと観客席の間の仕切りが取っ払われた。

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スペースシャーマンの洗礼が終わり、地球の浄化作業が心斎橋エリアから始まった。


地球は確かにひとつ…いや、宇宙こそひとつなのだ。




世界中の人々が、あらゆる武器や兵器を捨てて、みんなが楽器を持てばいいのに…と思わされた三時間だった。



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音楽の持つPOWERは無限だ!


 


*****





ライヴのあと、会場出口ではお友達のどいさんが来られていて、山口さんと3人で道頓堀の鳥貴族へ。

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日付が変わるまで飲んで食べて、最終電車のなくなった私はカプセルホテルへ…。

翌12日は、山口さんと心斎橋~新世界~天王寺界隈をぶらぶら歩いて、お昼は串カツのお店へ…。



平日の昼間でも賑わっていた新世界…。


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山口さんを心斎橋のホテルまで見送って、三日ぶりに伊賀に戻った。

山口さんはこの後岡山に向かわれた。



大阪で慌しく過ごした三日間、関わって(遊んで)いただいた皆さん、ありがとうございました!!



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  1. 2012/10/12(金) 22:03:23|
  2. MUSIC
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ここ数日…

【ここ数日…】


*連日PCを持参せず大阪をほっつき歩いていたためブログの更新が遅れました。

たびたび走ることとは関係ない話題が出てきますがご了承下さい。



10月10日、夕方、大阪でゲストハウスを経営されている久本さん宅で7日に行われた六甲全山縦走の打ち上げパーティがあった。

全行程56キロ、所要時間14時間…100キロマラソンを完走するよりもきつかったのだが、みんな何食わぬ顔できちんと最後まで歩きとおしたというのは驚き!

これならみんな走って日本縦断だってできるはず!

地球二周サイクリストで植村直己冒険賞受賞の中西大輔さんが用意して頂いた完踏証。


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価値ある賞状です。

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パーティは午後6時頃からスタート。

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バーベキューをメインに久本夫人のスバラシイ手料理の数々…。

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みんながそれぞれ一品を持ち寄るのがここのパーティのスタイル。

JACCつながりの仲間を中心にPEACE RUNのメンバーも加わる。


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11時過ぎにお開き。

ここにお招き頂くたびに泊めていただいているが今回もそのように…。


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(写真提供:genさん)


10月11日、午前7時ごろ目覚め、久本さんと軽く朝食を摂り、早めの電車で羽曳野市の実家に戻る。

81歳になっても今だ元気満点の両親、多少耳は遠くなったり、同じ話題が何度も出てきたりはするけれど、しっかりしている。


夕方、再び大阪市内へ。

先日、サイクルモードフェスタで初めてお会いしたpleasant(プレザント)オウナーの上田さんとお会いすることに…。

南船場4丁目にある「男のためのスイーツカフェ&バー、スイーツ・オ・レ」で待ち合わせ。



この店も一風変わったカフェ。

例えば、ビールを飲みながらドーナツを食べる…という一見アンバランスなことを平気でやってしまうことができる場所…。


伊藤店長のブログ…「スイーツ・オ・レ」の甘党店長気まぐれ日記




店長の伊藤さんは上田さんともお友達。

9月1日にオープンしたばかりだが、そのオリジナリティに富んだメニューとお洒落な雰囲気が好評で、連日テレビや雑誌などのメディアが取材に来ているそうだ。


たまたまこの日も「おはよう朝日です!」の取材のクルーが来ていて、上田さんと自分がカウンターでくつろいでいる場面もテレビカメラに収められた。

来週17日の朝、放送されるであろうという。

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上田さんはカナダ製のスポーツバギーchariot(チャリオット)の日本での輸入代理をされている。

奥様とはメール等でバギーに関してのやりとりがあったのだが、偶然にサイクルモードフェスタでお会いするチャンスがあったのだ。

来年オーストラリアを走るバギーをどうするのか…今のところまだ決まっておらず、ひょっとしたらchariotを使うことになる可能性も出てきた。

上田さんからも「サポートしますよ」という嬉しいお言葉をいただいている。

この日、バギーと自転車用のサイドカーを車で持ってきていただいた。

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CXシリーズがひそかに気になっている…。


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上田さんは、数年前に自転車の魅力に取り付かれて、お子さんを乗せて自転車で走るのに何か安全でいいものはないか…という思いでインターネット検索をしていたところ、chariotの製品を発見。

自ら輸入代理店を経営するに至っているとのこと。


また近い内に福島区のオフィスにお邪魔しようと思う。


このあと、心斎橋SOMAで行われる「新!関西演芸ロックショウその2」を見るために東心斎橋へ…。

ライヴのレポートは明日に…。






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  1. 2012/10/11(木) 23:59:59|
  2. 日常
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夢は果てしなく

【夢は果てしなく】

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「僕には君の考えていることが皆目分からないよ。どうしてこんな馬鹿でかい大陸を一人で走っているのか…。時間と体力の無駄だと思わないかい?どう考えてみても君はクレイジー・ジャパニーズだよ(笑)」


2011年6月、モハヴィ砂漠を走り終え、ネヴァダ州ラフリンのカジノのあるホテルのバーで知り合った白人の銀行員H.G.スミス氏はウイスキーで酔っ払ってもつれた舌でそう言った。


「確かに君の冒険心は立派だと思う。尊敬に値する。でも、いろんな危険を冒してまで一人で見知らぬ土地に旅に出て、一体何になるって言うんだい?もし僕が君ならそんな無茶はしない。なぜって、神様から授かったたった一つの命だけは粗末にしたくないからね」



彼はアル中気味だったが敬虔なクリスチャンであった。旅行中でも日曜日には必ず近くの教会を訪ねるという。

奥さんとともに週末をオートキャンプで楽しんだ帰り道、カジノに立ち寄って、レストランで一人食事をしている自分に声をかけてくれたのだ。


「もし旅の途中で困ったことがあればいつでも僕の事務所に電話するか、名刺にあるメールアドレスにメールをくれるかい?それから、君がたどるコース上に何人か知人がいるから、通過する際に連絡してみるといい。僕の名前を言えばベッドと食事くらいは用意してくれるはずだよ」


そういって彼は自分の名刺を差し出した。裏には几帳面そうな細かい字で6名分の名前と住所、電話番号が記されていた。




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「えっ…走ってるって?ニューヨークまで??ジョークだろう?だってここはコロラドだぜ。ニューヨークは東の果てってこと知ってるだろ?」


2011年7月、コロラド州ラフンタのガスステーションで車の給油を終えて声をかけてきた黒人男性の言葉。




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「あなたは偉いわ。それこそまさにアメリカン・ドリームよ。私がもし男性なら、きっとそんな夢を持ちたかったと思うでしょうね」


カンザス州のとある田舎町、コインランドリーのオウナー、ルース・テイラーは僕のストーリーをひと通り聞いたあと、そうコメントしてくれた。


「人生っていうのは多分夢を実現させるためのステージなのよね。どれだけ大きな夢を持っていても、それを実現させられなければ宝の持ち腐れよ。そんなの自慢にもならないわ」





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人を旅に駆り立てる理由は山ほどある。

たとえ理由がどんなものであれ、理想の土地を求めて人はこれまで移動を続けてきた。

夢を実現させるために僕は彼の地アメリカに向かった。

これで一体いくつめの夢になるんだろう?

道中で、人はさまざまな考えを僕に述べた。

僕は彼らの意見に耳を傾け、僕もまた彼らに自分の意見を述べた。

そして、自分なりに考え、行動した。

自分が正しいと信じるところに向かって進むことが僕にできるすべてだったのだ。



結果として、アメリカ大陸を走って横断するという、僕の二度目のアメリカン・ドリームは実現した。

無論、PEACE RUNの仲間や旅先で出会った多くの人々に支えられ、得た成功である。



夢は実現させるためにある。

どんな障害がそこにあろうとも、それを乗り越えて一歩ずつゴールに近づいていく喜びに優るものはない。

旅先で出会った数え切れないほどの人々…。

彼らの言葉のひとことひとことを思い出すたび、その時僕を取り囲んでいた風景がごく自然に目に浮かんでくる。

と同時に、新たな夢の実現に向けて、僕の内に秘められたある種のエナジーがまた少しずつ躍動し始めるのだ。


夢は果てしなく、どこまでも続いていくもの。

人生そのものが飽くなき夢を追いかける舞台…そして僕は永遠のDreamer(夢追い人)になる…。




Eagles - Take It To The Limit


KAY’S WORLD 「PEACE RUN2011アメリカ横断ランニングの旅」のサイト




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  1. 2012/10/10(水) 11:59:53|
  2. 冒険
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川の流れのように

【川の流れのように】

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無性に川が恋しくなることがあって、時折河川敷をぶらりと走りに出かけたり、気まぐれに自転車でポタリングしてみたりする。

川にもそれぞれの表情というものがあって、もちろんそれは訪れる時間帯によっても違うし、季節ごとに変化に富んださまざまな様相を呈してくれるものだ。



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中でもたそがれ忍び寄る夕暮れの風景は格別だ。

オレンジ色に染まる西の空。

寂寞としたムードが漂う中、人は何かを求めて自然と川辺に集まってくる。

犬を散歩させている老人や仲睦まじく寄り添うカップル、釣りにいそしむおじさん、そしてキャッチボールをする親子…。

彼らは川の流れに特別の注意を払うわけでもなく、ただ気ままに川辺の遊歩道でたたずみながら、誰の束縛も受けずに、ただひと時のくつろぎの時間を過ごしているのだ。



ごくゆっくりと時間が流れていく。

あくせく働くこともないし、余計なことに気を遣う必要もない。

本来の自分に帰ることができる時間を人々は求めているのだろう、きっと。



その昔、家の近くの川で泳いだり走り回ったりしていた幼い自分を思い出してみる。

何ひとつ悩むことなどなく汚れのない純粋な心を持った自分があの時確かにそこにはいた。

そして、心のどこかで記憶の糸をたどりつつ、既に失われてしまった自分自身を探し求める僕が、今ここにいる。

次第にそんな記憶も薄らぎ始め、複雑にからみ合った記憶の糸は、手の施しようもないくらいにもつれてしまい、僕は再び途方に暮れるのだ。



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辺りは一面の闇に包まれていく。

静寂の中で、ただ、川のせせらぎだけが僕の耳に心地よい響きを奏でてくれる。

僕はもうどこにも行かない。





LOGGINS & MESSINA - Watching The River Run (1973)




川の流れのように、僕らの人生は蛇行し、渦巻いているけれど、やがていつかは広々とした海に出会う時がやってくる。

僕らの過去から次第に遠ざかっていくように、川は踊り、よどみなく流れる。

僕が川だとしたら君は岸辺だ。

二人でいれば、おのずからこの世界は築き上げられる。

だから何も寂しがることはないんだ。



川は流れる。

すべてのものは一つに解け合い、その大地に刻まれた流れは、調和という名のもとに、太古の昔から同じことを繰り返してきた。

川が流れている限り、その水は腐ることはない。

と同時に、命がある限り、僕らの人生もまた輝きを帯びた素晴らしいものにできるはず。


川の流れのように、いつだって歓びの歌を歌いながら生きて行きたい。

青く広い海に出会えるその日までは…。



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大好きな映画の一つ…「リバー・ランズ・スルー・イット」。

初期のブラッド・ピット演じるポールのロッド(釣竿)さばき…。

川面の光を浴びて、釣り上げた大物を手に満面の笑顔を浮かべる。

人生という川の流れもまた深く静かに流れるものだということを教えてくれる名作…。



A River Runs Through It - best moment



20121007 六甲全山縦走

先日の六甲全山縦走の様子をゲンさんが撮影・編集でスライドショーにしてくれました。

テーマ:◇つぶやき◇ - ジャンル:ライフ

  1. 2012/10/09(火) 15:58:39|
  2. 日常
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ペダリアン精神

【ペダリアン精神】


ペダリアンとは…

ぺダリアンとは自転車の”ペダル”とそれを漕ぐ”人びと”を掛け合わせた造語で地球体験に関心や興味をいだく「ペダルの人びと」の意です。
 1979年4月1日創設した日本アドベンチャー・サイクリストクラブ(JACC)は、特許庁に「PEDALIAN」の登録申請をおこない、Trade Mark 第1779251号の認可をうけています。
 今回誕生した「PEDALIAN.com」は、JACCのオフィシアル・ウェブ・サイトとして、JACCと日本国際自転車交流協会の情報を広範に発信していきたいと思っています。(2006年4月)



私、高繁勝彦の肩書きは「アドヴェンチャー・ランナー」で走る人には違いないのだが、元々はサイクリスト。

 冒険の軌跡 

中学生時代から剣道一筋だったが、大学時代に自転車に目覚め、主にツーリングで全国各地を走り回っていた。


ロードレースやトライアスロンにも関わってきたし、マウンテンバイクで富士山や乗鞍岳山頂に登るような馬鹿げたこともやっていた。

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夏はキャンプも楽しんだし、冬はクロスカントリースキーやテレマーク、スノーシューなどにもいそしんで来た。

アウトドア大好き人間が最後にたどり着いたのが冒険の世界。

そのきっかけとなったのはもちろん自転車旅行だ。

お金を極力かけず何日でも走れる…そんな魅力的な乗り物が自転車。

ペダルを踏むことさえできれば世界中どこへでもいける。

いろんな場所でいろんな人と出会っていろんな経験ができる…そういったことが何よりも素敵なことだと思った。


1991年6月に初めての海外ツーリング、北米大陸自転車横断旅行、1994年6月にはアラスカ北極圏横断+カナダ横断自転車旅行。同年11月から翌1995年にはニュージーランド一周+オーストラリア横断自転車旅行…これらが自分のたどってきた軌跡。

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オーストラリアでであった名古屋出身の女性と結婚したことで旅は一度中断。

人生どこでどう変わるか分かったものじゃない。

結婚が旅をあきらめる理由にはならないと最初から信じていた。

いつかチャンスがやってくると願い続けて今がある。

永い間自転車のツーリングもしていなかった。トライアスロンも水泳で肩を痛めて以降まったくできない状態だった。

そんな中でもランニングだけは地道に継続してきたのだ。

フルマラソンを中心に10キロやハーフマラソン、ウルトラマラソンは年に一度100キロを走っていた。

自転車も通勤手段として乗ってはいたがなかなか長期のツーリングに出ることは難しかった。


離婚という、人生の一つの節目があって、さらには長年関わってきた教職ともお別れ…。



仕事を辞めて最初の日本縦断の途中、世界二周サイクリスト中西大輔さん植村直己冒険賞を受賞したというニュースを耳にした。

兵庫県豊岡市で表彰式が行われていた頃、自分は日本縦断の最中だった。


南に下りてきて、兵庫県豊岡市の植村直己さんのふるさとを訪ね、遺体こそ発見されていないが彼の墓地となっている場所を訪ねた。

植村直己冒険館を訪ねたら、中西さんが世界二周自転車旅行で使用した自転車が展示されていた。

28歳から39歳までの11年間で地球15万キロ超130カ国!


 

「世界130カ国自転車旅行」



想像を絶するペダリングの旅…。

彼が携帯していた大きな日の丸の旗には、旅の途中で出会った人たちの寄せ書きが書かれていた。



中西大輔さん本人と初めてお会いするきっかけとなったのが大学の後輩の安部さん。

最初の日本縦断を終えたあと、安部さんのアレンジで大阪難波の焼き鳥屋さんで3人で会うことになった。

中西さんの冒険談をお聞きする中、自分自身はますます冒険に魅せられるようになっていったのだ。

一度目の日本縦断のあと、アメリカ横断ランニングの旅に出るつもりはしていたが、「アメリカ横断が終わったら教職に戻ろう」というのが元々のプランだった。

だが、それはあくまでもプランということになってしまった。



中西さんとの出会い以外にも、同時期にいくつかの刺激があった。

中西さんの勧めでJACC(日本アドベンチャーサイクリストクラブ)のメンバーとなり、代表の池本元光さんと再会。

関西サイクルスポーツセンターでアルバイトをしていた時期があったが、自転車冒険旅行について一度少しだけお話させていただいたことがあったのだ。


日本アドベンチャー・サイクリストクラブ(Japan Adventure Cyclist Club)(JACC)は、「民族、国境を超越した一人ひとりの“友情”の成果が“平和”へ貢献、寄与することを認識し、地球をペダルによる友情の足跡で埋めつくすべく、民間大使として国際交流を深めよう」を活動目的に前進を続けています。


というのがJACCが提唱するペダリアン精神。

PEACE RUNの根底にあるものと共通している。

今も世界中にJACCのメンバーがいて銀輪で大地を駆けている。

そして、今後も、これからも多くのチャレンジャーに世界を走ってもらいたいと私自身も願っている。



中西さんと出会ってしばらくあと、ソロアルピニスト栗城史多(くりきのぶかず)さんの講演会があるというので池田市にある日清食品のラーメン記念博物館を訪ねた。

同じチャレンジャーとして目指すものは違うのだけれど、栗城さんの話を聞いていたら、自分自身も納得の行くところまで走り続けなければならない…というのが自分自身の結論になりかけていた。


2011年の1月には間寛平さんがアースマラソンゴール。

このゴールの場面を見るために大阪城野外音楽堂まで出向き、ゴールの瞬間を見届ける。

寛平さんから見えないバトンをもらった瞬間だった。

このゴールを見たあと、もう決意は変わらなかった。



2011年1月17日、アドヴェンチャー・ランナー開眼の時が来た。

ペダルを踏む足が地面を蹴って前進する足に変わっただけで、基本にあるものは何ら変わっていない。


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10月6日、大阪南港ATCで開催されたサイクルモードフェスタで、久々に池本さんとお会いしてきた。

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今年1月から2月にかけて中西さんをパートナーに、独創セーリングサイクル「風と大地と」プロジェクトと称してオーストラリア大陸2907キロナラボー平原横断に挑まれ生還された。



DAISUKE NAKANISHI AND MOTOMITSU IKEMOTO Australian Bike Tour


日本人で初めて世界一周自転車冒険旅行を成功され、同じ志を持つチャレンジャーたちのためにとJACC(日本アドベンチャーサイクリストクラブ)を設立。

その池本さんがオーストラリアで使用された自転車タルーゼ号がパナソニックのブースに展示されていた。


自分が1995年2月に一度走ったナラボー平原、そしてさらに来年再び走るであろう場所。



サイクルモードフェスタでさまざまな自転車やパーツなどが展示されていたが、特にこれといって感動できるものはなかった。

自転車界はロードバイク一色…しかも国内のメーカーは低迷しており、ほとんどがアメリカやヨーロッパブランド。

そういえば去年のアメリカ横断ランニングの旅でいくつかサイクルショップを訪ねたが、シマノのパーツ類は一時期に比べ扱っている店がかなり減っていた。

パールイズミのウェアはまだメジャーな部類だったのが救い…。

電化製品同様「メイド・イン・ジャパン」神話は崩れつつあるということなのか…?



外国ブランドのロードバイク…見た目もお洒落で華やかなのはいいが、これらの自転車も結局はコマーシャリズムのツールでしかないのだ…少なくとも今の自分にはそう見える。

こういった自転車を買う人たちは当然お金もあって、自転車に乗るよりも自転車を一生懸命ていねいに磨いて、新しいパーツが出たら真っ先に交換して、部屋に飾るための置物的自転車にしてしまう人たち…。

流行についていくために、常に新しいものでないと満足できないという考えがベースにある限り、市場や情報に右往左往し躍らされる運命にある人たちなんだろう。

100万円以上も出して自転車を買うのは悪いことだとは言わないが、どんな自転車でもいいから健康で元気な内に、自転車に乗って、自転車で走って素晴らしい体験をすることの方が大切なんだと思う。

見て満足するだけの自転車ではきっといつか飽きてしまうもの。



今年日本縦断中に出会ったサイクリストたちの大半は60歳以上。

みんなスマートホンも持たず、GPSも使わず、インターネットさえ経験したこともないという人さえいる。

それでも、純粋に自転車で旅をすることを楽しみたいという思いで日本縦断や日本一周などの旅に出てきたのだ。



自転車は人を乗せて運ぶもの。眺めるためのものではない。

人を乗せると同時に人の夢も乗せて運んでくれるはず。

旅や冒険のツールであってもいい。



未知なる世界へ、自分の意志と脚で向かっていく…。

池本さんが提唱するペダリアン精神を大切にして行こう。



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ツーリング車として唯一展示されていた池本さんのタルーゼ号、会場にいた人たちからは珍しいものとして好奇の目で見られていたのかも知れないが、そういう訳で他の自転車とは全く違った価値を持った自転車であるということを付記しておく。




会場でたまたまchariotというカナダ製バギーのブースがあって、輸入代理店「プレザント」オウナーの上田さんともお話させて頂いた。

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来年のオーストラリア横断とニュージーランド縦断で使用するバギーがまだ決まっていないけれど、ひとつの候補として考えている。

実際にモノを見て、BabyJoggerよりも軽くて取り回しがいいというのが良かった。

ただ、荷物の積載スペースについては少し狭いようにも思えるが…。

いろいろと検討して行こう。




冒険の夢はまだまだ膨らみ続ける。

自分が求めるものは自分の意志と脚で見つけに行くこと。

今できることに全力で取り組むこと。真剣に望むこと。

未来はすべて今の自分のあり方で決まるのだ…。





「一生に一度…」

「もっと遠くに」

「夢”のアドベンチャー・サイクリング」

「地球体験レポート」


JACC公式サイト ペダリアンドットコム

JACC facebookページ

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  1. 2012/10/08(月) 18:45:11|
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六甲全山縦走56キロを歩く!

【六甲全山縦走56キロを歩く!】

10月6日、大阪南港ATCで開催されているサイクルモードフェスタを訪ねてきた。

そこでJACCメンバーの何名かとあって、世界二周サイクリスト中西大輔さんと、トライアスリートのキムさんたちと夕食をとり、この夜は神戸在住のキムさん宅でお世話になった。

7日朝、キムさんと須磨浦公園駅に向かう。



主催者である中西大輔さんのブログで事前に案内があったのは…


日時:2012年10月7日(日)

集合場所:山陽電鉄須磨浦公園駅前 午前7時出発

コース:須磨浦公園駅から宝塚駅まで六甲連山約56km(公称)歩行

参加費:無料

持ち物:昼食・おやつなど食料、飲み物、タオル、ヘッドランプ、電車賃

服装:運動しやすい服装、スポーツシューズか軽登山靴

備考:

・ 12~15時間歩き続ける可能性があります。(夜間歩行)

・ 参加者の体調によっては途中で有馬温泉などに下山する可能性もあります。

・ 雨天中止。降水確率が40%以上なら中止です。

・ 途中の鵯越までは山に入ったり町を歩いたりしますので商店やコンビニがあります。

・ 荷物はできるだけ軽装をおすすめします。

・ 途中棄権もOKです。

・ 健脚・山好きの方ならどなたでも参加してもらってけっこうです。


距離的には日本縦断中走っていた距離…それに六甲山は過去何度かポイントごとに登っていて、全山縦走コースの6~7割は既知のコースでもあった。

でもそれも30年近くも前の話…。


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午前7時の集合時点で12名(中西さん、久本さんご夫妻、キムさん、川畑さん、ゲンさん、かおりん、まいこさん、Anponmanさん、栗山さん、小澄さんと私)が集まった。


参加メンバーの自己紹介・あいさつ…。



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ラジオ体操でウォームアップ後歩き始める。


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暑くもなく寒くもない…。前夜は雨が降っていた神戸、空模様は晴れに向かいそうな気配。


途中、岐阜から高田さんが走って追い着いて来た。

高田さんは私の「PEACE RUN2012日本縦断ランニングの旅PART2」の三重県木曽川を渡る場面で応援伴走に来ていただいたお方。

高田さんにごちそうしてもらったガリガリ君、何とあたりがでたという印象深いハプニングもその日にあった。


計13名でコースを黙々と歩き続ける。


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ランナーもいたが、ランナーではないメンバーもいて、軽く考えていたが、みんな真剣に歩く歩く…。

休憩もほとんど取らぬまま歩き続けるのにびっくり。



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過去に数度この企画はあって、一昨年はゴール時点で宝塚からの最終電車の時間に間に合わず、辛い目を経験したメンバーがいたという。

そうならないためにもある程度前半に距離を稼いで貯金しておく必要があるというのだ。


我がバックパックは40リットルの容量。

2リットルのハイドレーションパック(水筒代わりのバッグ)、雨具、ジャケット、ヘッドライト、予備バッテリー、デジタル一眼レフ、食料など持参したがかなりの重さ…。

帰宅してから図ってみると約10キロ…歩いている際には飲料や食料もあったので実質12~13キロはあったということか…。

荷物の重量もさることながら、山を歩くのも久々のこと。

特に階段を休みなく上り続ける場面で何度か心が折れた。

平地の舗装路を走る旅が続いてはいたが、階段というシチュエーションはバギーを押している際にはなかった。

しかも、一人旅で、気ままに走り気まぐれに休むという繰り返し。

集団で動いているとなかなかそうは行かない。


3週間のオフで体力も落ちていたのか、あるいは今頃になって旅の疲れが出てきたのか…。

「それでもお前はランナーか」ともう一人の自分が叫び罵倒する。



恐ろしいくらいにみんなシリアスに歩き、歩き、歩き続ける。

遅れるメンバーがいても一定のペースは守らなければならないのだ。


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コンビニや売店で多少の休憩時間はあったが、菊水山の山頂でおにぎり一個を食べてすぐ歩き始める。

他のメンバーからおやつをもらったりもしたが、まとまった休憩はほぼこの一回。

あとはトイレ休憩と小休止が何度かあっただけ。


以前から外反母趾が続いていて、今回はNB社のトレイルランニング用のシューズ(4E)。

20キロ程度の距離なら問題はないのだろうが、丸1日10数時間で50キロ超を歩くとなると足はむくみ、足の拇指球は圧迫される一方。

途中シューズを脱いで足の裏を手の指で揉んでやったが下りの道では痛みが治まる気配なし。



さらには、背負っていた10キロ超の荷物…肩のベルトが肩から胸にかけて擦れて皮膚がただれだしていた。

バックパックを担いだり下ろしたりする場面ではかなりの痛みが…。




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午後、何度か睡魔が訪れ、ふらふら歩く場面もあった。

舗装路を歩く場面では不思議と外反母趾は痛まず、ポールを持ったまま走り出してみたりもした。

歩くよりは走る方が楽に感じる。拇指球の痛みも感じられない。リズミカルに動くことで痛みが分散されるのだろうか。

舗装路の下りでは率先して走った。他の何名かもつられるようにして走っていた。

 

精神的に鍛えられる場面も多々あったが、仲間といろんな話をしながら歩くのもいいものだ。

季節ごとの風景を目に焼きつけ、大自然の中で解放感に浸る…これは貴重な経験。

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全山縦走のルートは標識も整備され、歩きやすいコースではあるけれど、階段あり、岩場あり、砂地で滑りやすい箇所があったり…。

危険な箇所にはロープや鎖が設置され、登山者がつかみながら進んでいけるようになっている。


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日曜日で多くのハイカー、トレイルランナー、縦走のグループも来ていた。

 
ここ数年の流れとしては、依然として高齢者の山歩きのグループも根強く頑張る中で、おしゃれなウェアに身を包んだ山ガールも少なからず(年齢層はさまざまだが…)いる。

トレイルランナーもかなりの数とすれ違い、追い越されていった。

神戸市主催の六甲全山縦走大会では走ることは禁止されているそうだが、それでもランナーが参加して走っていて、他の参加者の迷惑になっているということも聞く。



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六甲山最高峰931mにたどり着いた。

薄暗くなり始める前で助かった。

風が強く、同時に冷たくなり始め、ジャケットを着用。

日暮れの前にヘッドランプも用意。

ナイトウォークの準備だ。


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後半、結構ペースを取り戻したのか、お昼の段階では、ゴール予定が午後10時ごろと言っていたのが、もっと早い時間にたどり着けそうであると言うことが判明。



下りでできるだけ早歩きのペースに。走れるランナーは小走りで…。

ヘッドランプの明かりで宝塚までの道をたどる。

日が暮れてからはさすがに我々以外に歩いている人間は見ることはできなくなった。


夜景がとても美しい。

神戸の一千万ドルの夜景だ。

残り10キロをきったと思われる地点からみんなに活気が戻ってきた。

疲れてくるとみな寡黙になり、トーンダウンしてしまうもの。


そして、8時半ごろ、最後のポイント塩尾寺にたどり着く。

暗闇の中に見える建物の明かりと犬の鳴き声…。

ここまで来ればあとは下りの舗装路を宝塚駅までたどって行くだけ。


宝塚駅に午後9時少し前到着!

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14時間も歩き続けたわけだ。

標高獲得3000メートル…タフでハードなコース。

100キロマラソンと何ら変わらないほどの疲労感。

100キロマラソンの方がまだ楽ではなかったか?


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途中離脱したり、コースミスしたメンバーもいたが、最後まで無事に歩けた!

完歩…あちこち痛みは残るが精神的に開放された満足感…。

駅前のコンビニでみんな飲み物を買ってきて乾杯!

相当疲れていてみんな店の前に座り込んでいたが、傍から見れば異様な光景だったのでは…?


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参加された皆さん、お疲れ様でした!

また打ち上げパーティでお会いしましょう!


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誰ですか?コンビニの傘立てに杖を置き忘れたのは…???



*一部写真提供:小澄さん



〔参考〕


ウィキペディア「六甲山」


KOBE六甲全山縦走大会


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  1. 2012/10/07(日) 23:59:59|
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ある晴れた秋の日に

【ある晴れた秋の日に】

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十月のある晴れた日の朝のことだった。

パンケーキのかぐわしい匂いがキッチン一面に立ち込めていた。

僕が目覚めた時、妻はエプロン姿で鼻歌を歌いながら一生懸命にホットケーキを焼いていたのだ。

「あら、もう起きちゃったの?ゆっくりしてればいいのに…」

「いや、あまりいい匂いがするもんだから…」

僕の腹がグーと鳴った。

「あなた、パンケーキはアップルジャムでいい?」

「ああ、それでいいよ」

僕の場合、パンケーキにはハチミツもメイプルシロップも何もいらない。

信州黒姫高原のアップルジャムがあればそれでいいのだ。

僕はパジャマ姿のままキッチンに向かい、妻を抱き寄せて右の頬に優しくモーニングキッスをした。




小さな二人掛けのテーブルに二枚のプレート(平皿)が置かれ、御そろいのピーターラビットのマグカップには熱いアールグレイティーが注がれた。

僕はテーブルに向かい、聞き分けのいい子供のように大人しくパンケーキが焼けるのをじっと待った。

「さあ、焼けたわ」

妻がそう言うと、僕はまだ湯気の立っているパンケーキにバターを塗り、さらにたっぷりとアップルジャムを乗せそれをスプーンで丹念に伸ばした。




*****




そこで、ベッドにいた僕はすぐさま現実に戻った。


「そうだ!パンケーキを焼こう!!」


一人で焼いて食べるパンケーキもなかなか悪くない。小麦粉と卵とミルクで練り合わせながら、僕は夢の中に現れた、妻という人のことを思い出そうとしてみた。

だが、悲しいことに、彼女がどんな顔をしていて、どんな声で話していたのか、もうすっかり思い出すことができなった。

作りすぎて余った二枚のパンケーキをタッパーに詰め、僕は愛車PEGASUS号(20インチフォールディングバイク)に颯爽とまたがり、山へと向かった。



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林道を軽快なペダリングで進み、峠を目指す。

風がだんだんと冷たくなっていく。

いわし雲のたなびく青空を眺めていると、自分は何一つこだわることもなく、本当に自由なんだということを実感できる。

久しぶりに自転車で遠出したせいか、大腿部がややこわばるのを感じたが、風が吹いて気温が低かったのが原因だろう。

峠で自転車を止め、冷めて少し硬くなったアップルジャム入りパンケーキを食べた。

二枚のパンケーキを綺麗に平らげると、サーモスに入ったアールグレイティーを二口ばかり飲んだ。

十月にしては少し冷たすぎるほどの風を浴びながら、今朝方夢に現れた妻という女性の名がひょっとしたら「都」ではなかったか…などと考えてみたりした。



ある晴れた秋の日に、都のことを考えてみる。

確かに彼女は都だった。

あの時、キッチンでは土ぅービーブラザーズのCDがかかっていた。

彼女のお気に入りは「リッスン・トゥ・ザ・ミュージック」だった。





僕もドゥービーは大好きだ。



しかし、都はどこへ行ったのだろう?

僕には皆目分からなかったし、分かったところでどうなるという問題でもない。



あれ以来、僕は都の夢を見ていない。

だけど、時々都のことを考えながらパンケーキを焼く。

もちろんアップルジャムをたっぷりとつけて…。



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テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

  1. 2012/10/06(土) 08:33:02|
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薫風100512

【薫風100512】

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どこからともなく秋風がキンモクセイのかぐわしい薫りを運んできた。

空気が乾いていて少し肌寒い朝だったが、空は高く、青空の隅っこにうっすらとうろこ雲が広がっている。

誰が見ても爽やかですがすがしい朝の一風景とでも思える、実に気持ちのいい朝だった。

澄み切った朝の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込めば、心も体も一気にリフレッシュできそうな気がした。



どうやら季節というのは、いつも僕たちの知らないところで移り変わっていくものらしい。

深まり行く秋という季節の中で、ただ一人感傷的になっている自分がそこにはいた。

このセンチメンタルな季節に、人は誰かを恋しく思い、時に孤独の時間に浸り切って物思いにふけりたくなるもの。



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昔はこんなに季節の移り変わりに敏感ではなかったのに、いつの頃からか、季節の節目がやってくるごとに、四季折々の様々な思いに胸を熱くするようになってしまった。

いい歳をしたオヤジが何を…と笑われるかも知れないが、男はいくつになってもロマンチストであるべきもの…。



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秋風がそっと吹き抜けるように懐かしい初恋の人のイメージが頭をふとかすめていく。

僕の初恋はたしか15の秋だった。


「あの人はいま…」

あれだけ淡く切ない思いが僕の胸を焦がしたにもかかわらず、僕にはもう彼女の声や表情すら思い浮かべることはできない。

過去という時間の中に埋もれてしまったそれらの記憶は、湖に放り投げられた小石のごとく永遠に取り出せないものとなってしまった。


では、遠く過ぎ去っていく時間は一体どこに流れていくのだろう?



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時間とは流れていくものではなく蓄積されるものということを学んだ。

蓄積されはするものの永遠に帰らぬ時間…そんな時間のために僕ができることというのは、永遠の訣別をすることで失われた時間を弔うことくらいのものだろう。



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キンモクセイの薫りに誘われるようにして僕は外に出た。

風に流され漂っていくその薫りをただ追いかけてみたかったのだ。

実際、10月のある晴れた日の朝に一人で走るという行為は最もふさわしいものだったのかも知れない。

頬をなでる風の匂いは甘く、まるで風の流れが目に見えるかのようでもあった。

優しさに満ちあふれた風とは恐らくこんな風のことを言うのだろうと僕は思った。



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僕は走り、風景はどんどん後方へと流されていく。

僕はいつでも振り返ることができる。

が、振り返ったところで、二度と同じ風景を見ることはできない。

1分1秒と時間が流れていくごとに、すべてのものは少しずつ移り変わっていくのだ。



ちょうど僕自身がそうであるように…。





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テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

  1. 2012/10/05(金) 16:05:16|
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Seize the Day~今日を生きる

【Seize the Day~今日を生きる】

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地平線の向こうには

いつも未来があった


旅人は

時には坂を登り

またある時には峠を越え

また別のある時には

地平線を追いかける



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しかし

その正体は

夢追い人


常に夢を追いかけて

ひとつやふたつ

夢をかなえただけでは気が済まない

永遠に果てることのない夢を

見続けながら追い求める人



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夢がある限り

坂を登り

峠を越え

地平線を追いかける


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やがてその果てには

宇宙と世界の終わりがあって

時間も空間も存在しない

過去も未来も現在もない

生や死さえもありえない

全てが始まり

全てが終わる場所が存在する


そこでは全てがひとつになり

永遠が今一瞬に凝縮される

そんな理想郷に向かって

今僕は一分一秒を生きている



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今日が始まれば昨日は終わる

明日が来れば今日は終わる


自分という人間の中に宇宙が存在し

永遠という時間が秘められている


明日に向かって

今日を生きる


過去は消せないけれど

未来は空白のキャンバス

今という時間を

思い通りに描けばいいのだから



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*イベントのご案内


1)春日山原始林マラニック(奈良)

1月20日開催

奈良公園の奥にひろがる春日山原始林は 古都奈良の文化財」に含まれ、世界遺産として保護されています。

長い間、人の手が入らず保護されてきた、森を抜ける遊歩道があります。

途中には「首切り地蔵」など歴史名所も多数!

森に入れば、気温も空気も違います。

ぜひ木漏れ日を浴びて走ってみませんか?


エントリーはこちらから。




2) 旅RUN×古都奈良 明日香村ロゲイニング大会 

12月2日開催

3人1チームで走って古都奈良を楽しめるイベント!

参加申し込み受け付け始まっています~!

お申し込みはお早めに!!

「ロゲイニング」ってなに?



*上記二つのイベントの詳細は旅RUN×(KAKERU)公式サイトで。

 KA’Y’S BLOGからリンクを貼っています。このブログの左側に注目!



3) TOMOSU RUN 2012 第一章 ~陸前高田⇒大船渡⇒釜石~

~東北に灯りをつなぐランイベント~

開催日程 2012/11/23(金) 09:00 ~ 2012/11/24(土) 21:00







*内田あやさん関連情報

・鈴鹿国際大学学園祭ライブ

日程:2012年10月27日(土)

場所:鈴鹿国際大学内野外ステージ(雨天時場所変更有)

時間:昼12時~

 ・27日28日ともにPEACE RUNの写真パネル展も行われます。




*ごろっぴあ天満満天堂PRODUCE


新!関西演芸ロックショウ その2


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「RUN×10(ラン・バイ・テン)運動」


ランナーの皆さん、今も継続していますか?走ることでできること。

東日本大震災で被災された方々の中には今も現状に戻れず、苦難と試練の日々を余儀なくされている方が多くいらっしゃいます。

本当はモノやお金だけでは不十分なのかもしれませんが、それでも思いを伝えることは可能です。

1キロ走って10円、小さなアクションも積もり積もれば大きなものになっていくはず…。

よろしくお願いします!

アドヴェンチャー・ランナー高繁勝彦、今回の日本縦断で3482.3キロ走ったので3万4千823円を被災地に送ります。



PEACE RUN×10 

「PEACE RUN2012日本縦断ランニングの旅PART2」、東日本大震災復興支援のための被災地巡礼の旅を走りました。

取り組まれる方は被災地に3万4千823円を被災地に送って下さい。

賛同いただける方、よろしくお願いします!




PEACE RUN世界五大陸4万キロランニングの旅公式サイト


アドヴェンチャー・ランナー高繁勝彦のオリジナル公式サイトKAY’S WORLD


もご覧下さい!





*メールマガジン

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現在は第26号を配信中。

次の手順で購読登録をよろしくお願いします!

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動画に見るPEACE RUN2012…PEACE RUN公式サイト 




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テーマ:よく生きる - ジャンル:ライフ

  1. 2012/10/04(木) 15:52:00|
  2. 哲学
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Reset Myself

【Reset Myself】

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一昨日からランを再開。

体がなまっているかと思ったが意外にそうでもなかった。

それよりもむしろ、長期間に渡って鍛えられた体と脚はそう簡単には衰えはしないということが分かった。

鋼のような筋肉…そして何よりも鋼鉄より強固な意志を持って今後も走り続けなければ…。




一昨日はMUSASHI号を車に積んで上野南公園へ。


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久しぶりに蘇る感覚…。そうだ、この感覚なんだ!



忘れかけていた感覚を忘れないように…。


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「初心忘るべからず」

って、「どんなにひとつのことを深くたくさん経験しても、いつでもビギナー(初心者)の新鮮な感覚を忘れちゃ駄目だよ…」ってことを教えてくれているのだ。




昨日も今朝も、お決まりの近隣のコースを走った。

かなりひどくなっていた外反母趾も少しはましになっていた。

走らないと食べる量も減るので体重や体脂肪率はさほど変化していない。

この3週間の間は散歩とストレッチのみ。

気候的には春について一年で一番心地よい。

まだ半そでとハーフパンツで十分。

スタート時が寒くても走っている内にじわじわと体も温まってくる。

1時間も走れば汗もかく。

バギーを押していないのにたかが10キロ程度が妙に長く感じる。

あのうだるような暑さの中、連日40キロも50キロも、本当に走っていたのか?

自分でも疑問に思ってしまった。


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走りながら来年以降の旅について考える。

同時に走り始めた27年前のことも頭に浮かんでくる。

今まで走ってきた道を思い浮かべながら、これからの自分の生きるべき道についても考えなければならないのだ。



人生とは夢をかなえるための道。

夢は見続けている限りはいつまでも夢。

一歩踏み出して、前に進み続けて、いつか自分のものにしなければ意味がないのだ。

夢は今ある現実のすぐそばにあるということは分かっている。



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後戻りできない道を一歩ずつ前に進んでいる今、人として正しい道を選択すること。

そして、いくつになっても、走り始めたあの頃の気持ちを忘れてはいけないのだ。

日々変化し続ける自分と自分の内にあるもの…それらをありのまま、あるがままに受け入れつつ、現実を限りなく理想に近づける…。




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昔大嫌いだった食べ物がある日突然大好きになるように…

昔全く関心のなかったことに急に興味を持ち始めるように…

昔好きになれなかったタイプの人間がいきなり気になり出すように…

変化はある日突然訪れるもの

あらゆるものが変化していく

変化から逃げてはいけない

変化を受け入れること

変化に対して寛容であること

変化を恐れることはない

それは自身の成長でもあるのだ

自ら変化し続けること

自らの変化を喜べること





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*イベントのご案内


1)春日山原始林マラニック(奈良)

1月20日開催

奈良公園の奥にひろがる春日山原始林は 古都奈良の文化財」に含まれ、世界遺産として保護されています。

長い間、人の手が入らず保護されてきた、森を抜ける遊歩道があります。

途中には「首切り地蔵」など歴史名所も多数!

森に入れば、気温も空気も違います。

ぜひ木漏れ日を浴びて走ってみませんか?


エントリーはこちらから。




2) 旅RUN×古都奈良 明日香村ロゲイニング大会 

12月2日開催

3人1チームで走って古都奈良を楽しめるイベント!

参加申し込み受け付け始まっています~!

お申し込みはお早めに!!

「ロゲイニング」ってなに?



*上記二つのイベントの詳細は旅RUN×(KAKERU)公式サイトで。

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3) TOMOSU RUN 2012 第一章 ~陸前高田⇒大船渡⇒釜石~

~東北に灯りをつなぐランイベント~

開催日程 2012/11/23(金) 09:00 ~ 2012/11/24(土) 21:00







*内田あやさん関連情報

・鈴鹿国際大学学園祭ライブ

日程:2012年10月27日(土)

場所:鈴鹿国際大学内野外ステージ(雨天時場所変更有)

時間:昼12時~

 ・27日28日ともにPEACE RUNの写真パネル展も行われます。




*ごろっぴあ天満満天堂PRODUCE


新!関西演芸ロックショウ その2


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「RUN×10(ラン・バイ・テン)運動」


ランナーの皆さん、今も継続していますか?走ることでできること。

東日本大震災で被災された方々の中には今も現状に戻れず、苦難と試練の日々を余儀なくされている方が多くいらっしゃいます。

本当はモノやお金だけでは不十分なのかもしれませんが、それでも思いを伝えることは可能です。

1キロ走って10円、小さなアクションも積もり積もれば大きなものになっていくはず…。

よろしくお願いします!

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PEACE RUN×10 

「PEACE RUN2012日本縦断ランニングの旅PART2」、東日本大震災復興支援のための被災地巡礼の旅を走りました。

取り組まれる方は被災地に3万4千823円を被災地に送って下さい。

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テーマ:◇つぶやき◇ - ジャンル:ライフ

  1. 2012/10/03(水) 17:45:56|
  2. 日常
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さらば…「イザ!ランニング部」

【さらば…「イザ!ランニング部」】



イザ!ランニング部コミュニティ参加者への重要なお知らせ

平素、ご利用ありがとうございます。イザ!ランニング部運営スタッフです。
この度、2012年10月21日(日)24:00を持って、「イザ!ランニング部」のサービスは終了することとなりました。

皆様の長年にわたるご愛顧に心から感謝申し上げますとともに、皆様の益々のご健勝をお祈り申し上げます。



*****



2010年2月、初めて産経スポーツのランニング系SNS「イザ!ランニング部(通称イザラン部)」の存在を知った。

「ビギナーランナーズ めざせ10km!」というのが面白そうなのでのぞいてみた。


「ジョギングしているランナーがなんだかカッコイイ。自分でも走ってみたいけれど、1人では自信がない。ここには励まし合いながら走るビギナーランナーがたくさんいます。あなたにも勇気と自信を」


そんなキャッチフレーズで作られたSNS。

なるほど、ランナー初心者たちの書き込みがずらっとあって、お互いに励ましあったり、質問をする人がいればそれに答える人がいたり…。

最初は自分も傍観者だったが、思い切ってコメントしようと思って最初に書かせてもらったのが「みぃーさん」というハンドルネームの女性だった。

すぐさまコメントの返事が返ってきたのにも驚いたが、みんなとても個性的でアクティヴで、お互いに気遣いながら言葉のやり取りをしている。


どうやら、もももさんとみぃーさんの二人が中心…というか半ば親代わりになってうまく回っているようだった。

毎回出てくるコメントのほぼすべてに返事を書きながら、自分たちのコメントも書き連ねる…その繰り返し。



それにしても、全く顔も知らない会ったこともない人たちがなぜこうもネット上で盛り上がることができるのか…不思議でならなかった。



自分自身インターネットを開始したのが西暦2000年。

翌年には自分自身のウェブサイトを作り、ブログは2006年にスタート。

その後、2009年4月にツイッターを始めるが、あまり使いこなすほどのこともしていなかった。

facebookを開始したのがこのイザラン部に参加し始めた少しあとのこと。



今まで経験したことのないタイプのSNSということで珍しくもあり、とりあえずしばらくは続けてみることにしたのだ。

当時、学校に勤めていて睡眠障害が一番辛かった時期で、イザラン部に参加するようになって少し後に辞職願を出した。




その後、メンバーの全体像がつかめてきて、自分もこまめにコメントしたり、されたりを繰り返す中で、実家の近くに在住のanchinさんと一緒に走ろうということになって出かけたのが二上山。anchinさんにとっては初のトレイルランでもあり、誰かと一緒に走るのも初めての経験だったという。


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それから程なくして、酒盛竜馬さんが加わり、anchinさんも交えて3人で金剛山へ。


kongosan (83)

走って王将でビールを飲んで餃子を食べるという短絡的快楽集団となっていたが、それはそれで楽しかった。

この時、みんなユニクロのウェアを着ていたことから「チーム・ユニクロ」と勝手に名前をつけて活動。

2010年6月に最初の日本縦断の旅に出るが、この旅の道中でも実際にメンバーの何名かと実際に会う場面もあった。


 
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2010年10月の沖縄伊平屋島ムーンライトマラソン。



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2010年10月、長崎ベイサイドマラソン。



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この年の12月、東京皇居ランでメンバーが何名か集まり、その数日後、メンバーの一人ドタバタさんが大阪に来るというので、大阪城ランを企画。


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ここで、ドタバタさんの友人ガネさん(現・PEACE RUN事務局長)と自分が出会う訳だ。

PEACE RUNが個人的なイベントから組織的・国際的なものへと移行していくことになるきっかけが生まれたのはまさにこの時だった。

イザラン部ではドタバタさんの提案で「走る.jp」とコラボTシャツを作った経過もある。


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これがきっかけでPEACE RUNは「走る.jp」ともいろんな形でつながるようになった。


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第1回の奈良マラソンでは多くの仲間が集まった。


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長崎に九州支部が勢ぞろい。


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アメリカ横断ランニングの旅の前の壮行会で大阪城をみんなで走った。



振り返ってみると、このイザラン部がなければ、PEACE RUNという組織もアドヴェンチャー・ランナー高繁勝彦もこの世に誕生することはなかった…。

とすれば、イザラン部は凄い役割を担っていたということになる。



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アメリカ横断ランニングの旅の前には、九州のトモさんとjogjogさんが支援Tシャツを作ってくれた。



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今もPEACE RUNの中核となるメンバーはこの当時出会った仲間が中心。

走ることを通じて、みんながつながり、みんなとつながり続ける集団となっている。



イザラン部がなくなるというニュースはやはり寂しいものがあるが、メンバーがこの世から消えてしまうという訳ではない。

違った形で存続も可能なのだ。



多くの仲間に支えられここまでやってきたし、これからもやっていかなければならない。

人と出会うこと…これが自分自身のパワーの源にもなっている。

地球70億人の一人でも多くと出会い続ける旅、それが「PEACE RUN世界五大陸4万キロランニングの旅」

イザラン部から生まれた卵がふ化し、今ようやく一人立ちしようとしている。



仲間がいるからこそ頑張れる、仲間と一緒に走るからこそ頑張ろうという気持ちになれる。


昨日は、そのイザラン部の過去を振り返りつつ、あらためて仲間の存在に感謝しようという思いにさせられた。


今後もたくさんの人々と出会い続けるとしても、一度出会った人たちともずっとつながり続けていく。


遠く離れ離れになっていても、出会ったという記憶は決して消されることはない。


出会いがあれば別れもある。

でも、別れてもまたどこかで出会うチャンスもきっとあるはず。

だからこそ最初の出会いは大切なのだ。



一期一会…今一番大切にしたい言葉である。



さらば…イザラン部。

一期一会をありがとう!


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TOMOSU RUN 2012 第一章 ~陸前高田⇒大船渡⇒釜石~

~東北に灯りをつなぐランイベント~

開催日程 2012/11/23(金) 09:00 ~ 2012/11/24(土) 21:00






Let's support...日本一周「絆」一筆書きプロジェクト


今年5月17日に愛知県春日井市をスタートした「走る書道家」波多野 明翠(はたのめいすい)さんの日本一周「絆」一筆書きプロジェクト…ランニングで日本一周、現在九州を走られています。



お近くの方、ぜひサポートよろしくお願いします!



←ブログ左にバナーを貼っています!




宮崎の山口さんと一緒にゴールの鹿児島目指して走った動画…カメラマンの上地さん撮影…。



Peace Run2012 日本縦断PARTⅡ ゴールを目指して






アドヴェンチャー・ランナー高繁勝彦、福島県相馬市立飯豊小学校を訪問

教壇に復活した日…懐かしい思いでした。






PEACE RUN動画~カメラマン桐山さんが撮影編集した「PEACE RUN2012日本縦断ランニングの旅PART2」天満橋~三宮編です。

BGMは内田あやさんの"Last Train"です。



去年アメリカ横断ランニングの旅から帰国する際に飛行機の中で見た感動の名作!

スペイン~フランス間にあるサンチャゴ巡礼路を舞台にしたロードムービー。

DVDがついに発売!!

トレイラー(予告編)も見てみよう!










*内田あやさん情報

・鈴鹿国際大学学園祭ライブ

日程:2012年10月27日(土)

場所:鈴鹿国際大学内野外ステージ(雨天時場所変更有)

時間:昼12時~



*ごろっぴあ天満満天堂PRODUCE

新!関西演芸ロックショウ その2

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*イベントのご案内

12月2日 旅RUN×古都奈良 明日香村ロゲイニング大会 開催します!

3人1チームで走って古都奈良を楽しめるイベント!

参加申し込み受け付け始まっています~!

お申し込みはお早めに!!

「ロゲイニング」ってなに?

*旅RUN×(KAKERU)公式サイト、KA’Y’S BLOGからリンクを貼っています。

このブログの左側に注目!



「RUN×10(ラン・バイ・テン)運動」


ランナーの皆さん、今も継続していますか?走ることでできること。

東日本大震災で被災された方々の中には今も現状に戻れず、苦難と試練の日々を余儀なくされている方が多くいらっしゃいます。

本当はモノやお金だけでは不十分なのかもしれませんが、それでも思いを伝えることは可能です。

1キロ走って10円、小さなアクションも積もり積もれば大きなものになっていくはず…。

よろしくお願いします!

アドヴェンチャー・ランナー高繁勝彦、今回の日本縦断で3482.3キロ走ったので3万4千823円を被災地に送ります。



PEACE RUN×10 

「PEACE RUN2012日本縦断ランニングの旅PART2」、東日本大震災復興支援のための被災地巡礼の旅を走りました。

取り組まれる方は被災地に3万4千823円を被災地に送って下さい。

賛同いただける方、よろしくお願いします!





PEACE RUN世界五大陸4万キロランニングの旅公式サイト


アドヴェンチャー・ランナー高繁勝彦のオリジナル公式サイトKAY’S WORLD


もご覧下さい!


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現在は第25号を配信中。

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PEACE RUNをサポートしてくれている多くの方々がPicBadgeをつけてくれている。そんな方々のプロフィール写真を見るたびに頑張らなければと思わされる。

世界五大陸4万キロランニングの旅はまだまだこれから…。

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テーマ:生きることは学ぶこと - ジャンル:ライフ

  1. 2012/10/02(火) 15:40:50|
  2. マラソン・ランニング
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プロフィール

KAY(高繁勝彦)

Author:KAY(高繁勝彦)
冒険家:アドヴェンチャー・ランナー、NPO法人“PEACE RUN”代表、サイクリスト(JACC=日本アドベンチャーサイクリストクラブ評議員)、ALTRA JAPANアンバサダー
旅人、詩人・アーティスト、クリエイター、ナチュラリスト…。元高校教師(英語)。

大阪府松原市生まれで、現在、大阪府富田林市に在住。

楽天ブログ時代(2006.4.2)からノンストップブログ更新中。公式サイト
「PEACE RUN 世界五大陸4万キロランニングの旅」
“KAY’S WORLD”もよろしくお願いします。

プロフィール詳細はこちら

二度の日本縦断(「PEACE RUN 2010日本縦断3,443kmランニングの旅「PEACE RUN2012 日本縦断ランニングの旅 PART2」で実質の日本一周ランニング6,925kmの旅を完結。

2011年はPEACE RUN 2011アメリカ横断5,285kmランニングの旅を138日で完了。

2013年9月から163日で「PEACE RUN2013オーストラリア横断ランニングの旅」5,205kmを走破。

2014年11月から2015年2月、83日でPEACE RUN2014ニュージーランド縦断ランニングの旅2,796.6kmを走破。

2016年7月〜11月、110日間で7カ国3,358.8キロ、「PEACE RUN2016ヨーロッパランニングの旅」を走破。

2017年9月〜10月、「PEACE RUN2017四国一周ランニングの旅」1000キロ走破。来年の「PEACE RUN2018ヨーロッパランニングの旅PART2」に備える。


2011年3月14日、東日本大震災の3日後、「RUN×10(ラン・バイ・テン)運動」を発案・提唱、全国に展開させる。

2012年末、facebook上の公開グループ、平和的環境美化集団"THE SWEEPERS"を発足、活動を展開中。

2013年、一本歯下駄で世界平和をめざすfacebook上の公開グループ「一本歯下駄クラブ」を発足、活動を展開中。


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