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KAY'S BLOG

独行道~Lonesome Road of Running

我以外皆我師也(われいがいみなわがしなり)

【我以外皆我師也(われいがいみなわがしなり)】

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教師という仕事は、人を育てながら、自分自身も成長していくべき存在。

人に教えるよりも、人から教えられたことをベースに、目に見える具体的な行動で実践していくことが大切なんだろう。

どの大学に何人入れたかというのも大切な教師の役割なのかもしれないけれど、僕はむしろ、教え子たちが社会に出てからどれだけ役に立つ有為の人物に成長したかということに重きを置きたい。

打てば響く子どもたち、打ったところですぐに響かなくても、少し時間が必要な場合もある。響く子どもたちに逆にこちらが打たれることも少なくはない。


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四半世紀もの間教壇に立ち、いろんなことを教えられ学んできたつもりだ。

10年前に教師という仕事を離れ、一人の人間として考えた時、生徒も自分と同じ人間であるということに気づかされる。

大人と子供、あるいは教師や生徒といった肩書だけにとらわれていては見えないものがある。

そして、教師ではなくなった今だからこそ、人としてのあり方・生き方を模索しながら、過去の教え子たちに、言葉ではなく背中で語れる自分でありたいと思う。

学校という限られた場所から離れ、社会・世界という開かれた場所に目を向ければ、自分以外のすべての人から何か学ぶべきことがあるはず。


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作家吉川英治氏曰く…。

「我以外皆我師也(われいがいみなわがしなり)」

そう考えると、この社会・世界こそが大きな学校だということ。

人は生きている限り学び続ける存在…日々の出会いと発見、気付きと学びに感謝感激感動…。



*講演についてのお問い合わせはこちら


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  1. 2020/10/31(土) 21:16:01|
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秋の夜長に

【秋の夜長に】

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秋が深まる予感がした

静かにそっと季節が

通り過ぎていくのを

旅人は黙って見ていた



語られる言葉もなく

ただゆっくりと流れていく時間

至福の時間と空間を満喫しながら

どこにも行けずに

どこかに行こうとしている



ゆったりまったりと

心は宙を舞う

そんなとりとめもない空想に

静かに 安らかに

秋の夜は更けていく


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  1. 2020/10/30(金) 23:20:30|
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Live, Run & Travel

 【Live, Run & Travel】

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走り始めたのが35年前、1985年の秋、当時勤めていた高校の陸上部の先生に勧められて篠山ABCマラソンをエントリーしたのがきっかけ。

当時、剣道部の顧問をしていて毎日生徒たちと稽古をしていたし、毎日11キロの距離を自転車で通勤。

学生時代から自転車旅行をやっていたので、1日100〜200キロはノンストップで走れたけれど、フルマラソンというのはまだ走ったことがなかった。


毎日10キロを根気よく走る日々が続いた。

膝やアキレス腱を痛めながらも、月間300キロ走れたらフルマラソンは完走できる…そう教えられて真面目にトレーニングを継続したおかげで、人生初のフルマラソンは3時間半程度で完走。


その翌年からは、年に二度フルマラソンを走るようにして、那覇マラソンやホノルルマラソンなどあちこちの大会に出場。走り出して2年半でフルマラソンサブスリーを達成。

100キロマラソンやトライアスロンにも首(脚?)を突っ込み、並行しながら長期の休みには自転車での野宿ツーリングにも精を出していた。1991年と1994年の二回、仕事を辞めてアメリカ横断単独横断、アラスカ〜カナダ横断、ニュージーランド縦断、オーストラリア横断自転車旅行に出た。

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ウルトラマラソンのトレーニングで、マラニック的な走りが面白くなり、大阪〜京都間50キロや天王寺〜和歌山間80キロ、京都〜東京530キロ(11日間)など旅の要素を持ったランニングに徐々に僕の目指す方向はシフトチェンジされていくのだった。

PEACE RUNは2004年に既にスタートしていた。

大晦日から元旦にかけて不眠で走り初詣先で世界の平和を祈るという個人イベントがそもそもの始まり。

三重県伊賀市(当時は上野市)から伊勢神宮までの約70キロを走ったのが第一回目。

翌年は伊勢神宮スタートで熱田神宮ゴールの約115キロ。

その翌年はオフとなったが、2006年は熱田神宮から伊勢神宮。

2007年からはスタートとゴールを入れ替えながら何度か繰り返し、2008年には夏のPEACE RUN琵琶湖一周(4日間)も実施。


走りながら旅をするのは、自転車とはまた違った楽しみがある。

よりスピードが遅くなる分目に映るものも増えてくるし、出会う人の数もさらに多くなる。



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びわ湖を走った後、バギーの存在を知った。

自転車ならキャンプの装備を始め水や食料もたくさん積める。だが、ランニングでは運べるものは限られる。

バギーにいろんなものを積めばキャンプしながら旅もできる。そんな考えがバギーを使っての単独走を生み出した。



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2009年に初めてバギーを押して淡路島一周ランニングの旅に出た。

以来、僕の旅はバギーを押して走るスタイルが定着。

二度の日本縦断(2010年:日本海側、2012年太平洋側)とアメリカ大陸横断(2011年)、環瀬戸内海一周(2013年春)、そしてオーストラリア横断(2013年)、ニュージーランド縦断(2014年)、西ヨーロッパ9カ国4000キロ(2016年)…合わせて約2万3000キロ(国外約1万7000キロ)の轍(わだち)をこの地球上に残してきた。それ以前の走りを入れればもっともっとたくさんの距離を走ったはず。

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まだこれから少なくとも2万3000キロ走ることになる。

走っても走ってもまだ走り足りない。

旅人の人生は、移動し続けるがゆえにとどまるところを知らない…結局のところそんなものなのだろう。

それなりにミッションはあるはずだけど、何か理由があるから旅をするというよりも、旅をしながらその理由を探し続けているような気も時々している。


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旅にあれば故郷を思い、故郷にあれば旅の空を思う…。

70数億人の人々と、同じ時代に同じ空の下、同じ惑星に生きて、生かされている奇跡。

これも偶然ではなくて必然なんだろう。

だから僕は、生きて走って旅をする。

みんなとつながる、みんながつながる…愛に満ち溢れた平和な世界が訪れるように…。


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テーマ:今日のつぶやき。 - ジャンル:日記

  1. 2020/10/29(木) 23:03:25|
  2. 旅・冒険
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視点を変える

【視点を変える】

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「下手」と言うよりも「努力が必要」と言おう。

「無理・できない」と言うより「チャレンジしてみよう」「頑張ればできるかも知れない」と言おう。

「失敗した」と言うよりも「成功が先延ばしになった」と言おう。

「辛い」「苦しい」と言うよりも「人生にはこういう楽しみ方もある」と言おう。

「どうにもならない」と言うよりも「何とかなる」と言おう。

「困った・ピンチ」と言うよりも「これも次につながる1ステップ」と言おう。

「1000円しかない」と言うよりも「1000円もある」と言おう。


足りないものに目を向けて不平不満を言うよりは、今あるものに注目して満足する。

物事は見方次第表現の仕方で状況も変わる。

思考パタンひとつで自分自身だけでなく、自分を取り巻く世界も、変わるし変えられる。

凝り固まった見方・考え方を少し変えるだけでいいってこと。


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テーマ:今日のつぶやき。 - ジャンル:日記

  1. 2020/10/28(水) 23:13:26|
  2. 哲学
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図書館にまつわるお話

【図書館にまつわるお話】

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村上春樹の小説で図書館がしばしば登場するけれど、その内のひとつはこれ…

本を借りようと図書館にやってきた主人公は、なぜか地下室に連れて行かれて、老人に牢屋に閉じ込められてしまう。

老人は新月の日だけ眠るので、この日を待って、羊男と美少女と一緒にこの地下室を脱出しようと計画する…

という非条理なお話。

羊男は「羊をめぐる冒険」でも登場しているが何となくシュールでどこか憎めないキャラが面白い。

初出は短編集「カンガルー日和」だが、いくつか絵本になって登場している。



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そして、図書館が登場するもう一つの作品は、村上春樹にとって最初の長編小説。

彼の作品群で個人的には僕が最も好きな作品。

「ハードボイルド・ワンダーランド」の章と「世界の終り」の章が交互に進行し、それぞれ世界を異にする一人称視点(「私」と「僕」)で描かれる。

この「世界の終わり」の章で、図書館が登場する。

そこで古い夢を読む僕を補佐するのが司書役の少女だ。

彼女は「街」の他の人々と同様「心」を持たない。

さまざまな謎が謎を呼ぶ、冒険的な物語ではあるけれど、そこにはいろんな比喩や風刺が含まれているのだろう。

二つの世界(パラレルワールド)が最後にはどこかでつながる…?

「1Q84」にもパラレルワールドが登場するが、一見異なる二つの世界は我々の内にもきっと存在している。

第21回谷崎潤一郎賞受賞作品。



テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

  1. 2020/10/27(火) 06:02:47|
  2. BOOKS
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森の中を歩くように僕は本を読む

 【森の中を歩くように僕は本を読む】

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高校時代は「本の虫」と言われるほど、次から次に濫読を繰り返した。

年間百冊を越えたこともあったが、そのジャンルも、ニーチェにフロイト、松本清張に星新一、司馬遼太郎に吉川英治、夏目漱石に三島由紀夫…と多岐に渡る。

それらの大半は学校の図書室や町の図書館で借りたもので、時々本屋に出入りしてはささやかながら自分の小遣いで気に入ったものを買って読んだ。

電車の中で読み、公園のベンチで読み、河辺の堤防に腰を下ろして読み、はてはまたトイレで読んだ。

今思えば、あれだけ活字に触れておきながらよく目を悪くしなかったものだ。ありがたいことに老眼の兆候もなく、視力は今も1.5〜2.0の間でまだ衰えていない。

安上がりな趣味と言われれば実際そうかも知れないが、読書にはそれ以上に様々な魅力が秘められていると思う。

探偵になって凶悪犯を見つけたり、王子様になって美しいお姫様と結婚したりすることは、自分の身には実際起こりえないことだけれど、物語の世界ではそれが可能なのだ。

イマジネーションを膨らませれば、僕たちは極地探検にだって行けるし、スペースシャトルで宇宙旅行もできる。日常のありふれた世界からワンダーランドに飛び出せる、それが物語の世界だ。

ありふれた日常を非凡なものにするために、活字を目で追いながら、僕たちはしばし現実逃避の旅に出る。


図書館という場所は僕にとって「森」のような存在だった。

うっそうと茂った木々のように、本はずっとそこにあって僕が現れるのを待っている。

そこではいろんな知識が眠り、誰かがページをめくればいつでも物語の始まりを知ることができる。

図書館の静寂に包まれたあの独特の雰囲気が僕は好きだ。

書架と書架の間を走る、人一人がやっと通れる幅の通路に僕は立ち、年代ものの辞典が放つクラシカルな匂いもかぐわしく、気まぐれに取り出した一冊の本を手に取ってみる。

森の中をさまよい歩きながら無作為に選んだ一本の大木に触れるように、何か運命的な出逢いを感じる瞬間、あるいはこれは単に僕の「デ・ジャヴ(既視感)」なのだろうか。



ページをめくるたび、そこには未知の世界が広がっている。

そのような世界に通じる扉をひとつずつ開いていく行為は、僕にとって何よりも贅沢であった。

街の図書館であれ、学校の図書室であれ、僕はこのささやかな贅沢を自分なりに満喫していたものだ。


社会人になって、本を借りるということをしなくなった。

借りてきた本がすごく面白いものであったり、感動するような素晴らしい作品であった時に、その感動までが借り物だというふうに思いたくなかったから、たいていの本は自分の手元に置いておくために、いつしか本屋で買うという習慣がついてしまった。

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デジタルの時代、今はキンドルや電子書籍が出回っている。アナログ世代の人間である私にはやはり紙のメディアがいい。紙の麗しい薫りや手ざわりもさることながら、面白い小説の1ページ1ページをめくるワクワク感というのはやはり捨てがたいものがある。

たいていの情報はインターネットで手に入るようになってしまった。

時折、気になる小説を探したりするために古本屋に立ち寄ることはあるけれど、もう昔ほど活字に飢えることも濫読するということもなくなった。

若い頃は、ただやみくもに本屋に入っては、目に付く本を買いあさり、それらが自分の部屋の机に積み重ねられているのを眺めているのがある意味贅沢な時間でもあったのだ。

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時々僕は、あれらの森のことを考える。

森は深く、木々の一本一本がいつも僕に何かを語りかけていた。



僕はそんな森の中を歩くように本を読むのだ。




*読書の秋:明日から読書週間
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10月27日から11月9日までの2週間は読書週間。

デジタルが日常のツールとして当たり前になりつつありますが、時にはアナログ、紙のメディアにふれてみませんか?

読書週間の歴史について調べてみました…

* 公益社団法人 読書推進運動協議会のサイトから引用

「終戦まもない1947年(昭和22)年、まだ戦火の傷痕が至るところに残っているなかで

「読書の力によって、平和な文化国家を作ろう」という決意のもと、

出版社・取次会社・書店と公共図書館、そして新聞・放送のマスコミ機関も加わって、

11月17日から、第1回『読書週間』が開催されました。 

そのときの反響はすばらしく、翌年の第2回からは期間も10月27日~11月9日

(文化の日を中心にした2週間)と定められ、この運動は全国に拡がっていきました…」



つづきはこちらで…




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  1. 2020/10/26(月) 14:46:57|
  2. BOOKS
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お家カフェでネパールコーヒーを楽しむ

 【お家カフェでネパールコーヒーを楽しむ】




アウトドア歴かれこれ40年、1980年代に野宿での自転車旅行を始めてから、キャンプをしたり山に登ったり、クロスカントリースキーやスノーシューで雪のトレイルを歩いたり走ったり…

週末は野生に帰ることをモットーにしていた。

それが、国内外のいろんなところで旅をしながら走る人生につながって、還暦を迎えた今も、一本歯下駄で山を駆け回っている。


やはり自然の中で過ごす時間が落ち着けるというのが一番楽しいのだろう。

この40年あまりの間に、様々なアウトドアツールを使ってきて、倉庫や押し入れで眠っているものも少なからずあるが、たまには使わないといけないな、と思わされて、家の倉庫でにわかにお家カフェを楽しむことになった。

今回は手作りのアルコールストーブ(通称:アルスト)でお湯を沸かしている。


コーヒーは35歳まで飲めなかった。

それまでは、リフレッシュできる飲みものといったら紅茶(レモンティー)がメインドリンクであった。

35歳の頃、愛知県の高校に勤務している時に、職員室で豆を挽いてコーヒーを入れてくれる同僚の先生がいて、彼からコーヒーのウンチクをいろいろと学ばせてもらった。

それ以降、コーヒーミルを買って、自宅でもドリッパーでコーヒーを淹れるようになった。

高級な豆を専門店で買ってきていろんな種類の豆も試してみた。

スターバックスなどのお店が普及し始めたのもちょうどその頃(1995年前後)だったか。

以来コーヒー歴25年。

今はあまり豆にはこだわらないが、それでもお店で飲むよりは自分で挽いた豆を淹れて飲むのが好きだ。

数年前からYAMANOVA(ヤマノバ)主宰で野外文化活動家の山本さんが仕入れて販売しているネパールコーヒー「ナマステヒマラヤ」のコーヒーアンバサダーに就任したことをきっかけにコーヒーを毎月提供していただけるようになった。

このコーヒーにはドラマがあり、一種のポリシーがある。

森林伐採で荒地になった国有地を国から借り上げ、一から植林し、森を復活させたアグロフォレストリー(森林農法。多様性のある森の生態系の中で育てている。)な栽培法。しかも無農薬、無化学肥料、自家採種でとってもサスティナブル。

ほとんどが手作業で行われている農作業は、カースト(ネパールではまだ事実上残っている)が低く、誘拐や人身売買などの人権侵害から救い出された女性たちの手により行われており、彼女たちの雇用の場になっているという。

大手のコーヒーチェーンのように、単に美味しいコーヒーを売ればいいという考え方とは明らかに違う。

1杯のコーヒーを通して、人とつながる。自然とつながる。

そんな思いが感じられるコーヒーなのだ。

自然を愛する自称ナチュラリストの私にとっても、今はこのコーヒーのうまさが頑張るパワーの源になっている。


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自宅のぴんぽん地球(テラ)スの倉庫ににわかにできたカフェで妻ぴあぴとコーヒータイム


*ネパールコーヒーナマステヒマラヤは単品でも購入できますし、毎月届けてもらえる定期便もあります。

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 我が家の黒猫アリも気になるこのアロマの芳しい香り…

 ヤマノバコーヒーホームページはこちら


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  1. 2020/10/25(日) 23:48:34|
  2. コーヒー
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直感を信じて今を生きる

【直感を信じて今を生きる】

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直感で生きることの大切さをあれこれ感じる日々。

食べ物でも持ち物でも人間関係でも仕事でも、いいか悪いか、正しいか間違っているか、直感で感じることはしばしば。

我慢や犠牲、罪悪感や自己嫌悪を感じるものは大抵間違ったこと。

何度も同じ間違いに直面したら、それは必ず繰り返される。

ゲームと同じで、そのステージをクリアしない限りは次のステージに行けないということだ。

僕にとっては経済的な自立において、度々この手の問題が浮上する。

雇われてお金をもらうことは決して悪いことではないのだけれど、自分の才能や特技を活かさずして生計を立てるのはやはりよろしくないということ。

妻にはそのことで窘められることばかり。

「いつまで逃げてるの?」と叱咤激励されながら何とかここまでやってきた。

そうやって支えてもらっていることに感謝の念は絶えないけれど、まだまだ僕は未熟者。

精進しなければいつまでも同じところに停滞するだけ。

気持ち一つで全てはクリアできるのかもしれない…間違いなくそうなのだと思う。


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過去にブログやツイッター、フェイスブックでもあれこれ自戒の念を込めて書いてはいるけれど、形式だけで終わってしまって自分の学習にはなっていないことばかり。いわゆる「綺麗事」。

「前に進むのか諦めるのか…?今やるのか永遠にやらないのか?」

自分の中のもう一人の自分が絶えずそう問いかける。

積み重ねてきた経験はもはや掛け替えのない財産と同じ。

それらはいつか必ず自分を支えてくれる強みとなるはず。

一本の道を二本の脚で走り続けてきたからこそ今のアドヴェンチャー・ランナー高繁勝彦が存在している。

いい加減にそれに気付かなければ…。


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今という時代しか生きることができない僕らにできるのは、今この一瞬を精一杯生きること。

将来の夢や目標を持つのはいいことだけど、未来に対して恐れや不安ばかりを持ってしまうと前に進めなくなってしまう。

今を生きることこそが、今を楽しむこと、先のことはその時が来たら考えればいい。

「すべて最後はうまくいく」

そう信じていれば実際にうまくいくものなのだ。


辛いことも苦しいことも楽しんだ者勝ち。

辛いこと苦しいことを、当たり前のように「辛い」「苦しい」と思えば、普通に辛く苦しいものになるのだろうけれど、「楽しい」と思ってしまうのであれば、それはまた違ったものになるのかもしれない。

あらゆるものは心のあり方次第。


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時間にとらわれない。

限られた人生なのかもしれないけれど、そんな時間の中でも僕たちには無限の可能性が秘められている。

だからこそ、やりたいことは、生きている内に、ためらわず迷わずやってしまうこと。

夢は見るためにあるのではなく実現するためにある。

そして、人生は謳歌するためにあるのであって、後悔するためにあるのではないということ。


きっと、時間はどこにも流れていかない…蓄積されていくものなのだ。

今この一瞬が既に永遠…そう思える生き方を…。


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  1. 2020/10/24(土) 20:15:25|
  2. 人生論
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還暦を迎えて

【還暦を迎えて】

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昨日60回目(還暦)の誕生日を迎えた。

コロナ禍でいつもとは状況が違うものの、数え切れないほどたくさんの

バースデーメッセージを国内外からオンラインで頂き、感謝感激感動!

旅先で出逢った方々は、アメリカ、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、

イギリス、ドイツ、フランス…と様々なところから。

まさにHAPPYの極み。


でも、個人的には誕生日だからと言って特別なことなど何ひとつ求めない。

こうやって元気に笑顔でいられたら言うことなし。

それでも昨日の朝、目覚めた時に、

妻から「還暦おめでとう」の言葉をもらって、

寝る前には名古屋にいる娘から

「お誕生日おめでとう」のメッセージをもらえたことが何より嬉しかった。


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60歳になったからと言って、50代と比べ何かが急に変化するという訳でもない。

ただ、20歳や40歳の時と比べて、いろんな点で大きく変化しているということだけは確かなこと。



今の自分自身を客観的に見れば…

相変わらず偏屈もの(人と同じは嫌)で、

人見知りが激しく(多分対人恐怖症的な何かがある・笑)、

頭が固い(柔軟性に欠ける)。

人と合わせることがかなり不得手で(融通が効かない)、

変なこだわりがある(いつも言われないと気づけない)。

我が両親から受け継いだDNAがあって、好むと好まざるとにかかわらず、

やはり血は水よりも濃し…ということを教えられるのである。


そんなこんなで、妻をはじめいろんな方々に迷惑をかけているのだけれど、

そんな自分でも受け入れてもらえるということはありがたくも嬉しいこと。

何よりもコロナ禍にあって、自分自身でも自分を(心身ともに)

うまくコントロールできていないことがスッキリしない。

それを単に歳のせいだとは思いたくない(笑)。



国外に出られるのはいつのことかまだ先が見えないけれど、いつでも旅立てるように気力・体力は充実させておきたい。

しかし、何よりもまず立て直すべきは経済力(笑)。


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メッセージをいただいた皆さん:

本来であればお一人ずつお返事差し上げるべきところなのですが、

こちらでお礼に代えさせていただくご無礼をどうかお許し下さい(毎年のことなのですが)。

来年のことはどうなるか分かりませんが、

今あるベストで、自分の直感を使って、

さらにワイルドに生きていこうと考えています。

世界が平和なひとつの国になるように、

私の走りの一歩一歩がメロディとなって、皆さんの心に心地よいメロディを届けられんことを…。

今日も、明日も、毎日、永遠に、誰もがHAPPYな気分でいられますように!


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テーマ:今日のつぶやき。 - ジャンル:日記

  1. 2020/10/23(金) 09:20:17|
  2. 日常
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秋の夜長をジャズで楽しむ

【秋の夜長をジャズで楽しむ】

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まずはジャズのCDをBGMに、焼酎(麦・芋・そば…何でもお好きなもの)をロックで飲む。冷たいのが苦手な方はお湯割り、もしくは燗をして飲むのもいい。

【注 意】アルコールを嗜まない方はお茶でもコーヒーでも白湯でもOK


ジャズにはバーボンウイスキーかスコッチでしょ、とかブランデーって固定観念持っている人もいるのだけれど、僕としてはなぜか焼酎が合いそうな気がする。


キース・ジャレットの透明感あふれるピアノ、ビル・エヴァンスのしっとりした味わいのあるピアノもいい。

ボリュームは大きすぎず小さすぎず。

ジャズを聴きながら読書ってのも好きだ。

ほろ酔い気分で聴くジャズがいい。

耳から頭の中にダイレクトにメロディが、面白いくらいに転がり込んでくる。

四分音符やら八分音符がわんさかわんさか踊りだす。

酔いが回ってくるとバラードとかよりもかえって賑やかなのがいい。

アニタ・オディの「A列車で行こう」やメル・トーメの「イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン」は自然に全身がスイングしてしまう。

幼い頃、父親がよく聞いていたジャズの魅力が、この年になってようやく分かり始めてきた。

父は毎朝、鏡の前で髭を剃りながらナット・キング・コールやルイ・アームストロングを聴いていた。母がクラシック好きで「ジャズはどうもやかましい」というイメージを持っていたのかジャズそのものを毛嫌いしていたようだ。

コーヒーや酒の味が分かるように、ジャズも一定の年齢になって聴くのがいいものなのだろうか。

1991年秋、ニューヨークのブルーノートで初めて聴いたジョージ・ベンソンは圧巻だった。当時、ジョージは48歳。

「ギブ・ミー・ザ・ナイト」が特に印象に残っている。

絶妙なギタープレイと心地よいヴォーカルが見事にマッチして、もはや芸術を超えた何か神の魔力にも似たものを感じた。小さなステージのすぐそばに多くの観客が群がり(今でいうところの完全な「密」である)、狭いクラブの中が聴衆の熱気でムンムンしていたのを思い出す。

アーティストと聴衆の息がぴったり合って、独自の空気を作り出していた。


その時々の気分で聴きたい音楽も変わるもの。

今宵はゆったりまったりした気分で、ビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デビー」を聴いている。

デビーという女性がどんな顔をしていたのか、どんな人だったのか僕には分からない。

でも、ビルのピアノから、何となくデビーの後ろ姿が目に浮かぶ。

彼女はチラッと後ろを振り向きながら、ほのかに僕に微笑みかける。

麦焼酎の芳醇な香りが口の中に広がり、どういう訳か僕は突如デビーと恋に落ちる。

どんな結末が待っているか予想もつかないけれど、酔いが回っている限りハッピーエンドは訪れないだろう。

小雨降る窓の外には秋の匂いがした。

そして僕は静かに眠りにつく。

デビーはもちろん、もうそこにはいない。



*****




*昨日配信のメルマガ「週刊PEACE RUN(♪ シリーズ「PEACE RUN~人・町・風景・できごと)」から

本日のニュースで、キース・ジャレットが脳卒中で復帰ほぼ不可能になったとのこと。悲しい…あまりにも悲しすぎる…。





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  1. 2020/10/22(木) 18:25:48|
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自然であれ

【自然であれ】

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これは旅のさなかでも思ったこと。

現代文明の恩恵に当たり前のようにどっぷり浸かっていると、人はいろんな感覚や機能が麻痺してしまう。

いったん文明から距離を置いてみて、自分自身の持つ本来の感覚や機能を確かめてみればよくわかる。

何が自然であるか…本来どうあるべきだったのか…。

我々の衣食住、それに政治や経済も含めて、今の世の中、普通に考えたらおかしな(不自然な)ことが当たり前になっていないか…?

おかしな(不自然な)ことを当たり前だと思い込まされていないか?

ひとつのおかしな(不自然な)ことがさらに複数のおかしな(不自然な)ことを招いているような気がする。

おそらくは、不自然さの背後には、利権などのエゴに関わるものが絡んでいたり、それこそアンダーグラウンドで動く何か陰謀めいたことが隠れているのかも知れない。

少しでも、自然なものが自然なままでいられるようにできることに取り組んでいく必要があるのだろう。

今一度あらゆることを見直してみる必要があると思うが如何なものか。




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  1. 2020/10/21(水) 23:07:06|
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超短篇小説「睡眠学習」

【超短篇小説「睡眠学習」】

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第二学期の中間考査の真っ只中。

僕は受験生。日々大学受験を目指して黙々と学習に励むのが日課だ。

考査2日目の3時間目。得意とする英語ライティングの問題用紙に向かっている時だった。

大問3整序問題(4)の一問だけがどうしても分からなかった。

確かに見たことはある。意味もほとんど分かっている。

( had he / to rain / left his house / it / no sooner / than / began ) .

「彼が家を出るやいなや雨が降り出した」

恐らく出題者はそんな文章を作らせようとしていたのだろう。

う~む。悩んでしまう。比較構文の中でやった記憶があるのだが、thanという接続詞も関係している。それに否定と倒置構文も含まれているはず…。

いろいろ考えてはみるのだが決定的な答えに到達しそうにない。

昨晩午前3時まで頑張っていたせいか、意識が徐々に遠のいていく。

いけない…今ここで眠ったりなんかしたら…ああ…。

僕はまどろみながら机の上で必死に睡魔と戦っていた。

試験監督のH先生の顔がだんだんぼやけていく…。

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夢の中で僕は昨晩の自分の部屋に戻っていた。

午前1時40分、英文法の参考書を開いて黄色の蛍光ペンで基本例文の重要箇所にアンダーラインを引いたはずだった。

そう、225ページの一番下に出てきたのがこの文だ。

「彼が家を出るやいなや雨が降り出した」

S had no sooner p.p.than S+V.

そうだった。過去完了の時制が登場すると同時に後半のthan以下は過去形。

No soonerを強調するために文頭に出すとあとの箇所で倒置が起こるのだ。

すなわち疑問文の語順になる。過去完了は had + S + p.p.の語順…。


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分かった!!

No sooner had he left his house than it began to rain.

その瞬間、現実に戻って僕は目を覚まし、考査用紙の英文を確認したとたんに解答用紙に正しい語順で英文を書き始めた。

夢の中で参考書を確認することは決してカンニングなどではない。

その後も、僕は夢の中にインストールした英文法参考書と英単語集で着々と英語の成績を上げていった。

第3回目のマーク模試では200点中198点という結果で、生まれて初めて偏差値70.2を記録した。

英検準1級も難なく合格して、1月のセンター試験でも英語・国語・日本史の3教科500点でも494点という好結果をマーク。

寝る時間を惜しんで勉強する必要もなくなった。起きている間は好きな読書に時間を費やすだけ。

そう、僕は眠っている間に、夢の中で学習に励むことができるようになっていたのだ。

起きている間に蓄積された記憶が、眠っている間にも自然に復習できる。

こんな夢のようなシステムを個人的に開発し、ひとり悦に浸っている。


*アドヴェンチャー・ランナー高繁勝彦が高校時代に実際体験した経験を元にこの物語を書いています。



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  1. 2020/10/20(火) 16:47:08|
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続・59歳の終わりに

 【続・59歳の終わりに】

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20代や30代の頃に、自分が50代や60代になるなんて全く考えてもみなかったし、いつまでも(永遠に)自分は若者でいられると信じていた。

無論、今でも若者だとは思っているけれど、それは精神的な意味での若者であって、変化していく肉体についてはまた違った見方をしていかなくてはならないのだと思う。

あくまで一般論だが、40代を境に、人は「中年」というカテゴリーへと移行していく。

オンラインの辞書で「中年」を調べてみると…

青年と老年との間の年ごろ。現代では、ふつう40歳代から50歳代にかけてをいう。

とある。平均寿命が延びているとしてもこの定義はずっと変わっていないのか…。


肉体の変化について見ていこう。


マラソンを始めたのは25歳だった。それまで、中学から30代半ばくらいまでずっと剣道をやっていた。

大学時代に自転車にハマり、レースにも出たし、自転車でのツーリングで国内外を走っていた。

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トライアスロンは20代の終わり、ウルトラマラソンもほぼ同じ時期に始めている。

フルマラソンでサブ3(3時間以内の完走)、100キロマラソンでサブ10(10時間以内の完走)を達成。


30歳になる直前、オーバートレーニングで自律神経失調症みたいなものに見舞われ、パフォーマンスも低下。

無理はするものではないということを身をもって知る。

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40代に入ってもなおマラソンやロードレースを走ってはいたが、職場の仲間と走ることが楽しくなり、徐々にスピード志向からファンラン志向へと切り替わって行った。

それでも、毎日走りながら「いつフルマラソンを走っても3時間半で走れる脚を作っておこう」という気持ちは変わらず持っていた。

49歳の春にフルマラソンを走ったのが最後、体調も良くなかったのにエントリーして完走したもののフルで最も遅い4時間15分。

教員として仕事を続けていたが、過労が元でいろんなところで限界を感じていた時期だ。

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仕事を辞めて自由な時間ができて、しばらくはトレーニングからも遠ざかってしまう。

自転車でポタリングを楽しんだり、時々走りには出ていたが長い距離を走ることはなかった。

せいぜい10〜15キロ程度。


その内、旅に出たくなって、一度目の日本縦断ランニングの旅がスタートする。

ここからが僕にとっては第二のランニングライフとなるのであろう。

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スピードは度外視。40〜50キロの荷物を積んだバギーを押して走るので、歩くよりもほんの少しだけ速いペース。

それでも1日40〜60キロをコンスタントに走る。

そういったことを国内外で10年ばかり続けてきたら1キロ6分(時速10キロ)はかなり高速に感じられるようになってしまった。

今は一本齒下駄で走っているので余計にそう感じる。


走ることが、単に心地よさを感じながら移動するための手段でしかない

という考え方になったというのも大きな変化かも知れない。


実際に、体力的な衰えは感じている。

というよりはむしろ、気力を充実させるのに時間がかかるようになってきた。

コロナ禍で外に出るのが億劫になったということもある。

走ること以外の場面でも、何かをやろうと思って実際にそれを始めるまでにすごく時間がかかってしまう。

「まあいいか」と思ったらそれをやらずに終わらせてしまう。

そんなことも現実としてある。

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2016年の西ヨーロッパランニングの旅が終わって以来国外にも出ていない。

今年初めから親の介護も始まった。

PEACE RUNとしての活動も低迷中。

そんなこんなで閉塞感に包まれる日々が続いていた。モチベーションが低下するのも当然。

それでも、何とか前に進んでいこうという気持ちだけは不思議と維持できている。


長く走り続けていればいろんなことがある。人生だって同じ。

さあ、これから始まる60代に向けて、いろんなプランを考えていこう。

暗雲が消えて、日が差し始めるように、じわじわと見えてくるものがきっと出てくるはず。

人生、最後まで何が起こるかわからない。

いいことも悪いこともひっくるめてすべてが楽しめる要素になれば言うことはない。


見果てぬ夢を追いかけて、気がつけばはや還暦。

そろそろ20年先を見据えた生き方が必要なのかも知れないが、それでもあえて今にフォーカス。今を楽しむ。

時間は何ものにも代えられない。今、この一瞬が宝物だと思えるように…。


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  1. 2020/10/19(月) 10:13:21|
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59歳の終わりに

【59歳の終わりに】

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25歳当時のアドヴェンチャー・ランナー


4日後にはまたひとつ歳をとる。

還暦、60歳…高齢者と呼ばれる日もそう遠くはない。

30年前、30になった時に、まだまだ若いと思っている自分がいた。

20年前、40になった時に、国語辞典で「中年」を調べたら40歳からということを知り半ば愕然とした。

10年前、教職を離れ50歳になって「PEACE RUN世界五大陸4万キロランニングの旅」を走るアドヴェンチャー・ランナーになる決心をした。

僕の人生は、決して順当でまともなものではなく、いくぶん波乱万丈で、時にシッチャカメッチャカ(大阪で言う「わやくちゃ」)なものであるのかもしれない。

それでも、不思議な事に、日々楽しく笑顔で暮らせている。

60年前にこの世に生を受けたことにまず感謝しよう。

父がいて母がいたからこそ自分はこの世に誕生できた。

そして、60年経った今年、大した病気もせず、今なおさまざまなチャレンジに挑むことができる自分自身の健康な体に感謝だ。

妻を始め、僕を支えてくれているあらゆる人々にも感謝。

感謝だけでは不十分、感性のチカラが働けば、あらゆるものに感謝感激感動するばかり。

人生が100歳で終わるのだとしたら残り40年。

西暦2060年、100歳で100キロ走るのがランナーとしての最終目標だけれど、それで全てが終わるという訳じゃない。

一本の道と二本の脚がある限りは走り続けよう。

生きている限り走り続けられるのであれば、それがランナーとしての本望。


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30歳当時のアドヴェンチャー・ランナー…大阪の朝日放送「おはよう朝日です」に出演


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アドヴェンチャー・ランナー 50歳


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アドヴェンチャー・ランナー10歳




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アドヴェンチャー・ランナー22歳




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  1. 2020/10/18(日) 16:29:51|
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風に吹かれて

【風に吹かれて】

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形のないものは見えないと人は言う。

形のないものは信じないという人もいる。

形のないものは見えるとか信じるとかのレベルでは推し量れないから、感じるしかないのだと僕は考える。


人それぞれに違った顔があるように、感じ方・捉え方・考え方はそれぞれに異なる。

僕は、誰かにそれを押し付けるつもりもないし、押し付けられるのもご免こうむる。

自由な発想で、自由に受け止めればいいだけのこと。


すべてはありのままあるがままで、あるがままに生きることこそが理想郷につながっていくのだろう。

それは、成り行きまかせというよりも、風が流れていくように、宇宙の、自然のシステムに従うだけのこと。


今この地球にいる人たちも、100年先にはほとんどみんないなくなってしまう。

1000年先になればどうだろう?

僕らはみな、そんなことを分かっていても、ちっぽけなことにとらわれたりこだわってしまったりして、その都度凹んだり塞いだりしてしまう。


とらわれのない生き方、こだわりのない考え方…

つまるところ、あらゆるものにしばられることなく解き放たれるということ。



種田山頭火は「何を求める風の中ゆく」と詠ったが、要は何も求めなくてもいいということだと僕はとらえている。

すべては風の吹くまま風の吹く先に流れていくまでのこと。

だから、何も心配することはないし、恐れや不安は持たなくていい。



今を自分らしく生きることが、明るい未来につながっていく。

今にフォーカスする…今あるベストで、今の自分を最大限に生きる…これに尽きる。





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  1. 2020/10/17(土) 17:31:33|
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ナチュラリズムの教え

【ナチュラリズムの教え】

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フィールドを走っていて、時々思うことがある。

鳥は何も持たない。必要な時に水場に行き水を飲み、お腹が減ったら餌を見つけて食べる。

鳥が持っているものがあるとしたら、それは自分のカラダと命だけ。


一方、人間はどうだろう?

モノを持つ暮らし、モノに囲まれた人生。

そして、モノを手に入れるためにお金を稼ごうとする。

それを便利というのは構わない。

ただ、モノやお金があることが幸せと思ってしまったらそれはどうなんだろう?


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不自然なものに依存していると、思考も行動も発言も不自然なものになりつつあるのかも知れない。

不自然なものに依存する人たちが群がり、不自然な組織やグループを作れば、社会や世界までもが不自然なものになっていく。

大切なのは、何が自然で何が不自然なのかを見極める能力。

おおよそ、人間が作り出したもののほとんどは不自然なものだということだろう。

それは形のある無しに関わらず同じ。

不自然なものを不自然と思わなくなってしまうこと自体が不自然すぎる訳だ。


太古の昔、人は自然にあるものだけで生活を営んできた。

自然にあるものをうまく組み合わせたり加工したりして自分たちの文明というものを築いてきた。

科学技術が発達するおかげで我々人類はその恩恵を被ることができる、実にありがたいことだ。

だが、テクノロジーが高度に発達すると、一方で人は退化していくのではないかと思わされる。

テクノロジーが提供してくれるあらゆるものを鵜呑みにし、過信してしまう。

そこに危険は潜んでいると思う。



衣食住、できるだけ自然に近いものを選択したい。

塩で歯を磨き、石鹸やシャンプー・リンスを使わずにお湯だけで頭や体を洗う。

肌に触れるものも自然素材のコットンや麻などを選ぶ。

野菜や果物もできるだけオーガニックのものがいい。

あまり神経質にならないようにしたいけれどそれもなかなか難しい。



10年20年先の社会・世界を考えてみる…人々は一体どんな暮らしをしているのか。

おおよそ60年生きてきたけれど、50年ほど前の暮らしはもっともっとゆったりまったりしていた。

シンプルではあったし、言い換えるなら人を惑わせるようなごちゃごちゃしたものは少なかった。

身の回りにあるものは限られていたから、みんなが同じようなものを選べるように選択肢もそう多くはなかった。

バブルを境にそれが変化してきたのだろう。



過去には戻れない。

だから、未来に向かって進んでいくしかない訳だけど、少なくとも人は自然と共に生きて生かされているという謙虚な気持ちだけは忘れずに進んでいくことが大切だと思う。

街ゆく若者たちが、スマホの小さな画面に自分たちを閉じ込めて身動きが取れなくなってしまっているような社会は決して健全とは思えないのだが如何なものか?


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  1. 2020/10/16(金) 23:14:04|
  2. スピリチュアル
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ランニング講・ランニング考

【ランニング講・ランニング考】

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走らない方がランナーによく尋ねるのが、「走りながら何を考えるのか?」という質問。

頭を空っぽにして走る…

と言いたいところだけれど、僕のような煩悩にまみれた俗人は、食べ物や飲み物のことばかり考えている。

早く走り終えてのんびりしたい…そんな思考でだらだら走るのが関の山。

それでも、果てしなく広がる青空の下で、地平線を追いかけながら大地を走っていれば、自ずと心と體(カラダ)が研ぎ澄まされていくかのような感覚を覚える。

どんなに単調であっても黙々とひとつのことを続けることがいかに大切か…。

空と大地が交わる地平線の果てを目指してただ走る…走ることに集中する…

というよりは、こんな風景の中にいれば自ずと脚が動き始める。

360度広がる地平線を、嫌が上にも追い求め続けたくなる。


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振り返ればそこに過去があり、遠く見つめる地平線の向こうには未来が僕を待ってくれている。

そして、常に僕が足を踏みしめる場所、そこが現在だ。

今生きて生かされて、走って旅をする、それがアドヴェンチャー・ランナーの人生…。


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走るということを、競争としてとらえている方は実際多いのかもしれないけれど、

僕にとってはあくまでも移動の手段でしかない。

時間や距離、タイムやペースはほとんど気にしない。

その日の内に目的地にたどり着ければそれでいいのだから。

速く走ることが素晴らしいと思うのはアスリートとしての観点。

だから、ライヴァルと闘い、自分と闘わなければいけない。

闘う・争うことを一切やめた時、

あらゆるものから解き放たれて、真に自由な走りがやってくる。

何かにとらわれたりすることもなく、変なこだわりを持つ必要もない。

自分が自分自身を何かに縛り付けるから自由な走りが楽しめなくなる。


日々移動し続ける中で、さまざまな出会いと発見、気付きと学びがあって、

それが僕自身にとっては成長の糧となっている。

そういう意味で僕はこの世界のあらゆる人とモノに感謝しなくてはならないのだろう。


ワンネス…

すべてはこの宇宙でつながっているという感覚が、

ランナーの走りのみならず生き方をも変えるということを、

この10年あまりの間の旅を通じて僕は学んだ。


心穏やかに、平和な世界を夢見ながら、

少しでも世界がいい方向に進んでいくことを願って、前に進んでいくこと。

一歩一歩の歩みは小さくても、これがいずれ大きなものとなっていくと信じて…。

人それぞれにいろんな生き方があるように、ランナーにもそれぞれの走りがあるように、

僕には僕だけの走りがあって然り。

子供のように純粋な気持ちで、子供の頃に戻ったつもりで自由奔放に、

大空の下で、この大地を駆け抜けよう。

人生はLSD(ロング・スロー・ディスタンス)。

ゆっくりでもいい、時間をかけて、遠くまで…

一本の道と二本の脚がある限り、走ろう、走り続けよう。


ランナーに贈る100の言葉



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  1. 2020/10/15(木) 23:22:20|
  2. マラソン・ランニング
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月例一本歯下駄金剛山登山

【月例一本歯下駄金剛山登山】




8月から月イチで近場の金剛山(標高1125メートル)を一本歯下駄で登るようにしている。

自転車で片道16キロ。登山口まで500メートルほどを一気に登る。

そして、千早ロープウェイ前から伏見林道を山頂まで片道5キロ。

暑い夏のさなかでも山頂付近は20度程度で涼しい。

10月のこの時期だと午前中は寒いくらい。

平日は人も少ないが土日祝は家族連れやグループ登山でかなり賑わう。

コロナのおかげで運動不足気味の人が増えているせいか、手ごろな登山ができるのも金剛山。


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朝、一本歯下駄ランニング7キロを走ったが、還暦前のオヤジにはこの後自転車と登山をやるので不要だったか…(笑)

山のガレ場やザレ場を一本歯下駄で駆け回るのは正直楽しい。

こんな楽しいことを広めようと動画を作ってみた。

YouTubeの私の動画の中でも一本歯下駄はやはり他の動画と比べて再生回数が多い。

工夫次第では一本歯下駄動画のユーチューバーにだってなれるかも知れない。

マイナーなジャンルであっても少しずつじわじわとファンが増えてくれるのであれば嬉しい。


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テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ

  1. 2020/10/14(水) 23:23:48|
  2. 一本歯下駄
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「今」を楽しむ心

【「今」を楽しむ心】

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旅のさなか、常々自分に言い聞かせているのは…

「気持ちが前向き(ポジティヴ)であれば大抵のことは何とかなる」

ということ。

自分自身から一切のネガティヴな要素を排除することで、病気にもならない、怪我もしない、トラブルにも見舞われないということなのだ。

ここ10年で国内外で約2万数千キロ走ってきたけれど、大した怪我や病気もなく、健康な状態で毎日を送っている。

「ポジティヴ」という言葉では正確に意味が伝わりにくい。

要はありのままあるがままにあらゆることを寛容な気持ちで受け入れるということ、それも心地よく、快く、ストレートに…。

長く旅を続けていく中で、まだまだ学ぶべきことは多々あるだろうし、今の自分ではなおも不完全なまま。

だからこそ、生きて走って旅を続ける必要がある。


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働いてお金を稼ぐことはもちろん必要だ。

それよりもっと大事なのは、生きて生かされている「今」という時間を大切にすること。

心の赴くままに、「今」を楽しむこと。

罪悪感を感じたり、何かを犠牲にしているという気持ちがほんの少しでもあればそれがネガティヴなものを引き寄せるきっかけとなる。

どんな時でも「今」が素敵「今」が大事と思える自分でいられること。


さらに感覚が研ぎ澄まされると「ゾーン」に入っていく…

それは瞑想のような、陶酔の妙を体験する場面にもなり得る。

今にフォーカス、今を楽しむことで心は宇宙と、體は大地とつながる感覚…

ランナーズハイもきっとこれと通じるものがありそうな気がする。


今日もみなさんにとって佳き日でありますように…



:*+:*+:*+:*+ Love× Laugh→Peace +*:+*:+*:+*:


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  1. 2020/10/13(火) 09:24:26|
  2. メンタル
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変化を恐れない

【変化を恐れない】

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走ることがさほど好きじゃなかった僕

10キロも走れなかった僕

フルマラソンにチャレンジしてみようと思った僕

フルマラソンを完走した僕

100キロも走れるようになった僕

走ることが大好きになった僕

走って旅をしようと思った僕

世界五大陸4万キロを走ろうと心に決めた僕

残りの人生を走ることに捧げた僕

考えてみれば 過去の自分も今の自分もすべて同じ僕なのだ


人は変わろうと思えばいくらでも変われるもの

結局のところ生きて行くというのは

変化を受け入れて前に進んでいくこと

変化を恐れないこと

むしろ恐れるべきは変わらないこと

変わらないというのは居着くこと

そして 淀んでしまうこと


その場その場にふさわしい自分になれるように

なりたい自分がヒーロー/ヒロインであるならば

自分自身もまたヒーロー/ヒロインになれるように

気持ちひとつであらゆるものもが変わる 変えられる

変わるというのは素敵なこと

変えられる自分がいるというのもまた素晴らしいこと


今日の僕は昨日とは違う僕

そして 明日はまた今日とは違う僕がいる

常に新しい僕でいられるように…


誰もがみんな変わっていく

変わることを恐れていてはいけない

変わるが故に成長するし

変わるが故に発展する

変わらないものには命なんていらない

だから 喜んで変化を受け入れよう


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  1. 2020/10/12(月) 04:55:41|
  2. 人生論
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オンライン絆マラソン@富田林寺内町

【オンライン絆マラソン@富田林寺内町】



6月に開催される予定だった第七回春日井絆マラソン。10月に延期になったものの、コロナ禍は続き、結局中止。

その代わりにオンラインマラソンとして開催されることになった。

日本全國(世界の)各地で2時間半走り続け、参加したランナーの全距離を合算して、愛知県春日井市から宮城県南三陸町までの1300キロを超えるというイベント。

私自身、オンラインのランニングイベントには初めての参加。

第一回から7年連続7度目のゲストとしての参加。

地元富田林市の寺内町(じないまち)周辺を走ることにした。

どうせ走るなら見ている方々にもオンライン観光を楽しんでもらえるように、寺内町の見所を順を追って紹介。

例年、この時期の寺内町では「後の雛めぐり」というイベントが開催されているはずだったが、こちらもコロナのおかげで来春まで公的なイベントは開催されることはなさそう。


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そこそこ土日は観光客も集まるようになってきた。3密を避けて、安全と健康第一で観光を楽しんでもらえたら言うことはない。

富田林市市政施行70周年応援団の一人としてほとんど何もできていないので、こういった形で貢献できれば幸い。

寺内町を走りながらも、愛知県春日井市と宮城県南三陸町に思いを馳せて約15キロを走った。

いつかまた被災地のその後をこの目で確かめに訪ねたい。

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国外に出れるのはまだ先だろうか。国内で短期間であっても走れるところを走って旅を続けていきたい。

これからが本格的なランニングシーズン。閉塞感を吹き飛ばして、夢と希望に胸を膨らまそう。






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  1. 2020/10/11(日) 20:57:41|
  2. 富田林
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火を起こす

【火を起こす】

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旅先でキャンプをする。

寒い日にも火を起こすし、調理の際にも火は必要だ。

炎を見るとなぜか心が安らぐ。

それも、アウトドアで作られた自然なままの焚き火の炎がいい。


2014年の ニュージーランド縦断ランニングの旅では、アルコールと、野山に落ちている枯れ枝を燃料にしていた。

晴れていれば、乾いた枯れ木がそのまま燃やせる。

濡れた枯れ枝には日がつきにくいので、そんな時にはアルコールを燃料にして火を起こす。


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これまではLPガスやホワイトガソリン、無鉛ガソリンを使ったガスストーブを使っていたけれど、化石燃料よりは、できるだけ自然に近いものを使うのがエコでいい。

アウトドアを楽しむのなら、少しでも環境にやさしい取り組みを考えたい。

二本脚で旅をするのである。

大自然の懐(ふところ)にありのままの自分で飛び込んでいくことが、母なる大地への敬意を表すことになるはず。

我は自然と共にあり…。


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薪だけで燃える炎は見ていて気持ちがいい。パチパチという音もまた音楽に聞こえる。


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  1. 2020/10/10(土) 23:25:11|
  2. アウトドア
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今を生きる

【今を生きる】

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求めているのは、必要な物を必要な時に必要なだけ引き寄せる力。

今手元にある物は必要であるからこそ存在しているし、必要のない物はなくてもいい訳だ。

必要でないからなくなってしまったり消えてしまったりするもの。

人生ゲームってあったけど、大富豪になろうが貧乏農場の経営者になろうが、その場その場で不平不満をこぼさず、常にベストを尽くしながら日々を楽しめる人生が一番だと思う。


先のことは分からない…分からないものをあれこれ言ったって仕方ない。

今という時間しか生きることができない…それが僕たち人間なんだから。

取捨選択…断捨離ってまさにそういうもの。

要らないものは切り捨てる…そういった勇気と覚悟を持って日々を送ればいい。

それに、必要以上は持たなくてもいいという考え方。

ないならないで済ませる。あるもので間に合わせる。

ないものを嘆くよりもあるものを喜べること。

十分にモノやお金を持っているのに、足りないなんて言わない思わない。


むしろ必要なのは時間、時間こそは何よりも大切なもの。

この世で自分自身に与えられた時間は限られている。

だから、一分一秒たりとも無駄にしないように。

いくら地位や名誉、財産があっても、健康をなくしてはどうにもならないし、この世で過ごせる時間を愛おしいくらいに大事に使えるように。

そして、その時間は一分一秒でも長く、大切な人と一緒に過ごせるように…。

実践すべきは、人生を楽しむために、ありふれた今日を愛おしく生きて、今ある自分のベストで、この一瞬にすべてを賭けられる生き方…

ありふれた今日であっても我が人生。

ありふれた日常であっても旅の空の下であってもそれは何ら変わらない。

今この一瞬を生きること。どんな一瞬であってもそれは自分の人生の一部、無駄にする時間なんて人生にはこれっぽっちもない…。


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これらも、そう…僕が旅を通じて学んだこと。


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  1. 2020/10/09(金) 23:23:27|
  2. 人生論
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ランナーズ・ハイについて

【ランナーズ・ハイについて】

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「ランナーズ・ハイ」について時折考える。

ランナーの間であまり話題にならないのかもしれないが、個人的には研究テーマのひとつだ。

自分自身、意図的にランナーズ・ハイを起こすこともできるし、旅のはじまりの3〜4日間は毎日のようにランナーズ・ハイを経験している。


これは恐らくスピリチュアルのジャンルに関わるものなのだろう。

神懸かり…とまでは言わないまでも、何か目に見えない宇宙の力が働いているに違いない…と個人的には考えている。

あらゆるものを科学的な説明で片付けてしまうのは好きじゃない。

神秘的であればあるほど面白い。きっとそれは人間の手に負えないものであるからだろうし、ともすれば、人間がかつて持っていて、衰えてしまったがために発揮できなくなった力の名残であるかもしれないからだ。

感性を研ぎ澄ますことで、本来眠っていた個々人の能力が目覚めることだってない訳ではない。

それは、動物的な野性の感覚なのだろう。

宇宙が発するあらゆるメッセージを受信できれば、恐らく人間はもっと素晴らしい存在に慣れるはず。

せめてランナーは、ランナーズ・ハイを感じることで、宇宙とつながってほしいものだ。


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ある日突然、それは前触れもなくやってくる


全身からアドレナリンがあふれ出し

脳内をベータ・エンドルフィン(脳内で発生する麻薬にも似た物質)が占拠する


見るもののすべてが美しく見え

聞こえるもののすべてがはっきりと

意味を持ったものとして聞こえ出す

感じられるあらゆるものが

この世のものとは思えなくなる


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全身が敏感になって

空の色も花の匂いも風の歌も

すべてが自分を讃え始める


一歩ずつ見えない階段を宙に向かって登り始める

それは天国への階段か?

すべてなすがままに


全身の力が一瞬にして抜けてしまったかのように

自分自身の魂が大気に同化してしまって

やがて宇宙に吸収されていく


ランナーズ・ハイ 走者陶酔の妙


現実に帰るまでのしばしの時間

理想と現実空間の狭間で

我を忘れて魂が踊りだす


長い長い旅のとある一瞬

永遠という時間の長さをそこに感じる

旅の途上


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  1. 2020/10/08(木) 23:49:01|
  2. マラソン・ランニング
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平和祈願PEACE RUN@春日神社

 【平和祈願PEACE RUN@春日神社】




アドヴェンチャー・ランナー高繁勝彦に今何ができるのか…?

結論は、走ることと祈ること。

そして、皆さんにも祈りを捧げてもらうこと。

多くの人々の祈りの力が世界を変えてくれるであろうと信じて…。

思いは実現する、思考は形になる、だから、できるだけクリアでビビッドなイメージを頭の中に描くこと。

どんなに不可解で混沌とした世界であっても、必ずやそれを理想の状態にすることはできる。

「絶対無理」「あり得ない」

そんな風に思ったらその通りになってしまう。

心穏やかに、イライラやモヤモヤは頭の中から消し去って、澄み切った清流のようにピュアな状態で祈りを捧げよう。

大丈夫、すべて最後はうまく行く…そう信じよう。


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◆10/03 FM J-WAVE "TRUME TIME AND TIDE"にリモート出演


リモート出演した番組の概要はこちらで…

聞き逃した方は、金曜日まではこちらで聞けるようです。


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  1. 2020/10/07(水) 15:28:52|
  2. WORLD PEACE(世界平和)
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秋という季節にもの想う

【秋という季節にもの想う】

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そもそも、秋というのはいつも旅が終わりを迎える季節だった。

センチメンタルな思いに耽る秋の夕暮れ時、ひとり小径にたたずめば、自ずと詩人になれそうな気がする。

長い旅をひとつ終えるごとに、自分自身も少しは成長したのかと思えるような気がするが、旅から戻ってくれば、ほとんど変わらぬ自分であることに気付かされる。

まだまだ修行が足りないということか…。

独行道、行く人なしのこの道であっても、ただひとり、ひたすらにひたむきにひた走る、我はアドヴェンチャー・ランナー。



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◆10/03 FM J-WAVE "TRUME TIME AND TIDE"にリモート出演


リモート出演した番組の概要はこちらで…
聞き逃した方は、金曜日まではこちらで聞けるようです。

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  1. 2020/10/06(火) 20:21:07|
  2. 花鳥風月
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平和の旅人ナイジェル

 【平和の旅人ナイジェル】

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土曜日午後遅くに富田林ぴんぽん地球(テラ)スに到着したナイジェル


2014年、私がニュージーランド縦断ランニングの旅の最中、クライストチャーチで出会い、計3度に渡って共走・サポートしてもらったナイジェルが3年ぶりに富田林ぴんぽん地球(テラ)スを訪問。

この日は京田辺市から約70キロ走ったそうだ。

2015年から毎年来日、頻繁に大阪を訪ねてくれているが今度が4度目。


大の日本好き、特に北海道はお気に入り。

ニュージーランドにも似て自然がいっぱいだからだろうか。

ニュージーランドのサイクリングガイドマップ"Pedaller's Paradise"を過去に編纂、自費で出版したという。

アマゾンで中古を見つけたら、何と北島篇が4103円、南島篇が6761円で出品されていた。

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自分の目と耳と足で(時には車で)ニュージーランドのあらゆるサイクリングルートをチェックし、細々とした情報も記載。

日本では昭文社のツーリングマップルというガイドがあるがあれに似ている。

日本のサイクリストでニュージーランドを走ったことのある者の中にも彼の名前を知る者は多い。

オークランドやウェリントン、クライストチャーチのサイクルショップや書店にも彼の本が置かれていたというが、最近はGoogle マップやロンリープラネットなど紙媒体がデジタルに取って代わってしまったことで状況は変わりつつある。


今年2月に日本に来て、その後すぐにコロナ災禍に見舞われ、ゲストハウス等を泊り渡りながら熊野古道を歩いたりするなどして約7ヶ月。FacebookもTwitterもやっていない彼との連絡手段はメールオンリー。

若い頃には南米やアジア諸国もサイクリングで走ったこともあるというが、現在は毎年の日本ツアーがメイン。

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仲間が集まり、鍋を突きながら歓迎のディナー

明日に向けてのエナジーチャージとなっただろうか…



本日(月曜)早朝、小雨降る中、ぴんぽん地球(テラ)スを出発。

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明日火曜日には和歌山からフェリーで徳島へ…

67歳の健脚サイクリスト、ナイジェルの四国お遍路サイクリングツアーがスタートする。




*お知らせ

アドヴェンチャー・ランナー高繁勝彦が出演した

JーWAVEのTRUME TIME AND TIDEは

今週金曜日(9日)までタイムフリーで聞くことができます。

こちらから



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  1. 2020/10/05(月) 14:52:05|
  2. WORLD PEACE(世界平和)
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メディア出演レポート:アドヴェンチャー・ランナーの現在過去未来

 【メディア出演レポート:アドヴェンチャー・ランナーの現在過去未来】

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10月3日、久々にメディアへの出演。

東京エリアのJーWAVE(FM)の"TRUME TIME AND TIDE"という番組。

番組のナビゲータを務めるのはモデルの市川紗椰さん。

モデルが本業ながらその幅広い趣味と才能に驚き!

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コロナ禍でリモート出演。収録は先月末に既に終わっていた。

土曜夜の午後9時から約1時間、CMと数曲の音楽が流れる以外はほぼ丸々私のインタビューが中心。

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アドヴェンチャー・ランナー高繁勝彦の現在・過去・未来に迫る…ということで、

これまであまり公にされなかった過去の私の歴史や経歴がじわじわと暴露されている。


・PEACE RUNがなぜ誕生したか?

・50を過ぎてアドヴェンチャー・ランナーに転向した理由とは?

・平和と走ることがどう結びつくのか?

・一本歯下駄の魅力

・コロナ禍の活動と取り組み

・メンタル面でのリセット

・今後のPEACE RUNの取り組み・展開

・アドヴェンチャー・ランナーの生涯の目標・夢


などなどを語っている。


番組中で歌のリクエストをお願いしたのがこれ




つれあいぴあぴのバンド #招福ハレルヤ の「サカエアレ」

コロナが一日も早く収束するように祈りを込めて作られた(歌われた)佳曲。

私自身も日々の走りの中で祈りは欠かせない。

ノーマルな日々が戻ってくることを切に願っているし、そのために今できることに尽力するまでだ。



番組が終わってすぐに、お友達の一人K野さんから感想のメッセージをいただいた。

嬉しい内容だったので許可を得て掲載しておこう。


ラジオ拝聴しました😊

初めて聴くお話もあり、めっちゃ楽しみながら聴いていました。
穏やかな語り口調で、わかりやすく、流石やなぁと感心しました!

ピースランニングはもちろんのこと、一本歯下駄の紹介もされてて、曲がりなりにも私も一下駄ユーザーとして微笑ましく聴いていましたが、初めて履く人が「必ず笑顔になれる」ってところが、まさにそうやったな、と初めて履いた時の記憶が蘇りました。

ぴあぴさんの曲、招福ハレルヤのサカエアレ、絶妙なハモりで、ええ曲ですね〜!豊かな壮大な自然に包まれたような気分になりました。

数々の心に響くメッセージの中で、特に印象的だった言葉です。

「不安より希望」

「笑うこと」

「いくつになっても成長すること」

改めて、日々、笑って、心と身体を健康維持して、成長して生きます😁

高繁さん、今後もピースランなどご活動を楽しみに応援しています‼️



*****


以下はM子さんからのメッセージ


遅ればせながらタイムフリーにてラジオを拝聴いたしました。

普段から聞いているJ-WAVEで高繁さんの声が聴こえてくるというのは何とも不思議で誇らしい気持ちになりました。

ピースランのお話を聞いて、8年前に日本縦断中の中、皇居から戸塚まで共走させて頂いたことを思い出しました。

あの頃が私のランニングの原点であり、その後高繁さんの発信される情報を頼って、伊那川100km遠足や一本歯下駄を知り、今の私を作っています。

高繁さんの発信される言葉にはエネルギーがあり、人の背中を押してくれる温かい雰囲気を感じます。

一本歯下駄に乗る人は必ず笑顔になるというお話、本当にそうだなと思います。

私も一本歯下駄に乗り、身体の本来の機能を取り戻してきており、その活動を仕事にしたいと思うようになりました。

初めて一本歯下駄に乗り、笑顔になる人を見ていきたい、一本歯下駄を通じて身体を骨から動かせるようになるサポートをしていきたい、そう思って今は生理解剖学の観点からも一本歯下駄の効能を探っています。

ラジオをきっかけに高繁さんご自身やご活躍に注目される人も増えてきていると思います。

これからも影ながら応援しております!

高繁さんとまたお話できる日を楽しみにしています。



*番組を聞かれた方、ご意見・ご感想などございましたらまたお聞かせください。



*****



スポンサーのエプソンからこちらの時計も提供いただけることになった。

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アナログウォッチの最先端を行く…というキャッチフレーズ。

G P Sセンサーとさまざまな情報を計測するセンサーを光充電で駆動。

世界中の「時間」はもちろん、高度・気圧・方位・温度・紫外線など「空間」の変化から、歩数・消費カロリーという「人間」の活動まで。

エプソンが創業以来磨き続けてきた最先端テクノロジーの融合が、あなたのあらゆる瞬間を針の動きで測りつくす…


元々、アナログ時計が好きだった。デジタル時計が世に誕生してからもあえてアナログに拘っていた。

ランニング時は距離や時間の計測などデジタル機能を持ったスマートウォッチを使っていたが、やはり針のある時計は何より時計らしい。

今後も、エプソンのTRUME(トゥルーム)のアンバサダーとしていろんな面でサポートをしていただけることになりそうで楽しみでもある。


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*オンエアされた内容はこちらのタイムフリー配信で10月9日まで聞けるとのことです。

*インタビューの概要はこちら


テーマ:今日の出来事 - ジャンル:日記

  1. 2020/10/04(日) 10:06:56|
  2. 旅・冒険
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アドヴェンチャー・ランナーの砂漠サバイバルラン

【アドヴェンチャー・ランナーの砂漠サバイバルラン】

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ランニングの大会やマラソンレースでは、大会主催者が安全確保に努めてくれるおかげで、ランナーはひとたびスタートすれば、ただゴールを目指して走ればそれでいい。

エイドステーションでは水も出るし、暑い日には水を含ませたスポンジも用意してくれているだろう。


しかし、アドヴェンチャー・ランニングは、ただ走りに集中すればいいというものではない。

熱波の砂漠や、何十キロも町や店がない僻地で走る際には、しばしば危機管理能力が問われる場面に見舞われる。


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自然の中で移動し続ける訳だから、気候や気象条件にも影響されるだろうし、地形や道路状況によっても走りは大きく変わってくる。

ましてや、サポートなしの単独走になると、一切合切の荷物を背負うなり、バギーに積んで押して走るなりして搬送することも必要だ。

水や食料の調達、調理や片付け、宿泊場所の確保…などなど、旅の衣食住はすべて自分で切り盛りしなければならない。

加えて、最も大切なのは健康管理だ。

自分自身の体調を客観的に見て、その日の気候も考慮に入れながら、水分・栄養補給、あるいは休憩をとるタイミングや頻度も考えないといけないし、ハードな走りが何日も続いたら適宜オフを入れないと体もへばってしまう。


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どんなに疲れていても、旅そのものが生活になる以上は、すべて自己責任において取り組むことになる。

いくら自由なひとり旅と言っても、完全に自由であるというわけではない。



ひと通り偉そうなことを書いたけれど、実際、これまでの旅を振り返ってみれば、かなりいい加減で適当なことをやっていたのも事実(笑)。


以下は、実際に経験した恐ろしかった場面…。

アメリカやオーストラリアの砂漠を走りたい方はこういったシーンもぜひ頭の中でイメージをつくって疑似体験して頂ければ幸いである。できれば現地を走っていただきたい…。


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*シーン1:砂漠のキャンプ、砂嵐の猛襲

突風が吹き荒れると細かい砂塵がテントのフライシートの隙間から入ってきて、テントのフロアは砂だらけ。

そこで寝袋にくるまって眠っている私も砂まみれ。目も鼻の穴も髪の毛もざらざら。


恐ろしいのはその突風がテントをバタバタと煽り立て、一瞬ブチンという音とともに、地面に打ち付けていたペグ(鉄製の杭)が数本抜けてしまう。

ナイロンコードはペグとともに空に舞い上がり、フライシートはバタバタという激しい音をたてて風に舞い上がる。


眠れないどころか、テントもろとも飛ばされかねない烈風。

慌ててテントの外に出て、大きな石をフライシートの縁に乗せて重石にする。

その間も全身砂塵まみれになりながらの作業だ。


結局、朝まで一睡もできず。風が収まるのを待つしかなかった。

*アメリカのモハヴェ砂漠では細かい砂のためにテントのファスナーが壊れてしまったこともあった。



*シーン2:砂漠のキャンプ、集中豪雨

またある別の夜、テントで眠っていると雨音が…。

雨粒は徐々に大きくなり、フライシートを叩きつける音もじわじわと大きくなっていく。

砂漠の砂地の下は時岩盤のようになっていることがあって、雨が吸収されずどんどんと水たまりになり、池になっていく。雨季の時期には道路も川になるという。

雨は何時間も降り続き、フロアの下はまるでウォーターベッド状態。寝ている場合ではない。

アウトドア用のテントは耐水性を考えているものの、想定された以上の降雨ではフライシートやフロアの生地の縫い目から水が入ってくる。

案の定、テントの目止め(シーリング)は剥げており、縫い目から水が侵入。

このままではテント内が浸水してしまう。

僕は、バッグからぞうきんを取り出し、フロアの水をぞうきんで吸い取って、テントの外で雑巾を絞る。

これを延々と繰り返す。

雨脚は強くなる一方。ちんたら作業をしていると、浸水してくる水量の方が多くなってくる。

ぞうきん二枚体制でペースを上げる。しかし、それも虚しい努力だとわかった。


雨水はフロアの縫い目からも、フライシートの縫い目からも…上と下からダブルでテント内に入ってくる。

一人ではこの作業は追いつかない。

外に出てみると、砂漠はいつの間にか池になっていた。

結局、「なるようになれ!」と開き直って雨が止むのを待つしかなかった。

朝にはたいていすっかり晴れ渡るのだが…。



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*シーン3:熱波の砂漠ラン

45度を超える熱波に見舞われる中、砂漠の平原を走る。

朝のうちはまだ気温も低め(15〜20度)で走りやすいのだが、日の出とともに気温は上昇する。

お昼には30度、午後2時から5時くらいには40度を超える。

頭がボーッとしていて、とことんのぼせてしまえば、脳の中枢がもはや暑さ(熱さ)を感じられなくなり、そのまま倒れてしまえば野垂れ死に。完全な砂漠地帯ならミイラにもなってしまいかねない。

20〜30分ごとにクールダウン。

濡れたタオルで頭を拭き、水分補給。

気温が40度を越えればボトルの水もお湯同然。

冷たい飲み物は街にたどり着くまでは我慢だ。店も自販機もない砂漠では至極当然。


木陰があればいいが、木陰がない場合には、テントのフロアに敷くアルミシートを頭の上に乗せて人工的に日陰を作る。

街にたどり着くまでは油断はできない。

街にたどり着いても、小さな街だと土曜の午後や日曜だと店が閉店になっているケースもある。

オーストラリアでは実際にそんな場面が何度かあった。週末には食糧や水のストックがいる。


こういった旅は、大きな海を小舟で旅をするようなもの。

島にたどり着けば安心できるが、何もない大海では嵐も来るだろうし、波も大荒れになり、不安は絶えない。

島から島への移動そのものがタフでハードな冒険なのだ。



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自然と闘っても勝てっこない。

この大自然に比べれば、人間なんてちっぽけで弱いもの。


自然と闘うのではなく、共存すること。

あらゆる苦難や試練は耐えるものではなく受け入れるべきもの。

不平不満を言っている内は、何もかもが大変に感じられる。

「こういうものだ」

そう思えればいい。

あらゆるものをありのまま、あるがままに受け入れられる寛容さを忘れずにいたい。



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今なお、夢の中でアメリカモハヴェ砂漠やオーストラリアならボー平原を走っている自分がいるが、その都度、夢の中で気合を入れてバギーを押している。

走っている時には、「二度とこんなところに来るものか」と思っていたが、気がつけば「いつかまた走りたい」と思わせてくれる、砂漠とは実に奥深く、不思議な魅力を持ったところのなのである。



【アドヴェンチャー・ランナー高繁勝彦FM J-WAVEにリモート出演…今夜9時〜】

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市川紗椰さんの番組"TRUME TIME AND TIDE"にアドヴェンチャー・ランナー高繁勝彦がゲスト出演!

招福ハレルヤの「サカエアレ」も番組中で流れます。

関東エリア以外の方もラジコで聴くことができます。

10月3日(土)21:00 - 21:54

番組公式サイトはこちら

テーマ:楽しく生きる - ジャンル:ライフ

  1. 2020/10/03(土) 05:55:26|
  2. 旅・冒険
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続・月間走行距離にこだわらない

【続・月間走行距離にこだわらない】

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昨日の続編。

2011年、アメリカ横断ランニングの旅で月間走行距離1200キロ超えがあったのだが、それを約60キロ上回る距離を2016年9月に走っていた。

旅というのは*ハレとケの区別で言うなら「ハレ」、非日常が連続する毎日。

でも、そんな非日常も日常のできごとになってしまえば連日40〜60キロ走るのも自然なことになってしまう。

最初、当たり前ではなかったことを毎日黙々と淡々と続けていればそれがやがて日常になる。


*民俗学や文化人類学において「ハレとケ」という場合、ハレ(晴れ、霽れ)は儀礼や祭、年中行事などの「非日常」、ケ(褻)は普段の生活である「日常」を表している。

「ハレとケ」(ウィキペディアから)


月間200〜300キロでも走りの質が悪ければ心と体はアンバランスになり事故や怪我が起こることになる。

月間1000キロ超を走れるココロとカラダ作りについて、

特に、2016年のヨーロッパランニングの旅では、あれこれ考えていた。

2014年のニュージーランドの旅のあと、3日間だけファスティングを経験。

そんなに食べなくても走れる体に変わってきたのが大きい。

日本での一本歯下駄でのウォーク&ランもここで効果が現れている。

バギーを押しての走りはナンバ走りに近い。効率よく走る省エネ走法。

レース志向のアスリートとは目指すものが違うのもあるけれど、何よりも日々移動することを楽しみながら走るのがいいのだろう。

ちなみに旅をしている間、マッサージやストレッチなどほとんどしない。

生まれてこの方テーピングというものもやったことがない。

走った後に青竹踏みをしたり(それも面倒と感じる時はやらない)、一本歯下駄で歩いたりするくらいのもの。


思うに、罪悪感を感じたり、義務感だけでやったりしていることは、必ずあとでトラブルやハプニングに見舞われる。

誰かが笑顔になれることや自分が心底楽しんでいることであれば、それは福を招く。

何でもそうだけど、違和感を感じるものは遠ざけておくべし。

食べるものや口にするもの、出会う人や自分がこれから取り組もうとすること…皆同じ。

なかなか、それを拒否できなかったりする場合もあるのだろうけど、それがストレスを招く原因にもなり得る。


痛みや苦しみを堪えて走ることもまた然り。

本来自由であるべき走ることで自分を不自由にしてしまっては本末転倒。

人が病気を招く原因もこれに準じているのだと思っている。

何かを我慢したり、何かを犠牲にしたり…これらも自分自身を害する行為に匹敵する。

走行距離を単に数字でとらえることの危険性は何度もこれまで語ってきた。





月間走行距離200キロレベルでもサブスリーは出せるという事実がある。

走りの質を高めれば走りが変わる。それはきっとメンタルによるものが大きい。

ココロとカラダが絶妙のバランスを持って機能するようになれば可能だ。

とらわれないこだわらないしばられない…あらゆるものから解き放たれるということがまず一つ。

ゆったりまったり…ゆとりや余裕を楽しめる自分であることもまた大切。

音楽で言うならセッション、その場の状況に応じて柔軟に、自分を変幻させられる能力が求められるのであろう。

今なお、このテーマに関しては研究中である。

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【お知らせ】

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市川紗椰さんの番組"TRUME TIME AND TIDE"にアドヴェンチャー・ランナー高繁勝彦がゲスト出演!

招福ハレルヤの「サカエアレ」も番組中で流れます。

関東エリア以外の方もラジコで聴くことができます。

10月3日(土)21:00 - 21:54

番組公式サイトはこちら



テーマ:今日のつぶやき。 - ジャンル:日記

  1. 2020/10/02(金) 12:20:40|
  2. マラソン・ランニング
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プロフィール

KAY(高繁勝彦)

Author:KAY(高繁勝彦)
走る旅人:アドヴェンチャー・ランナー、サイクリスト(JACC=日本アドベンチャーサイクリストクラブ評議員)、ALTRA JAPANアンバサダー、 YAMANOVAコーヒーアンバサダー、ARUCUTO一本歯下駄アンバサダー、エコマラソンアンバサダー、エプソンTRUMEアンバサダー。ふるさと富田林応援団アンバサダー。

旅人、詩人・アーティスト、クリエイター、ナチュラリスト…。元高校教師(英語)。  

大阪府松原市生まれで、現在、大阪府富田林市に在住。妻はミュージシャンでかつてぴよぴよ名義で「らんま1/2」エンディングテーマ「虹と太陽の丘」を歌っていた。

楽天ブログ時代(2006.4.2)からノンストップブログ更新中。公式サイト 「PEACE RUN 世界五大陸4万キロランニングの旅」“KAY’S WORLD”もよろしくお願いします。 プロフィール詳細はこちら。 

二度の日本縦断(「PEACE RUN 2010日本縦断ランニングの旅(3,443km)「PEACE RUN2012 日本縦断ランニングの旅 PART2(3,482.3km)」で実質の日本一周ランニング6,925kmの旅を完結。 

2011年はPEACE RUN 2011アメリカ横断5,285kmランニングの旅を138日で完了。 2013年9月から163日で「PEACE RUN2013オーストラリア横断ランニングの旅」5,205kmを走破。 

2014年11月から2015年2月、83日でPEACE RUN2014ニュージーランド縦断ランニングの旅2,796.6kmを走破。 2016年7月〜11月、110日間で7カ国3,358.8キロ、「PEACE RUN2016ヨーロッパランニングの旅」を走破。 

2017年9月〜10月、「PEACE RUN2017四国一周ランニングの旅」1000キロ走破。2018年5月「九州一周ランニングの旅」で約900キロ走破。 

2011年3月14日、東日本大震災の3日後、「RUN×10(ラン・バイ・テン)運動」を発案・提唱、全国に展開させる。 

2012年末、facebook上の公開グループ、平和的環境美化集団"THE SWEEPERS"を発足、活動を展開中。 

2014年、一本歯下駄で世界平和をめざすfacebook上の公開グループ「一本歯下駄クラブ」を発足、活動を展開中。 講演・セミナー・取材などの問い合わせ・依頼は下のメールフォームでお願いします。

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