KAY'S BLOG

独行道~Lonesome Road of Running

1990年のチャレンジャー

【1990年のチャレンジャー】

今からちょうど四半世紀の25年前、西暦1990(平成2)年はいろいろと思い出深い年。20代最後のチャレンジとなる3つのできごとがあった。

6月には生涯で二度目のウルトラマラソン(100キロ)となる第一回目の阿蘇カルデラスーパーマラソンに参加。

前年サロマで初の100キロがかなり歯がゆい結果に終わり、1年間修行しなおし、6時間走や80キロのマラニック等を組み入れて二度目の100キロは阿蘇へ。

この当時は190人程度の参加者。まだ100キロマラソンというのが珍しかった時代。

キロ5分程度のペースで何とか8時間台の完走をもくろんでいた。

後半に余力を残して前半は余裕で走っていたが、やはり壁のような坂は厳しかった。5キロ進むのに標高が200メートルもアップするというのは、フラットなサロマのコースとは違って山岳マラソンに近いものがある。

同じペースのランナーと世間話をしながら気持ちよく走るものの、次第に言葉も少なくなる。

中盤でペースダウン。しかし、残り15キロあたりで再度持ち直す。

結局9時間16分のゴール。

この時の実力でサロマを走れば恐らくサブ9は出せていただろうか。

今となっては悔しい結果だったが、この時のタイムが100キロの自己ベストのままだ。

風光明媚な阿蘇山。また一度走ってみたいところでもある。

この日のブログはこちら(3回に分けて掲載)



そして、阿蘇カルデラ100キロのほぼ1ヶ月後に、アイアンマンジャパンinびわ湖に参戦。

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トライアスロンを始めたのは80年代後半、ウルトラマラソンに取り組む少し前から。

学生時代からロードバイクに乗り、自転車で1日200キロくらいは走れる自信があった。

マラソンも25歳の年にいきなり篠山ABCマラソンで3時間半完走。

問題はスイム。小学生時代に海で泳いでいてクラゲに刺され溺れかけたトラウマがあって、中学は学校にプールがなく、高校の時は鼻炎で体育の水泳の時間は見学。

平泳ぎは何とかできたけれど、クロールの息継ぎができず、スイミングスクールに通って特訓を受け何とか1〜2キロは泳げるようになった。しかし、3.9キロの距離を泳いだのは前年の佐渡ヶ島のトライアスロンで初。ウェットスーツで何とか浮力があったおかげで助けられた。

ところがびわ湖は淡水。海と違って塩分がない分浮力はない。しかも、この日は波も高く、スタートしてからずっと右側から波が来て、息継ぎをする度に波をかぶる。

スイムの途中足に痙攣も起こって溺れかけ、水をたっぷり飲まされた。時間の関門アウトになるかと思っていたが、コースロープで時折休みながら死に物狂いで3.9キロを1時間51分で完泳。ゴールした時には、トランジットには自転車はほとんどなく自分の自転車を含めて数台。

残りの2種目で何とか挽回しようと必死のパッチ。

バイク180.2キロを5時間45分、ラン42.2キロを3時間41分。

総合11時間23分、約800名参加者の内281位。上位150位以内であれば憧れのハワイの世界選手権に推薦してもらえたのだが残念…。

今も忘れることができないアイアンマンジャパンinびわ湖。水泳で肩を痛めてしまって実際これが最後の大会、20代最後のチャレンジの一つとなった。

この日の記録はこちら



20代最後のチャレンジのクライマックスは同年8月。

京都三条大橋から東京日本橋を走る東海道五十三次ランニングの旅。

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通勤ランニングをするランナーたちもまだ少なかった頃、走って旅をする人間もほとんど見かけることはない時代。

最小限の荷物を詰めたバックパックを背負って、1日40〜60キロを移動。

この年の夏も例年に無く暑かった。熱中症で2度ほどダウンしかけた。

11日間で523キロ走ったものの、このあとオーバートレーニングによる慢性疲労症候群で自立神経失調症を患うことになる。

100キロ〜アイアンマン〜東海道ラン、短期間の内にこれだけ走れば体もおかしくなってしまう。

ひとたび心と体のバランスが完全に崩れてしまっては修復は難しい。

休む時には休むべきだということを身を持って思い知らされた。

走る足はあるのに全身のだるさが抜けない。

いくら練習しても記録が更新できない。練習不足だと自分に言い聞かせてさらにハードな負荷をかける。それでなお疲労は蓄積される。

その日の疲労はその日に取る。言い換えるなら、その日に抜ける程度の疲労で済ませるために負荷のかけ方も調整する必要があるということ。

何かに憑かれたように走っていたあの頃、体を動かすことのみに生き甲斐を感じていた。

今考えてみれば、おかしな話だ。楽しむことができなくなれば何をやっても辛くなるだけ。

だからこそ、今、楽しく走ることをアピールしている。

辛く苦しいのを我慢して走る必要なんてないのだから。

この旅こそが、今の「PEACE RUN世界五大陸4万キロランニングの旅」につながっている。生涯で最も辛く苦しかった旅の一つだ。

この旅の記録はこちら

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25年前を振り返りながら、25年後の自分を思い描いている。


80歳のアドヴェンチャー・ランナー高繁勝彦は、一体どこでどんな走りを楽しんでいることだろうか…。



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テーマ:よく生きる - ジャンル:ライフ

  1. 2015/06/08(月) 21:51:37|
  2. マラソン・ランニング
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プロフィール

KAY(高繁勝彦)

Author:KAY(高繁勝彦)
冒険家:アドヴェンチャー・ランナー、NPO法人“PEACE RUN”代表、サイクリスト(JACC=日本アドベンチャーサイクリストクラブ評議員)、ALTRA JAPANアンバサダー
旅人、詩人・アーティスト、クリエイター、ナチュラリスト…。元高校教師(英語)。

大阪府松原市生まれで、現在、大阪府富田林市に在住。

楽天ブログ時代(2006.4.2)からノンストップブログ更新中。公式サイト
「PEACE RUN 世界五大陸4万キロランニングの旅」
“KAY’S WORLD”もよろしくお願いします。

プロフィール詳細はこちら

二度の日本縦断(「PEACE RUN 2010日本縦断3,443kmランニングの旅「PEACE RUN2012 日本縦断ランニングの旅 PART2」で実質の日本一周ランニング6,925kmの旅を完結。

2011年はPEACE RUN 2011アメリカ横断5,285kmランニングの旅を138日で完了。

2013年9月から163日で「PEACE RUN2013オーストラリア横断ランニングの旅」5,205kmを走破。

2014年11月から2015年2月、83日でPEACE RUN2014ニュージーランド縦断ランニングの旅2,796.6kmを走破。

2016年7月〜11月、110日間で7カ国3,358.8キロ、「PEACE RUN2016ヨーロッパランニングの旅」を走破。

2017年9月〜10月、「PEACE RUN2017四国一周ランニングの旅」1000キロ走破。来年の「PEACE RUN2018ヨーロッパランニングの旅PART2」に備える。


2011年3月14日、東日本大震災の3日後、「RUN×10(ラン・バイ・テン)運動」を発案・提唱、全国に展開させる。

2012年末、facebook上の公開グループ、平和的環境美化集団"THE SWEEPERS"を発足、活動を展開中。

2013年、一本歯下駄で世界平和をめざすfacebook上の公開グループ「一本歯下駄クラブ」を発足、活動を展開中。


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