KAY'S BLOG

独行道~Lonesome Road of Running

やさしさに包まれたなら

【やさしさに包まれたなら】

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昔々、といっても時をさかのぼること約30年ばかり。

僕の20代は1980年に始まった。

まさに青春時代の真っ只中、僕は大阪北部の片田舎にある私立大学の2年生で、キャンパスから歩いて15分ほどの所に下宿していた。

下宿とはいっても、それは6畳1間のおんぼろアパートで、建物は相当老朽化していつ崩れてもおかしくなかった。

雨戸はきしんで動かないし、廊下や階段は人が歩くたびギシギシ鳴るし、共同トイレも夏になれば失神しそうなくらいの悪臭を放った。

すぐ近くには竹やぶと、花池という名の池があり、一年を通じて湿気が多くジメジメしていたから、ゴキブリやムカデ、ハエ、蚊、蟻などがひっきりなしに現れた。

誰かが影で「昆虫の館」と呼んでいたくらいだ。

いくらおんぼろでも、家賃だけは他のどこよりもはるかに安かったから文句は言えない。

僕はそんな小さな城のになって、ささやかではあるが誰にも干渉されることなく憧れの1人暮らしを満喫していたのだ。



仕送りを使い果たし、バイトの給料が入るまではいつもサヴァイヴァル生活が続いた。

冷蔵庫には例によって、バターとマヨネーズ、ケチャップ、水の入ったポットと製氷皿が行儀良く納まっていた。

貧乏学生の冷蔵庫といえば大体がこんな具合なのだ。

日曜日は昼過ぎまで寝て朝飯代を浮かし、おもむろに起きだして顔を洗ったら、隣人から卵と牛乳を恵んでもらって近くのパン屋に行き、食パンの耳を20円で買ってくる。

わずか20円で両手に余るほどの量があるので、うまくいけば3日間は何とか飢えることなく生き長らえることができた。

早い時間ならまだ食パンの耳も柔らかい。

それが僕の好物フレンチトーストを作るのにうってつけの材料となるのだ。



砂糖とバニラエッセンス、卵と牛乳をかきまぜ、4つに切ったパンの耳をその中によく浸しておく。

途中で裏返して、漬け汁がパン全体にたっぷり染みるまでじっくり待つこと2時間…焦ってはいけないのだ。



暖めたフライパンにサラダ油をひき、卵と牛乳をたっぷりと吸収したパンの耳を裏表ともキツネ色になるまでじっくりと焼く。

片面7~8分が目安。

焼きあがったフレンチトーストに蜂蜜とバターをたっぷりと塗って食べる。

空腹にはこのひと口がこたえられない。

年がら年中活躍しているやぐらコタツのテーブルに、ミルクティーとフレンチトーストというささやかだけどこの上ない贅沢。

ステレオでユーミンのLPを聴きながら本当にやさしい気分になれそうな気がした。

卵と牛乳をくれた隣人にも何切れかを皿に盛って届けた。

それ以後、彼も僕のフレンチトーストのファンとなった。


ひもじい思いをするたびに何度も食パンの耳には救われたものだ。

インスタントラーメンを食べた後のスープにパンの耳を浮かべて食べたり、オーブントースターで焼いてマヨネーズとケチャップだけをつけて食べたり……。

何度か店に通う内にパン屋の主人とは顔見知りになり、彼もやがて食パンの耳代20円を僕から受け取らなくなった。


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今思い返せば、あんな貧しい時代もあったということがまるで嘘みたいだが、当時は当時で、「苦労」というものを楽しむ余裕があったのかも知れない。

あれ以来もう僕は食パンの耳にお目にかかっていない。

それに、あのパン屋の主人は今でも元気にしているだろうか?

その当時は豚のエサと言われた食パンの耳だが、あのフレンチトーストの味はもう蘇ることもあるまい。

貧しくていろんなものが不足していたけれど、心が豊かだったあの時代に、どうやら僕はたくさんの忘れ物をしてきてしまったようだ。






人間という者は、

少しやさし過ぎるくらいでなくちゃあ、
  
十分やさしくあり得ないのだ。



---マリヴォー『愛と偶然との戯れ』(岩波文庫)より




*平成28年熊本地震復興支援…ランナーが走ることでできることがあります

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プロフィール

KAY(高繁勝彦)

Author:KAY(高繁勝彦)
冒険家:アドヴェンチャー・ランナー、NPO法人“PEACE RUN”代表、サイクリスト(JACC=日本アドベンチャーサイクリストクラブ評議員)、ALTRA JAPANアンバサダー
旅人、詩人・アーティスト、クリエイター、ナチュラリスト…。元高校教師(英語)。

大阪府松原市生まれで、現在、大阪府富田林市に在住。

楽天ブログ時代(2006.4.2)からノンストップブログ更新中。公式サイト
「PEACE RUN 世界五大陸4万キロランニングの旅」
“KAY’S WORLD”もよろしくお願いします。

プロフィール詳細はこちら

二度の日本縦断(「PEACE RUN 2010日本縦断3,443kmランニングの旅「PEACE RUN2012 日本縦断ランニングの旅 PART2」で実質の日本一周ランニング6,925kmの旅を完結。

2011年はPEACE RUN 2011アメリカ横断5,285kmランニングの旅を138日で完了。

2013年9月から163日で「PEACE RUN2013オーストラリア横断ランニングの旅」5,205kmを走破。

2014年11月から2015年2月、83日でPEACE RUN2014ニュージーランド縦断ランニングの旅2,796.6kmを走破。


2016年7月〜11月、110日間で7カ国3,358.8キロ、「PEACE RUN2016ヨーロッパランニングの旅」を走破。

現在まで3つの大陸で16,637キロ走破。残り三大陸で23,363キロを走ることになる。

東日本大震災から3日後に「RUN×10(ラン・バイ・テン)運動」を発案・提唱、全国に展開させる。

2012年末、facebook上の公開グループ、平和的環境美化集団"THE SWEEPERS"を発足、活動を展開中。

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