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独行道~Lonesome Road of Running

忘れられない日・忘れてはいけない日

【忘れられない日・忘れてはいけない日】

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1994年11月から1995年2月までニュージーランドを自転車で走っていた…写真はマウントクック近くのハイウェイ



今日1月17日、1995年に起きた阪神・淡路大震災から23年目を迎える。

ウィキペディアで「阪神・淡路大震災」の項目を改めて読み直し、震災がその後の日本にどんな状況をもたらしたのかを考えてみた。

当時、僕は自転車旅行で日本を離れていて、震災の当日にはニュージーランド南島フォックスグレイシャーの町にいた。

その日のことは今も忘れていない。

決して忘れてはいけない日なのだ。

キャンプ場でテント泊だったが、コインランドリーで洗濯をしていた時に、キャンプ場のオウナーが震災のニュースを知らせてくれたのだ。

「日本が大変なことになってるよ!」

僕はオフィスに走っていって、震災のニュースを報道するテレビに釘付けになった。

阪神高速が倒壊し、たくさんの車がつぶされている…。

銀行のビルが崩れ落ち、神戸の町が炎と煙に包まれている…。

まるで戦争が起こった後のような光景だった。



大阪の実家は大丈夫なのか?

僕は公衆電話で実家に電話したが一向につながらない。

何度もコインを入れなおし、ダイヤルを回し、応答を待つが、ツーツーという音が続くだけ。

そんなことを2時間近く繰り返した。

ひょっとしたら…という思いが頭を駆けめぐったが、異国にいて焦ってみても仕方がない。

その後のテレビのニュースで詳しい状況が分かるのを待つしかなかった。

電話がつながったのはそれから5時間ほど経ってからのこと。

幸い両親は無事で、家の門柱が倒れて、応接間の窓ガラスに亀裂が入っただけで済んだようだった。

大阪は震度4だったという。


ニュージーランド一周とオーストラリア横断の自転車の旅を終えて、僕は5月に帰国した。

オウム真理教による地下鉄サリン事件発生当時もオーストラリアにいたため、僕は歴史に残る二つのできごとについて、あとから人に聞いてその状況を確認するくらいのことしかできなかった。


その16年後、2011年3月11日に東日本大震災が起こった。

阪神・淡路大震災で得た教訓が生かされたことも多かったのだろうと思うが、津波の発生によって起こった原発事故など、誰もが予期しなかったような事態も起きてしまった。


これは戦争でもテロでもないのだけれど、自然の力によって、同時に多くの人の命が奪われ、たとえ生き残れたとしても、家や財産を失った人たちが数多くいる。


アメリカ横断中、いくつかの学校や教会を訪ねた際に僕は子供たちに東日本大震災について話しをした。

震災や津波の写真をスライドショーで見せながら…。

子供たちの中には、実際に震災を経験したわけでもないのに涙を流している者もいた。



「震災や津波は自然が引き起こしたものだから、誰を責めることもできない。

でも、同じような結果を招くものとして、例えば戦争やテロはどうなんだろう…?

人為的に多くの人の命が奪われ、家が壊され、街が燃やされる…。

同じ人間が同じ人間に対してそんなことをすることが許されるんだろうか?」




僕は子供たちにそう問いかける。



「生き延びることはできても、震災や津波で家や家族を失った人たちは、みんなで力を合わせて、また頑張ろうっていう気持ちで、今は復興のために一生懸命頑張っている。

平成という時代の30年間に二つの大きな震災を経験した日本という国、どんなに大規模な被害を受けても必ず立ち直れる…僕はそう信じている。

この地球上でごく普通に生活している人がいる一方で、今も紛争やテロが続いていて、震災や津波以上に悲惨な状況が起こっている。

平和な社会に生きているからこそ、僕達は普通に生活できて、食べるものもお金を出せば手に入れられる。

でも、それが当たり前じゃない国や地域もこの地球にはあるということを忘れないで欲しい…」




想像力を働かせて、子供たちが誰かの痛みや悲しみを共有してくれたのであればそれでいい。

次代の世界の平和を担うのはこの子供たちなのだから…。


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2011年のアメリカ横断ランニングの旅…モニュメント・ヴァレー付近のハイウェイ



話しはさかのぼるが、アメリカ横断の旅に出る前の2011年1月17日、僕は神戸市にあるアシックス本社を訪ねた。

2010年、教員を辞めて7月に日本縦断ランニングの旅をスタート、11月に旅を終えて、PEACE RUNの組織づくりに忙しく走り回っていた頃…。

PEACE RUNのスポンサーを依頼するのが目的だった。

PEACE RUNに初めて関わっていただいた公式スポンサーがアシックス(*注)。

シューズやウェアは必要なだけ提供してもらえることになった。

阪神淡路大震災のあった神戸で、しかも震災のあった1月17日に神戸を訪ねた…それが「PEACE RUN世界五大陸4万キロランニングの旅」の始まり…何か妙な縁を感じた日。


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最初の日本縦断ランニングの旅で北海道宗谷岬から沖縄県波照間島を走った…写真は広島付近






その日の夜、僕はブログを書きながら決断した。


この日のブログ「アドヴェンチャー・ランナーとして」


「PEACE RUN世界五大陸4万キロランニングの旅」を走るアドヴェンチャー・ランナーとして残りの人生を進んでいこうと…。

本来なら、日本縦断とアメリカ横断の旅を終えて教職に戻るつもりであったのが、僕は違う道を選ぶことになったのだ。

人生の分岐点、これもすべて意味や理由があり、定められたことだったのだろう。今となってはうなずけること。


2011年1月17日はアドヴェンチャー・ランナー高繁勝彦がデビューした忘れられない日。

しかし、同年3月11日、アメリカ横断出発直前に東日本大震災が起きた。

一時は出発を思いとどまったが、その直後に1キロ走るごとに10円を被災地に送るRUN×10(ランバイテン)運動を思いつき、被災地復興支援活動がスタート。僕は走ることで被災地をサポートしようとアメリカ行きを決意。

ヨーロッパの旅に出る直前、2016年4月にも熊本大分地震があった。

不思議な事だが、PEACE RUNは震災に関わることが何かと多い。


アドヴェンチャー・ランナー開眼からまる7年が経過した。

49歳3ヶ月でスタートしたけれど、気がつけば僕は今年10月で58歳になる。

世界五大陸4万キロの内、3つの大陸で約1万7千キロを走破、残り2万3千キロ。

まだ半分にも到達していないけれど、プロジェクトは確実に、着実に前進していると信じている。



1月17日はいずれにしても忘れてはいけない日、忘れられない日。

未来はまだ見えてこないけれど、真っ白なキャンヴァスに絵を描くように、僕はたくさんの夢と希望を胸に、現実の世界に一本の轍(わだち)を描きながら走り続ける。

舞台はこの地球という惑星、地球こそ我がふるさと。

そして、その地球にいる70数億人がみなファミリーだ。

70数億人すべてが愛と平和に包まれて暮らせるように…。

僕は祈り、そして走り続けよう。



阪神淡路大震災・東日本大震災で亡くなられた方々のご冥福を心からお祈り申し上げます。


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写真は「1.17希望の灯り」。御影石で作られた本体とガラスケース。その中で、美しくも炎が揺らめいている。この火は、被災地各所を巡った火種と、全国47都道府県から贈られた「支援の火」を合わせたもの。多くの人の願いが込められた、まさに「希望の灯(ひ)」なのだ。

建立は震災5周年の2000年1月17日、午前5時46分に灯りが灯された。


(*注)アシックスには2011年1月から2013年3月までお世話頂きました。


「PEACE RUN世界五大陸4万キロランニングの旅」公式サイト


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プロフィール

KAY(高繁勝彦)

Author:KAY(高繁勝彦)
走る旅人:アドヴェンチャー・ランナー、サイクリスト(JACC=日本アドベンチャーサイクリストクラブ評議員)、ALTRA JAPANアンバサダー、 YAMANOVAコーヒーアンバサダー、ARUCUTO一本歯下駄アンバサダー、旅人、詩人・アーティスト、クリエイター、ナチュラリスト…。元高校教師(英語)。  
大阪府松原市生まれで、現在、大阪府富田林市に在住。妻はミュージシャンでかつてぴよぴよ名義で「らんま1/2」エンディングテーマ「虹と太陽の丘」を歌っていた。

楽天ブログ時代(2006.4.2)からノンストップブログ更新中。公式サイト 「PEACE RUN 世界五大陸4万キロランニングの旅」“KAY’S WORLD”もよろしくお願いします。 プロフィール詳細はこちら。 

二度の日本縦断(「PEACE RUN 2010日本縦断ランニングの旅(3,443km)「PEACE RUN2012 日本縦断ランニングの旅 PART2(3,482.3km)」で実質の日本一周ランニング6,925kmの旅を完結。 

2011年はPEACE RUN 2011アメリカ横断5,285kmランニングの旅を138日で完了。 2013年9月から163日で「PEACE RUN2013オーストラリア横断ランニングの旅」5,205kmを走破。 

2014年11月から2015年2月、83日でPEACE RUN2014ニュージーランド縦断ランニングの旅2,796.6kmを走破。 2016年7月〜11月、110日間で7カ国3,358.8キロ、「PEACE RUN2016ヨーロッパランニングの旅」を走破。 

2017年9月〜10月、「PEACE RUN2017四国一周ランニングの旅」1000キロ走破。2018年5月「九州一周ランニングの旅」で約900キロ走破。 

2011年3月14日、東日本大震災の3日後、「RUN×10(ラン・バイ・テン)運動」を発案・提唱、全国に展開させる。 

2012年末、facebook上の公開グループ、平和的環境美化集団"THE SWEEPERS"を発足、活動を展開中。 

2014年、一本歯下駄で世界平和をめざすfacebook上の公開グループ「一本歯下駄クラブ」を発足、活動を展開中。 講演・セミナー・取材などの問い合わせ・依頼は下のメールフォームでお願いします。

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